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20,05,13。家庭用ゲームの思い出⑩

1988年にセガから発売されたゲーム機「メガドライブ」

アーケードゲーム機メーカーとして名を馳せていたセガはファミコンソフト開発ののサードパーティーと言う道を選択せずセガ・マークⅢやマスターシステムと言った独自の家庭用ゲーム機を出していました。

すでにファミコンのゲーム機としてのパワーに限界が見えていた時期に、前例のないハイスペックゲーム機として発売されたのがメガドライブでした。

今でこそ「ゲーム機はソフトが命」であることが常識ですがいまだバブルの勢い冷めやらなかった当時、高スペックのハードと言うだけでなんだか新しい時代が来たようなときめきを感じさせてくれたものです。

新しいものに目が無く、それがちょっとマニアックだったりした日には辛抱堪らなくなる癖のあった自分にとってメガドライブは正に大好物。

当時既にNECからPCエンジンと言うファミコンよりも高スペックなゲーム機が出ていてこちらも所持はしていましたがメガドライブの16BITパワーと言うさして理解していないにもかかわらず魅力的なパワーワードにあっさりやられて即購入してしまいました。

noteに書くにあたって改めて検索してみて驚いたのですがメガドライブが発売された88年の4本はともかく90年半ばまでの発売されたソフトはほぼ購入しているほど当時は入れ込んでいました。

90年頃からサードパーティーの参入によって発売されるソフトが増えてくるようになり、さすがに「出れば買う」訳にはいかなくなったもののそれでも結構な本数が机に並んでいた事になります。

ファミコンとは比べようがないほどのグラフィックにFM音源を駆使したサウンドと高スペックでソフトによってはゲームセンター同様のクオリティではありましたが、今思い出してみても滅茶苦茶ハマったゲームはほんの数本しか浮かびません。

実際、家でのゲーム機稼働時間は圧倒的にファミコンのほうが長かったように思います。たぶん頭には「美しいビジュアルやサウンドがあっても…」と浮かんでいたのだとは思いますがそこまで肩入れしてしまった手前、なるべく考えないようにしていたのかもしれません(笑)

政治的忖度の所為か当時最大のゲーム誌だったファミコン通信にメガドライブの詳細な記事が出る事はありませんでしたがBEEPと言うゲーム誌がセガに特化した記事を多く掲載していてのちにはBEEPメガドライブとしてリニューアルし、まるでメガドライブ専門誌のようになっていました。

「非主流である自分になんだか優越感」と言う今思うとこっぱずかしい思想に染まっていた自分は(実は今でもその気は抜けていないのですが)1990年、満を持して発売されたスーパーファミコンにすぐに飛びつくことなくメガドライブに入れ込んでいました。

スーパーファミコンにすぐに飛びつかなかった理由はもう一つありました。
それは当時のメガドライブ派にとって決して忘れえぬ思い出「テトリスの恨み」があったからなのでした。

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