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アウトサイド ヒーローズ;エピソード14-21(エピローグ)

ティアーズ オブ フェイスレス キラー

 ぴちょん、ぴちょん。

 真っ暗闇の中、どこかで水滴が床を叩いている。携帯端末の画面から放たれる青白い光が、周囲に張り巡らされたパイプをぼんやりと浮かび上がらせている。
 小さな足音と乱れた呼吸が二人分、曲がりくねった細い道を進んでいた。

「……ねえ、まだ着かないの、アキちゃん?」

「わかんない……けど、きっともうちょっとだよ。がんばって、リンちゃん!」

「暗いし狭いし、怖いよう! 大丈夫かなあ、帰れなくなったりしない……?」

 足音が止まる。女の子の泣きそうな声。男の子は「ぐっ」と言葉に詰まったが、

「ケータイのライトはリンちゃんに渡してるだろ!」

 ムキになって言い返した後、男の子も不安に襲われるのだった。男の子は背負ったリュックサックに手を回し、布地越しに柔らかい中身を握りしめる。

「……ここまで来れたんだもん、帰ることもできるよ! だから頑張って、ほら!」

 相手を……というよりも自分を励ますように声を上げる。女の子は鼻をぐずぐずさせながら「……うん」と答え、2人は再び歩き始めた。
 足元を這うパイプにつまづきそうになったり、首筋に落ちた水滴に叫び声をあげたりしながら、2人は静まり返った地下道を進んでいく。

「……あっ!」

 突然男の子が足を止めて叫んだ。後ろを歩いていた女の子も、男の子の背中にぶつかって立ち止まる。

「ちょっとアキちゃん、急に立ち止まらないでよ!」

「ごめん、ごめん……でも、この先に何かあるみたい!」

 男の子の鼻は、周囲に漂う排水と埃とカビの臭いの向こうに、僅かに違う臭いを感じ取っていた。
 これは機械油と、まだ錆びていない鉄の臭い……?

「何があるの?」

「わからない、でも、きっとメカヘッドのおっちゃんが言ってた“何か”があるんだよ!」

 男の子は確信を持って叫ぶと、女の子の手を取った。

「行こう、リンちゃん!」

「わっ、ちょっと待ってよ、アキちゃん……!」

 二人の子どもたちはパタパタと足音を立て、暗闇の中に消えていった。


 暗灰色の重い雲から、白い糸を引くような雨が降り続けている。雨は絶え間なく降り注ぎ、滝となって地下へ、地下へと落ちていく。
 青年はライダースーツ・ジャケットの肩をしとどに濡らしながら、地下積層都市ナゴヤ・セントラル・サイトの吹き抜けに切りとられた空を見上げていた。
 ぴりり、ぴりりとさえずる声。青年の足元を白磁色の小鳥がちょんちょんと跳ねまわっては、首をひねって青年を見上げている。

「風邪ひくぜ、レンジ君」

 気障っぽい声に呼びかけられて振り返ると、傘をさした機械頭の男が立っていた。

「ほれ」

 手にしていた、もう一本の傘を差し出す。レンジは小さく頭を下げて傘を受け取った。

「……どうも」

「なに、構わんさ。どうせこれ、保安局の備品だからね!」

 傘を広げると“ナゴヤ・セントラル保安局”と、大きな文字で布地に書かれていることに気づく。青年は顔を上げた。目の前の機械頭がさしている傘も、やはり保安局の備品だった。

「パクってきたんですか?」

「おいおい、人聞きの悪いことを言うなよ。捜査に協力してるから、借りてるだけさ!」

 呆れた顔のレンジに尋ねられると、機械頭の刑事は首をすくめ、芝居じみた調子で返した。

「……ま、管轄外の俺がいたところで、大して手伝えることもないから、こうやってフラフラしてるんだけどね」

 機械頭が後ろを振りむく。“遺跡公園”の周辺は保安局の警ら隊たちに厳重に守られ、事務所の建屋には、捜査員がひっきりなしに出入りしていた。
 被疑者死亡によって“マスカレード連続殺人事件”が幕切れてから1日。捜査の焦点は既に、イセワン重工の大規模不正の追求に切り替わっていた。

「アマネ殿はご苦労なことだよ。昨日あれだけやり合って、もうこっちの現場で動き回ってるんだからな。さて、この公園の下に、何があるんだか……」

 スーツを身にまとい、“保安局”の腕章をつけた滝アマネが鑑識班に声をかけている。レンジも機械頭の刑事と一緒に、捜査員たちを見つめていた。

「検死の結果、“マスカレード”は脳組織が著しく変異を起こしていたらしい。説明を聞いても、俺はよくわからなかったが……専門家が言うには、いつ、植物状態になってもおかしくないくらいだったと。きっと、遅かれ早かれ、彼女は……」

 レンジは何も言わなかった。荒野を渡る風を感じるような眼差しで。メカヘッドは小さく息を吐き出す。

「……っていうのは、何の慰めにもならんな。済まない、忘れてくれ。だが……」

 機械頭の男はそこまで説明をした後、傘で顔を隠すようにレンジの横を通り過ぎた。黙って話を聞いている青年に背を向けながら、刑事も空を見上げる。

「なんだ、その……彼女は最後のターゲットを殺さなかった。君の言葉が、彼女を最後に変えた……それで充分じゃないか」

「メカヘッド先輩……」

「ん?」

 空を見上げたままだったレンジが呼びかけると、メカヘッドも振り返る。

「なんか、先輩みたいッスね」

 メカヘッドは緑色のセンサー・ライトをまばたきさせるように点滅させた。青年の両目に明るさが戻っているのを確かめると、機械頭の刑事は「ふ……」と小さく笑う。

「当たり前だろう。さて、そろそろ……」

 戻ろうか、と言いかけた時、レンジの尻ポケットに入った携帯端末が呼び出し音を鳴らす。取り出して画面を確かめる。
 発信者欄に“マダラ”と表示されていることを確かめると、レンジは通話回線を開いた。

「……もしもし、どうした?」

「『レンジ、大変だよ! どうしよう、困ったことになって……』」

 全く要領を得ないまま、慌てふためいてわめくマダラの声。

「落ちつけよ、何があったんだ?」

「『アキとリンがいなくなった! アオの話だと、カガミハラにもいなくて……オレたちについて、こっちに来てるらしい!』」

「何だって? でも、こっちに来てから全然、見かけなかったけど……」

「『うん。それで、オレもどういうことだ? って思って荷物を調べてみたんだよ。そうしたら、ケータイが一台見当たらないんだ。どうもチビたちが持ち出したらしくて……』」

「それなら話が早いだろう。ケータイの電波を逆探知すれば……」

「『してみたんだよ! そうしたら……アイツら、今……』」

 地響き。金属質の重い物が、激しくぶつかる音。公園の建屋から、捜査員たちの怒号が渦巻いて響く。外で作業していた者たちも異変に気付き、一斉に建屋に向かって走っていく。

「『えっ、何! すごい音がしてるけど?』」

「いいから、早く続きを言ってくれ。チビたちが何だって?」

 レンジは周囲を見回しながらも、通話端末から飛んでくるマダラの声に耳を傾けていた。

「『ああ、うん! アイツら、レンジたちと同じところにいるんだ! それで……ちょっと待って!』」

 通話口の向こうでも、ガサゴソと物を動かす音。マダラが通話回線を開いたまま、何かを探しているらしい。

「どうした?」

「『ケータイの信号が、急に動き出したんだ! 地図を出して確かめてみたんだけど、道路とか建物関係なく、真っすぐ南東方向に向かってる! どうなってんだ、これ……?』」

「……何だって?」

 困惑しているレンジ。隣で通話の様子を窺っていたメカヘッドめがけて、走ってくる人影があった。

「メカヘッド殿!」

 スーツ姿の男……保安局・中央管制室のコスギ室長が、必死な声で呼びかけながら、傘をさした手を大きく上げている。

「どうしました、コスギ室長?」

「緊急事態です! 緊急事態!」

 コスギはメカヘッドの前にたどり着くと、激しく肩で息をしながら言う。

「公園の下に……地下鉄道の遺跡があって……我々の静止を聞かずに、列車が……!」

「はあ?」

「レンジ君!」

 アマネも慌てて走り込んでくる。巡回判事は息を切らす様子もなく、コスギ室長の隣で立ち止まった。

「公園の下に隠されていた地下鉄道の列車が、保安局に無断で走り出したの! イセワン重工か、ブラフマーの仕業か、わからない、けど……」

「不正の証拠隠しをするつもりだな!」

 レンジが指を弾くと、黒い大型バイクが雨粒を散らしながら、勢いよく走り込んできた。
 目の前に停まったバイクのトランクからヘルメットを取り出し、アマネに放り投げる。

「逃がす訳にはいかない。追いかけるぞ!」

「オッケー!」

「『多分、チビたちもその列車に乗ってる……! レンジ、アマネ、あの子たちのことも頼む!』」

「勿論だ」

 レンジも鈍い銀色に輝くヘルメットを被った。サドルに白磁色の鳥がとまり、後ろの席にはアマネがひらりとまたがる。

「……行くぞ!」

 2人と一羽を乗せたバイクは唸りを上げながら、地下遺跡の入り口に向かって走り出した。

(エピソード14;ティアーズ オブ フェイスレス キラー 了)

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