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アウトサイド ヒーローズ:エピソード9-03

センセイ、ダンジョン、ハック アンド スラッシュ

 目的地が決まると、メカヘッドはすぐに動き出した。

 ナゴヤのセントラル防衛軍本部に掛け合って臨時の軍属ID兼通行手形を発行してもらい、オクタマ遺跡までの地図を調べ上げた。

「すまんな、メカヘッド。……しかし、大した手際だな」

 地図と書類の束を受け取ったタチバナが目を白黒させると、メカヘッドはセンサーライトをまたたかせながら肩をすくめる。

 夜のショーが始まる前の、にぎわった声が行き交う“止まり木”の店内。ステージから離れたカウンター席に、二人は並びあって腰掛けていた。

「ナゴヤの本軍や保安局も、カガミハラの駐留軍も“ストライカー雷電”には大きな借りがありますからねえ。二つ返事で手を回してくれましたよ。まあ、これからもよろしく、ってことなんでしょう」

「……困った時はお互い様、ってやつだな。あまりひどい無茶ぶりが来ないことを祈るよ」

 タチバナはため息をつきながら、受け取った書類をパラパラとめくる。

「それに、出発するなら早く動いた方がいいと思いまして。ほら、雪の季節になる前に。……レンジ君たちは、大丈夫ですか、準備?」

 タチバナは書類をカバンに収めると、模造コーヒーのカップを手に取っていた。

「まあ、大丈夫だろう」

「それなら、後は、マジカルハートか。……どうやってコンタクトを取ればいいんだ……?」

「なあに、何かあればすぐに駆けつけてくれるさ。これまでも、そうだっただろう?」

 メカヘッドは小皿に盛られたフライド・ビーンズを数粒まとめてつかむと、ヘッドパーツの下部を開いて口の中に放り込んだ。

「……まあ、そうなんですけどねえ」

「おっ! ほら、始まるぞ」

 店内の照明がフェードアウトしていく。代わりに灯ったスポットライトに浮かび上がったステージに、黒いドレスをまとったチドリが現れる。観客たちの拍手を受けながら、歌姫はピアノの調べにのせて歌い始めた。


「そんなに、荷物を積むのか……?」

 “白峰酒造”の屋号紋が描かれたバンの中を覗きながら、レンジが声をかける。

「これでも……心配なくらいだよ……! 雪が降ったらどうなるか……よいしょっ、と!」

 車内で荷物を積み込んでいたマダラの叫び声とともに、バンが大きく揺れた。大型除雪器具や水発電式ジェネレータが収まった大型コンテナを、パズルのように組み合わせながら押し込んでいるのだ。

「ふう……何とかなった」

 マダラの顔がひょこり、と車内から出てくる。

「レンジの荷物は?」

「ああ、これ」

 レンジは小さなトランクをバンの前に転がした。

「これでいいのかい?」

「バイクのトランクにも荷物入れてるし、大丈夫だろう」

「そうか」

「それじゃあ、頼むよ」

「オッケー」

 レンジが持ち上げたトランクを受け取ると、マダラはバンの奥に引っ込んだ。

「おやっさんも、アオも一緒に行かないんだっけ?」

「そうだね、今回は雷電とマジカルハート、それに俺に来てほしい、って書いてあったし。どれだけ時間がかかるかわからないから、店を閉めたり、アオ一人にまかせっきりにするわけにはいかないから、って」

 荷物を積み終えたマダラが、バンの積み込み口に腰かけた。

「そういうもんかあ。けど、おやっさんにとっても恩人っていうか、師匠なんだろ? 会わなくてよかったのかな……って」

 レンジは突っ立ったまま、酒場の瓦屋根越しにぼんやりと空を見上げている。

「そうだなあ。でも……何かあるんだろうなあ」

 マダラも視線を追いかけるように、千切れ雲がばらまかれた秋空を仰いだ。

「先代もおやっさんに用があるんなら、直接コンタクトを取るだろうし。そうしないで俺にメッセージを送ってきたのには何か理由があるだろうって、おやっさんも考えてるんじゃないかな」

「なるほどね。……ところで、ア……マジカルハートは、どうするつもりなんだ?」

「それなら、もうすぐ……」

「ごめーん、お待たせ!」

 朝の穏やかな空気を震わせて、元気な声が響く。大きなトランクを転がして登山用のリュックサックを背負い、はち切れんほどに膨らんだ布袋を2つ、3つとぶら下げたアマネがバンの前に走ってきたのだった。

「荷物をまとめるのに、時間がかかっちゃって……」

 レンジもマダラも、巡回判事の抱えた大荷物を見て目を丸くしている。

「すげえ荷物だな……車に載るのか?」

「随分スペースをやりくりしたから、大丈夫だと思うけど……アマネ、何が入ってるのさ、それ?」

「えっ、これ?」

 アマネはぶら下げていた袋を持ち上げた。

「こっちは寝袋でしょう。それでこっちは、毛布。ほら、東の方ってすごく寒くなるって言うじゃない。それで、小さなヒーターに、メスティンに、飯盒に折りたたみ椅子に……」

 楽しそうに説明を続けるアマネを見て、マダラは小さく笑った。

「キャンプに行くわけじゃないんだけど……まあ、いいや。積み込んじゃうから、貸して」

「ありがとう。お願いしまーす!」

 ニコニコしながら荷物を渡していくアマネを見て、レンジはため息をついた。

「しかし、よく入り込めたなあ。バラしてないんだろう、一応?」

「あら、何のことかしら?」

 アマネはとぼけた口調で堂々と尋ね返すと、わざとらしく「ふふん!」と笑った。

「今回の探索は、ナゴヤの保安部やカガミハラの軍から、色々な支援を受けているわ。そこで、プロジェクトの監視役を立てることになったのです」

「なるほど、その監視役に立候補したのか」

「そういうこと。……他の人はやりたがらなかったし、ちょうどよかったわ」

 荷物の収納を終えたマダラが、バンの後部トランクから降りてくる。

「よし、何とかなった……まあ、何でもいいよ、ドライバーじゃなけりゃ」

「ちょっとマダラ、そこまで言うことないじゃない! 私だって、気をつけたらちゃんと運転できるんだから!」

「そうだなあ。マダラが疲れてどうにもならなくなったときには、運転を代わってもらったらいいんじゃないか?」

「あっ、レンジ君まで!」

 レンジが口をはさむと、アマネの運転を思い出したマダラは大きな口からベロリ、と長い舌を出した。

「そうならないように、体調管理はしっかりするよ。それじゃ監視役殿、いつでも出発できるから、さっさと車に乗って」

「ちょっと、二人とも! ……ああ、もう! “トーキョー・グラウンド・ゼロ遠征隊”、出発! おう!」

「おーう」

「おー……」

 アマネが拳を突き上げて号令をかけると、レンジもマダラも拳を小さく持ち上げてそれに応えた。


「レンジ、俺とアマネで地図を見ながら運転するから、後ろからついてきてくれ」

「了解。ナカツガワから東って、どういうルートで行くんだ?」

「ナカツガワは今のところ、街道の東の果てなんだ。だから一旦、西に行くんだよ」

 ナカツガワを出発した一行は瓦礫に埋もれた旧街道の遺構、“オールド・チュウオー・ライン”を西に進み、カガミハラにたどり着いた。

「ナカツガワから真東は、深い森と高い山があって通り過ぎるどころじゃなくなるからね。旧文明の頃には、オールド・チュウオー・ラインがもっと先まで延びていたって聞くけど」

「なるほど、それで回り道をするわけだな」

「そういうこと」

 城塞都市カガミハラでメカヘッドから支援物資を受け取り、軍の技師たちに見送られて、バンとバイクのキャラバンは南、地下積層都市ナゴヤへと向かう。

 表層部の荒涼としたハイウェイを走り抜けると、穏やかな陽の射す海沿いの街道、“イースト・シーサイド・ドライブ”に車を走らせた。

「このまましばらく、海沿いの道を進むよ」

「思ってたより、暖かいんだな」

「南の海沿いだからねえ。これなら、雪のことを心配しなくてもよかったかなあ。ただ、海からでっかいモンスターが出てくることもあるみたいだから、その時にはよろしく頼むよ」

「了解」

 一行は海風を受け、朝陽を浴び、夕陽を背中に受けながら東へ、東へと進んでいく。

「……ところで、アマネはどうしてるんだ?」

「持ってきた服がどれも厚着すぎる、着ることができない、って愚痴ってたんだけど、しばらくしたら居眠りをはじめちゃった」

「しょうがねえなあ。まあ、必要なときにはたたき起こすか……」

 所々で崩れた街道を迂回し、軍属IDを使って途中のコロニーで車中泊し、キャラバンは更に東へ。雷電とマギフラワーはその合間にも襲い掛かってくるミュータント獣を打ち倒しながら、走り続けた。

 やがて遠征隊は海沿いの街道から、内陸の山の中へと分け入っていく。

「どんどん、寒くなってくるなあ」

「この辺りは元々、ナカツガワほどじゃないけど寒い地域だからね。でも、もうすぐだ」

「よーし、もう一息だな。おい、アマネ、よかったな、持ってきた服を着れて。……アマネ?」

「……あったかそうなコートに包まって、気持ちよさそうに寝てる」

「本当にしょうがねえなあ! 仕方ない、着くまで寝かしといてやるか……」


 木々が鬱蒼と茂る山中の道を進むと、突然視界が拓けた。

 森の中に広がるのは強化コンクリートの遺跡だった。かつて立ち並んでいたであろうビルはことごとくが吹き飛ばされ、土台のみが残されている。

 大地を埋めるアスファルトにはあちこちに大穴が空き、地下の構造物が露わになっていた。コンクリートのひび割れや隙間から草木が生えだし、遺跡全体を取り込もうとしている。所々に“遺伝子汚染地帯”、“立ち入り禁止”などの標識が立ち、錆とツタに埋もれていた。

 バンとバイクは瓦礫とツタ草の町を抜け、直方体の外観が残された遺跡の前に停まった。バンから降りたアマネが両腕を突き上げて大きく伸びをする。

「ふわあ……ここが、“オクタマ遺跡”? それとも、“トーキョー・グラウンド・ゼロ”?」

「“トーキョー・グラウンド・ゼロ”の一部の、“オクタマ遺跡”ってことでいいみたいだ」

 運転席から降りて来たマダラが、手元の地図をめくりながら答える。

「“オクタマ遺跡”って呼んでるこの町が、もっと大きな町の一部なんだって。それが戦争で徹底的に焼かれて、ナゴヤやオーサカみたいに復興することなく、棄てられた……」

 ヘルメットを脱いだレンジは説明を聞きながら、無人の廃墟となった町を見回した。

「この遺跡だけでも、随分広いぞ。元々あった町ってのは、どれだけ大きかったんだ……?」

「そうだね、ナゴヤ・セントラルがいくつも、すっぽり入っちゃうみたい。それが全部、巨大な穴と遺跡になってるんだ」

 マダラが開いている地図を、アマネも一緒にのぞき込む。

「何だか、スケールが大きすぎて想像がつかないね」

「うん。……でも、今回はそんなに奥まで行かなくてもいいよ。俺たちの目的地は……ここだ」

 マダラが目の前の建物を指さす。

 横幅の広い直方体のビルディングは、緑に覆われ、崩れた建物が並ぶ遺跡の中では異様に整った外観を維持している。重厚な扉の横に取り付けられたカメラのセンサーライトが、訪問者に反応するように赤い光を放っていた。

(続)

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