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『十訓抄』小式部内侍が大江山の歌のこと02(古典ノベライズ後編)

https://note.com/namikitakaaki/n/na3662afbd467
(昨日から続き)

「え、え、え? アドリブ返せるの? なにコイツ? なに、この女?」

 胸倉をつかまれ、4ビートでほとんど殴られるように揺さぶられている藤原さんは、すっかりパニック状態だった。

 図書子さんのラップが終わり、しんと、静寂が訪れた。
 胸倉をつかんだままの図書子さんも、なされるがままだった藤原さんも、横で見るのみの僕だって、だれもが口を開けない。
 藤原さんは小さく小さく「ちくしょう」とこぼした。
 もう一回「ちくしょう」と、消えそうな声で重ねた。
 それ以外にはなんの返事もできなくて、ましてやラップも返せなくて、無理やり図書子さんの手を胸倉から外すと一目散にテレビ局の前からなぜだか帰途へと逃げて行ったのだった。

「……あっ」

 図書子さんはもとの蚊の鳴く声をそっと上げると、いまは空をつかんでいる半開きの右手を、恥ずかしそうに腰の後ろにいまさら隠す。
 顔を真っ赤にうつむいてから、気まずそうな上目を僕に向けた。

「やだ。また、やっちゃった。えへ」

 どうやら前科があるらしい。
 ぼくはそこには一切触れずに、はにかむ彼女を局の控室へとただただ案内することにした。
     *
 その日のスタジオ撮影で――。
 テレビ局に戻ってはきたけれどもすっかり委縮していた藤原さんに、図書子さんは完勝した。
 地味な黒髪メガネの女子大生が、ステージ上で自らスリットに裂いた白いふわふわロングスカートを右太腿の付け根まで遠慮もなしに捲り上げ、据えられた黒のスピーカーをその片足ででんと踏む。
 マイク片手に鬼の形相で、韻もスピーカーも踏む彼女に、放送後、ファンからの熱いコメントがSNSに殺到したことは特筆するまでもないだろう。

 彼女はぶっ飛んだ母親同様、時代の寵児となったのだった。

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