アウトサイド ヒーロー;エピソード14-13
ティアーズ オブ フェイスレス キラー
「くそ、逃げられた……!」
雷電が拳を握りしめて独り言つと、人口声帯による声がそれに応えた。
「ああ、全くだ」
サイバネ義体の傭兵が、ゴミ山からむくりと起き上がる。ナイチンゲールが渾身の力で放った一撃によって吹き飛ばされ、道路脇のゴミ箱をひっくり返し、中身をぶちまけていたらしかった。
「余計な仕事を増やしてくれたものだな、ストライカー雷電」
残された左腕でボディアーマーにまとわりついたゴミを払い落としながら、忌々しそうに言い放つ。“X”と“Y”を象ったアイ・バイザーが薄暗がりの中で赤く光り、雷電を睨みつけていた。
「仕事、って……あんたも、“マスカレード”を?」
「フン」
「珍しいな、殺人犯を捕まえようだなんて」
雷電が身構えたまま問いかけると、傭兵はぶっきらぼうに人口声帯を鳴らす。肯定でも、否定でもなかったが……肯定しているのだろうとレンジは判断した。
この傭兵がこちらを否定してくるなら、いくらでも憎まれ口が沸いて出るだろうからだ。
「まるで、正義の味方みたいな……」
口をついて出た言葉に、傭兵のアイ・バイザーが鋭く光った。
「ふざけるな! 私は、そんなくだらない真似はしない」
「それじゃあ、ナナ……“マスカレード”の口封じをしようとした奴が……!」
「……フン!」
“マスカレード”の背後に迫る糸口を見出したレンジは臨戦態勢を解かずにじり、と歩み寄る。傭兵は不満そうな声を漏らした。
「言っておくがストライカー雷電、私は“そちら側”の仕事を受けているわけではない」
「えっ、じゃあ、一体……?」
「ボディガードを頼まれただけだ。命を狙われている、とな」
ここまで言ってしまった以上、仕方ない。傭兵は渋々説明を続ける。
「もっとも、依頼人は既に殺された後だったが」
「じゃあ、やっぱりかたき討ちなんじゃ」
「“マスカレード”を始末するのが今回の仕事だ。まだ仕事が終わっていない、それだけだ」
雷電が言いかけた言葉をすっぱりと否定する傭兵。レンジは呆れ半分に「ああ、そう……」と相槌を打つ。
「でも、それなら、協力できるんじゃないか?」
「協力?」
「だって、目的は同じなんだろう、俺たち?」
傭兵はレンジの提案に肩をすくめる。
「本気で言っているのか? 私をとめようとした、貴様が?」
「それは、あの子が“マスカレード”だって知らなかったから……」
雷電が苦しそうに反論すると、傭兵はずい、と顔を突き出して雷電を見やった。
「それはどうかな」
「何だって?」
「貴様は、守ろうとした相手を殺すことはできるのか?」
「それは……」
言葉に詰まる雷電を後目に、傭兵はさっさと背を向ける。
「私は、殺すぞ。……仕事の邪魔をされるわけにはいかないのでな」
「待てよ! せめて、情報交換ぐらい……」
立ち去ろうとする傭兵に手を伸ばそうとした時、短く鋭い電子音が鳴った。雷電の肩にとまったナイチンゲールが、ぴりり、と鋭い声でさえずる。
「マスター!」
雷電スーツのバイザーに表示されるメッセージ。矢印が示す先は……視界の端に転がっていた、傭兵の右腕!
「何!」
気づいて声を上げた瞬間、打ち棄てられていた義手が激しい音を立てて爆発した。強烈な閃光に、レンジの目がくらむ。
目を開いた時には、サイバネ傭兵の姿はすっかり消え去っていた。路地を囲む家々から出てくる人はいなかったが、こちらの様子をうかがう気配。
レンジは雷電スーツを解除すると、傭兵が去って行ったであろう路地の暗闇を睨みつけた。
「くそ、あの野郎……!」
「マスター……」
ぴりり、ぴりり。ナイチンゲールはレンジの肩から飛び降りて、さえずりながら路面を跳ねる。
「一度、拠点に戻りましょう。随分、情報が集まってきましたし。それにマスターには、休養が必要です」
「ありがとう。でも……」
レンジが言い返そうとした時、はつらつとした声が路地に響き渡った。
「おーい、ナイチンゲールちゃん! こっちにいるのー?」
「ほら、マスター、あなたは独りじゃないんですから」
振り返ると、スーツ姿の若い女性が通話端末機を片手に、こちらに向かって走ってくるのが見えた。女性はレンジとナイチンゲールを見つけて足をとめ、手を大きく振って叫ぶ。
「あっ、レンジ君! よかった、ようやく見つけた! 全然デンワが通じなかったから、どうしようかと思った!」
「すまない、アマネ」
レンジは少し口元の強ばりを緩めて、小さく手を振った。
「メカヘッド先輩のところに戻ろう。色々、教えてもらわなきゃいけない事がありそうだからな」
“マスカレード”とサイバネ義体の傭兵をとり逃した日から、数日。
ナゴヤの町ではこれまでにない頻度で殺人事件が相次いでいた。
「被害者の多くは、どこかの企業に勤めてそこそこの地位がある人だった。それと共通しているのは、外部との交渉や業務委託に関わる仕事をしていた、っていうこと……みたい」
ナゴヤ・セントラル保安部。普段は使われていない会議室に設けられた、“マスカレード連続殺人事件”の非公式捜査本部。
緊急治療室の警備をするために出払ったメカヘッドに代わり、マダラが資料を片手に捜査会議の進行を務める。ホワイトボードにずらっと書き連ねられたのは、数日間に変死した人々の名前だった。
コーヒーを片手に話を聞いていたアマネが「はいっ」と言って人さし指を立てる。
「これまで、一日に何件も事件が起きたことはなかったと思うんだけど……“マスカレード”以外の手による殺人の可能性はないの?」
「それは、無いとは言い切れないけど……あっ、そうだった!」
マダラは思い出したように声をあげ、メカヘッドから渡されていた書類束をパラパラとめくった。
「メカヘッド先輩が言っていた、証拠が……そうそう、動画の、10時間54分、35秒……!」
資料にメモしていた時間を頼りに、マダラはテーブルの上の端末機を操作する。
「よし、ちょっと、見てほしいんだけど……」
端末機の画面に映ったのは精密機器が並ぶ、銀色の部屋だった。目の前には、薄緑色の布で覆われた作業台。そして視界の端に映る、数組の革靴。
「これは、“さいばあうゑあ施術院”の店主が残した視覚データなんだ。数年前、ちょうど“マスカレード”のサイバーウェア手術が終わったタイミングのログみたいなんだけど……」
画像が激しく揺れ、視界が上を向く。革靴の主の、黒尽くめの男たちの顔が大写しになった。仁王立ちになった男たちはサングラスの向こうから、視界の主……サイバーウェア職人をじっと見つめている。
「『あんたら、何を勝手に入ってきやがった!』」
職人の怒鳴り声が、ぼんやりと反響しながらスピーカーを揺らす。黒尽くめの男たちは動じなかった。先頭に立つ一人が口を開く。
「『しかし、手術は完了したのでしょう? 契約の通り、被検体の回収に参りました』」
そう言うなり、動き出す黒尽くめの男たち。彼らが職人に施術の依頼をした、“ブラフマー”のエージェントたちのようだった。視界が激しく揺れ、エージェントの一人に突っ込んだ。
「『待て! その子の施術は成功した!』」
「『離れなさい』」
エージェントのリーダー格とみられる男が介入し、作業する部下をかばって職人を引き離す。冷徹な命令に屈せず、職人は声を荒げた。
「『話が違うぞ! “無事”だった被験者は回収しない、んじゃなかったのか!』」
職人の視界は激しく揺れ、床に転がり落ちた。……どうやら数人のエージェントによって組み伏せられ、床に押し付けられたようだった。リーダー格の男は表情を変えず、黒メガネの向こうから職人を見下ろす。
「『“無事に社会生活を送ることができる程度の被験者は回収しない”……という契約内容でしたか』」
「『そうだ!』」
「『却下です』」
視界が激しく揺れる。もがく職人は一層強く押さえつけられ、「ぐぐぐ……!」と苦しそうに唸った。
「『何でだよ! その子は、十分……!』」
「『不可能です。あなたにインストールを依頼した“ウィスパー・マスク”は、最もデリケートな機密研究に関わるもの。……インストールした時点で、通常の社会生活など許されるはずもない』」
「『てめえら……ハメやがったのか、俺を!』」
いんちきじみた契約内容に腹を立てる職人を見下ろす黒尽くめの男は、わずかに口の端を釣り上げた。
「『とんでもない。もちろん、成功報酬はお支払いしますよ。……一人でも壊れていない検体が手に入っただけで、我々としては貴方に依頼した価値があったというものです』」
「『クソ! ふざけやがって……!』」
遠くから「回収、終了しました」との声。リーダー格の男は後ろを振り返り、「でかした」と短く返した。
「『何を企んでるんだ、あんたらは!』」
「『さて、それは我々にもわかりません……分かりたいとも、思いませんがね』」
「『何を、ふざけたことを……!』」
理解不明な返事に、サイバーウェア職人は益々腹を立てた。怒りに震え、画面が煮えくり返るように揺れている。
黒尽くめのリーダーは相変わらずの冷笑を浮かべながら、サイバーウェア職人を見下ろしてため息をついた。
「『“秘匿義務”が生じるのですよ、個人が責任を取りきれないような秘密を知ってしまうとね。……それはあなたも同じです』」
「『何だって?』」
サイバーウェア職人の視界が大きく揺れ、床から引き離される。組み付いていた黒服たちが両肩を掴み、無理やり起こしたようだった。リーダーの顔が画面に大写しになる。
「『あなたには、“忘却措置”を受けていただきます。これは大変強力なものでしてね。万が一にも記憶を取り戻した場合、それをトリガーに機密抹消命令が出される、というもので……まあ、言ってしまえば自爆スイッチみたいなものですよ』」
リーダー格の男が突き出した手には、小さなメモリチップが載せられていた。
「『あなたがサイバーウェア装着者で助かりましたよ。“フォーマット”の装着手術をするとなったら、さすがに私の手に余りますから……まあ、それでもやるしかないんですけど』」
職人の視界がふわりと浮かんで上向いた。画面いっぱいに天井が映る。
「『やめろ! 何をする気だ!』」
カチャカチャと金属音が響くと、視界は天井を向いたまま動かなくなった。手術台に完全に固定されたのだ。リーダー格の男が隣に座り、こちらを見下ろしている。
「『ここがサイバーウェアの工房だというのも、やりやすくて運がいい』」
「『放せ! こら、勝手に使うんじゃない!』」
「『すみません、この一件の情報が洩れると、我々の身も危険に晒されますので』」
リーダー格の男は無感動な調子で詫びを入れながら、機材の操作を続けている。
「『さて、これでよし……では、素人仕事で大変申し訳ないのですが、サイバーウェアのインストール手術を始めさせていただきます』」
「『やめろ……やめろ!』」
画面が暗転する。真っ暗な中、老人の叫び声がしばらく続き……砂嵐とノイズとともに映像は途絶えた。
(続)
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