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アウトサイド ヒーローズ:エピソード2-14(エピローグ)
エントリー オブ ア マジカルガール
昼下がりのカガミハラ第4地区、繁華街の片隅にあるミュータント・バー“止まり木”のカウンター席に、機械頭の男と二本角の男が並んで腰かけていた。模造麦茶のグラスも2つ並んで汗をかいている。開店の準備をするために動き回っていた店員たちも作業を終えて控え室に戻り、店内にはゆったりと時間が過ぎていた。
「……あの時、コグレを止めることができたのはストライカー雷電のお陰ですよ」
メカヘッドは緑色のセンサーライトをまたたかせながら言った。タチバナは麦茶のグラスを軽く傾けてからカウンターに戻す。氷がカラン、と音を立てた。
「オフィスを爆破しようとしたんだって?」
「ええ、結構な量の爆薬が仕込まれてましてね。もろともに自爆しようとしていたようです」
「今回は“ドミニオン”の事といい、“パワードオートマトン”の事といい、人死にが出なかったのは奇跡的だな。よく頑張ったと思うよ」
タチバナが言うのを、メカヘッドは棚のボトルを見ながら聞いていた。
「……まあ、色々やらかしましたからね。クロキ副署長、降格しちゃって今は課長ですけど……クロキ課長が手を回してくれて、何とかトントン、ってところです」
「でも、テロをとめた手柄は無視できんだろう?」
メカヘッドは肩をすくめる。
「うちの課長が昇進したんで、それでバランスが取れたんでしょう」
「……よかったのか?」
「イチジョーさんがあまりに出世欲が無さすぎたんですよ。上からも早く昇進するようにせっつかれてたし、いい機会だったんじゃないですか。……俺は、今のポジションが楽に動けるんで、これでいいんです。後はいい上司が来てくれたら問題なしですね」
チドリが足してくれた模造麦茶を一口飲んで、タチバナは苦笑する。
「そこはお前の努力次第だろ。イチジョーさん以上の人は、そうそう居ないんだからな」
「ははは……」
ばつが悪そうに笑うメカヘッドの前に、透き通った薄緑色のグラスが置かれた。雪玉のようなアイスクリームが、泡をまとって浮かんでいる。
「こちら、酒場の歌姫からです」
ソーダ・フロートから視線を上げると、黒いドレスのチドリが微笑んでいた。
「チドリさん……!」
感激したメカヘッドが話しかけたところで、入り口のベルが乾いた音を立てた。両手で抱えるほどの荷物を抱えたレンジがホールに入ってくる。カウンター席の二人が振り返った。
「ただいま帰りました。会津商会さんとの取引、無事に終わりました」
「おう、お疲れさん」
「チドリ姉さんも、荷物受け取ってきたよ」
チドリはにっこりして、新しい模造麦茶のグラスをタチバナとメカヘッドの間に置いた。
「ありがとう。うちの子に片付けてもらうから、テーブルの上に置いておいてもらえるかしら」
「了解」
レンジは大きな袋をテーブルに置くと、カウンター席に収まった。
「何の話をしてたんですか?」
「いや、まあ、そうだなぁ……」
二人が話し始めると、レンジは麦茶を乾いた体に染み込ませるように、ちびりちびりと飲み始めた。
「この前のヤマから色々あったからな。何となく振り返ってたんだ」
「これまではタイミングも合わせにくくて、タチバナ先輩と会うチャンスはあまりなくてね」
「アマネ殿がナカツガワに詰めてくれているからな。その分、俺は自由に動けるってわけだ」
「まだ二十過ぎてそこそことはいえ、巡回判事ですよね? そんな扱いで、保安官の仕事まで任せていいんですか?」
メカヘッドが尋ねると、2人はレンジを挟んで再び話し始める。
「アマネ殿が自分で調べて見せてくれたんだが、保安官補佐特例とかいうのがあるらしくてな。よく見つけてきたもんだよ。おまけに『年下だから、敬語を使わないように』だと。正直なところ、どう関わったものか……」
「尊重してくれてるなら、なによりじゃないですか」
タチバナはコップに残った麦茶を口に流し込んだ。
「そうなんだがなぁ。年下の監査役というのはどうにも、扱いに困るよ……」
チドリがタチバナの前にコーヒーと豆菓子、レンジの前には薄青色のソーダ・フロートを並べた。
「こちらは新しいお得意様と、町を守ってくれたヒーローさんへ」
「すまないな、いただくよ」
「ありがとう」
お礼の言葉を笑顔で聞いた後、チドリは小さくため息をつく。
「本当は、マギフラワーにも何かお返ししたかったのだれど……」
ヘッドパーツの底を開いてストローをさしこみ、メロンソーダを飲んでいたメカヘッドがグラスを置いた。
「俺も直接会ってみたかったんだけど、すぐにいなくなっちゃったんだよな」
「映像見せてもらったけど、あれはマダラの仕業だろう。俺には何も話してくれないんだが、レンジは聞いてないか?」
タチバナから尋ねられたレンジは、小さなスプーンでアイスクリームを少しずつ削っていた。
「俺も聞いてみたんですけどね、『守秘義務があるから』とか言って教えてくれないんですよ。どうもマダラの知り合いみたいなんですけど」
豆菓子をボリボリとかじりながら、タチバナは唸った。
「うーん、まあ、“マジカルハート変身セット”はマダラの私物だからなぁ。むやみに使って巡回判事殿に睨まれなければ、それでいいか」
「そこは、大丈夫なんじゃないですかね……」
レンジはそう言うなり、パステルブルーに染まったソーダをストローでゆっくり飲み始めた。タチバナとメカヘッドは、それ以上話さないレンジをじっと見ていた。
ナカツガワ・コロニー唯一の酒場“白峰酒造”の入り口には、“店主不在のため、本日お休みします”と張り紙されていた。曇りガラスの引き戸の前に、艶やかな光沢を放つパステルブルーのスクーターが停まっている。人の気配がある店の中から、明るい声が漏れ聞こえてきた。
「アオちゃん、お昼ご飯ありがとう。ごちそうさま! マダラもスクーターのメンテ、助かったわ!」
ガラス戸が大きな音を立てて開き、旧文明期に女性警官が着用していたとされる、青い制服に身を包んだアマネが飛び出してきた。
「午後の見回り、行ってきます!」
「アマネさん、ちょっと待って!」
パタパタと足音が響き、サンダルを履いたエプロン姿のアオが顔を出した。大きな手にのせて、2つの包みをアマネに渡す。
「お願いしてた、アキとリンのお弁当!」
「ごめん、忘れてた」
アマネは2つの弁当包みを肩掛け袋に仕舞った。ヘルメットとゴーグルを身につけて、スクーターのハンドルを握る。小型バイオマスエンジンが、スネアドラムのように軽快なビートを刻んだ。
「気をつけてくださいね」
「ありがとう。今度こそ、行ってきます」
手を振るアオに見送られて、アマネは青空の下に走り出した。
(エピソード2:エントリー オブ ア マジカルガール 了)
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