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アウトサイド ヒーローズ:エピソード9-02
センセイ、ダンジョン、ハック アンド スラッシュ
「先代……ですか? それって、タチバナ保安官のお父様……?」
「は? ……ははは!」
アマネが振り返り、二本角の男を見上げる。“今代”タチバナは白い歯を見せて笑った。
「“先代”だからって、別に俺の父親ってわけじゃないんですよ、巡回判事殿」
「そうなんですか」
「“タチバナ”ってのは、ナカツガワ・コロニーのまとめ役が引き継いで来た名前なんだよ」
画面から顔を上げたマダラが、アマネとレンジに説明する。
「おやっさんを保安官に推薦しただけじゃなくて、俺のメカニックの師匠でもあるんだ。ミール・ジェネレータの使い方を教えてくれた人がいるって話、レンジにはしなかったっけか?」
「そう言われれば、そんな話をしたような……」
「だから、先代がこれを送ってきたっていうのなら納得できる……ことなんだけど……」
マダラはそう言いかけて、再び口を「へ」の字に曲げた。
「でも……何で……」
「どうしたんだ、マダラ?」
ブツブツとつぶやくマダラを心配して、レンジが声をかける。
「もしかして、先代のタチバナさんは、亡くなってるのに……とか?」
ためらいがちにアマネが尋ねると、マダラはハッとして笑った。
「あはは! そうじゃないんだ。死んだとは聞いてないけど多分、先代……爺ちゃんは、死んでないと思うな。ねえ、おやっさん」
「うーん、そうだなあ。ナカツガワの外で“クニテル”の名前を知ってる奴は、そうおらんだろうしなあ……」
タチバナもあごに手を当てて考えている。
「それじゃあ、おやっさんもマダラも、何でそんな変な顔してるんだ……?」
「それは……」
レンジが尋ねると、マダラは大きな両目をパチパチとまたたかせる。
「引退する、後の事には口出ししない……って言ってた爺ちゃんが、急にこんなメールを送ってきたから、だなあ」
“先代タチバナ”を知るマダラと“今代タチバナ”は、互いに目くばせしてうなずいた。
「そうなんだよなあ。クニテル爺さん、”もう会うことはないだろう”って言ってナカツガワを出てったきり、十数年音信不通だったから……マダラ、お前は何か、やり取りしてたのか?」
「いや、何も……でも、ナカツガワの通信回線とかはいじってないから、爺ちゃんがメッセージを送ることはできるし、多分、うちのデータベースを見ることもできたんだと思う。でないとさすがに、これだけの図面は作れないからね」
「まあ、そうだろうなあ。しかし、どうして急にこんなものを……」
マダラの言葉にタチバナも同意して、再び端末機の画面を睨んだ。黙って話を聞いていたメカヘッドがポン、と手を叩く。
「なるほど、お二人の話はよくわかりました。わかりましたが……マダラ君、実際のところはどうなんです? その雷電スーツと、マジカルハートの魔法少女ドレスの性能は?」
機械頭の質問に、マダラは再び大きなため息をついた。
「データ上のことだから、断言しちゃいけないだろうけど……見事なもんだよ、これは。雷電もマジカルハートも、これまでのスーツの課題を解決するためによく工夫されてる。それにどっちも、原作のドラマやアニメの設定を完璧に再現してるんだ!」
悔しそうな声をあげるマダラに、アマネが白い目を向けた。
「それってそんなに、大事なことなの……?」
「まあまあ、こだわりのあるマダラ君にとっては、譲れないポイントなんでしょう。しかしマダラ君、君の意地もあるでしょうが、雷電とマジカルハートの戦力強化の為には……」
メカヘッドが言いかけると、マダラは小さく笑った。
「大丈夫ですよ。そりゃあ、メカニックとしての意地はあるけど。そんなものよりスーツを強化するほうが大事ですからね。それより、困ったことが……」
「何だ? まさか、お前さんの腕じゃ、作るのは難しいのか?」
「ハハハ、それこそまさか!」
タチバナの質問に、目をぎらつかせてマダラは笑う。輝く瞳には、メカマンのプライドが燃えていた。
「確かに、難しいところはあるよ。特に厳しいのは、雷電スーツの制御系に人工知能を使っているところだなあ。俺は人工知能って、正直言って専門外だから……メカヘッド先輩、軍の技術開発部のみんなに、協力を頼んでもいいですか?」
マダラから声をかけられ、メカヘッドは嬉しそうに両手をもみ合わせた。
「もちろん、構わないとも! 君から協力を求められたとなれば、連中は大喜びで動くだろうね。何せ、連中にとって君は“越えられない壁”だからな!」
「そんな、大げさな……」
マダラは小さく笑う。タチバナは腕を組んでうなずいた。
「それなら、問題はなさそうだな」
「じゃあ、実用テストに入るには、どれぐらいの時間が……」
わくわくしながら尋ねようとしたレンジの言葉を、マダラはすぱりと切り捨てた。
「いや、まだ無理だ」
「え」
「やっぱり、できないんじゃない!」
レンジが驚き、アマネが文句を言うと、マダラは慌てて両手を振った。
「ええと、それは、仕方ないんだよ! ……まず、マジカルハートのドレスは作れる。これは俺一人で何とかなるし、すぐに実戦テストに入れると思う。……でも、雷電の新しいフォームは無理なんだ。技術的なことは、軍の協力があれば、多分、きっと、なんとかなる。でも……」
タチバナが片眉を吊り上げる。
「金か?」
「それなら、軍に要請を出して正式な案件にしたらどうです? これまでの雷電の活躍やカガミハラへの貢献度を考えたら、軍の上層部だってむげにはしないでしょう」
ここぞとばかりに提案するメカヘッドを、タチバナが睨みつけた。
「てめえ、雷電の利権を自分のところに引っ張り込もうとしてるだろう!」
「ハハハ……」
「メカヘッド先輩……いいんですか? これくらいかかりますけど……」
ヘラヘラと笑うメカヘッドに向かって、マダラは指を1本、立ててみせた。
「何だよ、マダラ君? 1? 10万? 100万? 1000万? とかの、何か……」
マダラは黙って、首を横に振る。メカヘッドは自らの機械頭に手を当てた。
「単位が何だかわからないと、さすがに俺も不安になるんだがなあ……」
「1年、です」
「1年。……何の? いや、何を?」
メカヘッドだけでなく、一同がぽかんとした顔になる中、マダラは手早く端末の計算機アプリを操作した。
「送られてきた設計図通りにスーツを作るとして……いや、それ以外のやり方を探すってのはうまくいくかわからないから、全くおすすめできないんですけど……まあ、ともかくとして、このスーツはあちこちのパーツに、特殊な合金を使わなきゃいけないんです。その合金を精製するためには、ものすごい量のエネルギーが必要になる、はずなんですけど。計算してみたら……ああ、ほら! 予想通りだ!」
テストの点数を喜ぶ子どものようにマダラが声を上げ、端末の画面を皆に見せる。
「……この数字が何を意味してるんだか、さっぱりわからないんだが」
「なんだか、すごい桁の大きな数字ってことは、分かるんだけど……」
真っ先に画面をのぞき込んだレンジとアマネが首をひねる。メカヘッドはヘッドパーツの下側、“あご”に当たる部分に手を添えて「ふーむ……」と小さくうなった。
「1年……エネルギー……。マダラ君、つまりこれは、何かのエネルギープラントを“1年分”動かし続けて得られるエネルギーの総量を表している数字……ということでいいのかな?」
「その通りです」
クイズに正解したメカヘッドを称えるように、マダラがぴんと人差し指を立てた。タチバナがポリポリと頭をかく。
「つまり時間がかかるってことか……しかし、こうなったら時間をかけるのも仕方ない。問題はエナジープラントの確保だな。バイオマス式でいいんだったら、いくつかアテは……」
「無理だよ、おやっさん」
頭の中でエナジープラントを借り受けるための段取りを組みかけたタチバナを、マダラがぴしゃりと止めた。タチバナはオニ・ガーゴイルのような厳めしい顔でマダラを睨む。
「どういうことだマダラ、さっきから勿体ぶりやがって!」
「まあ、まあ、タチバナ先輩、落ち着いて!」
メカヘッドが慌てて、二人の間に割って入る。
「それで、マダラ君……“無理”ってのはもしかして、普通のエネルギープラントじゃ賄えない……ってことかい?」
「そうです」
タチバナがため息をついて、マダラに近づけてすごんでいた顔を引っ込めた。
「なんだよ、それならそれで、ちゃんと言えよ」
「待ってください、先輩。……なあ、マダラ君」
タチバナが落ち着いた一方で、メカヘッドは固い声でマダラに話しかける。
「はい」
「その合金を作るのに必要なエネルギー量は、そんじょそこらのエナジープラントじゃ賄えないくらい、たくさん……ということでいいのかな?」
マダラは落ち着いた様子でうなずいた。
「そういうことです」
「ううむ、それじゃあ、例えば……ナカツガワの共用プラントくらい、とかか?」
タチバナの質問に、マダラは黙って首を振る。
「なら……カガミハラの工業エリア全体を賄えるくらい、とかか?」
レンジの質問にも、やはりNOだった。アマネが手を挙げる。
「じゃあ、じゃあ、カガミハラ・フォート・サイト丸ごと一つ分とか!」
「それでも、まだ足りない」
「はあ? どういうこと?」
思わず声をあげるアマネも、他の者たちも“お手上げ”という様子で、マダラの答えを待っていた。マダラは説明を続ける。
「ナゴヤ・セントラル・サイト、丸一つ分……工業地域も、居住区も、軍基地も……都市全てを動かすのに、必要なエネルギー全て。それを……ノンストップで、1年分だ」
「とんでもない話だな。だが、まあ……それならマダラの話も納得だ。そりゃあ、俺たちにはどうにもならん」
タチバナが深くため息をついた。
「爺さん、とんでもないプランを送ってきやがって! マダラも、他の強化プランを考えた方がいいんじゃないか?」
「そうだなあ……」
マダラはそう言いながらため息をついて、端末機の画面に目を落とした。
「でもねおやっさん、こんなに見事な設計を越える強化プランなんて、俺には作れる気がしないよ。爺ちゃんは、やっぱりすごいや……」
「そうは言うけどなあ。実現できないなら、意味が……」
タチバナが言いかけた時、端末機からピロリ、とメッセージの着信音が鳴った。
「あっ、ちょっと待って! メッセージが届いたみたい……ええ?」
メッセージアプリを立ち上げたマダラが、間の抜けた驚き声をあげる。
「どうした、マダラ?」
「おやっさん、爺ちゃんからだ……!」
「何? ……何て書いてある?」
マダラは何度も確認するように、大きな両目玉を転がすように動かしながら視線を画面の上に走らせる
「課題だった合金……爺ちゃんが用意してるって。だから、雷電やマジカルハートと一緒に、取りに来てほしい……って」
「へえ、あの爺さんがなあ」
感心した様子のタチバナの横で、レンジがマダラと一緒に端末の画面をのぞき込んだ。
「それでマダラ、どこに取りに行けばいいんだ?」
「ええと……」
画面を下へとスクロールしていくと、シンプルな線で描かれた地図が現れた。
「これは……“オクタマ遺跡”だって」
「それって、どこにあるの?」
「ええと……ごめん、俺もよくわからないや」
アマネが尋ねると、マダラぽりぽりとほほをかいた。
「マダラ君、俺が説明を代わろう」
メカヘッドがそう言うと、はカウンターテーブルの上にフライド・ビーンズを一粒ずつ並べながら説明を始める。
「ここが、カガミハラだろう? ……それで、南に行くとナゴヤに着く。そこから西に行けばオオツ、もっと西はオーサカだね」
「うん」
若者たちがうなずいたのを見て、メカヘッドは“ナゴヤ・セントラル・サイト”を表す豆粒から右側……“オーサカ・セントラル・サイト”とは、真反対の方向に、もう一つ豆粒を置いた。
「地図に書かれてる遺跡はナゴヤから東、ずっと東に進んだ……ここにあるよ」
「ナゴヤから、オーサカに行くよりも遠いんだな」
レンジはオーサカからオオツ、ナゴヤを経由して、ナカツガワまで旅した道のりを思い出しながらつぶやいた。
「そう。ざっと2倍くらいの距離がある。メッセージの地図だと、随分省略されてるけどね」
「メカヘッド、俺はそっち方面には行ったことがないんだが……“オクタマ遺跡”ってどんなところか、お前は知ってるか?」
タチバナもカウンターテーブルの上を見ながら、メカヘッドに尋ねる。
「すいません、タチバナ先輩。俺も行ったことないんで、そこまで詳しいわけじゃないんです。……ただ、この地域一帯のことは話半分には聞いたことがあります。この“オクタマ遺跡”も、その先も全て……ナゴヤや、オーサカを遥かに超える広さの遺構地帯“トーキョー・グラウンド・ゼロ”の一部だとか」
(続)
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