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アウトサイド ヒーローズ:エピソード4-06(エピローグ)

ボーイ、ガールズ アンド フォビドゥン モンスター

 紫の騎士が突き出した長槍を、ピンクの魔法少女が打ち払う。光を纏った杖で袈裟懸けに打ち付けるが、怪人の装甲に阻まれた。

「くっ……!」

 杖が鈍い弾力に押し返されてマギフラワーが固まると、“ミミックの女王”は再び槍を突き立てた。魔法少女が身をかわすと、紫色の長槍が顔の真横を突き抜けた。

 粘液が細かな滴となって散る。「ジュッ」とものが焼け溶ける音がすると、視界がぐにゃりと歪んだ。ナノマシンによる光学ジャミングがほころび、魔法少女の姿にノイズが走る。マギフラワーはよろめきながら飛び退いた。

「マギフラワー!」

 跳びはねながらドットが叫ぶ。

「大丈夫、当たってない!」

 魔法少女が杖を構え直すと、視界も元に戻った。

「ナノマシン装甲が溶かされたんだ! 気をつけて、ただの毒針じゃないよ!」

「わかった!」

 “ミミックの女王”も体勢を立て直すと、溶解液の滴る長槍で殴りかかった。

 長槍の乱打を杖で防ぎ、ぶつかり合うたびにマギフラワーの姿が細かく揺れた。魔法少女の周囲に浮かぶナノマシンが、飛び散った溶解液によって壊され、欠けた部分を補おうと動き回っているのだった。

 マギフラワーと“ミミックの女王”の闘いが始まった時、鈍い銀色の装甲バイクが倉庫街の隅に乗り付けた。雷電がバイクから飛び降り、闘いに加わろうと駆け出す。

「……あれは」

 雷電は魔法少女の姿を見て立ち止まった。


 毒槍の騎士と打ち合いながらマギフラワーが叫ぶ。

「ドット、こいつの弱点はわかる?」

「多分、額についてる珠だよ。それが“ミミック”の卵で、女王の核だ!」

 燐光を散らす紫色の鎧に包まれて歪なヒトガタをとる、半透明の触手塊。顔に当たる部分には目鼻はなく、艶やかな白い珠が埋め込まれていた。

「そこかぁっ!」

 マギフラワーは大きく槍を打ち払うと、すぐさま構え直した光の杖を女王の頭に突き立てる。

 兜のような殻の隙間からゼラチン質の本体を貫くと、“ミミックの女王”は凍りついたように動きを止めた。

「やったあ!」

 ドットが跳びはねながら駆けてくる。

 杖の周りに貼りついていた触手塊がぞろり、と動いたのを見て、マギフラワーは叫んだ。

「ドット、まだ終わってない!」

 紫の騎士は再び長槍を振り上げた。魔法少女が杖を引っ込めるのが早いか、毒槍が振り下ろされ、続けざまに薙ぎ払われた。マギフラワーは大きく距離を取る。

「“アイビーウィップ”!」

 杖を変形させた鞭で長槍を絡めとると、“ミミックの女王”は左腕も槍に姿を変え、右腕を縛りつける光の鞭を叩き斬る。顔に空いた大穴が塞がり、白い珠も元の位置に戻った。

「このっ……!」

 紫の騎士は両手に毒槍を構え、舞うように斬りかかる。右の槍を防げば左から、左腕の槍を弾けば右から斬撃が襲いかかってきた。マギフラワーは杖を構え、攻勢を食い止めるのが精一杯だった。

「攻撃が効かないよ! ドット、どうすればいい?」

「えーっと、えーっと……」

 ドットは丸い体を押し潰すように平たくなっていた。


ーー熱に弱いモンスターで、暗いところに棲む、光の杖や鞭で本体が裂けた……太陽の光にも弱いのか! でも、攻撃が当たる前に核を引っ込めてしまう……


 オレンジ色のぬいぐるみは、「あっ!」と声をあげて跳び上がった。

「“ブロッサムシューター”だ! 太陽の光を集めて放つビームなら、“ミミック”の動きをとめられる!」

 “ミミックの女王”による槍の乱打に圧され、マギフラワーは少しずつ後退を始めていた。

「チャージにかかる時間は?」

「オペレーションルームで調整したよ! 杖を変形させればすぐに撃てる、んだけど……」

 マギフラワーはひたすら毒槍を打ち払っていた。槍から振り撒かれる消化液にナノマシン装甲が冒されると光学ジャミングによる偽装にノイズが走り、マギフラワーの姿が歪んだ。

「駄目、今は撃てない! ……ああっ!」

 一際大きな毒液の滴が、ナノマシンの粒子を溶かしながら降り落ちた。太ももに落ちると沸き立った薬缶に触れたような痛みが走り、マギフラワーは杖を取り落とした。

「マギフラワー!」

「大丈夫……っ!」

 大丈夫、よろめくほどではない。しかし武器を落とした魔法少女めがけて、“ミミックの女王”は両手の長槍を振り上げた。

「くっ……!」

 槍の連撃を受けるのを覚悟して、マギフラワーは睨む。しかし、毒槍の騎士は追撃の手をとめてもがき始めた。

「マギフラワー、今だ!」

 紫の具足を、鈍い銀色の腕が羽交い締めにしていた。ドットが跳びはねる。

「雷電!」

「ありがとう!」

 マギフラワーは転がった杖を拾い上げた。ひりつくように脚が痛むが、構わずに杖を構え直す。

「“ブロッサムシューター”!」

 杖の先端についた金色の花飾りが銃口となり、“ミミックの女王”に突き付けられる。

「“ブルームアロー”!」

 マギフラワーがビーム発射のキーワードを唱えるのに合わせてドットが叫んだ。

「“拡散モード”!」

 強烈な光が浴びせかけられ、“ミミックの女王”の体が白く照り返す。鎧の騎士が全身を突っ張らせるように動きをとめると、雷電が手を離した。

「行け、マギフラワー!」

「“ブランチロッド”……やあっ!」

 マギフラワーは光を纏った杖を、騎士の“喉”に当たる部分に突き立てた。そのまま真上に振り抜くと触手塊が千切れ、兜に包まれた“首”が宙を飛ぶ。

「ドット、撃ち抜くよ!」

 オレンジ色のぬいぐるみがぴょん、と大きく跳ねた。

「了解、“通常モード”!」

「“ブロッサムシューター”……“ブルームアロー”!」

 杖の先から薄いピンク色を帯びた光線が放たれ、兜ごと中心の核を撃ち抜いた。

 立ち尽くしていた首なしの鎧が崩れ落ちる。ピンク色の光線は晴れ渡った空に吸い込まれるように、真っ直ぐに伸びていった。


 三日分欠けた月が、千切れた雲の間から光を射している。ナカツガワの町は眠りについた家も、まだ灯りのともる家も入り交じって月夜に浮かんでいた。

 町唯一の酒場、“白峰酒造”からもオレンジ色の光が漏れている。白地に“山の下に白”の屋号紋が染められた暖簾が、入り口にかけられている。奥のガラス戸には“本日、店主不在のため時短営業です”、“日替わりメニュー売り切れ”と手書きで貼り紙されていた。

 最後の客、白い綿毛の老夫婦がにこにこしながら、千鳥足で店を出ていった。エプロン姿のアオが暖簾をかき分け、店の外に出た。

「お気をつけて!」

 声が届かない距離まで客を見送ると、長身の看板娘兼店主代理は暖簾を下ろし、貼り紙を取って店の中に戻った。

「アマネさん、お疲れ様です」

 エプロンを身につけ、机を拭いていたアマネが顔を上げる。

「アオ店長も、お疲れ様でした」

 アオは入り口横に巻いた暖簾を置き、貼り紙を丸めてごみ箱に捨てると、照れたように頬を染めて振り返った。

「私はマスターがやってることを思い出して動いただけですから……」

「いやいや、タチバナ保安官もいないのに、よく店を回せたと思う。……ね、レンジもそう思うでしょう?」

 カウンターの奥から、最後の食器を片付けたレンジが顔を出す。

「そりゃ、そうだ。アオがいなかったら、今夜は店を開けられなかっただろうな」

「アマネさんが入ってくれたことも助かりました」

 恐縮してアオが言うと、アマネは「いやいやいや!」と言いながら手を横に振った。

「私なんて、こういう仕事は初めての上に怪我してるし、大して役に立たなかったよ!」

 エプロンの上から、太ももにそっと手を置いて答える。

「火傷したって聞きましたが、大丈夫なんですか?」

「まだ痛みはあるけど、大丈夫。お湯をこぼしただけだから」

 レンジは二人のやりとりを見ながら、“ミミックの女王”と闘う魔法少女を思い出していた。


ーーあの時、マギフラワーの姿が揺らいで、アマネの顔が見えたような気がする。


 問い質したい気持ちが僅かに湧き出すが、胸の奥にしまい込む。

 闘いが終わると魔法少女は真っ先に逃げ去り、入れ替わりで脚をかばいながら巡回判事が駆けつけてきた。アマネは言い訳した後、ばつが悪そうに笑うだけだった。


ーーだから今は、これでいいのだ。


 姿勢を崩して椅子に座り込む二人に話しかけた。

「今夜はおやっさん、カガミハラでメカヘッド先輩と食べてくるって言ってたし、夕飯は三人分、残してあるよ」

「あれ、マダラは?」

「オーダーストップになるまでミールジェネレータを動かしたら、『もう限界なんで休む』って」

 アオが苦笑いする。

「兄さん、朝からずっと機械いじりしてたみたいだから……」

「体力がないって言ってたの、本当なんだ……」

「確かにマダラは体力ないけど、そう言うアマネは有り余ってるんじゃないか?」

「怪我をおして頑張ってる新人バイトに言うこと?」

「スピード違反の危険運転でナカツガワまで駆け抜けて“これ”なんだから、有り余ってるのは否定できないだろ」

「何よう! まあ、そうなんだけどさ……」

 アマネは頬を膨らましてテーブルに突っ伏し、それを見てアオはくすりと笑った。

「アオ店長にも笑われちゃったじゃない」

「アマネが面白いから、仕方ないだろ」

「もう、好き放題言って!」

 少しおどけた風に口を尖らせてアマネが言うが、その顔には疲れの色が確かに見えていた。レンジは肩をすくめる。

「金は俺が出すし、二人とも何か飲む? 夕飯と一緒に用意するよ」

「いいんですか?」

「いいよ、二人にお疲れ様、ってことで」

 アオは申し訳なさそうにしているが、アマネは「ふふん」と鼻を鳴らしてニヤリと笑った。

「どうせ、タチバナ保安官もチドリさんの店で高岩巡査曹長と楽しく呑んでるんでしょ? 後から出してもらったらいいじゃない。……ってことで、レンジも呑もう! 一番高い酒を頼む!」

 レンジは半ば呆れながらも感心していた。

「いいのかな……まあ、いいか。けど俺は呑まないし、一番高いやつは洒落にならないから、そこそこのやつな。アオはどうする?」

「一緒に呑もうよ!」

「私は未成年なので、ジンジャエールで」

「えーっ」

「OK、ちょっと待っててくれ」

 アマネは残念そうにしながら、厨房に消えていくレンジを見送った。アオがぼそりと尋ねる。

「アマネさん、リンとアキは大丈夫でしょうか……?」

「リンの体調は問題なかったんでしょ? 自分たちで部屋の片付けをするって言ってたし、今は二人で気持ちを整理する時間が必要なんじゃないかな」

「そうですね……」

 厨房からレンジが呼び掛ける。

「準備できたよー」

「はい、ありがとうございます」

「やった、呑むぞー!」


 従業員寮の屋根裏部屋には煌々と灯りがついていた。

 静まり返った部屋には階下から楽しそうな声が聞こえてくる。すっかり上機嫌になったアマネがアオを相手に、ひたすら喋り続けているのだ。ノブごと鍵が壊された扉には「ノックして!」とはみ出さんばかりの字で書かれた紙が貼り付けられていた。

「アキ? リン?」

 レンジがドア越しに声をかける。ノックが響くが返事はなかった。

「開けるぞ……?」

 そっと扉を開ける。天窓のガラスは外れたままだったが、床に飛び散っていたガラス片や“ミミック”の粘液はきれいに片付けられていた。部屋の中央に子どもたちが横になっている。

「二人とも、風邪ひくぞ……おっと」

 リンとアキは手をつないだまま眠っていた。周りには子どもたちが描いた絵が散らばっていた。“ストライカー雷電”や“マジカルハート・マギフラワー”、そして小さな白いケモノ……二人の顔には、涙の跡が残っていた。

 レンジはそれ以上声はかけなかった。部屋の隅に畳まれていたブランケットを出すと、そっと二人にかけ、部屋を出る。

「おやすみ」

 灯りを消すと柔らかい月の光が部屋の中に射し、眠る子どもたちの顔を淡く照らしだした。

(エピソード4:ボーイ、ガールズ アンド フォビドゥン モンスター 了)

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