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アウトサイド ヒーローズ:特別編7
劇場版ストライカー雷電:インフィニット エナジー ウォー
「グ、グググ、オ前ハ……!」
アオと向かい合った“にせ雷電”……改め、“アトミック雷電”は、バイザーを手で覆い、ひずんだ声で唸った。
「アオ! ……ぐっ!」
アオは力こそ並外れているが、闘いの心得があるわけではない。
痛む体を支えて足を踏み出す。今度こそ守らなければ、とレンジが走り出そうとした時、
「アアアアアッ!」
黄色いスーツの雷電は叫び声をあげながら瓦礫の山を蹴って、上の階層へと一息に跳び上がった。
「何、なんなの?」
「どういう、ことだ? “アトミック雷電”って名前に、何が……?」
アオとレンジが地表に向かって伸びた竪穴をぽかんと見上げていると、瓦礫の山の中に倒れていたタチバナがむくり、と起き上がった。
「いや、あれは多分、名前とは関係ねえ……いてて……」
「おやっさん!」
「父さん、大丈夫……?」
アオが慌てて駆け寄る。肩を支えると、バランスを崩したタチバナをしっかりと受け止めた。
「ああ、すまん。だが、大丈夫だ……ぐっ」
痛みで顔をしかめるタチバナを、足元に跳ねてきた白い小鳥が見上げている。ぴりり、ぴりりと動作音を鳴らしながら、機械仕掛けの小鳥は首を傾げた。
「全身を簡易スキャンしましたが、数か所に骨折の疑いがあります。早急に処置を受けることを推奨します……マダラさんから、タチバナさんに通話回線が開いています。スピーカー通話機能を展開しますね」
ナイチンゲールが口を開くと、体内に内蔵されたスピーカーから、マダラの声が飛び出した。
「『おやっさん、ナイチンゲールの言う通りだ。にせ……“アトミック雷電”は、もう地上に脱出してる。ひとまず三人とも、戻って来てほしい。アオが見つけた資料についても、詳しく教えてほしいし、ね』」
未知の機械人類・エンジノイドが突如現れ、地球機械化を目論む侵略活動をはじめてから、1年。
エンジノイドの王、“ディーゼル大帝”率いるディーゼル帝国の攻勢はますます勢いを増し、立ち向かう“ストライカー雷電”のスーツは限界を迎えつつあった。
……火力、水力、そして風力。いずれの強化フォームも強力な力を持つ反面コントロールが難しく、また使用できる状況も限られる。そこで雷電に協力する轟博士の発案により、新たなスーツ強化計画が打ち立てられた。
轟博士が提案したのは、機械人類たちの技術を利用するプランだった。
かつてエンジノイドでありながらディーゼル帝国の侵略政策に反対し、帝国兵たちに粛清された機械人類の少女・ペトラ。彼女が残したエンジノイドの核を、スーツをコントロールするためのサブシステムとして用いる“ハイブリッド計画”。これによりスーツの出力と稼働時間を、飛躍的に高めることができるという。
しかし、機械人類の技術を更に取り入れることに、反対の声は根強かった。元より雷電スーツは機械人類の外殻そのものであり、何を隠そう轟博士こそがディーゼル帝国からの亡命者、エンジノイドの天才科学者・Dr.ダイナモである。
“ストライカー雷電”はディーゼル帝国という毒虫の落とし子であり、地球機械化に抗うために、仕方なく使っているに過ぎないのだ。
自分たちの技術で、雷電を超える戦闘スーツを作り上げることができたならば……という思いに歯ぎしりしながら研究を続ける科学者たちは多かった。
そしてついに、ある研究者が新たなスーツを生み出した。地球人類独自の技術のみで作り上げられた、雷電を超える雷電。それこそが……
「“アトミック雷電”、です……!」
真っ白いテーブルの上に手を置き、力を込めてアオが語る。
蛍光色のネオンに彩られた地下回廊とは対照的な、シンプルな丁度の談話室。ナゴヤ・セントラル保安局に用意されたゲストルームのテーブルを囲み、レンジ、マダラ、アオの三人が額を突き合わせていた。
テーブルの上をナイチンゲールが跳ね、ぴりり、と動作音を鳴らして首をかしげる。
「それがこの、“劇場版ストライカー雷電”のあらすじですか?」
ナイチンゲールの視線の先、テーブルの中央には丁寧にラミネート加工された冊子が置かれていた。
「そうです!」
アオは鼻息荒くうなずいた。そして大きな掌で包み込むようにして、図書館から借りてきた冊子を手に取ると、ぽかんと話を聞いている二人と一機に向かって、高らかと掲げて見せた。
「幻の映画、“劇場版ストライカー雷電:インフィニット・エナジー・ウォー”! 話には聞いていたけど、まさか手がかりが手に入るなんて、思いませんでした!」
「オレは聞いたことないな、そんな話。だって、“ストライカー雷電”はテレビジョン……動画配信サービスで放送されていた特撮ドラマだろう? ……ああ、ふ!」
テーブルに頬杖をつきながら、マダラは大きく口を開けてあくびを漏らした。“ソーラーカリバー”の調整やら“アトミック雷電”の監視やらナイチンゲールのメンテナンスやらで、長距離運転の疲れが回復しきっていなかったのだった。
アオは「むう……!」と不満そうに頬を膨らませる。レンジが慌てて、二人の間に割って入った。
「まあ、まあ! マダラがわからないことは、俺にはもっとわからないんだ。もうちょっと説明してくれないか? その映画がどんなもので、今、実際に暴れてる“にせ雷電”と、どんな関係があるのか……」
「関係、って言っても、同じデザインにしただけじゃないのか? オレたちの雷電スーツだって、旧文明のヒーローショーに使ってたスーツを、改造しただけなんだしさあ」
更に茶々を入れるマダラを、アオがぎろりと睨む。下ろした長い前髪に隠れた両目が、徹夜明けの爛々とした光を放っていた。
「兄さん……」
「な、なんだよ……」
たじろぐマダラをじっと見つめた後、アオはあきれ果てた様子で「はあ……」と深いため息をついた。
「わかってない! 兄さんは何もわかってません!」
「何の話だよ……」
マダラが困惑していると、アオは手に持った映画のパンフレットを鼻先に突きつける。
「この映画は、実際には公開されなかった! 映像データも残っていないんです。公開直前に文明崩壊が起こって、全て破壊されてしまったから……。だから“アトミック雷電”を知っている人は、この映画にも関心を持っている人のはずなんです」
「なるほどな。“アトミック雷電”のスーツを着てるヤツはアオと同じくらいか、それ以上に“ストライカー雷電”好きだってことは、まずはわかった。……それで、映画の中で“アトミック雷電”はどんな役回りなんだ?」
「そうですね……」
レンジの質問を受けたアオは、パンフレットを広げてテーブルの上に戻した。二人と一機も見開かれたページをのぞき込む。鈍い銀色の雷電と黄色の雷電が、旧文明の街並みを背景ににらみ合っている場面が大写しになっていた。
「若い天才科学者が発明して、自ら装着した“アトミック雷電”は戦闘補助AIにコントロールを奪われて、起動実験中に暴走してしまいます。実験の様子を見に来ていた“ストライカー雷電”がとめようとしますが、“アトミック雷電”のスーツが妨害電波を発生させて、フォームチェンジができません。そのままアトミック雷電はストライカー雷電を圧倒した後、どこかに逃げ去ってしまいます……」
「キョート・ルインズの一件、そのまんまだな。フォームチェンジを妨害するシステムが一緒かどうかは、わかんないけど」
レンジが目くばせすると、マダラは腕を組んで「ううん……」とうなっている。
「わからない。多分、もっと強力かつ大規模で、おおざっぱな範囲指定のジャミングだと思うんだけど……まあ、いいよ。実際に起こってることはほとんど同じだ。それで、次は?」
アオは次のページを開く。現れたのはメタリックグリーンの装甲に身を包み、幅広の大剣を携えた雷電の写真だった。レンジが目を丸くする。
「これって……!」
「そうです、“ストライカー雷電・ソーラーパワーフォーム”。Drダイナモはフォームチェンジ妨害システムを解析して、妨害を受けずに重装変身できる、新たなギアを作りました」
「そんなことだと思っていたけど、これでハッキリしたな。“ソーラーカリバー”の設計図データを置いていったのは、“アトミック雷電”本人だ」
マダラが苦々しそうに言うのを聞きながら、アオは更にページをめくる。次に現れたのは大剣を振るう雷電と双銃のアトミック雷電が衝突し、周囲の建物が燃え上がっている場面だった。
「アトミック雷電は次の町に現れて街を破壊しはじめます。雷電はフォームチェンジして再び闘いますが、急ごしらえで作られた“ソーラーパワーフォーム”には重大な欠点がありました。パワーコントロールが効かず、周りのものまで無差別に燃やしてしまうのです。……結局、互いに大きなダメージを受け、町を激しく破壊したところでアトミック雷電は逃げ出してしまいます」
「昨日の闘い、そのまんまだな。……つまりアトミック雷電はその映画を再現するために暴れていて、新しいギアの設計図まで渡してきた、と」
「そこまでの技術とエネルギーをかけて、やってることは映画の再現か! 物好きというか、どうかしてるよ。アオ以上っていうか、ぶっ飛んだレベルの“ストライカー雷電”マニアだな」
「ちょっと兄さん、どういうことですか!」
ため息をついたマダラに、アオが口をとがらせて抗議する。レンジもマダラの言葉を否定できずに「ははは……」と笑っていると、テーブルの上のナイチンゲールが口を開いた。
「『だが、それなら納得だな。“アトミック雷電”の正体もはっきりした』」
白磁の小鳥の口から野太い男の声が放たれる。ギョッとした顔の若者たちに見つめられると、ナイチンゲールはぴりり、と動作音を鳴らして首を傾げた。
「失礼しました。タチバナさんからの通話回線が開きましたので、スピーカー通話で直接おつなぎしました。……回線閉じます」
「おやっさん……」
「おう、今戻ったぞ」
ゲストルームの扉が開くと、ところどころを包帯で巻かれたタチバナが仁王立ちになっている。
「おやっさん、病院に運ばれてたはずじゃあ!」
「父さん! 大丈夫なんですか、骨折してるんじゃ?」
「何だか保安局とセントラル防衛軍から根回ししてもらったみたいでなあ、再生治療ポッドを使わせてもらって、骨はすっかり元通りだ。……いてて」
時々襲う痛みに顔をしかめながら、タチバナが大股で室内に入ってくる。後ろから心配そうに、メカヘッドがついてきていた。
「無茶しないでくださいよ先輩。病院から”迎えに来い”って電話がかかってきた時にはどうしようかと思いましたよ……」
「すまんな。今はまあ、くっついたところがむず痒い、くらいのもんだ。こんなもん、動いた方が治りが早い」
「言いたいことは、わかりますけどね……」
タチバナはイスに腰かけて若者たちの輪に加わると、ポケットに入れていた携帯端末を取り出して見せた。
「黙ってて悪かったがナイチンゲールに回線を開いてもらって、話は全て聞かせてもらった。アオ、よく調べたもんだな」
「えへへ……」
タチバナに褒められると、アオは照れ臭そうにはにかんでイスに戻る。
「それでおやっさん、アトミック雷電の正体に心当たりがある、って、どういうことなんですか?」
レンジに尋ねられると、タチバナは「うむ……」と小さくうなって腕を組んだ。
「“ストライカー雷電”というドラマの熱狂的なマニアで、雷電スーツを自作できるほどの技術力を持っているヤツ。丸腰の俺をボコボコにするほど、目の仇にしているヤツ……そんなのは、一人しかいねえ。マダラも、もうわかってるんじゃないのか?」
タチバナから話を振られると、マダラは口を「へ」の字にしてうつむいていた。
「うん。アトミック雷電の正体は……ドクトル無玄だ」
「ドクトル無玄って、お前やアオの面倒を見てたっていうヒト、だっけ? なのに、なんで……?」
「うん……」
レンジが尋ねる。アオも事情がよくわかっていないようで、困惑した顔で兄を見ていた。二人の視線を受けて、マダラはもごもごと口を動かしている。タチバナは深くため息をついた。
「ヤツは子ども好きで、マダラとアオはよく世話になってたからなあ。でも二人とも、まだ小さかったから、事情がわからんでも仕方ない。マダラだって、アイツのことをあまり悪しざまに言いたくないというのは、よくわかるさ。奴とは、どうも折り合いが悪くてな……」
遠くの景色を見るように、思い出しながら話すタチバナの声には、不思議と恨みや怒りといった負の感情はなかった。
「奴は先代の“タチバナ”のことが好きすぎてなあ。つまるところ、俺が二代目になったことが、認められなかったのさ」
狭い路地を駆ける軍靴の音。人の灯りもなく暗闇に包まれたキョート・ルインズに、赤い人影が浮かび上がった。
「いたぞ! ……本部! こちら北エリア、厳重監視対象を捕捉! ……本部? 応答せよ!」
「クソ、無駄だ! やっこさん、通信回線をツブしやがった! 俺たちだけでやるぞ!」
「逃がすな、囲め!」
暗視ゴーグルを装備した兵士たちが、廃墟の町を走る。整然と隊列を組みながら細い路地に分け入り、再び集合した時には十字路を四方から取り囲んでいた。
銃口を向ける包囲陣の中央には、人型の輪郭線が赤く光って浮き上がる。顔の部分に赤い光が浮かんで周囲を睨んだのを見て、兵士の一人が手を上げた。
「撃て!」
叫び声とともに、兵士たちが一斉に引き金に指をかける。四方から銃弾が飛ぶ中、アトミック雷電は大地を蹴り、夜空に跳び上がった。
「何っ!」
「上だ、狙え! はや……」
慌てて上を見上げた兵士たちの視界は赤い閃光に包まれ、そのまま次々と、意識を失っていった。
「……フン、シツコイ連中メ」
倒れ伏した兵士たちを見下ろし、アトミック雷電は吐き捨てるように言う。ブラフマーの私兵集団や隠し倉庫を隠れ蓑にしている以上、仕方ないとはいえ、うろつく兵士たちに研究所の所在を知られるわけにはいかなかった。
バイザーの隅に表示されたインジケーターの目盛が、点滅とともに一段階短くなる。ドクトル無玄はインジケーターを睨みながら、ぎり、と歯ぎしりした。調子に乗って暴れすぎたか。
「ダガ、想定ノ範囲内ダ。えねるぎーハ、充分残ッテイル。アト一回、アト一回モテバ、ソレデ良イノダカラナ……」
自らに言い聞かせるようにひずんだ声でつぶやくと、アトミック雷電は路地の奥へ、奥へと向かって歩いていく。
物陰に固まっていたものがもぞり、と動く。反転攻勢に出たアトミック雷電から真っ先に逃げ出し、攻勢をやり過ごした唯一の兵士が顔を上げ、息をひそめて廃墟の壁から首を出した。
指先をかすかに震わせながら、インカムを再起動させる。通話回線の回復を知らせる動作音が、耳の中に響いた。
「本部、応答せよ! ……こちら北エリア担当班。至急、応援を要請する!」
声を潜ませながらインカムに叫ぶ。暗視スコープ越しの視線は、赤いラインがぼんやりと光る背中が小さくなって、キョートの夜闇に消えていくのをしっかりと捉えていた。
(続)
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