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『十訓抄』小式部内侍が大江山の歌のこと01(古典ノベライズ後編)

(昨日から続き)

 人見知り特有の合わぬ目線のままオドオドと俯き謝り続ける彼女は、僕が中学・高校の同級生であることにはまるで気が付いていないようだった。
 実は、各テレビ局は時代の寵児たる彼女の母親に次々と出演を申し込んだのだが、ほとんどすべてが断られていた。
 しかしうちの番組だけは、「そういう企画なのでしたら、娘を代わりに行かせます」と代役出演ながらも快諾してくれていたんだ。

「いえいえ、式部様。今日は、式部様のご活躍が見たいのです」

 面識ありだと気づかれなくて淋しかったが、僕は同級生に対してではなく、出演者への声音でへつらう。

「なにせ式部様は、あの自作詩の朗読で勝負する大会『詩の殴り合い』において、大学の部3年連続の優勝者なんですから」

 僕がADとして参加する『Rhyme the time!』(時代で韻を踏め!)というラップ対決の超人気深夜番組に彼女が出演するのには、そういった経緯があったのだ。
 そのとき僕の後ろから、嫌な男の声がした。

「へぇ、作家大先生は天橋立に行ったんかい? 対戦相手はその娘かよ。つまんねぇな」

 僕の振り返った先に見えたのは、ああ、ものすごく面倒くさい、33歳の男性だ。

「ちょっとちょっとぉ、藤原さぁん! そういうの、やめてくださいよぉ」

 へらへら太鼓持ち然に場をとりなす僕の心中なんか気にせずに、若づくりの藤原さんは毒を吐く。
 このいかにもなラッパーは、歩けばチャラチャラ体のどこかで必ず金属音が鳴る、今日の撮影での図書子さんの対戦相手だった。
 藤原さんはわざわざトラブルを起こすことで自分の存在を他人に知らしめるタイプで、仕事じゃなかったら正直関わりを持ちたくはないなと僕は個人的に思っている。

「ま、どんなに遠くに行ったってさ、天橋立に電波があれば大丈夫さ。代作のLINEはすぐ届くっしょ?」

 代作、と聞こえた途端。
 俯き気味の図書子さんの上目が、殺気を帯びて、メガネ越しに怪しく光った。

(次週木曜へ続く)

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