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アウトサイド ヒーローズ:10-8

フェイクハート ドリヴン バイ ラヴ

 カガミハラ市街地、真夜中にも眠らぬ官公庁街の第1地区。青白い光が煌々と照らす軍警察の庁舎廊下に、複数の足音が響く。カガミハラ各地から“イレギュラーズ”の攻撃と市民の目をかいくぐって集まってきた黒尽くめのサイバネ兵たちが、一団となって庁舎の奥へと進んでいた。
 手首に内蔵した銃を構えて周囲を警戒しながら歩く兵士に気づいて、小銃を携えたリーダー格の兵士が小突いた。

「ぼさっとせずにさっさと歩け。このルートのセキュリティは解除されてるからな。そんなことよりも“廃棄処分”になりたくなけりゃ、急いで“ブツ”を確保するんだ」

 兵士たちは何も言わずに、足を速める。強い不満が漂う、ひりつくような空気に、リーダーは「フン……」とわずかな声をもらした。


 黒尽くめの集団は廊下を突っ切り、薄暗い非常階段を降りていく。侵入者たちの行く手に人影が差すことも、警報装置が鳴ることもなかった。
 地下階層の端、“第2倉庫”の扉の前に武装集団がたどり着く。扉を取り囲むサイバネ兵を、リーダーが見回した。

「中のセキュリティまではどうなってるかわからん。警戒を怠るなよ。……行くぞ」

 号令を合図に扉を開け放ち、兵士たちは照明灯がついた倉庫の中になだれ込む。
 入り口付近で密集陣形を組み、棚に挟まれた庫内通路に銃口を向けた。通路の奥には機械部品を頭に被ったような男が一人、捜査資料を収めたコンテナに腰かけていた。
 機械頭の男……メカヘッドが顔を上げる。ヘッドパーツの中央にあるセンサーライトが、緑色の光を入り口に向けた。

「おう、いらっしゃい。思いのほか、早いお着きで」

 ヘラヘラと言うメカヘッドに狙いを定め、サイバネ兵たちは内蔵した小銃を向ける。

「おい、おい、こっちは丸腰だぜ! それに、俺ごと木っ端微塵にしたら、目当ての物も手に入らないぞ?」

「こちらの目的も筒抜け……か」

 忌々しそうにつぶやきながら、リーダーがサイバネ兵の密集陣をかき分けるようにして顔を出した。

「内通者なんて、お互い様だろう。まさか、ここまでスルスル入ってこられるとはな。保安部の人間をたらし込んだのか?」

「取引相手のことを話すわけがない。それは貴様らでも同じだろうに……だが、話が早い」

 リーダーは手にした小銃を片手で構え、もう一方の手をメカヘッドに向けて伸ばした。

「“それ”を渡してもらおう」

「へいへい……」

 メカヘッドはジャケットの内ポケットからカード型のメモリチップ・ケースを取り出し、床を滑らせるようにして投げ渡した。

「そらよ」

「フン……」

 ケースを拾い上げたリーダーはサイバネ兵たちに発砲を命じようとした……しかし、「撃て」と命ずる前に動いたのは、メカヘッドだった。

「今だ、アオちゃん!」

「はい!」

 壁のようにそり立つ資料棚の向こうから、少女の声が応える。

「よい、しょっと」

 金属製の棚が傾き、密集した兵士の上に倒れ込んだ。捜査資料の代わりに詰め込まれた工事現場用のウエイトがサイバネ兵たちに降り注ぐ。
 地響きを立てて棚が入り口をふさいだ時、部屋の奥にいたメカヘッドは火災報知器の手動スイッチを押した。
 甲高いベルの音が鳴り響く。それを合図に、部屋奥の非常用ハッチが大きく開いた。縄梯子につかまった“イレギュラーズ”の兵士が、ハッチの向こうから顔を出す。

「メカヘッド顧問、アオさん!」

「おう、ありがとう、ミワ班長」

 メカヘッドは礼を言うと、非常口からハシゴに飛び移った。

「ウス。……ハシゴを巻き上げます、アオさんも早く」

「はい! ……皆さん、ごめんなさい!」

 棚を押し倒したアオはペコリと頭を下げ、非常口に走っていった。大きな両手でハシゴにしがみついたのを確認すると、眼帯をつけた大柄な班長は、地上に向かって叫ぶ。

「よし。上げてくれ!」

 ギリギリと音を立てながらハシゴが巻き上げられ、三人は地上に向かってのぼっていった。
 ベルが鳴り続ける中、コンクリート塊のウエイトと資料棚がはじけ飛ぶ。棚が倒れ込んできた瞬間、リーダー格の兵士がサイバネ化した右腕を高出力で稼働させ、棚とウエイトを押しとどめていたのだった。
 棚の残骸とコンクリート塊、そして倒れ伏したサイバネ兵の山の中から、リーダーがゆらりと立ち上がる。右腕は肩から先の軍服が吹き飛び、武骨な機械部品がむき出しになっていた。限界まで出力を上げていた義碗からは白い煙が上がり、虫が飛ぶような低いモーター音が唸り続けている。

「クソ」

 右手を軽く動かす。指の動きがコンマ数秒遅くなっていることに苛立ちながら、リーダーは周囲を見回した。
 まだ動ける者が起き上がりかけている。後ろには、棚に巻き込まれなかった無傷の兵士が数人。
 左手の中のケースには“ハズレ! 残念でした!”と、わざと汚く書かれたと思われる貼り紙が取り付けられていた。蓋を開けると中には炸薬のパックと、小型の発火装置が組み込まれている。
 リーダーが床に放り捨てると、ケースは軽く乾いた音を立てて爆発した。

「あのクソったれどもを追うぞ。闘えなくても、動ける奴はついてこい。……ここで“終わり”たくないならな!」

 サイバネ兵たちに檄を飛ばすと、リーダー格の兵士は開け放たれた非常用ハッチに向かった。


 東の空の端が、わずかに色づき始めている。軍警察庁の裏庭にはカガミハラ市街地の各地区から引き揚げてきた“イレギュラーズ”の兵士たちと、通報を受けて駆け付けた軍警官たちが集まっていた。
 メカヘッドとアオが脱出した後、再び閉じられた非常用ハッチが内側から激しく跳ね上げられる。兵士たちを指揮していたメカヘッドは軍警官に向けて手を挙げて合図した後、兵士たちに告げた。

「撃て!」

 兵士たちは一斉に引き金に指をかける。機関銃から放たれた無数の弾丸が、地下から現れた人影に突き刺さった。

「やったか……?」

「まだだ! 第二射、用意!」

 攻め手を緩め、敵を確認しようとする兵士にメカヘッドが叫ぶ。慌てて銃を構え直した兵士たちの前で、非常口から突き出た人影がひょい、と跳ね飛んだ。
 受け身も取らずに転がったのは頭部が陥没し、コンクリ塊で下半身が切断されたサイバネ兵の残骸だった。

「なっ……!」

 メカヘッドと兵士たちが固まった一瞬のうちに、非常口からもう一つの影が飛び出した。兵士の残骸を盾にしていた人物……覆面集団のリーダーは、手にしていた複数の球体を放り投げた。
 親指と人差し指で作った輪に収まるほどの球は、アスファルトに打ち付けられた瞬間に破裂して閃光と白煙を噴き出した。

「ええい、盾持ち隊、前へ!」

 メカヘッドが叫び、機関銃手と盾持ち部隊が入れ替わって裏庭を包囲した時には、生き残ったサイバネ兵軍団も全員地下から脱出を済ませていた。
 サイバネ兵たちは素早く展開し、腕に内蔵していた小銃と単分子カッターを露わにして、四方を囲む“イレギュラーズ”を睨み返している。

「侵入者諸君。諸君らは、既に包囲されている。抵抗をあきらめ、速やかに投降したまえ!」

 透明シールドの向こうからメカヘッドが呼びかけると、サイバネ兵のリーダーも顔を出した。

「こいつらには無駄だよ。捕まったら“後がない”んだからな。それに……」

 リーダーはヘルメットを脱ぐと、手に持っていた単分子カッターをなぞるように沿わせる。するりと切り分けられたヘルメットの片割れが、アスファルトに打ち付けられて乾いた音を立てた。

「よく切れるだろう? こいつらのカッターは、これと同じシロモノだ。そして我々のしぶとさは、よくわかっていると思う。……言いたいことはわかるだろう? 全滅する前に、何人道連れにできるか……あるいは包囲網が崩れた瞬間、数人を街に逃がすなんてこともできる。そうなれば、どうなるか……」

「脅しのつもりか」

 怒りのにじむメカヘッドの声に、リーダーは肩をすくめた。

「なに、あんたらと似たようなものさ」

「お前たちの、目的は?」

「なんだよ、知ってるだろう? こうなりゃこちらの兵士は皆、死に物狂いで行くぜ。血を流さずに事が収められると、思わんことだな」

「ぐ……」

 飄々とした響きまで感じられる、冷ややかなリーダーの声にメカヘッドが押し黙った時、インカムの通話回線が開いた。

「『メカヘッド先輩? イレギュラーズの皆も、聞こえてる?』」

「マダラ君か! どうした?」

「『みんな、そのまま動かないで!』」

「おい、どういう事だ? こっちは立て込んでて……」

「『大丈夫、ドローンで上からモニターできてる! 包囲を続けていてほしいんだ。すぐに到着するから!』」

「は? ……何が?」

 夜明けの町を叩き起こすような重低音のドラムロールが、どこからともなく響いている。
 盾や機関銃を構えて包囲網を固める“イレギュラーズ”の兵士も、包囲されたサイバネ兵たちも、周囲を見回した。サイバネ兵のリーダーがふと視線を上げると、その場に固まって叫ぶ。

「上だ!」

 大きな影が裏庭に差した。官庁街のビル群を飛ぶように跳ね渡ってきたバイクが、軍警察庁の屋上から飛び降りたのだった。

「ウオオオオオ! ……オラア!」

 バイクのライダーが叫び声をあげる。鈍い銀色に輝く装甲をまとった大型バイクは勢いを増し、サイバネ兵の密集陣形に真上から突っ込んだ。
 リーダー格の兵士が慌てて飛びのく。サイバネ兵軍団が気づいた時には、その半数以上を大型バイクが踏みつぶしていた。地響きを立て、アスファルト片が砕けて舞い上がる。バイクのヘッドライトが鋭い光を放った。

「この……!」

 難を逃れたリーダーは、“イレギュラーズ”の盾の前まで勢いを殺さずに吹っ飛んだ。盾に体当たりして無理やり体勢を変え、その盾を踏み台代わりにして逆方向の勢いをつけ、今度はバイクに向かって飛び掛かった。

「うわあ!」

 盾を持っていた兵士は蹴り飛ばされ、情けない声をあげながら仰向けに倒れ込む。盾持ち部隊の班長が指示を飛ばし、急いで障壁を張り直した。
 しかしサイバネ兵のリーダーは、崩れかけた包囲網のことなど気にしていなかった。装甲バイクに狙いを定め、単分子カッターの鞘を払った。

「ああああ! この……!」

 鋭い刃が雷電の装甲をえぐろうと伸ばされたが、雷電はまたがるバイクの前輪を跳ね上げることで単分子カッターを弾き飛ばした。ウィリーのバイクはそのまま円を描いて走り、車体の直撃を免れたサイバネ兵たちを一体残らず薙ぎ払う。

「チッ!」

 リーダーがたたらを踏んで立ち止まると、雷電は距離を取ってバイクを停めた。
 盾と機関銃の銃口で作られた障壁の中で、二人の人影がにらみ合う。

「お前で最後だ。ここまでだな、ブラフマー」

「フン」

 雷電の呼びかけに、残されたサイバネ兵は不服そうな声を漏らした。

「カガミハラ全域に展開することで“ストライカー雷電”を抑え込む作戦だったんだがな。結局、計画通りにはいかないということか。クライアントが名指しで警戒するだけのことはある」

 サイバネ兵は戦意がくじけた様子もなく、皮肉っぽい軽薄さの中に強い意志を抑え込んだ調子でつぶやいた。覆面の奥、目の部分に開いた穴から漏れた赤い光が、雷電のバイザーを鋭く射貫く。
 雷電は拳を構えた。白磁の装甲に走るラインが、黄色の光を放つ。

「お前たちの負けだ。それなのに、まだやるつもりか……!」

「負け? 私“たち”? ……それは違うな」

「はあ? 何を言って……」

 サイバネ兵は雷電の問いに答えず、倒れたまま動かなくなっている兵士に歩き寄った。そして襟首をつかむと、出力強化した右腕で釣り上げるようにして、無理やり立ち上がらせる。

「おい、何を……!」

「こいつは気を失ってるだけだ……おい、寝てるんじゃねえ」

 乱暴にゆすると、気絶していた兵士は「うう……」とうめき声をあげた。

「私にとって“負け”とは“失敗”だ。そして、私は何も“失敗”していない。……説明してやろう、ストライカー雷電」

 サイバネ兵のリーダーは手を離し、再び雷電に顔を向ける。

「まず、私はブラフマーの子飼いじゃない。サイバネ部隊をカガミハラに潜入させ、メモリチップが保管されている軍警察庁まで送り届けて、この作戦の成否を見届けるのが私の任務だ。……私にとって、メモリチップが手に入ろうが入るまいが、こいつらが何人脱落しようが、そんなことは大した問題ではないのだ。私の任務は、既に八割方終わっているんだよ、ストライカー雷電」

「ここまでの事態を引き起こして、仲間を切り捨てる真似をして、何を言ってるんだ、お前……!」

 メカヘッドが思わず上げた声に、サイバネ傭兵はため息をついて首を振る。

「仲間じゃない、と言ったのがわからないのか? それに計画も作戦立案もクライアントだ。私も多少、アドバイスをしたがな……」

「どちらにせよ、お前を逃がすわけにはいかない」

 身構えたままの雷電がじり、と間合いを詰める。サイバネ傭兵は雷電との距離を測りながら、軍服のポケットに手を突っ込んだ。

「それならば、こちらもそろそろ任務を終了することにしよう」

「何?」

 ポケットから手を抜き出し、目の前に突き出す。雷電は身構えたが、それは銃ではなく、スイッチのついた小型デバイスだった。

「任務終了。クローンサイバネ部隊のカガミハラ襲撃任務、失敗を確認……だ」

 傭兵がスイッチを押すと、隣で固まっていた覆面の兵士が四肢を震わせ、激しく痙攣し始めた。

「うあああ……! おお、おおおおお……!」

 頭を抱え、地の底から這いだすような悲鳴を漏らす。

「あああああああ! あ! ああーっ!」

「うっ、うっ、うっ、うううあああああ!」

 裏庭のそこかしこから、反響するようにおぞましい声があがった。雷電のバイクに踏みつぶされ、はね飛ばされて手足がもげ、胴体を両断されたサイバネ兵の残骸たちが、同じように悲鳴をあげはじめたのだった。

「総員、身構えろ! 不測の事態に備えるんだ!」

 地獄のような光景に浮足立ちかけた“イレギュラーズ”の兵士たちに、第2戦闘班のミワ班長が檄を飛ばす。
 雷電は傭兵を警戒しながら、周囲のサイバネ兵たちを見やった。

「一体、何をした?」

「作戦の成否を判定し、失敗した兵士たちを処分するところまでが私の任務だ。情報を漏らされては困るからな、残念ながら……」

 冷ややかに言いながら、傭兵は手にしていたデバイスを顔の近くに引き寄せた。

「培養槽育ちでお仕着せのサイバネ兵装を使っていた割には、よくやった方だよ。最後に一つ、私の為に役立ってもらうとしよう。……まともに動きそうなのは一人だけか。まあいい」

 うめき声をあげるサイバネ兵たちを見回しながら、もう一度スイッチを押す。「音声コマンドを入力してください」と自動音声が告げた。

「“モード:ベルセルク”起動」

「『コマンド受諾。これより各機、オートモードに入ります。危険ですので、速やかに退避してください。繰り返します……』」

 自動音声がメッセージを繰り返そうとした時、傭兵はデバイスを握りつぶした。

「フン、私は“失敗していない”。失敗していないが……貴様のことは覚えたぞ、ストライカー雷電。じゃあな」

 傭兵は踵を返し、雷電に背を向ける。“イレギュラーズ”の機関銃手たちが、傭兵に銃口を向けていた。

「この状況で逃げられると、思っているのか?」

「もちろん。サイバネ兵装は、こう使うものだ……!」

 傭兵の胴衣がはじけ飛ぶ。胸郭と腹部に仕込まれていた発煙筒が開放され、濃厚な黒い煙が噴き出した。

「うわっ!」

「口を覆え! 盾を構えて、踏ん張るんだ!」

 驚いて声をあげる盾持ちの兵士たちに、メカヘッドが指示を飛ばした

「命が惜しくなけりゃ、さっさと逃げることをお勧めするがね。……それじゃ、今度こそ失礼するぞ」

「あっ、待て!」

 雷電が手を伸ばすが傭兵は既に、脚に仕込んだバネで高く跳ね上がっていた。そして街灯、背の低いビル、更に高いビルと次々に踏み台にして、カガミハラの城門に向かって駆け抜けていった。

「くそ、逃げられた……!」

「マスター、厳戒態勢を」

 悔しそうな声を漏らす雷電に、ナイチンゲールが告げる。

「煙幕の中に、異常な熱源反応を感知しています」

 黒い煙で遮られた視界の中で、獣が唸るような低い声が響いていた。

(続)

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