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アウトサイド ヒーローズ:エピソード3-03

フィスト オブ クルーエル ビースト

 クロキ課長率いる捜査官たちとホソノ博士、そしてタチバナは隠し扉からエア・ダクトを抜けて、土埃にまみれながら地上に這い出した。巨大なゴリラ・カンノン・スタチューの真下にある広場では、先に脱出していた捜査官たちが課長の指示を待っていた。

「全員いるな?」

 課長が呼びかけると、待っていた捜査官たちと遅れて脱出した捜査官たちがハンドサインを送りあった。先行組の一人が声をあげる。

「全員揃いました!」

「よろしい。資料を車に積み込め! ホソノ博士は……」

「うちの車に乗ってもらいましょうか?」

「タチバナさん、ありがとうございます」

「では、博士はこちらに……」

 タチバナがホソノ博士を連れて“白峰酒造”のバンに向かって歩き始めた時、


 研究所に繋がる扉が音を立てて弾き飛び、鈍い銀色の影が転がりだしてきた。

「……いてて」

 雷電がふらつきながら立ち上がり、扉に向かって身構える。

「レンジ!」

「ごめん、おやっさん! 抑えきれなかった!」

「……何だって?」

 のそり、とミュータントが扉のない出口から姿を現した。内側から筋肉が盛り上がり、青灰色の皮膚を押し広げている。硬質化した皮膚は張りつめて亀裂が広がり、内側の赤い組織が剥き出した。首筋の筋肉ごと膨れ上がった顔は、目と口の端が裂けて大きく広がっている。開いた口から覗く歯は猛獣のように鋭く、ぬらりとした金属質の光沢を放っていた。

 “26号”と呼ばれた獣は昼前の陽射しを浴びると、天を仰いで吼えた。

「おおおおおお!」

 固まった捜査官たちに、クロキが檄を飛ばす。

「撤収急げ! “プランA”!」

 弾かれるように捜査官たちが再び動きだす。最前線にいた者たちは雷電に並び立ち、“26号”を包囲した。

「皆さん……あっ!」

 獣は雷電に目をくれず、博士とタチバナめがけて駆ける。出遅れた雷電が駆けつける前に、正面にいた警察官がしがみついた。振りほどこうとするミュータントに、次々と捜査官が飛びかかる。大きな塊となって激しくうごめいた。

 資料の回収を確認したクロキが再び叫んだ。

「第2段階、はじめ!」

 必死でしがみついていた捜査官たちが蜘蛛の子を散らすように、一斉に離れて飛び去った。その多くはミュータントの抵抗を受け続けたダメージから立ち上がれなくなって、広場のコンクリートタイルに転がっていた。

 資料の回収を済ませた捜査官たちが取って返し、苦痛に身悶えする同僚を数人がかりでかつぎ上げると、駆け足で警察車両に運び込んでいく。タチバナとクロキもホソノ博士を伴って、白いバンに乗り込んだ。

「警ら隊の叩き上げとお聞きしていましたが、さすがの手腕ですな!」

 タチバナは自動追尾ドローンを車外に放ち、車のエンジンを起動させながら言った。クロキ課長はホソノ博士と共に、二列目のシートに乗り込む。

「訓練の賜物ですよ。……あれは明らかに博士を狙っています。この車に乗せてよろしかったので?」

「ナカツガワまでは長いんです。上手い手が打てずにカガミハラに連れ込むよりはましですよ。……雷電!」

 運転席から顔をだし、ミュータントと向き合う雷電に声をかけた。

「何とか、次の手を考えるから、それまで持ちこたえてくれ!」

「了解!」

 雷電がこたえると、バンはエンジンをふかせて走り去った。警察車両もカガミハラに向けて、次々と出発する。“26号”はバンが消えた方向に叫んだ。

「あああああああああ!」

 追いかけて走りだそうとする獣の前に、雷電が立ち塞がる。

「待てよ、仕切り直しだ!」

 ドローンが雷電の周りを旋回した後、頭上に舞い上がった。


 巨大ゴリラ・カンノン・スタチューの下にドローンが浮かび、地上でぶつかり合う影たちをカメラに収めていた。

「ああああ!」

 “26号”が吼えながら拳を振るう。雷電は両腕で受け止めるが弾き飛ばされ、受け身を取りながら転がった。

「強い! けど……!」

 跳ねあがるように体を起こして駆ける。ミュータントの周りに弧を描いて走り抜け、背後に回り込む。

「俺の方が、速い!」

 青灰色の獣が振り返る前に、雷電は小岩のような背中を掛け登った。

「オラアッ!」

 首の後ろ、後頭部と背骨の間を蹴って反動で飛び退く。“26号”はよろめく素振りも見せずに向き直り、肩を怒らせて吼えたてた。

「おあああああ!」

「硬いな、この!」

 ミュータントは叫びながら突っ込んでくる。雷電が横っ飛びすると、後ろに下りていたシャッターに突っ込んだ。廃墟の中から更にシャッターを破り裂き、青灰色の獣が顔を出す。見開いた赤い目を爛々と輝かせ、裂けた口からは血の混じった涎を垂れ流した。

「おおおおああ!」

 強い視線に射抜かれながらも、雷電は殺意も、悪意すら感じなかった。血走った目にはただひたすら、激しい暴力への意志が燃え盛っていた。

「お前がなぜ暴れるのか、俺にはわからない……」

 “26号”は「う、う、う……」と低く唸る。

「だが、暴れるならばとめるだけだ! 何度でも!」

「うあああああああああ!」

 言い放つ雷電に、青灰色の獣が再び飛びかかった。


 山の下に“白”の屋号紋が入った白いバンはイヌヤマ・ルインズを出発し、瓦礫の道をひたすら東に走り続けていた。激しく揺れる車内でナカツガワに居残っていたマダラとの通話を終え、タチバナは携帯端末のスイッチを切る。

「……よし。いや、良くはないか」

 車内にとりつけたタブレットの中では雷電とミュータントがぶつかり合っているが、弾き飛ばされるのは専ら雷電だった。タチバナは画面をちらりと見た後、バックミラー越しにホソノ博士を見た。老博士は二列目の座席から顔を出し、青灰色のミュータントとヒーローの闘いを見守っていた。

「ホソノ博士、お尋ねしたいことがあるのですが」

 顔を上げた博士は、ミラーを見てタチバナと視線を合わせた。地下研究所で見せたような剥き出しになった感情は、再び暗い表情の奥に沈んでいた。

「はい、何でしょうか?」

「あなたが“26号”と呼ぶあのミュータントは、いったい何者ですか?」

「あれは……」

 ホソノ博士は画面を見ながら言った。

「あれは、私の息子です」

(続)

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