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アウトサイド ヒーローズ:エピソード5-03

ウェイク オブ フォーゴトン カイジュウ

 男三人とその荷物、そして大型バイクが下ろされると、灰色のトレーラーは地響きを立てながら走り去った。メカヘッドは大きなトランクに手をかけて、二人に振り返った。

「まず、荷物を車に載せよう。マダラ君は俺と一緒に来てくれ。車で先導するから、レンジはバイクで追いかけてくれ」

「了解。変身していきますか?」

「いや、まだいいよ。今日は撮らないし」

「はあ……?」


 長年の潮風を受けてくたびれた灰色のバンに先導されて、レンジのバイクは海辺の道を行く。塩気を帯びた風がヘルメットの隙間から鼻に潜り込んできた。

 海に目を向けると、朝の陽射しを照り返し、波が金色に輝いていた。遠くに漁船が何隻も、互いに距離をとりながら浮かんでいる。海原の向こうには小さく山々が見えた。

 オーツ・ポート・サイトの町並みが近づくと、ヘルメットのインカムからメカヘッドの声が聞こえた。

「『そろそろ目的地に着くぞ』」

「了解」

 “オーツ休暇村”とボディの横に大きく書かれたバンは、速度を落として町の中に入った。

「『壁がないんだね、この町』」

 インカムからマダラの声が聞こえる。バンの中の二人の会話をマイクが拾っていた。

「『そうだな、山や森に囲まれたナカツガワやカガミハラじゃ、こうはいかない。陸からやって来る獣はほとんどいないということもあるだろう。この町は専ら、海から来るモンスターと戦ってきたのさ』」

 行き交うのは皆、“真人間”ばかりで、ミュータントは1人も見かけなかった。人々はすれ違うたび、レンジのバイクをまじまじと見ていた。視線からは警戒心よりも、好奇心が強いように感じられた。

「俺たちがあまり警戒されてないのは、この町に余裕があるから、ですか?」

「『そう、グレート・ビワ・ベイは海岸線を囲むように建てられた隔壁で守られているのさ。いわば海の周りが、丸ごと一つの町なんだ』」

 話をしているうちに市街地を抜け、船着き場にさしかかった。漁船の多くが漁に出た後の港は閑散としていて、小さな子を連れた老人が釣糸を垂れている。

「『……さあ、着いたぞ』」

 駐車スペースにバンと大型バイクが並んで停まると、五弁の花を象った金バッチを胸に着けた男が近くのベンチから立ち上がり、三人を出迎えた。

「オノデラ保安官、わざわざ出迎えありがとうございます」

 車から降りたメカヘッドが頭を下げると、オノデラと呼ばれた男も恐縮した様子で頭を下げた。

「いえ、いえ、メカヘッド刑事も、ナカツガワからの皆さんもありがとうございます。オーツの港によくお越しくださいました」

 30過ぎ位だろう、レンジより少し年上と思われる保安官は、陽射しと潮風で焼かれた顔にシワを寄せて笑った。

「ボートは準備できてます」

「ありがとうございます。それじゃあ、荷物を積もうか」

 そう言うなり、メカヘッドとマダラはバンのトランクを漁りはじめた。

「ちょっと待ってください。結局、これから何が始まるんです?」

 戸惑うレンジの声にメカヘッドは手をとめて、センサーライトを光らせてレンジを見た。

「どこでストップが入るかと思っていたが……」

「勘弁してくださいよ……」

「はっはっは!」

 ぼやくレンジを見て、機械頭の刑事は楽しそうに笑った。事情を知るマダラは申し訳なさそうな、しかし面白がっているような笑みを浮かべる。

「すまん、君の反応が見たくてつい、先伸ばしにしてしまった」

 悪びれる素振りも見せぬメカヘッドに、レンジは呆れ顔で「まあ、いいですけど……」と返す。

「それで、今度は何をやるんです?」

「怪獣狩りだよ」

「かいじゅう」

 話を聞くレンジはますます呆れ、間の抜けた声をだした。メカヘッドは怒らなかった。突拍子もない話だと、彼自身も思っているからだ。

「そうだな……オノデラ保安官、あれから何か変化ありましたか?」

「いえ、真新しいことは、何も」

「申し訳ないですが、本件のあらましを彼にも話してくれませんか。準備は私とメカニックの彼で進めておくので」

「わかりました。では」

 オノデラ保安官は咳払いを一つしてから、大真面目な表情で話し始めた。

「荒唐無稽と思われるかもしれませんが、ひとまず聞いてください。グレート・ビワ・ベイに伝わる伝説の大魚獣、“ラージマウス・リヴァイアサン”の話を……!」


 かつて、グレート・ビワ・ベイが湖だった時代から、この湾の底には巨大な怪獣が潜んでいた。大波と共に現れては船を沈め、人や魚を喰らい、再び水中に姿を消すという、伝説の怪物、“ラージマウス・リヴァイアサン”。

 如何なるソナーにも、有人探査にも捕捉されず、正体も定かではない怪獣は、旧文明が崩壊し、湖が外海につながって大浦となった現在も海底に棲み、人々の生活を脅かしているという。


 レンジは話を聞きながら、道すがらに眺めた金色の海原を思い出していた。


ーーあの穏やかな海のどこに、恐ろしい怪獣がいるというのだろう?


「これまでも、時々怪獣騒ぎはあったのです。網や泊めていた船が壊されたり、泳いでいた魚の群れが急に水面から飛び上がったり……。それが数ヵ月前から、被害が大きくなり、件数も増えていきました。漁に出ていた船が巨大な何者かに襲われ、一部が壊されることもありました。私自身、海中から山のようなものが現れたのを見たことがあります。しかし結局、正体を明かすことはできませんでした。……そこで、“ミミック”の正体を明らかにして退治してみせた、皆さんの力を貸して頂きたいと、カガミハラ軍警察のイチジョー副署長にお願いしたわけです」

「なるほど……しかし、海の中のことは、いくら雷電スーツでも……」

「できるよ」

 話を聞いたレンジがもごもごと言っていると、戻ってきたマダラが答えた。

「できるのか?」

 マダラはニヤリと笑って、メタリックブルーの円盤を取り出した。

「この新しいジェネレート・ギア、“ゲートバックラー”を使って変身すれば、ね!」

 得意そうなカエル頭のメカマンと手の上の金属盤を見て、レンジはため息をついた。

「メカヘッド先輩とお前がグルなのは分かってたけど、そこまで話を進めてたのかよ! だからさ、俺にも言えよ!」

「ごめんごめん、『直前まで黙ってたら面白そうだから』ってメカヘッド先輩から言われて……」

「よろしくお願いします!」

 マダラはニヤニヤしながら謝り、オノデラ保安官は深く頭を下げる。レンジはマダラを睨みながら、“ゲートバックラー”を取り上げた。

「わかりました。やるだけのことをやってみます。……それで、こいつはどうやって使うんだ?」


 “ストライカー雷電”に変身するための鈍い銀色のベルトを腰に巻き、メタリックブルーの円盤を手にしたレンジは、メカヘッド、マダラと一緒にオノデラの操舵するボートに乗せられていた。水動力エンジンが規則正しいリズムを刻みながらスクリューを回し、ボートは岸からぐんぐん遠ざかっていく。

「……それで」

 レンジは怒鳴りたいのを我慢しながら、舳先に悠々と陣取るメカヘッドに尋ねた。

「どうやって使うんですか、って訊いてるのに、なんでもう、出発してるんですか」

 行く手を見ていたメカヘッドが振り返る。鼻歌を歌っていた男はダイビング・スーツに救命胴衣を身に付け、頭の機械部品は左右に張り出した、丁字形をしたものに取り換えていた。

「やあ、実際に使いながら説明した方が、分かりやすいと思ってな」

「ちょっと……!」

「それにほれ、アイツは説明が終わったら自分は必要ないとか言うものだから、ついてきてもらうために、な」

  メカヘッドが指さす先に、救命胴衣と浮き輪に緊急浮上ドローンで身を固め、命綱を握りしめたマダラの姿があった。

「死んでも、初期動作チェックは見届ける……!」

「それだけやったら、そんな簡単には溺れ死ねないだろ……」

 悲壮な声で言うマダラにレンジは怒りもすっかり冷めた呆れ声で言った。

「お前、泳げなかったんだな。水の中が自分の居場所だ、みたいな顔をしてるのに……」

「悪かったな、俺だって好きでこんな顔してるんじゃないぞ。だいいち、ミュータントの姿かたちで差別するのはよくない!」

「ごめん、そりゃそうだ」

 レンジが謝ると、メカヘッド先輩はくつくつと笑った。

「なあ、マダラ君を連れてきた方が、面白いだろう?」

「そんな理由で……!」

 マダラは震えながら口を尖らせる。

「だが、マダラ君がこの場に必要だというのも事実だろう? どういう訳かグレート・ビワ・ベイ一帯に謎のジャミングが発生していてね。地上に残っていてはモニターする事ができないのさ」

「それも、怪獣の仕業だというんですか?」

 操舵に集中していたオノデラ保安官が顔を上げた。

「……分からないんです。海中から妨害信号が出されているのは、確かなんですが……このジャミングは住民に大きな被害が出ているだけでなく、怪獣に食べられた者の祟りだとか、怪獣騒ぎに乗じてオーツの町を奪おうというテロリストの仕業だとか、怪しい噂が次々に出る始末で……」

「怪獣狩りが先決だが、ジャミング事件も解決してほしい、という依頼なのさ」

 メカヘッドが言葉を補うと、再びオノデラは深々と頭を下げた。

「よろしくお願いします!」

 ボートが大きく揺れる。マダラは甲高い声をあげてボートにしがみついた。

「今回のギアは、完璧にセッティングしたんだ! 調整なんて、必要ないさ!」

「ハハッ! いつも現場を完璧にモニターしてヒーローをフォローしている君が、大きく出たものだ! ならばその最高傑作を、一緒に見守ろうじゃないか!」

「う、う、う……!」

 大仰に両腕を広げてみせるメカヘッドに、マダラは細かく震えながら唸る。どれだけ準備したとしてもモニターとサポートが必要なことは、彼が誰よりも知っているのだった。

「レンジ、ジェネレート・ギアの使い方を説明するぞ!」

 やけくそ気味に叫ぶのを聞いて、レンジはボートの上で立ち上がった。

「はいよ」

「まず、“ゲートバックラー”の持ち手を左手で握り込むんだ」

 円盤の裏には、コの字形の部品が付けられていた。

「持ち手……これだな、よし!」

「そうしたら、ファイアパワーフォームの時と同じだ。ベルトレバーを下げたところから上げて、また下げる。キーワードも同じ、“重装変身”だ!」

「雷電には変身しておかなくていいのか?」

 レンジが尋ねると、マダラは早く変身しろ、と言わんばかりに叫んだ。

「いい!」

「了解。……レバーを、下げて、上げて、下げる。……“重装変身”!」

「『OK! Generate-Gear, setting up!』」

 ベルトが叫ぶと軽快なサーフ・ギターのメロディとベースのリズムが流れ出し、レンジの体を激しい水流が包んだ。

「『Equipment!』」

 水流が左手の丸盾に吸い込まれ、音楽がとまると、メタリックブルーの装甲に包まれたヒーローが立っていた。銀色から金色へとグラデーションがかかったラインが全身に走り、陽の光を受けてぎらりと輝く。ベルトは変身の成功を高らかに宣言した。

「『“WATER-POWER form, starting up!”』


(続)

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