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アウトサイド ヒーロー:特別編5

劇場版ストライカー雷電:インフィニット エナジー ウォー

「うう、んん……」

 慣れない枕に頭の座りの悪さを感じて、アマネは目を覚ました。毛布を跳ねのけて起き上がる。暗い部屋の中に積み上げられた機器のインジゲーターから、小さな光が星のように散らばって放たれていた。

「ここ、は……」

 そうだ、“にせ雷電”こと、“ドクトル無玄”と名乗る男の研究所だ。
 横に視線を落とすと、毛布をもみくちゃにしながら寝息を立てる子どもたちの顔が、暗闇の中に浮かんで見える。
アマネは寝起きの頭に両手を当てて、ぼんやりとした記憶を手繰り始めた。

――ドクトル無玄は私たちを、キョート遺跡の奥まで連れて行った。ここはキョートの端、山裾にあった研究施設跡の地下。ドクトルはこの部屋に私たちを案内して、ミール・ジェネレータで温かいヌードルを出した後、どこかへ……

 扉が開く音に、アマネは顔を上げた。暗闇の中に赤いラインが光り、パワーアシスト・スーツの骨格を浮かび上がらせる。

「ドクトル……!」

「コレハ失礼シタ」

 “にせ雷電”が振り返ると、赤く光るバイザーがアマネに向けられた。小さくエアが漏れる音とともに、バイザーの光が消える。その代わりに、暗闇の中で男の視線が向けられていることをアマネは感じていた。

「子どもたちと一緒に、眠っているものだと思ったのでね」

「お気遣いどうも」

 アマネは棘を含んだ声で礼を言った。目を細めて見上げると、ドクトル無玄の顔が暗い部屋の中に薄っすらと浮かぶ。その表情には相変わらず悪意の色は見えず、むしろ子どもたちやアマネを気遣うような柔らかさがあった。

「それより、どういうつもりです? 私たちを檻に入れるとか、手足を縛るとかしないで……」

「何だ? そうした方がいいのかね?」

「いえ! そういうわけでは……!」

 意外そうな声で返す無玄に慌てて、アマネが声を上げる。ドクトルは楽しそうに、小さな声で笑った。

「はは、冗談だとも……それより、子どもたちが目を覚ます。もう少し、声を抑えるようにな」

「そうですね、すいません……」

 モジモジと言うアマネをじっと見た後、無玄は持っていた荷物を床に置いた。

「君もわかっているだろう、この扉は厳重にロックしてあるし、仮に出られたとしても地上が危険地帯だということが。それに、この部屋にあるモノのうち、都合の悪いモノには全てプロテクトをかけてある。君たちがどう触っても問題ないし、壊せるものならやってみたまえ」

「私たちが、あなたに反抗したら……」

「できると思っているのか、本当に?」

 睨みつけ、啖呵を切るアマネを見下ろし、無玄は肩をすくめた。

「君の“ドレス”は預かっている。そのままでこのスーツを相手にできると思えないし……私を倒したとして、無防備のまま子どもたちを連れて、あの地上をさまようつもりではないだろう?」

「う……それは……」

 アマネが言葉に詰まると、パワーアシスト・スーツを着た無玄は踵を返して背を向けた。

「こちらにも都合があって、君を……いや、君たちをこのまま帰すわけにはいかない。申し訳ないがしばらく、この部屋で過ごしてもらう。当面の暮らしに必要なモノは、その箱に入れているから……では、おやすみ」

「待ってください」

 扉を開けようとしたドクトル無玄を、アマネが呼び止めた。

「何だね?」

「あなたの目的は何ですか? 雷電のようなスーツを着て、雷電と闘って、何を……」

「目的、か。……それ自体だと言ったら?」

「えっ……?」

 困惑するアマネの顔をちらりと見た後、無玄はスーツのバイザーを下ろした。

「ソレ自体ガ目的ナンダヨ。雷電ニナル事……雷電ト闘ウ事……。君ノ“どれす”ヲ封ジル事ガ出来タノハ、思イガケナイ幸運ダッタ。申シ訳ナイガ、邪魔ハ少ナイ方ガ良イカラナ」

「どういうことです?」

「……私ハ、シバラク留守ニスル。済マナイガ子ドモタチノ事ヲ、ヨロシク頼ムヨ」

「ちょっと……!」

 スーツを身につけた無玄はひずんだ声で言い捨てると、制止を聞かずに部屋を出て行った。

「もう、勝手に言うだけ言って……」

 アマネはうんざりして独りごつと、横で横になっている子どもたちに視線を向けた。アキも、リンも深く眠っているようで、穏やかな寝息をたてている。

「私が、しっかりしないと……!」

 入口の金属扉は固く閉ざされ、薄っすらと間接照明に照らされていた。扉の前には大きな段ボール箱が残され、同じく間接照明に照らされて、暗い室内に浮かび上がって見える。
 アマネは立ち上がると、ドクトルが置いていった箱の中を覗き込んだ。
中身をゴソゴソと漁って取り出し、照明にかざしてみる。ミール・ジェネレータ用の各種の栄養素ペレットがゆうに数週間は詰め込まれていた。そして荷物の隙間には、薄い板状のものが……

「これは……?」

 箱の中から取り出してみると、旧時代の映像データを収めたディスクケースのようだった。表面のラベルには“特撮ドラマシリーズ・ストライカー雷電:第1~第2クール”と書かれていて、裏面には再生機器の使い方がびっちりと手書きされたメモが貼り付けられていた。


 抜けるような青空の下に、見渡す限り灰色の荒野が広がっている。
 人影はなく、点在する大型エレベーターの建屋以外の建物も見当たらない。草木もまばらな原っぱには、いくつもの車線を持つ幹線道路が枝分かれ、うねりながら広がっていた。
 死んだような景色の中で、バイオマスと水動力のダブルエンジンが響く。鈍い銀色の人物を乗せた黒い大型バイクが、車通りのないハイウェイを走り続けていた。

「『こちらマダラ。“にせ雷電”はまだ、現れてないみたいだね』」

 雷電スーツのヘルメットから、マダラの声が呼びかけた。レンジはバイクを走らせ続けながら、ヘルメットに内蔵したインカムに「ああ」と答える。

「そうだな。今のところ、動くものはなんにも見えない。平和なのは結構なんだが」

「『カメラからの映像はこっちでも見えてるけど、ずーっと同じような景色ってのも退屈なもんだなぁ。正直、二日も見続けてると……ふああ』」

「おい、おい! オペレートはちゃんとしてくれよ!」

 あくびしたマダラにレンジが文句を言っていると通知音が鳴り、新しい通話回線が開いたことを伝えた。

「『失礼いたします。ナイチンゲール、ドローン部隊の定時報告です。現在、ナゴヤ上空各空域に配備されたドローンのいずれからも、侵入者の報告はありません……マダラさん、私がオペレーションを代行しますから、お休みいただいても』」

「『いや、大丈夫だよ! バッチリ起きてるし!』」

 自分の作ったプログラムに、役割を全て奪われてしまってはたまらない。ナイチンゲールの申し出を、マダラは慌てて断った。

「マダラには、新しいギアの動作チェックをしてもらわなきゃいけないからなぁ。ヤツがいつ来るのか分からないけど、それまで待っててくれよ」

「『もちろん! コンテナルームの端末に入ってた変な図面……多分、あの“にせ雷電”が置いてったデータから作ったシロモノだ。一応データ上では問題ないけど、何が起こるかわからないからなぁ』」

「俺は長物を使ったことがないから、うまく使えるかわからないけどな。とりあえず受け取って背負ってきたけど……」

 雷電がまたがる大型バイクの側面には、細長い銀色の板が括り付けられている。キョート・ルインズのコンテナルームでナイチンゲールが回収した図面をマダラが分析してメカヘッドに送り、カガミハラの技術班が突貫工事で作り上げた、新型のジェネレート・ギアだった。

「『そんなに気にしなくてもいいよ。見た目は剣だけど、光を集めるためのギアだからね。棒を振り回すつもりで、相手をぶっ叩けばいい』」

「うーん、メカヘッド先輩に武術を習っとけばよかったか……?」

「『メカヘッド先輩はおやっさんに連れてかれて、地下の見回りに出かけてるからねぇ。まぁ、おいおい練習していけばいいんじゃないかなぁ。オレは一人だから、気楽でいいけど……ふぁあ』」

 スピーカーの向こうで、マダラが再び呑気そうなあくびを漏らす。
 そして目の前に広がるのは、ハイウェイがのたうつコードの束のように広がる荒れ野原と、ちぎれた雲が浮かぶ青い空。

「おいおい、そんなこと言ってたら、アオに怒られるんじゃないのか? ……あれ、アオは?」

「『そう言えば、昨日から見てないなあ。おやっさんとメカヘッド先輩が出かけていった後、どこかに行ったみたいだけど』」

「おいおい、どこに行ってるのか、とか聞いてないのかよ?」

「『アオはしっかりしてるし、ちょっと買い物にでもいくのかな、って思ったんだよ。そうしたら、一晩経っても連絡がこないし……』」

「『アオさんの行先は、把握しています』」

 レンジとマダラが言い合っていると、ナイチンゲールが口を挟んだ。

「『へ?』」

「どういうことだ、ナイチンゲール?」

 二人は言い合いをやめて、ナイチンゲールの話に耳を傾けていた。

「『と、申しますか、彼女の目的地をナビゲートしたのは私です』」

「どこに?」

「『ナゴヤ・セントラル図書館です。旧文明期の映像制作会社に関する資料を、お探しだということでしたので』」

「映像……?」

「『何を探しているとか、そういう話は聞いてる?』」

「『申し訳ありませんが、詳しい話は何も……ただ、“何かのヒントがみつかるかもしれない”というお話でしたが』」

「ヒント、ねえ……」

 考え込んでいたレンジが顔を上げると、流れ星のような光が低空を飛びながら、ナゴヤ荒原の遥か先に落ちるのが見えた。思わず、インカムに向かって叫ぶ。

「ナイチンゲール!」

「『はい、マスター。侵入者を捕捉しました。ナビゲートします』」

 雷電スーツのバイザーに、侵入者の位置を示す矢印が表示された。そして“Thunder Eagle, ready”の文字が、大きく映し出される。

「よし……行くぞ!」

 バイクのアクセルを絞ると、バイオマス発電と水発電のツインエンジンが、ドラムロールのテンポを上げた。

「『了解、“サンダーイーグル”、装甲を展開します』」

 ナイチンゲールの声と共に、黒い大型バイクをまばゆい光が包み込む。
 光は凝縮すると鈍い銀色の装甲となって、車体の各部を包んだ。金色から鮮やかな青色へとグラデーションするラインが、装甲に走る。

「『装甲バイク“サンダーイーグル”、装甲の展開が完了しました』」

 鈍い銀色に輝く装甲バイクは唸りをあげ、ハイウェイを猛然と走り出した。


 壁一面に作られた本棚に雑然と並ぶ、書物と書類とファイル。光量を絞った照明が、一定の間隔を保って天井に並んでいる。紙の資料に埋め尽くされた廊下を、青い肌の少女がゆっくりと進んでいた。
 手に持った懐中電灯をかざしながら、一歩進むたびに本棚に目を走らせ、足元から頭上まで、収められた資料のタイトルを確かめていく。
 時折資料を引き出して手に取り、パラパラとめくっては棚に戻して、次の資料へ。ひたすら作業を繰り返していた少女は、一冊の大判な冊子にたどり着いた。

「これは……!」

「アオさーん!」

 背後から呼びかける声に、少女は振り返る。この閉架をアオに紹介した中年の司書が、手を振りながら追いかけてきたのだった。

「はーい! 司書さん、どうしました?」

「いえ、特に何かあったわけではないですけどねぇ、アオさん、資料を探し始めて、もう丸一日経ってるのよ? さすがに心配になってしまって……」

「あら、そんなに!」

 アオはハッとして、ポケットに入れていた携帯端末で時刻を確かめた。すっかり時間を忘れて、書庫にこもっていたようだ。

「ごめんなさい、ご心配をおかけして……」

「無事でよかったけれど、そろそろ休んだ方がいいわ。探していたものは……」

「はい、これです! 貸し出し、できますか?」

 アオが手に持っていた冊子を渡すと、司書は持っていた懐中電灯で冊子を照らした。

「ええと、旧時代の“映画”のパンフレット? 貸し出しは、問題ないと思うけど」

「ありがとうございます」

 頭を下げたアオは、司書からパンフレットを受け取って顔を上げた。

「いえいえ、貸し出しカード、作っておくわね。……よかったら教えてほしいのだけれど、このパンフレットを探していたのは、何のために……?」

「ええと、それは……」

 司書に尋ねられたアオが答えようとした時、書架全体がわずかに揺れた。

「あら、地震? でも変ねえ、免震システムが動いてないだなんて」

 首をかしげている司書の前でアオは素早く携帯端末を取り出し、通話回線を開いていた。

「……兄さん! 今、地上で何かあった! 座標をおくるから、レンジさんにも伝えてください!」


 砂煙をあげながら装甲バイクが走る。ナイチンゲールが指示する矢印の先に、黒い煙が幾筋も、もうもうと立ち上っていた。

「あれだな!」

「『たった今、アオから連絡があった。ちょうどその真下にいて、揺れを感じたから何かあったかも、って』」

「『数分前、地上で戦闘が起きたようです。爆発が起こり、数か所のエレベーター建屋が破壊されています。震動は、その時に発生したものかと』」

 マダラからの連絡に付け足して、ナイチンゲールが告げた。

「『戦闘? 誰が……?』」

「見えてきた!」

 煙の根元に、破壊されたエレベーター建屋の残骸が転がっている。赤色、黄色、緑色のパワーアシスト・スーツをまとった女性たちが、瓦礫の中にうずくまっていた。

「何だ、あれ……」

「『あれは……ナゴヤ・セントラルの特設パワーアシスト・スーツ部隊、“警ら戦隊トライシグナル”だ!』」

「はあ、何だそれ? 何でマダラが、そんなん知ってるんだ?」

 レンジに尋ねられると、マダラは照れ臭そうに「へへへ……」と笑った。

「『ちょっと前に、技術協力を頼まれてね……』」

「『マスター、あれを!』」

 ナイチンゲールが叫ぶと、雷電スーツのバイザーに赤い矢印が表示される。矢印の先、視界の端にちらりと人影が見えた。
 バイザーの視界をモニターしていたマダラが叫ぶ。

「『“にせ雷電”だよ、レンジ!』」

「ああ、このままぶちかます!」

 トライシグナルを狙って走り出した“にせ雷電”を追って、雷電はバイクを加速させた。

「小娘ドモ……邪魔ヲスルナ!」

 ひずんだ声で叫びながら、“にせ雷電”がトライシグナルに襲い掛かる。

「コレデ、終ワリダ! オオオオ!」

「オラアアア!」

 大きく跳び上がった時、黄色いパワーアシスト・スーツを装甲バイクがはね飛ばした。

「ギャアアアア!」

 “にせ雷電”は叫び声を上げながら、近くの瓦礫に突っ込んだ。雷電はトライシグナルたちをかばうようにバイクを停めて、よろめきながら立ち上がろうとしていた赤黄緑の三人を見やる。

「こいつの相手は俺だ。すまないが、早く避難を!」

 三人娘は慌てて立ち上がると、急いで避難していく。一方、背後からは瓦礫が崩れる音。
 雷電が振り返ると、砕け散ったエレベーター建屋の中から“にせ雷電”が立ち上がっていた。

「待チ詫ビタゾ、“すとらいかー雷電”。余リニ退屈ダッタノデナ、ウルサイ小娘ドモノ相手ヲシナケレバナラナクナッタワ!」

「ずいぶんなご挨拶じゃないか。こんなモノの設計図まで残して……貴様の目的は何だ!」

「クク……ハハハハ!」

 バイクから降りた雷電が新たなジェネレート・ギア……“ソーラーカリバー”を突き付けて尋ねると、“にせ雷電”は愉快そうに笑う。

「流石ダナ! 雷電すーつヲ再現シタなかつがわノめかにっくナラバ、形ニシテクレルト思ッテイタヨ……!」

「『ちょっといいか、“にせ雷電”。雷電スーツを再現したのはオレだけど』」

 スピーカーをオープンにして、マダラが“にせ雷電”に呼びかけた。

「ホウ、何ダネ?」

「『あいにくだけど、そのギアを組み立てたのはオレじゃない。カガミハラ駐屯部隊の協力者たちだ……いや、そんなことより! 雷電スーツの強化フォームを封じたのは“にせ雷電”、あんたの技術だな?』」

「如何ニモ」

 “にせ雷電”が指を鳴らすと、雷電のバイクが纏っていた装甲が、溶けるように消え去った。

「何をした!」

「私ハ通信ヤ遠隔操作……ソシテ“じぇねれーと・ぎあ”ニヨルふぉーむちぇんじヲ無効化スル事ガ出来ル。勿論、“さんだーいーぐる”モナ。コノ通信ヲしゃっとあうとシテイナイノハ、めかにっく君トノ対話ニ興味ヲ持ッタカラニ過ギナイ。……続ケタマエ」

「『あんたが残した、このギアの設計図には、その妨害機能を無効化するシステムが組み込まれている……何が目的なんだ、こんなものをオレたちに作らせて?』」

 マダラの問いに、“にせ雷電”はくつくつと肩を動かして笑う。

「サテ、何ダト思ウカネ? 私ヲ止メルナラバソレヲ使ウシカナイ、トイウ事ハ分カルダロウガネ……!」

「『くっ……そう、この! ……雷電!』」

「ああ……」

 雷電は緑色の光沢を放つ幅広剣、“ソーラーカリバー”を掲げながら、ベルトのバックルについたレバーを引き上げた。そして拳を打ち付けるようにして、再びレバーを引き下ろす。

「いくぜ……“重装変身”!」

「『OK! Generate-Gear, setting up!』」

 レンジが叫んだ”音声コマンド”に応えて、ベルトの人工音声が声を上げた。

(続)

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