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アウトサイド ヒーロー:特別編13

劇場版ストライカー雷電:インフィニット エナジー ウォー

「アリエナイ! アリエナイ! ……何故ダ、何故ふぉーむちぇんじデキル!」

 アトミック雷電が握り拳を震わせて叫んだ。レンジの手首にとりついた腕輪……ナイチンゲールは深くなっていく夕闇の中、白い光を放った。

「お答えしましょう、ドクトル無玄。それは、アトミック雷電が発生させている通信妨害電波を私が無効化しているからです」

「ナイチンゲール! いつ、そんなことを……?」

 レンジが驚いて腕輪に話しかけると、アンサンブル・ギアは再びふわりと光る。先ほどよりも緩やかな明滅には、どこか誇らしげな鷹揚さがあった。

「提供を受けた“ソーラーカリバー”の設計図……そこに搭載されていた、妨害電波無効化プログラムを参考に、私自身のプログラムを書き換えたのです。……こんなことも」

「わっ! どうなってんだ、左手が勝手に……!」

 レンジが驚いて声をあげる。ナイチンゲールが制御して動き始めた雷電スーツは左手を顔の横に掲げ、指先をつき合わせた。ぱちりと乾いた音を鳴らすと、ストライカー雷電の視界に映像通話画面が浮き上がった。
 大写しになっているマダラが、大きな目玉を丸くしている。

「『うわっ、急に通信回線が開いた! どうなってんの……?』」

「雷電のフォームチェンジだけでなく、通話回線を開くことも可能です」

「『ナイチンゲールの仕業か! もっと早く言ってくれたら、こっちでも色々できたって言うのにさ……』」

「申し訳ありません、マダラさん」

 不満そうに言うマダラに、ナイチンゲールは涼しい声で返した。

「色々試してみましたが、このプログラムを他のギアに組み込むことは難しかったのです。それに……“敵をだますには、まず味方から”だと、データベースにありましたので」

「『何で、そんなことまで学習してんのさ……』」

「まあ、ドクトル無玄にヘタに知られて対策されても意味がないからな。いいタイミングだ、ナイチンゲール!」

 レンジはそう言うと、再び雷電スーツの制御を取り戻して両拳を構える。

「いくぜ、アトミック雷電! プログラムの修正なんて、やる隙は作らせねえからな!」

「ダガ……! ダガ、モウ日ハ暮レタ! はいぶりっど・ふぉーむトハイエ、ソノすーつノ性能ハ半分モ発揮デキナイハズダ……!」

 ストライカー雷電は自らのベルトにつけられたレバーを上げて、再び下げる。金属部品が噛み合う音が響くだけだった。

「ああ、確かに出力ブーストはもう、使えないみたいだな。けど……これでしばらく、エネルギー切れの心配はなくなった」

 白磁色のスーツから、青い電光が迸る。右手を伸ばすと、アスファルトを削るような音を立てて地面を滑ってきた“ソーラーカリバー”が引き寄せられ、飛び込むように雷電の両手に収まった。

「俺たちはまだまだやれる! 行くぜ、アトミック雷電!」


 アマネとオノデラ保安官がオーツ・ポート・サイトにたどり着いた時には、空はすっかり夕焼けに染まっていた。
 アマネはそのままログハウス調のオーツ・ポート・サイト保安官事務所に通され、ソファに落ち着いて携帯端末に見入っていた。
 窓から覗くオレンジ色の空に赤味が増し、濃紺から深い黒へと変わっていく。扉が開いて、ドアベルが乾いた音を立てた。

「巡回判事殿?」

「はっ、はい!」

 それまで身動きもせず、画面から目を離さなかったアマネは、オノデラ保安官に呼びかけられて飛び上がった。

「……大丈夫ですか?」

「ええ……えへへ、すみません。恥ずかしながら、オノデラ保安官に気が付かなくて」

 オノデラはばつが悪そうに笑うアマネを見て穏やかに微笑んだ。コーヒーメーカーから注いだ模造コーヒーを、アマネに差し出す。

「ありがとうございます……」

「いえいえ。ずいぶんお待たせしてしまいましたから、こちらこそ申し訳ないです。……まだ、闘いは続いているんですね?」

「はい。……ご覧になられます? 大きな画面に映しましょうか」

「ありがとうございます。では、これに」

 オノデラが事務所の壁に掛けられていたディスプレイを起動する。アマネの端末から共有された映像が映し出されると、間近で見たオノデラ保安官は「おお……」とため息をついた。
 二人の雷電がぶつかり合い、鈍く硬質な金属音が響く。赤と青の火花が、画面に次々と花開いた。

「日が暮れてからずっと、ストライカー雷電の方が押してます。でも……」

 白い雷電は“ソーラーカリバー”を振るい、時に拳や足技を交えながら攻め続ける。両手の武器を失ったアトミック雷電の拳をすり抜けるように、相手の懐に飛び込んだ。
 至近距離から大剣の柄を撃ちこみ、むき出しの鉄筋のような刀身を薙ぎ払う。アトミック雷電は直撃を受けて、大きく吹き飛んだ。

「アトミック雷電が、倒れない……!」

 クロームイエローの装甲は既に砕け、全身が細かくひび割れていた。しかし殴り飛ばされるたびに起き上がり、すぐに戦闘態勢をとってストライカー雷電と向かいあう。
 このやりとりを、かれこれ何度繰り返しただろうか。恐ろしいまでの持久力、そして執念……!

 装甲のひび割れによって、全身に走る赤いラインにいびつな幾何学模様が浮かぶ。炎のように揺らめきながら、暗闇の中でアトミック雷電の骨格を浮かび上がらせた。
 対峙するストライカー雷電が“ソーラーカリバー”を構える。全身を走るラインが、鮮やかな緑色の光を放った。

「まだやる気かよ、ドクトル無玄!」

「当タリ前ダ、すとらいかー雷電! ……ウオオオオ!」

 赤い光の尾を引きながら、アトミック雷電が走り出す。ストライカー雷電は大剣をかざし、殴りかかってきた拳を受け止めた。

――相変わらず、相手の打撃は重い。そして、こちらは昼の間ほどのパワーは出せない。けど……!

「オラアッ!」

 大剣で押し返すと、アトミック雷電の両手は宙に浮いた。がら空きになった胴当てを、足裏でスタンプするように蹴りつける。

「ウラアアアアッ!」

「グハアッ!」

 黄色い雷電はバランスを崩し、たたらを踏みながら後ずさる。倒れ伏す前に踏みとどまると、ふらつきながら拳を構えた。

「グ、グ、グ……! 負ケンゾ、すとらいかー雷電! ウアアアア!」

 破れかぶれにも近い雄たけびをあげながら、アトミック雷電が再び殴りかかった。
 ストライカー雷電はふわりと上体を後ろに逃がす。フェイントをかけて攻撃をかわすと、後傾させた背骨を戻す反動で勢いのついた拳を、カウンターで相手に叩きこんだ。

「ガアアアッ!」

 大剣とマント、そしてサブ発電システムを司る人工知能。3つのギアのサポートを得た雷電スーツの性能は今や、戦闘補助プログラムを組み込んだアトミック雷電と完全に拮抗していた。

――それならば勝敗を決めるのは一つ、装着者の資質。すなわち激闘を潜り抜けてきた経験と、研ぎ済まされてきた闘いのセンス……!

 アトミック雷電はヘルメットに強い衝撃を受け、後ずさりながらも体を支えて両拳を構えた。

「マダ、マダダ……!」

「『まだ動けるのかよ! 強度といい、エネルギー源といい、あのスーツどうなってんの……?』」

雷電スーツのセンサーカメラを使ってモニターしていたマダラが、呆れたような声を漏らす。

「スーツの性能は確かにすごいさ、これだけボコボコにしても、まだ立ち上がってくるんだからな!」

「アアアアアア!」

「……ウラアッ!」

 叫びながら突っ込んでくるアトミック雷電の拳をかわし、腰を落とした雷電は大剣を振り抜いた。
 重い金属塊の一撃が胴当てを捉える。アトミック雷電は声にならない叫びをあげながら、勢いよく後ろに吹っ飛んだ。

「でも、もう集中力も残ってない! 隙だらけなんだよ!」

「グ、グググ……マダ……!」

 アスファルトを砕きながら倒れたアトミック雷電は、尚も立ち上がって唸る。

「すとらいかー雷電ンンンン……!」

 赤いラインが鬼火のように揺れる。腹部に受けた強烈な衝撃に、アトミック雷電はよろめきながらもストライカー雷電を睨みつけていた。

「ドクトル無玄……」

「ガアアアアアアアアア!」

 アトミック雷電が吼えながら、倒れ込むように駆ける。レンジは真正面から相手を受け止め、大剣で薙ぎ払った。

「ゲホッ……カハッ……!」

「ドクトル無玄! 何故そんなに、ストライカー雷電にこだわる……?」

 転がり、もがくアトミック雷電を見下ろしながらレンジが尋ねる。ドクトルは震えながらも顔を上げた。ヘルメットのバイザーが赤く輝き、レンジの視線を受け止めた。

「貴様ニハ、分カランダロウナ……! すとらいかー雷電ハ、私ノ全テダッタ。ソシテ、なかつがわ・ころにー、たちばなセンセイ……。貴様ラ、なかつがわノ連中ガすとらいかー雷電ヲ名乗ッテイルト知ッタ時、私ハ許セナカッタ。認メルコトハデキン、ト、思ッタ……」

 よろめきながら、アトミック雷電が立ちあがる。全身を走る赤いラインはところどころに亀裂が入り、光はにじむように揺れていた。

「なかつがわノ、貴様ノ闘イハ、映像でーたデ見セテモラッタ。素晴ラシカッタ……悔シイコトニナ。ヨクゾ、ひーろーしょーノぷろっぷカラ、ソコマデすとらいかー雷電ヲ作リ出シタモノダト思ッタ。……認メヨウ。俺モ、本当ハ雷電ニナリタカッタノダ。ダガ……ダガ……貴様ラノ雷電ハ、既ニすとらいかー雷電ダッタ……!」

「ドクトル無玄……」

 アトミック雷電は震えながら拳を強く握りしめる。装甲の破片がわずかに砕けて、闇の中にきらめきながら散った。

「ソコデ、思イ出シタノダ。旧文明時代ニ失ワレタしなりお、すとらいかー雷電ト、あとみっく雷電ノ闘イ……。俺ハ、すとらいかー雷電ニハナレナカッタ。セメテあとみっく雷電トナッテ、雷電ノ物語ノ、一部ニナリタカッタ。ハジメハ、ソレデ充分ダト、思ッテイタノダ……。ダガ……俺ハ、ヤハリ貴様ラノ雷電ニ勝チタイ、ソウ思ッテシマッタノダ……ウオオオオ!」

「くそっ、まだやるのかよ!」

 レンジは突進をかわし、横腹に拳を叩きこむ。アトミック雷電はせき込み、ふらつきながら距離を取った。
 満身創痍の黄色いスーツは、出力が少しずつ落ち始めている。しかし、ドクトルは闘いを放棄する素振りも見せなかった。

「『ねえ、ナイチンゲール……』」

「『お願い……』」

「なんだ、何かやってるのか……?」

 ヘルメットに内蔵されたスピーカーの向こうで、アキとリンが何やら言っている。レンジがインカムに尋ねかけた時、子どもたちの大音声が耳に突き刺さった。

「『頑張れ!』」

「『頑張れーっ!』」

「うおっ!」

 突然の叫び声に、レンジは固まって目を丸くする。

「『レンジ兄ちゃんも、おっちゃんも……』」

「『二人とも、頑張れーっ!』」

 子どもたちは、二人の雷電に向けて叫んでいるのだった。

「ナンダ、何故、子ドモタチノ声ガ……?」

 アトミック雷電も固まりついている。ナイチンゲールが種明かしをするように、そっとレンジに話しかけた。

「子どもたちのリクエストを受けて、アトミック雷電の装甲スーツにも侵入を試みました。クラッキングや妨害電波の介助はできませんでしたがリクエスト通り、音声通話回線だけは開くことができましたので」

「なんで、そんなことを……?」

 レンジが戸惑って尋ねる。ドクトルも混乱して、自らのスーツに仕込まれたインカムに話しかけていた。

「ドウイウツモリダ、子ドモタチ……?」

「『おっちゃんが雷電のこと、好きだってのはすごくよくわかったんだもん! それでも、レンジ兄ちゃんの雷電に勝ちたいって、思ってることもよくわかったんだ!』」

「『レンジ兄ちゃんのストライカー雷電は、あたし達のヒーローだから、だからレンジ兄ちゃんに頑張ってほしいけど、でも、おっちゃんにも頑張ってほしいんだもん!』」

「子ドモタチ……!」

「よかったじゃないか、“雷電”」

 ストライカー雷電は再び“ソーラーカリバー”を構えて、アトミック雷電に正対していた。

「結着をつけるぞ! てめえの納得がいくまで、殴り合いに付き合うさ!」

(続)

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