アウトサイド ヒーローズ:エピソード6-04
ガールズ、ライズ ユア ハンズ
アマネが走り出す数分前、カフェの中ではミュータントの女給と社長令息がおしゃべりを楽しんでいた。
「ケーキもコーヒーも、すごく美味しかったです」
「よかった、ここが一番自信があったから、そう言ってもらうとホッとするよ」
「でも、いいんですか、お金出してもらっちゃって?」
セツはテーブルの上のケーキ皿とカップ、そして伝票に目を落とした。ノザキ青年は肩をすくめる。
「いいんだよ、これくらい。それにセツさん、大通りの店を回った時にも遠慮してただろ? 少しは、俺に見栄を張らせてくれよ」
「えっと……ありがとうございます」
青年に礼を言った後、女給はうつむいてコーヒーカップの中に照り返すライトの光を見ていた。
「何というか……ごめんなさい、私、デートは初めてで……高級なお店にも慣れてなくて……」
「そんなこと! 気にしなくていいよ。セツさんが楽しんでいたら、それで……大丈夫? 楽しめてる?」
ノザキの気遣いに、セツは慌てて顔を上げる。
「それは、楽しめています、大丈夫です!」
「よかった……」
ホッと息をつくノザキの顔を、セツはじっと見ていた。
「……どうかした?」
「ノザキさんは、どうして私を誘ってくれたんです?」
「え」
「だって、私はただの女給だし、地味だし、楽しくおしゃべりすることも苦手だし……」
ぼそぼそとしゃべるセツに、ノザキは吹き出した。
「何だ、そんなこと!」
「そんなこと、じゃ、ないです……!」
顔を真っ赤にして言い返すセツに、ノザキは笑いを引っ込める。
「実は俺、ビルを建てたり、管理する仕事をしてるんだけど、その用事で第7地区に行った時に、君を見かけてね。その後、バーで働いてるって聞いて、店まで会いに行った……というわけなんだ。だからその、早い話が一目惚れ、というやつで……」
セツは顔を赤くしたままはにかんで笑った。
「何ですか、そんな、もう……!」
「嘘じゃないさ!」
ノザキ青年は大きく身を乗り出した。
「は、はい!」
「急にデートに誘って、びっくりさせちゃったかもしれない。でも、君のことを助けたいと思って、焦ってしまっていたんだ。ごめんね」
「助ける……?」
青年は席に戻った。
「そう、君の家のすぐ隣に古いビルがあるだろう? 今度取り壊すことになったんだけど、ビルの地下部分が君の家の土台とがっちりつながっているらしいんだ。だから君の家に立ち退いてもらおうと交渉していてね……」
「……おじいちゃん、そんなこと一言も……」
「おじいさんは反対しているって聞いてるよ。ただ、解体業者は……すまない、うちの会社だけど、作業を強行するつもりだ」
「そんな……! どうしよう……」
セツは頭を抱えた。ノザキは申し訳なさそうにしながら話を続ける。
「その、俺も社長に言ったんだけど、聞いてもらえなくて……それで、もし君さえ良ければ、俺が新しい家を探すのを、手伝いたいな、って。引っ越しも俺が何とかするよ。だから……」
「待ってください」
聞いているうちに落ち着きを取り戻していたセツが、静かな声でノザキを制した。
「それって、やっぱり今の家を捨てろ、ってことじゃないですか」
それまで話し続けていた青年は、ぐっと言葉を詰まらせた。
「それは……済まない、俺にはこれ以上、会社のやり方を変えることはできない……」
セツは頭を下げて席を立つ。
「気遣っていただき、ありがとうございます。でも、私には受け入れられません……失礼します」
「待ってくれセツさん、工事まで日がないんだ、早くなんとかしないと」
「祖父に話を聞かないといけないので……」
きびすを返して、女給はカフェの外に出る。ノザキ青年は会計を済ませて後を追うと、大通りに出たセツの副腕を掴んだ。
「やめてください!」
常人とは大きく異なる姿だとはいえ、セツの力は普通の娘と大差なかった。ノザキはぐいとミュータント娘を引き寄せると、小さく片手を上げた。
「いいから、一緒に行こう」
道端に停まっていたバンが近づき、ドアを開ける。中から伸びた数本の手が、青年ごと女給を引き込んだ。
「やっ、やあっ、放し……んぐっ!」
座席に押し込まれたセツは手足と副腕を縛り上げられ、猿ぐつわを噛まされた。扉が閉まる。
「行ってくれ」
ノザキ青年が運転席に声をかけると、バンは静かに走り出した。
アマネが表通りに出てきた時には、走り去るバンの姿が小さくなっていた。携帯端末を取りだし、セツに持たせているタグを調べる。どうやら、去っていく車の中にいるようだった。
「やられた……!」
すぐ後ろを追いかけてきたユウキは、アマネの視線を追って事態を察したようだった。
「ノザキのぼんぼんっスか、せっちゃんをさらったのは……?」
「うん」
金髪娘は道端の石ころを勢いよく蹴り飛ばした。
「ちくしょう!」
顔を上げて周囲を見る。路上の人々はそ知らぬ顔か、ばつが悪そうに顔を背けていた。
「あんたたち、何で止めなかったんだ! 何で誰も、ケーサツ呼ばないんだよ!」
つり上がったユウキの肩を、アマネががっしり掴んでとめた。細腕ではあるが、肩書きにそぐう武術の経験者なのだ。
「ユウキさん、ストップ!」
「刑事さん、おかしくないの、こんなの!」
ユウキも怒り狂ってはいたが、アマネの制止を受け入れるだけの理性はあった。
「もちろんおかしい、けど、ミュータント絡みのトラブルを避けようとする人の方が多いのは事実じゃない」
「それは、そうなんだけど……」
歯を食いしばって俯くユウキを見てアマネは手を離し、携帯端末を操作しながら声をかけた。
「軍警察は、絶対に味方だよ。私は本当は管轄が違うから、まずは警察に通報してから動くことになるけど。……もしもし? 巡回判事の滝アマネです!」
カガミハラ署に事態を説明しているアマネを見て、ユウキの目に強い光が戻った。
「わかった。アタシ、せっちゃんが連れていかれた場所は多分わかる。“第6”にあるノザキ土木の事務所だよ……先に行ってるから!」
言うや否や、金髪をなびかせてユウキは走り出す。背中のラッキー・モンスターが一緒に躍動し、道の先へと駆けていった。
「ちょっと、ユウキさん……はい? ……はい! そうです、誘拐です! ……はい、音声データと追跡タグの信号を送ります。……はい、お願いします! 私も、すぐに追います!」
アマネは通報と情報共有を済ませると、裏路地に駆け込んだ。どん詰まりの物置の陰に身を潜めると、ペンライト状の変身スティック“マジカルチャーム”を胸ポケットから取り出す。咳払いすると、スティックを高く掲げた。
「“花咲く春の夢見るドレス! マジカルハート、ドレス・アップ!”」
立体音響によって華やかな音楽が流れだし、アマネの全身を薄ピンク色の光が包み込む。間もなく光の中から飛び出したのは、花びらのドレスに流れるような薄ピンク色の髪、そして金銀妖瞳の魔法少女だった。
“マジカルハート・マギフラワー”は花の飾りがついた杖を持ち、カフェの屋根に飛び上がった。インカムを直線操作して、タグの信号を視界に投影する。
「……あっちね!」
家並みの上を跳ねるように駆け、マギフラワーはセツを追いかけた。
“第6”ことカガミハラ市街地第6地区は老朽化した廃工場が並び、人通りもほとんどない再開発地域となっていた。
コンテナを積み重ねたような、簡便だが堅牢な作りの事務所前に数台の車が停まっている。カフェの前でセツを連れ去ったバンの姿もあった。通りを挟んで反対側、廃工場に積まれたドラム缶の陰には小型スクーターが停められていて、ユウキが物陰から顔を出して事務所を窺っていた。
ーーやっぱり、間違いない! ……でも、どうしよう?
事務所の正面には監視カメラが備え付けられていた。中にどれだけの人数がいるのか想像もつかない。
ーー刑事さんを信じて、応援を待つしかないか。それとも、今からアタシも通報した方がいいかな。やりたくないけど、パパか、お兄ちゃんに頼めば……
ユウキが事務所を睨んでいると、四角い屋根の上にひらりと飛び乗る者あった。
「あれは……?」
とんがり帽子にひらひらしたドレスを着た人影は、身を翻すと事務所の窓に飛び込んだ。ガラスが割れる音がする。
「やった!」
ユウキはドラム缶の陰から飛び出して叫んだ。
押し込められた車から担ぎ出され、ミュータント娘は無骨な四角い建物に運びこまれた。中にはツナギ姿の男たちがひしめいている。セツはそのまま、事務所の奥に据えられた椅子に載せられた。
「丁寧に扱うんだ!」
ノザキ青年は周囲に怒鳴ると、努めて穏やかな声でセツに話しかける。
「済まない、本当に済まない、セツさん」
セツは「むう、むう」とうめき声をあげながら首を左右に振る。
「“ぼん”、さっきの店の前をパツキンのガキと女デッカーがうろついてやがった。何か発信器を持っているかもしれん」
青年と女給を乗せてきた運転手、いかにもヤクザ者の若頭という風貌の男が娘に手を伸ばしかけると、ノザキが制した。
「待て、俺がやる。……ごめん、セツさん」
男の手にまさぐられ、セツは目に涙を溜めながら体を縮こませていた。
「……あった。これだろ?」
襟の裏に隠されていたタグを取り上げると、若頭に向かって放り投げる。
「上出来だ。……ばらしておけ」
受け取った若頭は目を凝らして中身をあらためると、更に下っぱに放り投げた。
「さて……セツさん、これ以上手荒な真似はしたくないんだ。俺の言うことを聞いて欲しい」
青年が猿ぐつわを外すと、セツは涙ながらにノザキと男たちを睨んだ。
「嫌です! 絶対に、あなたたちの言うことは聞かない!」
「この……!」
「やめろ!」
手を上げかけた若頭を、ノザキ青年がとめる。若頭は令息に顔を近づけた。
「“ぼん”、いつまでミュータント女にのぼせあがってるんだ。いい加減諦めな」
周りの従業員達からも声があがった。
「そうですよ若、ミュータント・バーの女給なんて……」
「やっすいバイタじゃないですか!」
「今度、いい店紹介しますって!」
男たちは品のない声で笑う。ノザキ青年は拳を握りしめた。
「お前たち……いいか!」
叫びかけた声は、激しく割れて飛んでくる窓ガラスに遮られた。
女給も、青年も、若頭以下従業員達もとっさに顔を伏せる。
「そこまでよ!」
部屋の隅、背の高い棚の上から凛とした声が響く。窓を破って飛び込んできた者が、棚に乗って叫んでいるのだ。
「誰だ!」
ノザキ青年が呼ばわると、棚の上に座る魔法少女は杖を構えて名乗りを上げる。
「“黒雲散らす花の嵐! マジカルハート・マギフラワー!”」
部屋中に、ピンク色の爆炎が噴き上がった。
(続)
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