アウトサイド ヒーローズ:エピソード12-7
ボトム オブ ピット、ライク デヴィルズ ネスト
夕陽が射す中、荒れ果てた道をトラックが突っ走っている。オフロード仕様の足回りが崩れたアスファルトを踏み砕くたびに車体は激しく揺れるが、スピードは全く落ちなかった。
「信号が来ているのは、この先で間違いないんだな?」
ハンドルを握りながら、タチバナ保安官が叫ぶ。助手席には白い装甲を身にまとった機械仕掛けの小鳥が収まり、ぴりり、と動作音をさえずった。
「はい。このまま道なりに進んでください。目標地点は、直線距離1km圏内です」
「とは言ってもさあ、見渡す限り何にもないんだけど」
後ろの座席に収まっていた巡回判事・滝アマネが顔を出し、キョロキョロと見回しながら言う。遠景には山々。道沿いには緑に埋もれた旧時代の遺跡が、まばらに顔を出すばかりだった。タチバナもアマネの言葉に釣られて、目を細めながら辺りを見回す。
「こんなところに、一体何が……」
「申し訳ありません、停車をお願いします」
「何?」
道沿いにぽっかりと開けたスペースを見つけて、タチバナはトラックを停めた。
「どうした、見失ったか?」
ナイチンゲールはぴりり、ぴりりとさえずりながら、くるりと首を傾げた。
「これ以上の追跡は困難と判断しました。信号の発生地点は周囲500m圏内なのですが、反応が不安定であり、位置の特定ができません」
「500m圏内、って言ってもなあ……」
タチバナはトラックを降りる。深呼吸し、大きく伸びをしながら周囲をぐるりと見回した。ひざ丈にも届かないような草と細い樹々が生えた見通しの良い野原の所々に、風化しかけた建物の跡。かつては広い敷地をもった公園か何かのようだが、今では周囲の自然との境界が薄れ、景色の中に溶け込んでいる。
「うーむ……見渡す限り静かな野っ原、って感じだ。動物の気配もないしなあ……」
山際に太陽が沈み始めたのを見てから、タチバナはトラックの中に声をかける。
「巡回判事殿、そろそろ日が暮れますので、この辺で野宿にしましょう。準備を……」
「はあい。……ん?」
アマネは返事をしながら、自身も周囲の地形を確かめようと顔をあげた。山は既に黒く染まっている。すこしずつ夜闇に包まれ始めた景色の中、廃墟から僅かな光が漏れ出しているのに気付いて、巡回判事は目を凝らした。
「ナイチンゲール、あれ……!」
機械仕掛けの小鳥に呼びかけると、ナイチンゲールはぴょんぴょんと跳ねてアマネの肩にとびのった。
「私も、不審な光を確認しました。人工照明の可能性が、極めて近いかと推測されます」
「そうよね! って、いうことは……」
アマネは嬉しそうに返すと勢いをつけて後部座席から飛び出し、運転席にすぽりと収まった。車体が小さく揺れる。
「何か隠してる!」
ハンドル横の起動スイッチを押すと各部のインジケータが光り、計器盤が動き始めた。バイオマス・エンジンが鈍い音を立てて震えはじめると、野営の準備を始めていたタチバナが慌てて振り返る。
「巡回判事殿!」
「タチバナ保安官、手がかりを見つけました!」
「何ですって! ……それで、何をするつもりです?」
前照灯を灯し、エンジンをふかせるトラック。ハンドルを握る巡回判事の瞳がギラギラと輝いているのを見て、タチバナの顔から血の気が引いていた。
「突っ込みます! 何があるかわからないんで!」
「やっぱりか……!」
タチバナ保安官は頭を抱える。
「ごめんなさいタチバナ保安官、修理代は出しますから! ……いくよ、うりゃあああああ!」
猛然と走り出したトラックは、廃屋の歪んだ戸口に衝突して吹き飛ばした。そのまま積まれていた段ボール箱の山を蹴散らすと、隠されていたプラントの入り口に突っ込み、広い廊下を走り始める。
ふらつきながら立ち上がった保安官は、トラックが去って行った廊下をしばらくぼんやりと見つめていた。
「仕方ない、追うか……」
巨大水槽が光を放つ、アケチ製薬の地下プラント最深部。身を寄せ合った白衣の研究者たちと、それを守るサイバネ義体の警備員たちの姿が、水槽を照らすライトによってぼんやりと浮かび上がった。
発電施設を管理する職員も殺害されたために、プラントの電源は非常用バッテリーに切り替えられている。緩やかに電力量は低下し続け、地下プラント全体が死に向かいつつあった。
「“奴”はプラントの中を歩き回ってる……今はどこにいる?」
「わからない……けど、ここは今のところ、奴の巡回ルートから外れてるはずだ。だから今のうちに隠れなきゃ」
「隠れるって、どこにだよ!」
研究者たちが額をつき合わせ、声を潜めて話し合っている中、一人の男が叫ぶ。声は抑えていたが、疲労と焦りの色がありありと聞き取れた。
「外に出ようと思ったらすぐに撃たれるんだぞ! 急に来て襲ってくるし、あんな奴からどうやって逃げられるっていうんだよ!」
「それは……」
「ここだって、バレたらあっと言う間だ! 俺たちはすぐに、奴に見つかって殺されちゃうんだ!」
消耗しきった研究者は泣き言を漏らしながら頭を抱えてうずくまる。他の職員たちも顔を伏せた。警備員たちは銃を構え、研究室の入り口前を警戒し続けている。
円筒形の水槽に収まっているミュータントの少女は、不思議そうに足元を見つめている。この研究所に連れてこられてからどれだけ経つのかわからないけれど、こんなに情けない声をあげる研究者を見るのは初めての事だった。
「どうしたの」と声をあげても、水槽の外には届かない。思えば“じょうじ”がいなくなってから、水槽の周りにいる人たちの様子はみるみるうちに変わっていった、ような気がする。
「“じょうじ”、どうしちゃったんだろう……」
自動ドアのセンサーが反応し、乱れた呼吸の音だけが聞こえる室内に小さな電子音が鳴る。職員たちは身を寄せ合って小さくなり、緊張の糸が切れた警備員たちは入り口に向かって銃を乱射させた。
銃弾は侵入者めがけて飛んでいき、直撃すると金属質のボディに弾かれて乾いた音を立てる。
「うわっ! と、っと! 待ってくれ、俺は敵じゃない!」
金属質の装甲を纏った侵入者は全くの無傷だった。全身に走るラインが光を放ち、薄暗い室内に侵入者の姿を浮かび上がらせる。警備員たちがたじろいで銃撃をやめると、ストライカー雷電の後ろから修復されたサイバネ義体の警備員が顔を出した。
「私から説明します」
雷電と警備員を研究室に招き入れ、説明を聞いた職員たちは、相変わらず暗い顔をしていた。
「この部屋以外は、もう生き残りはいないのか……」
「やっぱり、もうダメなんだ……」
うなだれる者、座り込む者。生き残った研究者たちの多くが打ちひしがれる中、先ほどまで嘆いていた男が顔を上げた。
「あんたは、何なんだよ」
「えっ、俺?」
「殺し屋が俺たちを殺そうとしてる理由はわかった。じゃああんたは、何でここまで来た?」
「俺は……」
雷電は筒形の巨大な水槽を見上げる。幾つもの手足、その他変形した人体のパーツが無数につなぎ合わされ、捏ね上げられたような肉塊を下半身に持つミュータントの少女が、培養液の中を泳ぎながら雷電たちを見下ろしていた。
「そっちの警備員が話した通り、俺たちはあんたにとって、助けたいと思えるような人間じゃないはずだ。なのに、どうして……」
目の前に視線を戻す。薄汚れた白衣を着た研究者たちは、すがるように雷電を見ていた。レンジは両手を固く握りしめると、ヘルメットのバイザー越しに研究者たちの視線を受け止めた。
「……目の前で人が殺されるのを、放っておくわけにはいかないからな」
「だって、雷電はヒーローだからね!」
足元に転がって来たぬいぐるみ型ドローンが、元気よくとびはねる。雷電は目の前に跳ね上がった“ドット”を、両手でむんずと捕まえた。ぬいぐるみは人工音声で、可愛らしい悲鳴をあげる。
「ふみゃ!」
「……とにかく、水槽に入れられているミュータントは最優先の保護対象だ。あんた達にはあのミュータントに好き放題していた、落とし前をつけてもらわないとな」
「雷電たら、照れ隠ししちゃって~」
「うるさい!」
「むぎゅううう……」
雷電が両手に力を籠めてドットのボディを押しつぶしていると、足元にコツンと金属の音が響いた。
足元を見やると、開封された缶詰がコロコロと転がっている。中から握りこぶし程の錠剤がいくつか転がり出し、空気に触れて激しく泡を噴き始めた。
「何だ、これ……?」
「揮発性の薬品……毒ガスだ!」
大急ぎで分析したドットが声を上げると、雷電の腕をはねのけて床に転がり落ちる。
「どれぐらいの毒性かは、分からない……生身のヒトは、空気を吸わないようにするんだ!」
研究者たちはよろめきながら白衣の袖で口を覆う。警備兵たちは銃を構えて周囲を警戒した。続いて数か所に落ちる発煙筒。
研究室の中が真っ白に塗りつぶされる中、研究者の悲鳴があがった。
「クソ、やられた! 雷電、気を付けて!」
煙幕の中を走る黒い影。狙い違わず研究者を仕留め、警備員の脳殻を撃ち抜く。
銃弾の音、悲鳴、そして義体が崩れ落ちる音。
「クソ、どこだよ!」
雷電が悪態をつきながら見回した時、部屋を覆っていた煙が少しずつ薄くなり始めた。修復され、雷電に従っていた義体の警備員が、室内の排煙装置を起動したのだった。
白衣の男にナイフを突き立てる黒い影の姿が、うっすらと残る煙の中に浮かび上がる。
「そこか! ……ウオオオオオ!」
雷電は両足に電光を迸らせながら、黒尽くめの傭兵めがけて駆け出した。
「オラアッ!」
殴りかかろうとした雷電に血染めのナイフを投げると、サイバネ傭兵は研究者の死体を打ち棄てて飛びのいた。
「やっぱり、仕事の邪魔をするつもりのようだな。じっくり準備してきたというのに、商売道具をことごとく潰してくれる……!」
「悪いが、あんたを好き勝手させるわけにはいかないんだ」
雷電は傭兵と向き合うと、両拳を構えた。
「俺もこれが仕事だからな!」
傭兵は「フン」と吐き捨てるように息を漏らし、大腿部に収納されていたナイフを抜き出す。
「ならば、とめてみせるがいい。私は、失敗しない……!」
鈍い銀色の装甲から、電光が激しく迸る。雷電は床を踏みしめると、ナイフを構える傭兵めがけて駆け出した。
(続)
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?