『十訓抄』小式部内侍が大江山の歌のこと02(古典ノベライズ前編)
01前編 https://note.com/namikitakaaki/n/ne8f44ad5548e
01後編 https://note.com/namikitakaaki/n/n75d1a8b718c6
(以下、先週から続き)
そんな悪態をついた33歳若作りラッパーの藤原さんは、至近で意地悪くニヤつくと、テレビ局のほうへと踵を返そうとしていた。
その瞬間。
藤原さんと図書子さんの間にいた僕の顔の右側を、なにかが空を切って素通りした。
それは、僕と向かい合わせになっている図書子さんの放った、右ストレート。
慌てて至近へ振り返ると、図書子さんは藤原さんの襟首を、ほとんどヤンキーのようにつかんでいてもっと慌てた。
図書委員長然とした図書子さんは、もうそこにはいなかった。
いたのは、白いふわふわロングスカートのコスプレをした――ラッパーだ!
すっかり目の据わった彼女は、つかんだ胸倉を揺らす動きで、強烈な4ビートを作り始めた。
なすすべなくガクンガクンと揺すぶられる藤原さんの、頭。
そのゆったりしたリズムに乗せて、さきほどの蚊の鳴くような声がウソみたいに、彼女はラップを腹の底から放ち始めた。
自作詩の朗読コンテスト『詩の殴り合い』で3年連続優勝している彼女の放つ渾身のラップを、僕に再現する力は残念ながらないのだけれど……。
『♬七光り? ふざけんな クソみたいな評価。
口喧嘩? 上等だ、口ひらけば殴打!』
ぶっ飛んだ目立つ母親を持った苦悩。
できるだけ目立たないように生きてきた青春時代の鬱屈。
どんなに努力しても「親から受け継いだ才能だ」と断じられる経験への嘆息。
なによりそんな母親に、代作なんかそもそも頼まないという矜持。
母親の文学賞受賞以降、自身の綽名が「カーセックスの娘」になっている不運。
いろんなものが、渦巻いていた。
清楚なロングスカートの白のまぶしさがウソみたいに思えるほど、彼女は胸の内に、極めて攻撃的などす暗い闇を抱えているらしかった。
丑の刻参りを思わせる憎しみのこもったリズムで藤原さんを揺らしながら、彼女の自らの人生自体への呪詛ともいうべき、下品なラップは止まらなかった。
(明日へ続く)
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