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アウトサイド ヒーローズ:エピソード3-02
フィスト オブ クルーエル ビースト
昼前のナカツガワ、酒場の地下工房。工具や機械部品を片付けた作業机の上に、マダラの携帯端末が置かれた。画面には“タチバナ”と表示されている。
「おやっさん、何かあったの?」
スピーカーから、ガタガタと激しく物がぶつかる音が聞こえてきた。
「『マダラ! お前、アレはできたか?』」
騒音の中でタチバナが叫ぶ。移動しながら通話しているらしかった。
「えっ、アレ?」
「『ほれ、あの……ジェネレーション義務?』」
「ジェネレートギアね。大方できたけど……」
「『急いで持ってきてくれ! あと、雷電のサポートに回ってくれ!』」
言うだけ言うと、タチバナは慌ただしく通話を切った。
「切れちゃった!」
「どうしよう、もう少し時間がかかるんだけどな……」
マダラは眉間に指を当てて唸る。アマネがぽん、と手を叩いた。
「役場のトラックを借りよう! 私が運転するから、マダラは車の中で作業の続きをしたらいいよ」
「へ……?」
アマネの提案に、マダラは曖昧な声を漏らす。
「車の中で、作業なんてできるかなぁ……。そもそもアマネって、運転できるの?」
新米巡回判事は腰に手をかけ、胸を張って答えた。
「大丈夫、ナゴヤ・セントラルの免許は持ってるから! 時間がないんでしょ、リンちゃんとアキ君のことをアオちゃんに頼んでくるから、マダラは荷物の準備しておきなよ!」
そう言うなり走って出ていくアマネを、マダラは不安そうに見送った。
「大丈夫かなぁ……?」
時は遡って、昼前のイヌヤマ・ルインズ地下。クロキ課長らが商業施設のボイラー室跡から延びるエア・ダクトに隠された扉を抜けると、乱雑に物が散らばった研究室に出た。
元々は倉庫か何かだったはずのだだっ広い空間には、薬品の棚や巨大な機材、筒状の水槽が並ぶ。足元にはコード類の束がうねり、のたうつように広がっている。その上に箱やファイル、メモリチップの類いが所々に落ちていた。埃がうっすら積もっている様を見るに、散らかり具合は以前から変わらないようだった。
部屋の中央に置かれた椅子には捜査官二人に挟まれて、乱れた白髪の老人が俯き気味で腰かけている。椅子の後ろにある水槽の中には紫色の花が収まり、青白い照明を浴びていた。
「ホソノ博士ですね? カガミハラ軍警察の者です」
博士は顔を上げた。落ち窪んだうろ穴のような両目が、クロキ課長が手にしたIDカードと令状を見据える。
「いかにも、私がホソノケンイチです」
軍警察の査察すら興味がないような、抑揚のない声だった。
「今回査察に入らせていただきましたのは、この研究所がヤミ取引シンジケート、“ブラフマー”から資金提供を受けて非合法技術の開発をおこなっていた嫌疑がかけられているためです。並行して聴取させていただきますが、今後作業が終わるまで、いかなる発言も録音します。あなたに不利な証言として利用される可能性があることをご理解ください」
「承知しました。……電源に繋いでいる機材を触る時には言ってください。処置をせずに動かすと事故につながりかねない物もありますので」
老博士は感情を抑えた声で、大きな筒状の機材と、その周辺の機器類に視線を向けながら言った。
「わかりました。……始めてくれ」
クロキの一声で捜査官たちが散っていく。床を覆っていた物が次々と持ち出された。突っ立っているのは捜査官たちについてきたタチバナとレンジ、そしてクロキだけだった。
「さて」
片付けられていく研究室を見回してから、クロキ課長はホソノ博士に向き直った。
「では、今からいくつかお聞かせいただけますか?」
「構いませんよ。……ただ、1つ教えてください。どこで、この研究室のことを?」
クロキは胸のポケットから、無地の磁気情報カードが入った透明のパックを取り出した。
「それは……!」
「あなたにこの研究室と資金を提供していたヤミ取引シンジケート、“ブラフマー”の構成員が持っていた、この研究室のカギです。証拠品ですが、これで開けさせてもらいましたよ……ん?」
赤いレーザー光が、パックの中のカードを舐めるように照射された。
「なんだ、これは……?」
入り口近くの天井に備え付けられたセンサーがけたたましい警告音を発する。
「『磁気情報キーに不正利用の疑いがあります。十五秒以内にIDカードと共に再提示してください。15、14、』」
「何だと!」
警告音声が発せられると、即座にカウントダウンが始まった。
「またこれか! 今度は何が出る?」
タチバナが叫ぶ。レンジは変身用のベルト、“ライトニングドライバー”を腰に巻き付けた。
「とりあえずみんな、避難して!」
室内の警備システムはカウントを続けている。
「『……3、2、1、0。IDを確認できませんでした。侵入者と認定。研究内容抹消プロトコルを開始します』」
「何だって!」
ホソノ博士は真っ青になって、部屋の隅に据え付けられたコンピュータにとびついた。必死でキーボードを叩く。
「……だめだ! コマンドを受け付けない……!」
一際大きな円筒の、表面がぱたりぱたりと反転していくと、大きな水槽があらわになった。澄んだ薄紫色の液体の中に、人の姿をしたものが浮かんでいる。博士がしがみついていたコンピュータの画面に、「排水、クリーニング実行」という文字が大写しになる。
「やめろ……! やめてくれ……!」
博士が崩れ落ちると共に、水槽が排水を始めた。紫色の水位が瞬く間に下がっていき、濃縮された甘い香りが溢れだした。レンジとタチバナは思わず袖で鼻を覆う。
「これは……?」
水槽の中に勢いよく洗浄液が注がれ、排出されると匂いも消え去った。がらんとした水槽の中央に、コードやパイプが繋がれてインナースーツ姿の男が固定されている。硬化した灰青色の肌と、赤褐色の髪。胴に比べて長い手足には、所々に亀裂が走るような傷痕。
「26号……」
「これが、おたくの人造ミュータントか!」
ぼそりと呟くホソノに、タチバナが鋭く叫ぶ。老博士は震えながら立ち上り、部屋中の者に呼びかけた。
「みんな逃げろ、早く!」
ミュータントを拘束するパイプが抜け落ちる。
「“変身”!」
レンジはベルトのバックルについたレバーに拳を叩きつけ、一息に引き下げた。稲光のように鋭いエレキギターの旋律と、地を這い壁を揺らすエレキベースの雷鳴がベルトから飛び出し、室内に轟きわたった。
「『OK! Let's get charging!』」
ベルトの人工音声は叫び、激しい音楽に合わせてカウントを始める。
「『ONE!』」
「博士を連れて、早く外へ!」
タチバナの声に、研究室に残っていた捜査官たちが駆け出した。
「『TWO!』」
水槽の壁が開くと、人造ミュータントがふらふらと外に出た。辛うじて持ちこたえ、立っている老博士の腕をクロキ課長がつかむ。
「ホソノ博士、行きますよ!」
「『THREE!』」
ミュータントが頭を抱えて、悲痛な声で叫んだ。
「あああああああ!」
「『……Maximum!』」
紅い瞳を見開いたミュータントが、歯を剥き出して駆ける。カウントアップを終えたレンジが、クロキとホソノを庇ってミュータントの行く手をふさいだ。
「あああ!」
青灰色の腕がしなった。打ち付けられる拳を、レンジが受け止める。鈍い銀色の籠手に包まれた腕が、ミュータントを払いのけた。
「ウラアッ!」
銀色の脚甲に覆われた脚を旋回させて蹴りつけると、ミュータントは後ずさった。腕と脚から鈍い銀色の装甲が延び、全身を被っていく。金色から青にグラデーションがかかったラインが走り、雷光のように輝いた。音楽が最高潮に達して、ベルトの音声が変身完了を告げた。
「『“STRIKER Rai-Den”, charged up!』」
ミュータントは歯軋りして、顔を歪ませて睨む。雷電もヘルメットのバイザー越しに睨み返す。スーツに内蔵された“大見得機能”がレンジの体を動かし、口から決め台詞を発した。
「“電光石火で、カタをつけるぜ”!」
(続)
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