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アウトサイド ヒーローズ:10-1

フェイク ハート ドリヴン バイ ラヴ

 山間の城塞都市、カガミハラ・フォート・サイト。治安維持を担当する軍警察署の地下に、今は使われていない対核シェルターがあった。
 床材も壁材もむき出しになったがらんどうの部屋には折り畳み式の小さな机が1つ。そして周囲にはパイプ椅子が3つ、寒々しい照明灯に照らされて立っていた。
 椅子のうち二つには、それぞれ男が座っている。ごま塩頭の恰幅のいい初老と、黒髪をぴっちりと固めた細身の中年。中年男性が鋭い目つきで、自らの腕時計を見下ろした。

「そろそろ時間だというのに、あいつは何をしてるんだ……」

 初老の男性は穏やかな表情で、机をはさんで座る中年を見た。

「クロキ課長は、我々がどんな用事で呼ばれたのか、ご存じですか?」

「いえ、特には……もしかして、イチジョー副署長もご存じない……?」

「ははは、彼にはいつも、驚かされますねえ」

 朗らかに笑うイチジョー副署長を見て、“一般捜査課”課長のクロキは奥歯をギリ、と噛んだ。

「あいつめ、内容によっては容赦せんぞ!」

 クロキが怒りで青筋を立てるが、イチジョーは気にしていない様子だった。

「そうですなあ、我々にどうにかできる案件ならいいんだが……」

「えっ? どういうことです……?」

「ああそうか、クロキ君は、まだそれほど経験がないのか。ふふふ」

 ぽかんとした課長の顔を見ながら、副署長は小さく笑った。

「よくやるんですよ、彼。知られると困るような案件を一人で勝手に進めてね。ヤマが一段落ついたり、逆に一人じゃどうにもならなくなったところで、ようやくこちらに知らせてくる、という。……ほら、“ドミニオン”の一件の時みたいに」

 ”都市統括警備システム・ドミニオン”が犯罪組織に乗っ取られた事件を思い出し、それまで怒り狂っていたクロキの顔が固まりついた。

「それでは、もしかして、大変な事件が……」

「それはわかりませんが。わざわざこんな地下に、我々二人を呼びつけたのですから……」

 イチジョーの話を聞きながら、強面の課長はみるみるうちに青ざめていく。

「軍警察内部の人間にも漏らせないような、そんな計画を進めているのかも……」

「勘弁してくれ!」

 クロキは筋張った両手で顔を覆った。

「まあ、まあ! 彼の事です、どれだけ大変な案件でも、何かしらの計画があるでしょう」

「イチジョーさんは、何でそんなに落ち着いてられるんです? もし、大変な責任問題になったら……」

 顔をあげたクロキに見つめられ、イチジョーは困ったような笑顔を浮かべた。

「長い付き合いですからね。彼がそこまでのことを“しでかす”というのは、何かしら必要があってのことでしょう。これまでも、なんだかんだとうまくやってましたからね。……“しでかす”のは変わらないんで、彼は出世できないんですが」

 かつて“彼”の上司だったイチジョーの言葉に、クロキは深くため息をついた。

「“あれ”は出世に興味がなさそうですからね。本人はそれでいいんだろうけど……」

「ご苦労様です」

 副署長が課長をねぎらっていると、シェルターの扉が勢いよく開いた。

「お疲れ様です、イチジョー副署長、クロキ課長! 申し訳ないです、お待たせしてしまって!」

 紙束を抱えて入ってきた機械頭の男……メカヘッド巡査曹長はテーブルの前まで歩いてくると、ヘラヘラとしながら謝った。クロキがじろり、と部下を睨む。

「俺はともかく、副署長まで呼びつけるとは、それだけの要件なんだろうな?」

「ええ、ええ! 極めて機密性の高い事案ですとも! これは署内の人間にも、簡単に漏らせない案件でしてねえ……」

「勿体つけるな!」

 しびれを切らせてクロキが叫んだ。イチジョーが割って入る。

「まあまあ……メカヘッド君、クロキ課長はとても心配しているんだから、そろそろ本題に入ってくれないかね?」

「副署長……!」

 顔を真っ赤にしたクロキ課長を見て、メカヘッドは肩をすくめた。

「おっと、失礼いたしました。では、順を追って説明しますと……まず、私は少し前から、“ブラフマー”の構成員の一人と、コンタクトをとっておりまして」

「はあ?」

 メカヘッドの発言に、上司たちが口をあんぐりとあけたのは当然のことだった。非合法取引シンジケート“ブラフマー”は、違法薬物から非合法製造の武器、果ては臓器や生身の人間……ありとあらゆる“ダーティな”ビジネスを行う企業連合体。監視対象にこそなれ、協力相手とするにはあまりに危険な勢力だった。実際に、違法取引の誘惑に魅入られて腐敗した保安官や軍人たちは枚挙にいとまがない。

「お前……正気か?」

「もちろんですとも」

 課長からの問いかけに、機械頭のセンサーライトが緑色の光を放った。イチジョーも穏やかながら、鋭い光のこもった視線を向ける。

「僕からもいいかな」

「はい、何なりと」

「君自身が非合法な取引に関わっている、ということは?」

「誓って、ありませんとも」

 堂々と言い放つメカヘッドの機械頭をまじまじと見つめながら、副署長は「ふむ……」と息をもらした。

「わかった。僕からはそれだけだよ。説明を続けて」

「副署長!」

 慌てて声をあげるクロキを、イチジョーはやんわりと制した。

「クロキ君、ちょっと……メカヘッド君、何かあれば君と僕たちの首で事態を収めることになるけど……それをする必要があること、なのかな?」

「我々の首以上の、価値があるかと」

「メカヘッド、てめえ……!」

 イチジョー副署長は、両手の拳を握りしめるクロキ課長の肩をぽん、と叩いた。

「ならばなおさらだ。クロキ君、話を聞こうじゃないか」

「ありがとうございます! では、計画書をご覧いただきながら、説明をしていきますね……」

 メカヘッドは手にしていた書類束を机の上に置く。

「今回の計画、それは……」

 機械頭は楽しそうに、センサーライトを光らせながら話し始める。

「“カガミハラ冬の大歌謡祭”です!」

「……はあ?」

 あっけにとられた上司二人は、テーブルの上の資料に目を通して更に困惑した。

「何だ、これは……」

「この事態で、どうしてお祭りなの……?」

「ふふふ……!」

 メカヘッドはもみ手しながら、楽しそうに笑った。

「開発中の“秘密兵器”を展開するために、どうしても必要なのですよ。祭りが……!」


「『レンジさん、準備はよろしいですか?』」

 白い壁に囲まれた部屋の中、スピーカーから呼びかける声が響く。
カガミハラ・フォート・サイト駐屯軍基地の奥、技術開発部の実験室。
 鈍い銀色の装甲スーツに身を包んだ青年が、声に反応して顔を上げた。

「はい、こっちはいつでもいけます」

 レンジは左手首に巻かれたリングに視線を落とす。磁器のようにつるりとした素材の白い腕輪が、無機質な照明灯の光を浴びてつややかな光沢を放った。

「それで、これはどう使えば……?」

「『ここから先は、オレが説明するよ』」

 スピーカーからの声が技術士官のまじめな調子から、なじみのある呑気そうな声に交代した。

「あれ、マダラ、お前も今日ここに来たばっかだろう」

「『おいおい、仕上げをしたのはカガミハラの技術開発部のみなさんだけどなぁ、図面をまとめて基礎を組み立てたのはオレだぞ?』」

「そりゃあそうか」

 レンジは首や肩をぐるぐると回して「ふう」と息を吐きだす。

「じゃあ、やるぞ」

「『オッケー。その腕輪……“アンサンブル・ギア”って名前だけど、基本は他のジェネレート・ギアと同じだよ。ギアをつけて認証コードを叫びながら、“ライトニングドライバー”のレバーを上げて、下げる』」

「ふんふん」

 説明に相づちを打ちながら、レンジは腰に巻かれたベルト“ライトニングドライバー”に手を当てた。

「『コマンドは“重奏変身”だよ』」

「ジュウソウヘンシン? これまでと変わらないんじゃないか?」

「『いや、字が……まあいいや、とにかく、やってみて』」

「よし……」

 銀色のベルトの、バックルについたレバーを引き上げる。

「重奏変身!」

 レバーを引き下げると、アンサンブル・ギアが光を放った。

「『OK, Ensemble-Gear, setting up』」

 普段のテンション高い人工音声ではなく、涼やかな女性の声が腕輪から淡々と応える。
 ベルトからストリングスとギターの旋律が流れ出し、重なりあい、交差しながら響き合った。

「『よし……!』」

 マダラが満足そうな声を漏らす。白い雷光が迸り、雷電スーツを包んだ。光は全身を覆い隠し、やがて鎧の形をつくっていく。

「『いいぞ、そのまま……』」

「『Un-Finished』」

 腕輪の人工音声が冷ややかに宣言すると、フィナーレに向かって盛り上がろうとしていたアンサンブルが、ぶつりと途切れた。

「『ERORR……』」

 光が細かな粒となって消え去ると、元の鈍い銀色のスーツが立っていた。

「『えっ? ちょっと待ってよ! どうなってるの……? ねえ、これ何……?』」

 困惑したマダラ声が、スピーカーからフェードアウトしていく。周囲にいたスタッフと話し合いを始めたようだった。
 変身失敗を告げた後、白磁の腕輪はうんともすんとも言わなくなった。窓のない壁の隅に作られた扉が開く。

「レンジさん、大丈夫ですか?」

「体に違和感や、不調はありませんか?」

 作業着に身を包んだ技術士官が数人、慌てた様子で駆けこんできた。
 しかしレンジは答えない。黙り込んだままその場に突っ立って、沈黙した白いギアを見下ろしていた……


 カガミハラ市街地。夕闇にネオンがまたたく歓楽街の第4地区の路地に、店を構えるバー“止まり木”。普段は客が入り始める時間だが、この日は扉に“貸し切り”の札が掛けられていた。
 オレンジ色の肌をしたカエル頭の男が、不貞腐れたような顔でカウンターに頬杖をついていた。

「何で変身できなかったんだよう……おかしい、全て計算通りの出来だったのに……!」

 ぶつぶつとこぼすマダラの前に、模造麦茶のグラスが置かれた。黒いドレスに身を包んだ有翼の女主人が、困ったような笑顔を浮かべる。

「ノンアルコール・カクテルで、ここまで正体をなくすなんてねえ……ほら、マダラ君、これでも飲んで」

「ありがとうございます……」

 礼を言ったマダラはうなだれながらストローをくわえて、ちゅうちゅうと麦茶を吸いはじめる。隣に座ったメカヘッドが、手にしていたワイングラスをカウンターに置いた。

「しかし……どうしてうまくいかなかったんだろうね? お世辞を言うつもりはないが、マダラ君の技術力は相当なものだと思う。作ったものがここまで見事な不具合を起こすなんて、初めてじゃないか?」

「ありがとうございます。……まあ、失敗作がない、ってわけじゃないんですけどね」

 マダラは顔をあげて、メカヘッドに返した。

「それにしたって、今回は原因がわからないんですよ。“認証コード”も問題なかったし、追加装甲の展開も、途中までは問題なかった。何がよくなかったんだろう? もしかして……AI?」

「AI?」

 きょとんとして聞き返したメカヘッドに、マダラはつらつらと説明を始めた。

「ええ、今回の強化フォームは、基本的には“ファイアパワーフォーム”や“ウォーターパワーフォーム”と、やってることは変わらないんです」

「というと……殴ったり、殴られたりして起きた衝撃をエネルギー源にして、バッテリーを充電する……てことかい?」

「その通りです。でも、これまでのフォームじゃ、パワーのコントロールがうまくいかなかった。出力や入力をリアルタイムで繊細に調整して、充電の状態を保つ、ってことが難しかったんです」

 機械頭の男は、ぽんと両手を叩く。

「それで、AIを使うのか」

「そうです。高度なAIによって激しい戦闘中でも充電と放電を自在にコントロールし、より長い時間、闘い続けることができるようになるフォーム……になるはず、なんです」

 マダラは眉間にシワを寄せながらそう言うと、ストローで残り少なくなった麦茶をずぞぞ、とすする。氷がからり、と音を立てた。

「あらあら……」

 水差しを持ったチドリがグラスに麦茶を注ぐ。

「あっ、ありがとうございます」

「理屈はよくわかった。けど、何で、あまり自信がなさそうなんだい……?」

 メカヘッドが尋ねると、マダラは指でほほをかきながら、小さく笑った。

「ええと、ははは……オレ、AIは専門外なんですよ。だから、そこのデザインとギアへの組み込みはカガミハラの皆に任せたんですよね。でも、いくら高度なAIとはいえ、変身を妨害するなんてこと、できるのかなあ……?」

「アンサンブル・ギアの中身を調べるしか、なさそうだね。……ところで、肝心のギアはどこにあるんだ?」

「変身した後も外れなくなっちゃったみたいで、レンジが持ってるままのはずですけど……」

 ハッとしたマダラは、店の中を見回した。

「あれ、レンジは?」

「レンジ君なら、まだ来てないわよ」

 店の奥に引っ込んでいたチドリが再び顔を出し、マダラとメカヘッドの前にハンバーグ・プレートを並べながら答える。

「晩御飯はうちで食べるけど、少し遅くなるかも、って」


 カガミハラ・サイト市街地の第2地区と第3地区……新・旧の商業地区の狭間に建つ、休業中の大型ショッピングモール“インパルス”。現在は改修工事のために足場が組まれ、幕に覆われた建物の影に、コートを着た男が座り込んでいた。左手首の白い腕輪が、作業灯の光を浴びて夜闇に浮かびあがっている。
 実験室から出た、まだ空が薄紅色だった時から、腕輪は沈黙を貫いていた。力をこめて外そうとしても、つついてみても、腕ごと振り回しても、アンサンブル・ギアはビクともしない。
 この数時間、街をさまよい、思い出したように繰り返した身振りを再び試した後、レンジは深くため息をついた。白い息が漏れ出し、青年は身震いする。
 腕輪に視線を落とす。工事現場の作業員たちは既に引き上げていて、辺りは静まり返っていた。

「君は……」

 呼びかけとも、つぶやきともつかぬ声。一拍置いて腕輪の内側から、白い光があふれ出した。

「『……お呼びですか、マスター?』」

 女性の声が応える。

――そうだ、この声だ。聞き間違えるなんてことも、忘れるはずもない、この声……

「ああ、そうだ。君の、その声は……」

 腕輪は黙っている。レンジに何を言われるかと、固唾を飲むように。

「俺は、よく知っている。その声を……」

「『はい』」


 メカヘッドはハンバーグ・ステーキを大きく切り出すと、頭部パーツの下側を開いて口の中に放り込んだ。機械頭の中でもぐもぐ、と噛んでから飲み込む。

「……しかし、レンジ君はどうしてるんだろうな? 変身に失敗した時から、元気がないようだったけど」

「あれは、実験がうまくいかなかったことを気にしてるわけじゃない、と思うんですよ」

 マダラは答えると、フレンチフライをつまんで口に入れた。

「あいつは、そんなことじゃヘコまないですよ。むしろオレの設計がダメだったんだろ、ってすぐに言ってきても、おかしくなかったんだけどなあ」

「食べながらしゃべるのは、行儀わるいぞマダラ君。……だけど、確かにそうだね。あの後も、腕輪をえらく気にしていたようだが……」

「もしかして、AIのことを、何か知ってるのかな」

「君ですら、知らないことを……か?」

「そうなんですよ。そんなことない、はずなのになあ……」

 マダラはうんうん唸りながら、フレンチフライを数本まとめて口に突っ込んだ。

「ただ、なんだか引っかかるんですよ。技術開発部の皆が……」

「だから君、行儀の悪い……いや、もういいや。それで、あのマッドサイ連中が、どうかしたのか?」

 口の中のフライドポテトを飲み込んだマダラが、メカヘッドの言葉に小さく笑う。

「マッド、って……まあ、確かに、みんなちょっとアレですけど。……彼らがね、なんだか、えらく自信満々だったんです。『装着者との相性は最高ですよ、絶対に。保証します』なんて……」

「あのAIに、何があるってんだ……?」

 食器を片付けていたチドリが顔を上げた。

「あら、軍の人からの電話って、マダラ君たちとは無関係だったの」

「えっ、ママ、何かあったんですか?」

 メカヘッドに尋ねられると、チドリは手をとめた。

「はい。今日店を貸し切りにしたのって、それに関係する話だとばかり、思っていたのですけれど……」

 チドリが言いかけると、メカヘッドは慌てて両手を振る。

「いや、いや! それはそれで、ちょっと事情が……それより、軍からの電話って、どんな内容だったんです?」

「ええっと、人工知能を作る資料にしたい、とおっしゃって。なんだか色々と質問されたんですけど……」

「どんな質問です?」

 マダラもずい、と迫る。二人の男の顔が近づき、チドリは困ったように笑った。

「それが、よくわからないの。『こんなことがあったら、どうしますか?』とか、『こんなことを言われたら、どう思うでしょうか?』とか。とりとめもなくて、すごい数の質問だったから、内容もあまり覚えていないわ……」

「返答のパターンを集めている? 人工知能の、学習資料にするつもりなのか……?」

「けどメカヘッド先輩、AIの学習データって、一人の人間だけからとるものじゃないですよ。そんなことしたら、反応に偏りが……」

 メカヘッドは、パチリと指を鳴らした。

「それだよ、マダラ君! チドリさんの人格を模倣したAIなら、レンジ君との相性はバッチリじゃないか?」

「なるほど!」

 マダラも両手をぽん、と叩く。

「……でも、それならどうしてうまくいかなかったんだろう? それに、レンジがあからさまに反応してたのもわからないなぁ。AIはほとんどしゃべらなかったのに……」

「あら、話をしたのは、私のことじゃないわよ」

「えっ」

 ぽかんとしたマダラの横で、メカヘッドは更に食いついた。

「じゃあ、誰のことを話したんです?」

「うん、あの人たちが知りたがっていたのはね……」

 しゃべりかけたチドリは、ふと遠くを見るような顔になって黙り込んだ。そして一呼吸おいて、

「“ことり”ちゃんのこと」


 改装工事中のショッピングモールの片隅で、レンジは自らの左手首と向き合っていた。そこに巻き付いているのは、機械仕掛けの白い腕輪。作業現場に残された照明に照らされて艶やかな光を放つ腕輪を見ながら、レンジは再び黙り込んでいた。

「『……マスター? こちらからの発言を、許可いただけますか』」

 腕輪から女性の声が呼びかける。人工音声なのだろうが、その発声は生身の人間から発せられたようになめらかだった。レンジは声を絞り出すようにして答える。

「……ああ、かまわない」

「『ありがとうございます、マスター。私はマスターの活動を総合的にサポートするためにデザインされた、1.5世代型人工知能です。実在の人物の思考パターン、発言反応行動様式を学習し、限りなく本人に近い疑似人格を目指して作られました』」

 レンジは黙っている。AIは“一呼吸おく”ように少し黙った後、再び話しはじめた。

「『先ほどのアンサンブル・ギア起動実験の際、私はマスターの異常な心拍数の増加、脳波測定による強い情動の変化を確認し、起動シークエンスを停止しました』」

 話を聞きながら、レンジは驚くそぶりも見せなかった。ギアはまたたきをするように、内側から放つ白い光を点滅させる。

「『私は、知りたいのですマスター。マスターの心に起こった感情が、いかなるものであったのか。私、“KOTORI-Mk2”が、人格ベースになった女性を再現するために、必要なものが何なのか……』」

「その、必要はないよ」

 レンジは静かに、しかし決然とした響きがこもった声で返した。

「だって、君は……ことり、ではない、からだ」

(続)

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