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自分の声を好きですか?

私は自分の声が好きです。自分の声が嫌いです。どっちもなんです

《声》というテーマは、結構私にまとわりついて来ました。

元々私は、子供の頃から、自分の声は結構かわいいと思って来ました。
でも小学生の時に一度「なみちゃんの声って震えてるよね」と言われたことは心にずっと引っ掛かって来ました。
かわいいと思ってるけどソレを気にしてる…そんな感じでずっと来たんだと思います。
少しズレますが、私は笑い声が評判でした。

小学6年生で、声優になりたいと思い始め、
大学で演劇部に入りました。
その時も自分の声に対する印象は変わらずにいました。特に悩んだりもしていません。

声優より演劇を志したくなった私は
大学卒業後、劇団に入りました。

そこからです。
自分の声が、完全にコンプレックスへと変貌しました。

普段の声はまぁ、かわいいとして、
舞台となると、全然弱っちくて。
他の人達がすごくて。
こっそりボイストレーニングに通っても物になりませんでした。
ミュージカルではないけど、劇中歌がある劇団で、
それを朗々と地声で、張りのある声で歌いたかった。そのメンバーに入りたかった。
私の歌はミックスボイスで、張りや強さが無い。
他の役者達の声は、私の憧れでした。

そのコンプレックスは克服できぬまま、
劇団から離れ、出産、子育てに人生は移り変わりました。

子供への絵本の読み聞かせは大好きでした。
お芝居みたいなもんなので。
時々、声に不自由さを感じることもあったが、
役によって好きなように声を変え、好きなように読んだ。

一人親になって私が辿り着いた仕事は、
そろばんの先生だった。

先生になって二年目、
読上算をやるようになった。
「願いましては〜〇円也、○円也、、、○円では」
と先生が読むやつです。

ここで、また声の問題にぶち当たりました。
レベルの高い問題を読む時に、声がうまく出ないのです。私らしい声が出ないし、息も苦しい。
緊張やマスク着用のせいも大きかったけれど。
まさかでした。
またここで「声」来た⁉
劇団を離れてから、17年が経っていました。

読上算については、緊張する自分と向き合ったり、苦しい気持ちの中練習を重ね、
今ではだいぶ読めるようになりました。

でも、でもですよ。
今でもお芝居を観に行くと
「あんな声を出したい」と熱望する自分がいます。
歌が好きでよく歌いますが、とりあえず気持ちの良いミックスボイスで歌いつつも
「もっと太いストレートな声を出したい」と熱望しています。

また、起業したいと思うようになって、
ラジオアプリでお話を読んでいましたが、
やっぱり、不自由、もっとまろやかな声出るでしょ、もっと楽にいろんな声出るでしょ、、、
そんなもどかしさを感じながらやっていました。
(↓中でも自分でわりと気に入ってるシリーズ。
     よろしければ、暑い日にでもどうぞ)

それでも
そんな私を知らない子供の頃からの親友は、
事あるごとに、私を「美声」だと言ってくれていて、励みになって来ました。
そして私も、自分の普段の声や歌声はかわいいと、やっぱり思って来ました。

先日、自分が受けた起業コンサルのzoom録画を見ました。
何回も見てるうちに、自分の声、かわいいけど、どっか苦しそうだなと感じました。
息が浅い。声が浅い。
緊張してるわけでもないのに。

肩の力が抜けた世界を目指す私が
本当の本当に肩の力が抜けた時、
きっともっとまろやかで、深い声になるんだな…って気がした。

でも同時に、それは寂しさも過ぎった。
今のこの、道半ばのような声を、とても愛おしく感じたのだ。

恋愛、結婚、その他全ての人間関係において、
一人の “その時点のその人”と、
また別の “その時点のその人” だからこそ、
噛み合って、必要とし合って、調和して行くってことがあると思うんです。

私も、今の時点での私、
理想とは違うかもしれないけど、
“かけがえのない、愛すべき人” に映りました。

(長! 超短い内容のつもりだったのに!)

だから私は、
今の声、自信ないけど、愛しくて好きだから、
遠慮なく、堂々と、どんどん出して行こうと思います。
震えてたっていいや。フニャフニャでもいいや。

もし、この長文を最後まで読んで下さった方がいるなら、なんとお礼しようか。
「ありがとう」を三段の重箱にぎっしり詰めてお渡しします。
ありがとうございました♥



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