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アウトサイド ヒーローズ:エピソード2-13
エントリー オブ ア マジカルガール
カガミハラ・フォート・サイト管理区域、技術開発部のオフィスの周囲を傭兵部隊“イレギュラーズ”が封鎖し、軍警察の捜査官が建物から出たり、また入ったりを繰り返していた。イチジョー課長が指示を飛ばす。
「とにかく資料になりそうなものは回収してね! メモリチップがあれば、どんなものでもハッカーさんがデータを抜いてくれるからね!」
「はい!」
捜査官たちは手をとめずに答えた。入り口近くに置かれた自走式コンテナには、紙ファイルにノート、情報端末、メモリチップやディスクといった資料が詰め込まれていた。
コンテナは満杯になると車輪のついた四つ足を伸ばして立ち上がり、カガミハラ軍警察署に走っていく。入れ替わりで空のコンテナが到着し、再び資料が詰め込まれていくのだった。
捜査官に付き添われたコグレ情報士官が、血相を変えてやって来た。
「イチジョー課長、これは何事ですか!」
「コグレ君、急な査察でごめんね! どうしても今日中に済まさないといけない用事ができて……」
イチジョーが額の汗を拭きながらペコペコ謝ると、コグレは慌ててとめた。
「頭を上げてください! ……いったい、あの後何が起こったんです?」
「“緊急体制モード”はなんとかなったんだけどね、そこで“ドミニオン”に使われていた部品に問題があることがわかったんだ」
「緊急体制は、“ドミニオン”はどうなったんです?」
「ついさっき連絡があってね、魔法少女とバイクに乗ったヒーローのお陰で緊急体制は解除できたって」
「はあ……?」
あっけにとられたコグレ情報士官に構わずに、イチジョー課長は説明を続ける。
「“ドミニオン”も緊急停止できたから、今は軍警察が総出で市内をチェックしてるはずだよ」
コグレは固い表情で話を聞いていた。
「手伝いましょう」
「いや、大丈夫だよ」
柔らかい物腰ながら、イチジョーはきっぱりと提案を断った。
「情報が錯綜していてね、誰が事件に関わっているかわからないから、僕たたちだけでやらせてもらうよ」
「えっ……」
捜査官たちに指示を出しに戻るイチジョーの背中を見ながら、コグレは拳を握りしめた。
「……ライセンスが取り上げられた傭兵崩れは使うのに、なぜ俺はダメなんだ……」
ぼそりと呟くと、傭兵達の目がつり上がる。一際体格に恵まれた兵士が人込みを割って現れ、コグレを見下ろした。
「お前……もう一度言ってみろ」
「ひっ! ……何だよ、暴力を振るう気か!」
コグレの口元が微かにゆがむ。肩を怒らせた兵士たちがひとつの塊となって、コグレに迫った。イチジョーが先頭の兵士の前に割り込む。
「みんな、ちょっと待って! 僕から話をさせてほしい」
猛る猟犬のような剣幕を背に、イチジョーは背筋を伸ばしてコグレに向き直った。
「コグレさん、あなた先程、彼らのことを『ライセンスが取り上げられた』とおっしゃいましたね?」
「ああ、いえ……不適切な発言、申し訳ないです」
イチジョーは穏やかな表情こそ崩さなかったが、目には鋭い光が宿っていた。
「発言の不適切さについては、それも重要な問題ですがさておきましょう」
兵士たちはざわめきながらも、イチジョーが話を続けるのを待っていた。
「……私が質問したいのは、何故貴方が彼らのライセンスが失効しているのを知り得たのかです。彼らと面識はないのでしょう?」
「それは……!」
コグレは言葉に詰まって俯く。
「詳しい話は、査察の後で聞かせてもらいますね。申し訳ないけど、資料を集め終えるまで、もう少し待っていてくださいね」
そう言い残してイチジョーがオフィスの前に戻りかけた。傭兵達も持ち場につこうと歩き出す。
コグレは俯いたまま、ズボンのポケットに手を突っ込んだ。ポケットの中に仕込んだスイッチに指をかけながら、オフィスから少しずつ遠ざかり始めた時、
鈍い銀色の装甲を纏ったバイクが高速で突っ込んできた。
「わっ!」
バイクは急ブレーキをかけて、アスファルトに爪を立てながら弧を描いて停まった。運転していた覆面のヒーローが立ち上がると、スーツ姿の女性がヘルメットを脱ぎ、後部座席からとびおりた。ヒールの低い靴をコツコツと鳴らしながら、イチジョーらに歩き寄った。
「軍警察の皆さん、お勤めご苦労様です」
「あなたは……?」
スーツの女性は胸ポケットからIDカードを出し、イチジョーに示した。
「申し遅れました。わたくし、昨日からカガミハラ・ナカツガワ間の巡回判事を拝命しております、滝アマネと申します」
保安局のシンボルである五弁の花のホログラム紋章が、金色とピンク色の光を発して浮かび上がった。イチジョーと捜査官たちが敬礼すると、アマネも敬礼を返した。
「若輩者ですが、よろしくお願いします」
「いえ、いえ、大変デリケートな状況でありますので、第三者に入って頂けるというのは有難いことです!」
敬礼を解いたアマネが言うと、イチジョーもニコニコしながら返した。
「状況は“メカヘッド”高岩巡査曹長からある程度聞いています。技術開発部の査察ですね。立ち合わせて頂いても?」
「是非とも、お願いします!」
バイクの収納スペースから予備ドローンが飛び立ち、何をするでもなく突っ立っていた雷電の横でホバリングを始めた。
「『メカヘッド先輩、高岩って名字なんだね……』」
ドローンのスピーカーからマダラが言う。
「まあ、日常の付き合いがあるわけでもないからな……」
蚊帳の外に置かれた二人を尻目に、アマネはイチジョーと話し込んでいた。
「……一見して資料とは思えないような物品も押収しているようですが?」
「そうなんですよ。メカヘッド君からの指示なんですけどね、メモリチップが入っている物なら、協力してくれているハッカーが情報を抜いてくれるというんですが、いったい何が“当たり”なのやら皆目検討がつかなくて……」
ドローンがアマネとイチジョーの上に飛んでいった。
「『ちょっといいですか? そのハッカーって、僕の事だと思うんですけど』」
「そうなんですか?」
ドローンから話しかけられたイチジョーが、驚いてアマネに尋ねる。
「ええ、そう思います。……こんな姿ですけど」
「『ドローン越しとはいえ、扱いがひどくない? ……そんなことより、よろしくお願いしますイチジョーさん』」
マダラが挨拶すると、イチジョー課長もドローンに向かって頭を下げた。
「こちらこそ、よろしくお願いします。その、データ抜き取りというのは……?」
「『メカヘッド先輩が言った通りですよ、やって見せましょう』」
ドローンはその場で回転した後、コグレの前に飛んだ。
「『そこのあなた、よろしいですか?』」
「えっ、僕ですか!」
慌てるコグレの顔の周囲を、ドローンが飛び回った。
「『その眼鏡に、メモリチップが入ってますよね。ちょっと見せていただいていいですか?』」
情報士官は黙って、眼だけを動かして捜査官や兵士たち、巡回判事を見回した。
「……構いませんよ。仕事の都合上、プロテクトをかけているデータの方が多いと思いますが」
端末付き眼鏡を外して近くにいた雷電に渡すと、ドローンもヒーローの手の上に降りた。小さな作業腕を伸ばし、眼鏡のマイクロコネクタに接続する。
「『大丈夫ですよ、エッチな画像とかは晒さないから! どれどれ……?』」
作業を始めたマダラは黙りこんだ。居合わせた人々も黙って、ドローンがカリカリと作動音を立てるのを見守っていた。イチジョーが額の汗を拭きながら声をかける。
「……どうかな、うまくいきそう?」
眼鏡を作業腕で掴んだまま、ドローンが飛び上がった。
「おい、俺の眼鏡……!」
コグレが言いかけるが、ドローンは手が届かない高さまで舞い上がっていた。
「どうした?」
レンジの問いかけにも応じず、ドローンは立体プロジェクタで映像を再生する。空中に“SOUND ONLY”と大きな文字が投影され、スピーカーからは加工された音声が流れ出した。
「『……最終的には逮捕されてもらうが、それまで徹底的に逃げながら、システムに反撃してもらう……』」
イチジョーの顔が青くなった。
「これは何だい?」
「イチジョーさん、まだ続いてます……!」
「『……悪のテロリスト集団を演じきることが要求される……』」
アマネが言った通り、加工された音声は警備システムに対して失敗前提のテロ攻撃を仕掛けることを指示し続けていた。
「『……無事にやり遂げた暁には成功報酬のみならず、今後の待遇も保証されるだろう。健闘を祈る』」
ボイスチェンジャーにかけられた音声が終わると、ドローンがイチジョーの前に舞い戻った。
「『……眼鏡デバイスを使って、このデータを再生したログが残っています。読み上げますか?』」
「頼むよ」
「『直近は本日、午後1時26分。暗号化した上でカガミハラ署内の回線を使い、署内地下の耐核シェルター内で再生した、と』」
「うわああああああ!」
コグレが奇声をあげながら、ズボンのポケットに手を突っ込んだ。
イチジョーもアマネも一瞬固まった。兵士たちは銃を構えかけるが間に合わない。凍りついた時間の中、鈍く輝く銀色の稲妻だけが動いていた。
「ウラアアッ!」
雷電がコグレの腕を蹴りあげる。掌に収まる程度の大きさの、スイッチのついた小箱が転がった。
「確保ーっ!」
イチジョーが叫ぶと、黒装束の“イレギュラーズ”たちが雪崩をうってコグレ情報士官に殺到した。
(続)
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