アウトサイド ヒーローズ:エピソード8-07(エピローグ)
スクランブル ストラグル スカイハイ
ナゴヤ・セントラル・サイトの北を守る城塞都市、カガミハラ・フォートサイトの正門前には、街道沿いに展開していた戦闘車輌が集まっていた。
灰色の車輌たちはいずれもオールド・チュウオー・ラインの方角を向き、空を仰いで砲口を構えている。装甲車や自走砲の間を縫って、カガミハラ基地所属の兵員たちが動き回っていた。砲手、観測員、補給部隊員……灰色の軍服を纏い、車輌に溶け込んだ人々の中でただ一人、スーツ・ベストと糊の効いたシャツを着た男の姿があった。
男の頭は、表情の見えない機会部品に覆われている。肩には“非常持出品”と大きな文字で書かれたステッカーが貼られた、遠距離通信中継機の筐体が懸けられていた。
「……はい、タチバナ先輩、正門前に着きました!」
機械頭の男、メカヘッドは手にした携帯端末で話しながら、戦闘車輌の間を通り抜け、オールド・チュウオー・ラインの入り口に向かっていた。“タチバナ先輩”と画面に表示された端末機から、年長の男の声が返ってくる。
「『おう、大変な時に動いてもらって済まないな』」
「そんな! ハイジャック事件の解決がかかってますから! いくらでもこき使って下さいよ! ……大丈夫ですよね? うまくいきますよね?」
メカヘッドはヘラヘラしながら、しかし必死な声でタチバナに尋ねる。
「『おう、その為には、カガミハラの“しかるべき筋”に話を通す必要があってだな……』」
「イチジョー副署長にねじ込んでみますよ。クロキ課長も力添えしてくれるはずです。二人とも、この町は雷電とマジカルハートに恩があるってこと、よく知ってますからね!」
すかさず答えるメカヘッドに、タチバナは仰鷹に笑った。
「『ははは、恩は売るものだな!』」
「それで、タチバナ先輩……何で俺は門の前に……?」
「『おう、それよ』」
タチバナは思い出したように返す。
「『雷電から連絡があってな。……ちょっと、雷電に代わるぞ』」
そう言うなり、スピーカーからの声が電子音に切り替わる。短くビートを刻んだ後、端末機の画面に“レンジ(ストライカー雷電)”の文字が表示された。
「『こちら雷電。応答してくれ』」
「メカヘッドだ。雷電、君が俺を呼び出したと聞いたけど……?」
「『そうだ、メカヘッド先輩に頼みたいことが』」
余裕のない声で雷電が話し始めた時、にわかに門の前が騒がしくなった。観測員たちがざわめき、砲手たちも困惑して瓦礫の道の先を睨んでいる。メカヘッドも皆の視線を追いながら、通話を続けた。
「何だ? 手短に頼むよ」
「『カガミハラに、直ぐに入れるように口利きして欲しいんだ』」
「そりゃ、タチバナ先輩の関係者なら出来なくないけど……それで? 誰が来るって?」
「『オールド・チュウオー・ラインを、そっちに向かって走ってるはずだ』」
砂煙と小石を巻き上げながら、門に向かって突っ込んでくるものがあった。兵士たちの動揺はいよいよ大きくなる。
「ああ、こっちでも見えてきたよ!」
メカヘッドは急ごしらえで建てられた指令部のテントに駆け込み、自らのIDカードを士官たちにかざした。
「不躾で申し訳ありません、軍警察の者です! ナカツガワの、タチバナ保安官の要請で参りました!」
パイプ椅子に腰かけていた士官たちは互いに顔を見合わせる。真っ先に席を立ち、メカヘッドに応じたのは年取った、上座の士官だった。
「……聞かせてくれたまえ」
「今、ナカツガワ方面から突っ込んで来ている者は増援です。このまま門を通して欲しい……と」
テント内から発せられるプレッシャーなど気にもとめない風を装って言い放つメカヘッドに、士官たちはざわついた。
「静粛に!」
上官の一声で、「何の手続きもなしに……か……?」「なぜ警官が……」などの声を漏らしていた者たちが静まり返る。
「君、所属は?」
「一般捜査課であります! イチジョー副署長から、長く指導を受けておりまして……」
「君が、あの……」
上官は素行の悪い、しかし優秀な生徒に相対した教師のような、えもいわれぬ渋い顔で機械頭の男を見た。
「話は聞いたことがある。万年ヒラに甘んじながら、各地の難事件を解決してきた不良刑事がいる、と……。そうか、君が」
「ハハハ、恐れ入ります」
メカヘッドは全く悪びれずに笑った。
「それで、何が来ると言うんだ? ナカツガワはこの件に、どう介入するというのか?」
「それは……ええと、飛行試験機のハイジャック事件は、既にナカツガワ所属のヒーローが鎮圧しています!」
メカヘッドは耳に当てた携帯端末から聴こえてくる雷電の説明を代弁した。
「何だって?」
「現在、モンスターの攻撃を逃れて、着陸のためにカガミハラに向かっている……とのこと。地上でこちらに向かってくる者は、着陸作業の協力者です!」
「協力者……? それは一体……?」
上官が尋ね返そうとした時、布陣された兵士たちの混乱が一層激しくなった。
「突っ込んできたぞ!」
慌てふためく兵員たちと戦闘車輛の頭上を、銀色の矢がかっ飛んでいく。
「ごめんなさい! ちょっと通してね! あとで手続きするからー!」
凛とした声が降ってきたかと思うと、銀色の矢……装甲に包まれた大型バイクは門の直前に着地した。タイヤを弾ませながらすいと門を潜り抜け、軍関係の施設が並ぶ“管理区画”に向かって、一目散に走り去っていった。
「……魔法少女、です」
「あれが……? ああ、くそ! 追え!」
上官が叫ぶと、ポカンとしていた兵士たちは走り去る魔法少女を追いかけて、慌てて動き出した。
装甲をズタズタに裂かれた飛行試験機が、最後の力を振り絞って猛然と飛ぶ。カガミハラの城壁が近づくと、生き残ったトンビドレイク達は諦めて上空に去って行った。大穴から外を睨んでいた雷電は「ふう」とため息をついた。
「『もうすぐ、城壁を越えるよ』」
インカムからドットが、可愛らしい人工音声で話しかけてくる。
「よし、ひとまず安心だな」
「『……でも、どうする気なんだい? 燃料も、ボディの耐久性も、もう限界だよ! かといって下手にスピードを落としたら、すぐに墜ちちゃう!』」
「ア……マジカルハートとコンタクトを取れるか?」
ドットが「ちょっと待ってね」と言うと、インカムから呼び出し音が流れた。すぐに回線が開き、細かいノイズを交えながら、アマネが変身した魔法少女が応えた。
「『はい、マギフラワーです』」
「雷電だ。マギフラワー、バイクの自動操縦で走っているな?」
「『うん』」
「よし。目的地はもうすぐだ……それと、マギフラワー」
「『何?』」
「マギセイラーに変身しておいてくれ。到着地点につくまでに」
飛行試験機、T-15のエンジンの一つが完全に停止した。傷だらけの機体は少しずつバランスを崩しながらも、速度を落とせぬまま基地上空を飛ぶ。
「『もう、いつ落ちてもおかしくないよ!』」
ドットが必死で言うが雷電は取り合わずに、大穴から地上を見下ろしていた。
「よし……追いついたな」
眼下は基地施設が並ぶ管理区域の、更に郊外のだだっ広い空き地。青い魔法少女をのせた銀色の装甲バイクが遠隔操縦で走り、飛行機の真下まで追いついているのだった。雷電は腰に括り付けていた、メタリック・ブルーの円盤を取り出す。
「念のために確認するが……ウォーターパワーフォームの技は、エネルギーをそんなに使わずに出せるんだよな?」
「『うん、そうだけど……でも、変身するにもエネルギーがいる! もう、これ以上は無理だよ!』」
「変身せずに使う、この前の逆をやりゃあ済む話だ」
雷電はきっぱりと言い切った。
「丸いの、合図したらエンジンを停めろ」
「『うう……わかったよ』」
最後の力を振り絞って進む飛行試験機の真下に、猛スピードの装甲バイクが追いついた。青いドレスに光のスカートをまとった魔法少女が、上空の機体を見上げて大きく手を振る。
「今だ!」
「『了解! ……なんとかしてくれよ、雷電!』」
エンジンが緊急停止した途端、白い機体は装甲バイクに、地上に向けて落ち始めた。メタリック・レッドのヒーローは、機体に開いた穴から身を乗り出してマギセイラーに叫ぶ。
「行くぞ、合わせろよ! ……ヴォルテクスストリーム!」
「『”Vortex Stream”』」
ベルトの人工音声が応えると左手の円盤から地上に向けて、猛烈な水流が噴き出した。エネルギーの消費は少なくとも、超過駆動に代わりはない。雷電スーツがギリギリと悲鳴をあげ、レンジは苦痛に歯を食いしばった。
「ぐうう……! マギセイラー!」
猛烈な水流がマギセイラーに降りかかる。全身が水に包まれた瞬間、マギセイラーのスカートが翼のように広がり、水塊を更に包み返した。
「任せて! 水の中でなら……!」
光のベールは水を貯える強固で巨大な水槽となり、雷電の放った鉄砲水を受け止めながら、瞬く間に上空に伸びていく。
「『……Completely Drained』」
水の放出が終わると、満身創痍の飛行試験機は縦長の水槽に落ち、水面にぷかり、と浮かび上がった。雷電は大きく息を吐き出し、機内に引っ込んだ。
「マギセイラー、ゆっくり排水していってくれ」
「『了解。雷電、お疲れ様』」
短く、「ああ」と返して、小さく揺れる床にうつ伏せで横たわる。スーツの稼働限界が近づき、レンジは全身に鈍い痛みを感じていた。腕も脚も、しばらく動かせそうにない。かろうじて動く首をわずかに起こすと、バリケードの向こうから雷電を案じていた下士官が走り寄って来るのが見えた。
「君、本当に、ありがとう! ……大丈夫か?」
「ああ、休めば何とかなる。……あなたがさっき言っていた、俺が来る前に闘っていた人は?」
下士官は言葉を詰まらせた。
「彼は……最後に、会ってやってくれないか」
雷電を起こし、下士官は肩を支えて歩き出す。部屋の隅にできあがった人垣の中央には、かろうじてヒトの形を留めたものが横たわっていた。操縦席から駆けつけてきた作業服姿の二人が傍らに立ち、静かにそれを見下ろしている。
四肢はいずれも途中で切断され、金属質の光を放つ黒い刃が伸び出している。元は防弾チョッキを着こんでいたはずの胴にも、いくつもの裂け目が走り、剣山のように内側から刃が突き出していた。特に凄まじいのは頭部だった。顔面の半分は怪鳥の嘴に大きく裂かれて削り取られたと見え、欠けて無くなった個所を埋め尽くすように、いくつもの刃が突き出していた。
カジロもミワも無言だった。マキモトも無言だったがわずかに残った左目をかすかに動かし、仲間や乗組員たちを見ていた。人垣をかきわけてやって来たレンジがスーツのバイザーを上げる。闘い抜いたミュータントの虚ろな目が、レンジの顔をとらえた。
「……ありがとう、見てたよ、あんたのこと」
「けど、俺は、間に合わなかったから……」
マキモトはわずかに残った口元を小さく上げて、笑った。
「あんたのお陰で、みんな助かったじゃないか」
「みんなじゃないだろ……あんたは……!」
レンジは悔しさのにじんだ声で返す。度重なる全身の損壊と繰り返される急再生に、マキモトの全身が限界を超えていることは明らかだった。
「いや……俺は……いいんだ」
刃のミュータントは、残った左目を閉じた。
「ホントは……ミュータントだってわかった時に……もう、俺は……だから、これで……」
言いかけたままで動かなくなったマキモト・タツミ伍長を見下ろし、男たちは無言で敬礼を送ったのだった。
昼下がりのカガミハラ、繁華街の片隅にあるミュータント・バー“止まり木”のドアベルが、カラン、と乾いた音を立てた。
「いらっしゃいませ、三名様ですね。お席にご案内します」
「済まないな、カウンターいける?」
不慣れそうにスーツを着た男たちを引き連れたメカヘッドが尋ねると、副碗を持った灰色肌の女給はにっこりと笑った。
「構いませんよ。それでは、こちらに……」
「チューター、すいません、おごってもらって」
「ありがとうございます……」
メカヘッドと並んでカウンターに腰かけたカジロが、申し訳なさそうに体を縮める。隣のミワも頭を下げた。
「構わんよ、まだ会社としては給料出せないだろうからな。それに……」
メカヘッドが言いかけた時、黒いドレス姿のチドリが現れ、お冷のグラスを並べ始めた。
「いらっしゃいメカヘッドさん。そちらのお二人は、新しい社員さんかしら?」
カジロとミワは素早く立ち上がると、チドリに向かって深々と頭を下げる。
「お世話になります、社長」
チドリは困ったような笑顔で、自らの頬に手を当てた。
「ちょっと、ええと……困ります。メカヘッドさん?」
「堂々としていればいいんですよ。ママが“イレギュラーズ”の社長なんだから」
メカヘッドはお冷と一緒に出されたフライド・ビーンズをつまむと、機械頭のハッチを開けて、ポリポリと食べ始めた。
「それは、そうなんだけど……メカヘッドさんが、話を進めたのでしょう?」
「俺は軍警官なんで、教官役はできてもPMCの社長になるわけには行きませんからねえ。フリーの個人傭兵たちの受け皿がどうしても必要だったんで、名前を貸していただいて助かってますよ」
「もう……」
呑気そうに言うメカヘッドに口をとがらせた後、チドリはにこやかに新人傭兵たちに向き直った。
「二人とも、お掛けになって。……それと、私のことは“社長”ではなく、“ママ”と呼ぶようにしてくださいね?」
「はい!」
傭兵たちは姿勢を正してカウンター席に戻る。チドリは「ふふふ」とほほ笑んで、三人の前にメニューを並べていった。
「政治的な手続きがまだ終わっていないから、まだ、ウチからお給金は出せないのだけど……ご飯はこのお店で食べていってくださいね。お代はいただきませんから」
「チューター……」
カジロが白い目でメカヘッドを見るが、機械頭の教官は素知らぬ顔で手を上げた。
「はいママ、俺は日替わりランチ」
「あっ、ひでえ! ……じゃあママさん、俺も同じやつで。ミワもそれでいいか?」
「ウス」
チドリはクスクスと笑って、三人からメニューの冊子を預かっていく。
「はい、日替わりランチのタンシチュー、3人前ですね。……メカヘッドさんからは、お代をいただきますから」
「そんなあ……」
残念そうなメカヘッドを見てまたチドリは楽しそうに笑い、店の奥に消えていった。
「あーあ……タダ飯……」
「なに言ってるんすかチューター……」
「……ごほん!」
呆れるカジロにメカヘッドは咳払いをして、お冷のグラスを傾けた。
「話は変わるが、今日は初めての訓練だったが、どうだった? 君たちには小隊長としての役割を果たしてもらいたいから、ついこちらも熱が入ってしまったが……」
「いえ、張り合いがあってよかったですよ。ただ、その……最後に出てきた雷電……」
「今回、特別に協力してもらったからな。実践的な訓練になったよ」
満足そうに話すメカヘッドに、カジロは小さくうなる。
「何ですかあの人、どうやっても捕まえられなくて、こっちの隊員が一人ずつ、サクサクやられていったんですけど! ……あれで、リミッターつけてるんですよね?」
「あいつは実戦の人間だからな。いくつもデカいヤマを乗り越えてきたから……まあ、そう簡単にどうにかできる奴じゃない。大きな壁を知ることも大切だろうよ」
「ははは……」
乾いた笑い声を漏らすカジロたちの前に、湯気を立てるシチューのプレートが並べられていった。給仕するのは、蕾のような頭を持ったバーテン姿の女給だった。
「お待たせしました、日替わりランチでございます」
「ありがとう。……あれ、ママは?」
「あちらで準備しております。しばらくお待ちください……」
メカヘッドの質問にこたえてステージを指さすと、蕾頭の女給はさっさとカウンターの奥に引っ込んでいった。すると楽譜のファイルを持った老ピアニストが現れ、ステージ横のアップライト・ピアノで落ち着いたメロディを奏で始めた。店内の照明がわずかに落ちる。スポットライトで浮かび上がったステージの上に、マイクを持ったチドリが現れた。
「皆さま、本日も“止まり木”に、よくお越しくださいました」
「昼からショーがあるなんて、珍しいな」
二人に説明するわけでもなく、メカヘッドがぼそりと言う。黒いドレスの歌姫は店内の視線が集まったのを待って、話を続けた。
「先日、飛行機がモンスターの群れに襲われる事件がありました。モンスターは撃退され、飛行機は着陸することができましたが、他の乗員を守って亡くなった方が、一人いると聞いています。……彼の勇気ある行動に敬意をこめて、歌おうと思います。聴いてください……」
背景音として流れていたピアノの音量が大きくなる。深く息を吸い、歌姫は空に届くような声で歌い始めた……
(エピソード8:スクランブル ストラグル スカイハイ 了)
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