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アウトサイド ヒーローズ:エピソード12-6

ボトム オブ ピット、ライク デヴィルズ ネスト

 挑発的なサイバネ傭兵の言葉に、最も大きく反応したのはマダラだった。操作するぬいぐるみ型ドローンが大きく跳ねる。

「何のことだよう! おい、ヘイズ……あっ! あいつ、逃げたぞ!」

「なんだと?」

 思わず叫んだドットの声に雷電は振り返るが、部屋の隅に隠れていたはずの“ヘイズ”の姿はどこにもなかった。彼に持たせていた警備員の頭部が、カタカタと動きながら床に転がっている。

「くそ!」

 すぐに視線を正面に戻した雷電は、突き刺さるような殺気を受けて横跳びに飛びのいた。警備員が落とした銃を拾っていた傭兵が引鉄を引く。雷電を追いかけるように放たれた銃弾が次々と壁に突き刺さり、横一文字に点線を描いた。射線上に立っていた警備員の頭部が撃ち抜かれ、崩れるように倒れ伏せる。

「少しはやるようだな、“ストライカー雷電”!」

 銃声が止み、傭兵の銃がカチカチと音を立てた。弾を撃ちきったのか、弾詰まりか……。
 それまで距離を取りながら走り回っていた雷電は、傭兵めがけて一気に駆け出した。

「ウオオオオ!」

 真正面から距離を詰める雷電を見ながら、銃を構えるサイバネ傭兵はクツクツと笑っていた。人口筋肉繊維によって顔面の表情筋が生成されていたならば口角を吊り上げ、顔をゆがめて笑っていたに違いない。
 傭兵は拳を引き絞った雷電に向き合いながら、手にしたサブマシンガンの銃身に力をこめて捻じ曲げた。

「何!」

「ハッ!」

 引き金を引くと弾詰まりを起こしていた銃が暴発し、轟音とともに銃身が砕けて飛び散った。

「畜生!」

「ハハハ、ハハハハ……!」

 雷電が思わず飛びのくと、サイバネ義体の傭兵は笑い声をあげながら走りだし、一目散に部屋の外へと飛び出していった。ぬいぐるみ型ドローン“ドット”が、戸口前までころころと転がっていく。

「ああっ、逃げられた!」

「あそこまでやられたら仕方ない、あんな奴を捕まえるのは無理だろ。それより……」

 散弾のように全身に降りかかったサブマシンガンの欠片を払い落とすと、雷電は床に転がっていた警備員の頭部を拾い上げる。
 両目のセンサーカメラは正常に起動して、周囲のインジケータが僅かに光を放っていた。義体に接続されていないので声を出すことはできないものの、頭殻パックに内蔵された生命維持装置は機能し続けているようだった。
 雷電は安堵のため息を漏らした後、あらゆるものがひっくり返されてぶちまけられ、死体と義体が転がる部屋の中を見回した。

「このプラントは何なんだ? てっきりドラッグの精製工場だと思っていたんだが……メカヘッド先輩?」

「『私もだよ』」

 ヘルメットのインカムから、メカヘッド先輩が答える。

「『“ヘイズ”は何も、詳しい話をしなかったからなあ。奴も逃げてしまったし……何か手がかりはないか、雷電? あるいは、生き残りとか……』」

「手がかり……生き残り、ねえ……」

 雷電はサイバネ警備員の頭部を抱えたまま、再び室内に目を向ける。デスクの上の端末機は撃ち抜かれ、積まれていたと思われる書類も試薬と鮮血にまみれて床に散らばっていた。
 白衣の研究者たちは心臓を、義体の警備員たちは頭殻を狙い撃たれ、無造作にうち殺されている。淡々とした、おぞましい“仕事”の腕前だった。

「こんな状況で、生き残りがいるのかどうか……あっ」

 こときれた犠牲者たちが横たわる中、白いものがわずかに動いている。駆け寄って助け起こすと、研究者の男にはまだ息があった。腹部に数発の銃弾を浴び、淀んだ色の血が湧き出して下半身を染めている。

「『これは……出血がひどいな……』」

「聞こえるか? おい!」

 研究者の顔は青ざめ、血の気の失せた手は石のように冷たく、脱力して軟質ゴム塊のような感触だった。焦点の定まらない両目は、ぼんやりとした視界の中で雷電を探すようにさまよっている。

「『雷電。このままだと、彼は……』」

「でも……クソ……」

 言いかけたメカヘッドに、レンジも返す言葉が見つからなかった。ヘルメットの中でギリ、と奥歯をかみしめる。

「なら、せめて教えてくれ! ここは何をするプラントで……あんたたちはどうして、殺されなきゃいけなかったんだ!」

 雷電の問いに、白衣の男の両目が見開いた。全く脱力していた四肢に僅かな力が戻る。震えながら首が小さく動き、乾き始めた両目が見下ろす雷電のバイザーを見上げた。

「な、ぞ……」

「えっ?」

 パクパクと動かした口から洩れる声に、雷電は慌てて顔を近づけた。

「ない、ぞう、を……培養、する、プラント、で……ごほっ!」

「内蔵だって? 培養? どういうことだ……?」

 会話を続けることで、瀕死の研究者は僅かな意識の動きを保っていられるようだった。雷電の困惑した声に、血の混じった咳を吐きながら男はうなずく。

「オーガニックな、移植用臓器……一切拒絶反応が、ない……会社がオークションに出すために、ここで……げほっ! げほっ、ごほっ!」

「おい、しっかりしろ!」

 雷電は腕の中に横たわる白衣の男を、激しく揺らしながら声をかける。

「『オーガニックで、拒絶反応のない移植用臓器だって? そんなものがもしもあれば……いや、それってもしかして……!』」

 研究者の男が息も絶え絶えになりながら話す声に、メカヘッドが声を上げた。インカム越しだった通話回線がいつの間にかスピーカー通話に切り替わっている。

「『どうやってるのかわからんが、ミュータントを使っているのか、それに!』」

「そうだ」

 白衣の男はメカヘッドのつぶやきを肯定して、はっきりした声で答えた。

「あらゆる種類の臓器を、複製し続けるミュータント。けど、ミュータントの臓器じゃ商売にならない、から……」

 雷電は研究者を抱えたまま、歯を食いしばりながら固まりついている。メカヘッドはスピーカーとマイク越しに、瀕死の男との対話を続けた。

「『それで、非ミュータントの臓器だと偽装したのか』」

「ああ……けど、最近はミュータントが抵抗するようになったから、処置が必要になっていて……本社に薬品を回すよう頼んでいた、ところだったんだが……それで偽装がバレたのか、本社から掃除屋が来て、このザマだ……ははは……ごふっ! ごほっ、ごほっ!」

「『おい! 死ぬな! こうなったら、何が何でもあらいざらい吐き出してもらわないと……!』」

 研究者は吐き出した血で顔と白衣を汚しながら、穏やかに微笑む。

「話せることは、それくらいだ。……すまないけど、眠たくなってきた。このまま……」

「『えっ? おい! おいってば! ……ああ、クソ! このタワケが!』」

 スピーカーが割れるような声でメカヘッドが呼びかけるが、目を閉じた研究者はそのまま動かなくなっていた。雷電は亡骸を静かに横たえて、どこを見るでもなく立ち上がる。

「『雷電、どうする? 我々が思っていた以上に、とんでもないプラントだったわけだが……』」

「ああ。こんなに厳重に隠されていた理由が、よくわかったよ。でも、このプラントの連中が悪人だとしても……」

 拳をきつく握りしめる。手の中から漏れた電光が小さな火花となって、静まり返った室内で弾けて散った。

「そのまま殺されていくのを、見逃すわけにはいかない。臓器を作らされているミュータントも、無事なら助けたい」

「『……そうだな。犯罪を裁くのは司法の仕事、目の前の悪事を止めるのはヒーローの仕事だ!』」

 雷電の言葉に励まされ、メカヘッドが明るく返す。

「『ただ、ここからどうやって進むか、だなあ。案内人としてアテにしていた“ヘイズ”は逃げてしまったし……』」

「そこら辺に転がってる端末から、プラントの地図とかを抜き出せないものかな。どうだ、“丸いの”、何か方法が……」

 そう言いながら“ドット”を探して雷電が振り向くと、自らの視線と同じ高さにぬいぐるみ型ドローンが浮かんでいた。……否、サイバネ義体の警備員がぬいぐるみを抱え、雷電の顔の前に差し出していたのだった。

「うおっ、びっくりした! ……ええと、その人はどうしたんだ? 生き残り?」

「残念だけど、そうじゃないんだ。……ありがとう、そろそろ下ろしてくれる?」

 声をかけられると、警備員はぬいぐるみをそっと近くのデスクの上に置く。散らばった書類の上に立った“ドット”は、胸を張るようにぬいぐるみのボディを膨らませた。

「へへん、彼は首だけになっていた、あの警備員さんだよ! 首から先のないボディが残っていたから、雷電が闘ってる隙にくっつけちゃった!」

「ありがとうございます。皆さんのおかげで、再び動けるようになりました。声も出せるようになりまして……」

 ドットの説明を受けて、新しい義体を得た警備員がうやうやしく頭を下げる。人口声帯による、フイゴの排気音が混ざったような声。

「『ちょっと待ってくれ、そんなに簡単に、他人のボディを取り替えられるものなのか?』」

 メカヘッドが尋ねると、ドットはぼよんと跳ねた。

「そう。普通のサイバネ義肢は遺伝子情報でがっちり紐づけられてるから、そんなに簡単に他のヒトのボディと取り替えることはできないんだ。ヘタをすると義体の操作が混線したり、自他の境界があいまいになって、最悪自我の崩壊が起こるからね。でも、彼らは、そうはならなかった……」

「それって……」

 雷電は、“ドット”の横に立つサイバネ義体をまじまじと見やる。

「それは、我々が全て、同じ遺伝子情報を持っていたためです」

 ダークグレーのボディに、カーボン製の装甲と人工筋肉。所々に設けられたインジケータが僅かに明滅している。両腕の装備は簡略化され、内蔵銃器などは搭載されていないようだが、この義体は……

「やっぱり君たちは全員、培養されたクローンなのか」

「おっしゃる通りです。我々は“全機”ともクローン胚を促成培養した脳髄に、業務に必要な情報を経験をインプラントすることで“製造”されました」

「『それって、去年のカガミハラに攻めてきた連中と同じ……!』」

 メカヘッドが驚いて声を漏らすが、雷電は更に以前の事件を思い出してギリ、と奥歯をかみしめていた。

「インプラント! そうか、“ペルソナダビング”……!」

「ええっと、急いでるし説明を続けるよ!」

 雷電とメカヘッドが過去に関わった事件を思い出して言葉を失っていると、ドットは慌てて話し続ける。

「そんなわけで、遺伝子情報的には問題なかった。彼らは義体の管理者権限を放棄させて、互いに干渉できないようにすることで個々を切り分けていた。……だから、ハッキングしてこの彼を管理者にすることで、他の義体を操作できるようにした、ってわけ」

「それじゃあ、彼の力があれば、他の義体も同じように動かせるってことか?」

 雷電が尋ねると、ドットはぐにょりと体をねじった。

「それって、あの傭兵のこと? それとも転がっている他の義体のこと? うーん……例えば傭兵のことで言えば、警備員の彼はあくまで同じタイプの義体の管理者ってだけだからね。他のタイプの義体を動かそうとしても上手くいかないんじゃないかな。精々、コンフリクトを起こして一瞬動きを止めるのが関の山だろう。それと、他の警備員の義体を同時に動かせるか、だけど……。ひとり分の義体を動かすだけならまだしも、それ以上の数の義体を動かそうと思ったら、きっと自他の境界が混乱して大変なことになるだろうね」

「そんなに、簡単には行かないか……」

「まあ、でも、道案内はお願いできるよ。声を出せるようになったんだし、ね!」

 雷電が残念そうに声を漏らすと、ドットはフォローするように声をあげた。

「お任せください。皆さんのお話で触れられているミュータントが収容されている区画はわかります。助けていただいた恩を返せるように、できる限りのことをしましょう」

 サイバネ警備員はそう言って敬礼する。

「そいつはありがたい。……行こう」


 雷電と警備員、ぬいぐるみ型ドローンが立ち去ると、静まり返った部屋の非常物資用ロッカーが激しい音を立てて開いた。中に隠れ潜んでいた義腕の男が、体中にくっついたホコを振り払う。

「ぶえっくしょん! ぶえっくしょん! ……ふう」

 鼻をすすると、“ヘイズ”は鋭い目つきで部屋の隅に転がっていたサイバネ義体の残骸をまじまじと見つめる。

「こいつがあれば、もしかしたら……!」

 “ヘイズ”は義腕になった左手をこめかみに格納したサイバーウェアに当てながら、ごくり、と喉を鳴らして固唾を飲んだ。

(続)

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