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アウトサイド ヒーローズ:特別編10
劇場版ストライカー雷電:インフィニット エナジー ウォー
空をオレンジ色に染めていた朝陽が、山道の向こうからゆっくりと昇る。街道をふさぐ武骨な防壁に白い光が射すと所々にまとわりついていたツタが影を落とした。重厚な城門に、不規則な網目模様の影が浮き上がる。
森の中にそびえるのはオーサカ・セントラル・サイトを守る二重障壁のうちの一つ、サイト外と周辺部“コロニー・ベルト”を区切る第一障壁、“アウター・サークル”。
無人化された辺境の門、“クズノハ・ポータル”の横に、白いバンと黒いバイクが停まっていた。扉を重く閉ざした城門の前にはくたびれたライダースーツ・ジャケットを着た青年が立っていた。手にしていた携帯端末が呼び出し音を鳴らす。通話回線を開くと、若い男の声が飛び出した。
「『兄さん、“ミノオ・コロニー”から“イバラキ・コロニー”の近くまで走ってみたけど……こっちは今のところ、なんともないよ』」
「ありがとう、コウジ」
レンジが礼を言うと、通話回線の向こうで弟のコウジが小さくうめく。
「『本当だよ! 急にデンワしてきたかと思ったら、“手伝ってくれ”だなんてさ!』」
「わざわざ済まないな、コウジ。他に頼れる相手がいなくてな」
「『たまたま、この辺りまでドライブする用事があったからな! ついでだよ、ついで! ……あっ、こら、ちょっと!』」
礼を言う兄に、つっけんどんな調子で答えていた弟の声が遠ざかる。近くにいた誰かが、コウジの端末機を奪い取ったらしかった。
代わりに涼やかな娘の声が、通話口から飛び出した。
「『もしもし、アゲハです。お久しぶりです、お義兄さん!』」
「アゲハさん、お久しぶりです!」
突然弟の連れ合いに呼びかけられ、レンジは驚きながらも明るく返した。
「いつも、弟がお世話になって……もしかしてコウジの用事って、アゲハさんも関係すること、だったりしますか?」
「『うふふ、そうなんですよ! デートの約束してたんですけどね。聞いてくださいよ! もう、コウジったら、昨日いきなり“明日は用事ができたから、一緒には出掛けられない”って言ってきて……』」
アゲハのこぼす愚痴には、楽しそうな響きがあった。
「すいません、楽しみにしていたところを、こっちの都合で……」
「『あっはっは! いえいえいえ、いいんですよ!』」
レンジが平謝りに謝ると、アゲハは豪快に笑った。
「『お義兄さんも聞いてくださいよ! 私がドタキャンの理由を問い詰めたら、コウジったら……うふふふ!』」
話を続けながら、アゲハは楽しそうに笑っている。遠くから、「やめろ!」とコウジのわめき声が聞こえてきた。アゲハは気にせず、愚痴なのかもよくわからない話を続けていた。
「『“兄さんから緊急の用事を頼まれた。どうしても、そちらを優先したいんだ。デートはまた今度、埋め合わせをするから”って頼んできたんですよ。あんまり必死に頼んでくるのがかわいくって! それで、どんな用事なのか根掘り葉掘り問い詰めて、ついて行くことにしたんです』」
「ははは……。アゲハさんも、すいません、つき合わせてしまって」
「『いいんですよ、ホントに! ブチブチ文句を言いながら、お義兄さんのために一生懸命コロニー・ベルトを走り回るコウジを見ることができたから、私は十分満足って言いますか、ふふ……!』」
心底楽しそうに話すアゲハの背後で「わーっ! わーっ!」とでたらめな大声が聞こえてくる。
「『ごめんなさいね、お義兄さん。すっかり愚痴につき合わせてしまって。コウジに代わりますね。うふふふふふふ……』」
「『アゲハ、ちょっと! ええと……ああ、もう! あああ!』」
アゲハの笑い声が遠ざかっていくと、入れ替わりにコウジの喚き声が飛び出してきた。
「うるさいぞコウジ。俺だって、何て言ったらいいかわからん」
「『何だよ、兄さん! バカにすんのかよ!』」
「そういうわけじゃなくてな……その、ありがとうな」
「『うっ……』」
改めて礼を言う兄に、弟は言葉を詰まらせた。
「『礼は、もう言っただろ!』」
「そうだったな」
笑いながら返すレンジに、コウジは「ふん……」とため息をついた。
「『俺一人をアテにするよりさ、他になんとかできるんじゃないか、その……クニシバのコネを使うとかさあ。その時には、俺も……』」
「お前……」
「『あっ、いや、ゴメン! 兄さんの気持ちも考えずに……!』」
応えかけて口ごもるレンジの声にハッとして、コウジは慌てて謝った。
実家……クニシバの家を飛び出したきりの兄の気持ちを考えずに、踏み込み過ぎてしまったかもしれない。
しかし、レンジは穏やかに弟の提案を聞いていた。
「いや、いいんだ。いつかは、親父と話をしなきゃいけないだろうと思ってるし。コウジも一緒だったら気が楽だ。……しばらく顔出してないんだろ、お前も?」
「『うっ……! そりゃまあ、そうなんだけどさ』」
「まあ、今すぐってわけじゃないさ。そのうち、そのうちに、な」
「『おう……』」
「ははは……」
言葉を濁しながら返すコウジの声を聞いてレンジが笑っていると、肩の上に機械仕掛けの小鳥が舞い降りた。
ぴりり、ぴりりとさえずるような作動音を鳴らしながら、白い小鳥は首をかしげる。
「マスター、街道を歩いてくる人物を捕捉しています」
「何、アトミック雷電か? ……ああ、すまんコウジ、急用ができた」
「中継映像を表示します。端末機をそのまま、ご覧ください」
レンジが慌てて通話回線を閉じると、ナイチンゲールは羽根を羽ばたかせた。
回線を閉じたばかりの携帯端末に、ポータル周辺に展開していたドローンからの映像が表示される。画面中央に映されたのは丈の長いコートを着た、ごま塩頭の男だった。
「これが、アトミック雷電の正体か……?」
「間違いない。レンジ、いつでも動けるように、準備しておくんだ!」
バンの中でドローンからの中継画面を睨んでいたタチバナが、レンジに指示を飛ばしながら車を降りた。
「奴だ、ドクトル無玄……!」
森の中を走る街道の向こうから、コートを纏ったひょろ長い人影が近づいていた。
「久しぶりだな、アカオニ」
長いコートを引きずるように歩いてきた男は、門の前に立つタチバナに呼ばわった。無造作に伸ばしたままの前髪の間から、偏屈そうな鋭い目つきで二本角の男を睨みつける。
「おう、随分ぶり……と言いたいところだが、ナゴヤではよくもやってくれたな、ドクトル無玄」
タチバナは軽口を叩くような、気安い調子で返した。ドクトルは無言のまま、タチバナを睨みつけている。
「何だよ、バレてないとでも思ってたのか?」
「……フン、痛めつけ足りなかったかと、思っていたところだ」
眉間にしわを寄せ、苦々しい口調でこぼす無玄を見て、タチバナは肩をすくめた。
「あんたが俺を憎んでるのはわかってた。だからボコボコにされた時に、“アトミック雷電”の正体に見当がついたんだが。……何のつもりだ、ドクトル無玄? キョート遺跡を行き来するキャラバンや、ナゴヤ・セントラル……あちこちを巻き込んで、暴れ回って……」
「思い上がるなよアカオニ。貴様の事は憎たらしいが、俺の目的は貴様ではない。ここで待ち構えているということは、分かっているだろうと思ったがな」
タチバナと向かい合っていたドクトルのコートが、もぞもぞと動き始めた。ドクトル無玄はハッとして、タチバナを睨んでいた目をふと足元に向ける。
「すまない、まずは約束を果たさねばならなかったな。……もう大丈夫だ」
穏やかな声をかけてコートをめくり上げると、足元にまとわりついていた小さな影が二つ、勢いよく飛び出した。
「おっちゃん、おっちゃん!」
「ごめんなさいおっちゃん!」
ドクトル無玄に保護されていたナカツガワ・コロニーの子どもたち、犬耳のアキと鱗肌のリンが、泣きじゃくりながら駆けだしてきたのだった。
「お前たち!」
タチバナが目を丸くしていると、バンの中にいたアオも急いで車の外に飛び出した。
アキとリンはアオを見るなり方向を変えて、泣きじゃくりながら飛びついてきた。アオは大きな両手で子どもたちを包み込む。
「アキ、リン! どうしたの、二人とも?」
「ああーん! アオ姉!」
「アオ姉! ごめんなさい、勝手についてきちゃって、それで……」
子どもたちは泣きながら、言葉にならない言葉でアオに説明しようとしていた。タチバナはちらりと子どもたちを見て無事を確かめると、子どもたちを解放したままの姿勢で突っ立っているドクトル無玄に目を向けた。
無玄はコートの前を開いたまま、子どもたちとアオを見つめている。先ほどまでの険悪な目つきは影をひそめていた。
「キョート・ルインズではぐれたうちの子どもたちを、保護してくれていたのか」
「その子らが危険に晒されるのを、見ていられなかっただけだ」
「ありがとうよ。……相変わらずだな、あんたは」
ぶっきらぼうに返した無玄を見て、タチバナが小さく笑う。ドクトルは舌打ちをして、タチバナを再び睨みつけた。
「私にも利益があっただけだ。……それよりも、義理は果たしたぞアカオニ。そこをどいて貰おう」
「嫌だね」
タチバナはすっぱりと切り捨てて、真正面から無玄の視線を受け止めて睨み返した。
「今度は、“痛い思い”では済まさんぞ」
ドクトル無玄は黒と黄色のツートン・カラーに塗られた箱を取り出すと、自らの丹田に押し当てた。箱の両横からベルトが飛び出し、巻き付くようにしてドクトルの腰に固定される。
「おやっさん!」
レンジが叫ぶと、タチバナとドクトルの間に割って入った。鈍い銀色に輝く、レバー着きの箱……“ライトニングドライバー”を取り出すと、ベルトを伸ばして自らの腰に巻き付ける。
「ここは、俺が」
「ああ、済まんが、任せた」
タチバナがアオと子どもたちを連れてバンに引っ込んでいくのを見届けると、レンジはドクトル無玄に向かい合った。
「あんたが、“アトミック雷電”か」
「いかにも。君の戦いぶりは、カガミハラ・ニュース・ネットワークの動画配信で見せてもらったよ、“ストライカー雷電”。君と結着をつけたいのだが、いかんせん場所は、ここじゃないんだがね」
「あんたは映画の場面を再現するのにこだわってるみたいだが、今回は食い止めさせてもらう」
レンジはベルトのバックルから伸びたレバーに手をかけた。
「これ以上“雷電”に暴れられちゃあ、俺たちの信用もなくなる。商売あがったり、ってことだ」
立ちふさがり、淡々と告げるレンジの顔を穴が開くほど見つめながら、ドクトル無玄は顔をゆがめて笑う。むき出しになった歯を、ギリ、とかみしめて。
「仕方ない、ここで妥協するとしよう。仕事だろうが何だろうが、私をとめて見せるがいい。貴様がストライカー雷電ならな!」
ドクトルは腰のベルト型変身装置……“リアクタードライバー”のバックルに触れた。
表面を覆う半透明のカバーを開くと内側にある赤いスイッチを指先で押し込んで、音声コマンドを叫ぶ。
「“臨界”!」
「『DANGER! Counting down!』」
ベルトの人工音声が応えると、激しくひずんだエレキギターの旋律が、立体音響で響き渡った。
「くそ、こっちはまだ、ギアが仕上がってねえんだがな! ……“変身”!」
レンジも叫んで、“ライトニングドライバー”のベルトを押し下げる。
稲妻のようなエレキギターと轟くようなベースのリズムが、“アトミック雷電”のベルトに負けじと響き渡った。ベルトの人工音声が、音声コマンドに応えて叫ぶ。
「『OK! Let`s get charging! ……ONE! ……TWO! ……THREE!』」
スーツを装着するためのエネルギーを急速にチャージする“ライトニングドライバー”。一方の“リアクタードライバー”も、変身完了までのカウントダウンを進めていた。
「『……THREE! ……TWO! ……ONE!』」
「『……Maximum!』」
充電完了を告げる“ストライカー雷電”のベルト。“アトミック雷電”のベルトも同時に、変身の準備が終わったことを告げていた。
「『……Critical!』」
「ウオオオ!」
青い電光を纏いながら、レンジが走り出す。迎え撃つドクトル無玄の体を、赤い雷光が包んでいた。
「オラアアア!」
「ムウ……!」
二つの雷電が迸り、ぶつかり合って弾け飛ぶ。閃光が粒子となって消えると、拳を突き出した“ストライカー雷電”と、それを受け止める“アトミック雷電”が、苔とツタにまみれた城門の前で組み合っていた。
双方のベルトから流れる音楽が同時に停まり、偶発的に発生したロック・セッションが終わる。二体の“雷電”のベルトはそれぞれ、変身完了を高らかに告げた。
「『”STRIKER Rai-Den”……charged up!』」
「『”ATOMIC Rai-Den”……starting up!』」
(続)
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