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アウトサイド ヒーローズ:特別編2

劇場版ストライカー雷電:インフィニット エナジー ウォー

 ナカツガワに戻ったレンジたちは大急ぎで身支度を整えると、すぐさまバンとバイクに乗り込んで、西へ向かって出発した。

「レンジさん、キョートってオーサカとオーツの間にあるんですよね? どういうところなんですか?」

「『そうだなあ、俺もじっくり見て回ったわけじゃないから、よくわからないけど……』」

 バンのハンドルを握るアオが、無線機のマイクに向かって話しかける。大型バイクで伴走するレンジが、スピーカー越しに答えた。

「『辺り一帯が廃墟になってて、人の気配もモンスターの気配もない、寂しい雰囲気のとこだよ』」

 カガミハラに着くと市内には入らず、バイオマス・エンジン用の燃料ペレットを補給して、一旦南へ。ナゴヤの町で再び補給を済ませると、2台は北西に向かって走り始めた。
 ミュータント化した生物が溢れるこの世界において、早春は最も穏やかな季節だと言ってもよい。
 ところどころが崩れた街道の両脇を、芽吹き始めた若々しい緑が彩る。遥か上空を旋回する空棲モンスターの鳴き交わす声が、頭上からから聞こえてきた。激しく揺れる車内で、2列目に座っていたタチバナが顔を上げる。

「さっきから後ろの席が静かだが、巡回判事殿は……」

 隣の席に座っていたマダラが、後部座席を覗き込む。

「気持ちよさそうに寝てるよ」

「こんなに揺れてるのに、か? 大したものだな……」

 タチバナは呆れ半分、感心半分といった調子の声を漏らした。

「まあ、いいだろう。もうすぐオーツに着く。キョート遺跡に入るまで、ここが最後の休憩地点だ。レンジも、それでいいか?」

「『大丈夫です。……見えてきました。先行します』」

 峠を越えた先には春の陽射しを浴びてまどろむように、たゆたう海原が広がっていた。

「レンジさん! それに皆さんも、お久しぶりです!」

 地殻変動によって生まれた大港湾、ビワ・ベイを取り囲むように築かれた貿易都市“オーツ・ポート・サイト”。都市に入ったレンジたちを出迎えたのは、よく日焼けした体格のよい男性だった。

「オノデラ保安官、お初にお目にかかります! わざわざすみません、出迎えていただいて……」

バンから降りたタチバナが敬礼すると、オノデラも敬礼で返す。

「いえ、タチバナ保安官! メカヘッド先輩から、お話はかねがね……。皆さんにはカイジュウ事件で、すっかりお世話になりましたからね。返しきれない御恩がありますから!」

 白い歯をみせて笑うオノデラ保安官の顔には、心なしか疲れの色が見える。

「そう言っていただけると、恐縮です。それで、お話ししていた件ですが……」

「ええ。……場所を変えましょう。事務所までお越しください」

 タチバナ、レンジ、アオの三人がオーツ保安官事務所に着くと、オノデラは部屋の中央で丸テーブルを囲むイスに座るように促した。

「キョート・ルインズで運送業者が不審者に襲われたのは、およそ一週間前のことです」

 三人が腰かけたのを見て、席に着いたオノデラが説明を始める。

「不審者はたった一人で、護衛つきの大型トラックを襲撃。トラックを横転させ、警備兵たちを次々に無力化し、トラックを占拠したということです」

「なるほど。詳しい報告、ありがとうございます。……それでは、この一件はオノデラ保安官が担当を?」

 タチバナの質問に、オノデラは小さく手を振った。

「いえ、いえ! キョート遺跡で起きた事件ですし、被害を受けた業者さんも警備会社も、オーツの所属ではありませんからね。逃げてきた人たちを一時的に保護しただけです。オーツの町にも、今のところ被害は出てませんからね……」

「ふむ、ごもっともな話です」

 オノデラの説明を聞いて、タチバナがあごに手を当ててうなずく。一方、話を聞いていたレンジが手を挙げた。

「オノデラ保安官。それで、“にせ雷電”というのは……」

「ええ、レンジさん。説明しましょう……ふう」

 言葉を区切り、ため息をついた後、オノデラは再び話しはじめた。

「被害を受けたのは、オーサカからナゴヤを経由してカガミハラに荷物を運ぶ業者と、カガミハラとナゴヤを拠点にするPMCの社員たちだと名乗っていました。彼らの証言によると、襲撃犯は電光をまといながら飛ぶように駆けまわり、次々と兵士たちを無力化していった……そして全身に黄色い装甲を纏っていて、その姿は最近話題になっている“ストライカー雷電”にそっくりだった、と」


「……ああ、ふ」

 オーツ・ポートの駐車場に停められた車の中で、アマネは目を覚ました。後部座席に寝転び、目を閉じたまま間の抜けたあくびを漏らす。

――私……そうだ、置いていかれたんだった。

 目を開けると、くたびれたバンの天井。外からの光が、くねくねと曲がった模様を浮かび上がらせていた。ゆれる光の蛇を目で追いかけながら、アマネはぼんやりと考える。

――いや、置いていかれた、っていうのは正確じゃないなあ。レンジ君もタチバナ保安官も、声をかけてくれていたわけで。……つまるところ、寝ぼけたまま同行を断わった私がまるきり悪いって、それだけの話だ。

 天井をぼんやりと見上げながら、アマネは指先で頬をかいた。自分の発言が原因だとはいえ、これは戻ってきた皆と会うのは、気まずいなあ。
 ぼんやりと考えながら、それでも姿勢を変えずに天井を見ていると……がさり、とトランクスペースから物音が立った。

「あっ」

 トランクから顔を出した、犬耳の少年と目が合った。少年はアマネがいると思っていなかったようで、目を見開いて固まっている。

「ちょっとアキちゃん、早く行ってよ!」

 少年の背後から、少女の声が飛んでくる。

「待ってよリンちゃん……わあ!」

「きゃあ!」

 後ろから押された少年が、後部座席の背もたれから落っこちた。少年を押していた鱗肌の少女もバランスを崩し、少年に続いて落ちる。横になっていたアマネは下敷きになって、子どもたちを受け止めた。

「ぐえっ! ……何やってるの、二人とも?」

 二人はタチバナが世話している子どもたちだった。犬耳のアキはアマネの顔を見下ろして、ばつが悪そうに笑っている。鱗肌のリンは不満そうに、口をとがらせていた。

「えへへ……」

「だって、あたしたちも一緒に行きたかったんだもん……」

「もう、あなた達……はあ」

 アマネは小言を言いかけて、ため息をついた。元気と好奇心の塊二人に我慢を強いるのもかわいそうだろう。

「ついてきちゃったのは仕方ないけど、二人とも隠れてなきゃダメだよ。勝手に出歩いたりしたら……」

「レンジさん、タチバナさん、アオさん、ありがとうございました!」

「あっ、帰ってきた!」

 アマネが言いかけた時、車の外からハキハキとした声が響いた。アマネは慌てて、座席に並んで横になっていた子どもたちを毛布に包んだ。

「もごっ! もごもご……」

「しっ、二人とも、黙ってて」

 運転席と、二列目の扉が同時に開く。話し合いを終え、戻ってきたアオとタチバナが乗り込んできたのだった。隣に停まっているバイクからも、ツインエンジンをふかすドラムロールが流れてくる。

「巡回判事殿、よく休まれましたかな?」

「ごめんなさいアマネさん、車に置いていってしまって……」

「いえいえ、私がわがまま言って寝過ごしてしまったので、申し訳ないです! ぐっすり眠って、すっかり元気なので!」

 アマネは起き上がると、隣で息を潜ませる子どもたちをかばうように、大きな身振りで答えた。

「とにかく! その、私のことはお構いなく! 話し合いが終わったなら、行きましょう! 時間は無駄にできませんからね!」

「ああ、まあ、そうだが……うん? マダラはどうしてるんだ?」

 まくしたてられて目を丸くしていたタチバナが、我に返って車内を見回す。運転席から振り返ったアオは、呆れ顔で首をすくめた。

「兄さんは……彼女さんに会いに行ってるんじゃないですか? どうせすぐ戻ってきますよ」

「ああ、ハゴロモさんといったか。そういや海の底にある町に住んでるんだっけか。……あの筋金入りのカナヅチが、海に入るとはなあ! 恋は人を変えるというが、まったく……」

 タチバナが妙に感心していると、慌ただしい足音がバンに近づいてきた。

「すいませんおやっさん、遅くなりました!」

「いや、気にしなくていい。もう少しゆっくりしていっても、よかったんだがなあ」

 マダラが勢いよくバンに乗り込んでくる。嬉しそうなタチバナが優しく声をかけると、アオは深くため息をついた。

「“父さん”、いいわけないでしょう? 兄さんも、そういうのはもっと落ち着いた時にどうぞ。……行きますよ!」

 きっぱりと言うとエンジンをふかし、バンは勢いよく走り出した。慌てて後を追うバイクを見送って、オノデラ保安官は大きく手を振っていた。


 ビワ・ベイを囲むオーツの城壁を出て、山道を進む。一度は廃れた街道は再び整備し直され、ところどころが継ぎはぎされた幹線道路が、南西に向かって伸びていた。
 バンの車内無線から、レンジの声があがる。

「『この道は、オーサカを出発してから通った覚えがあるよ』」

「そうだろうなあ。オーサカからオーツ、ナゴヤ、それにもっと東へ……この道は、各サイトに荷物を運ぶ業者が使う、流通の大動脈みたいなもんだ」

 二列目から顔を出したタチバナが、車内無線に向かって答えた。運転を交代したマダラがきょろきょろと辺りを見回す。

「……その割には、あんまり車を見ないなあ。なんだか、さみしい山道、って感じ」

「ああ、例の“にせ雷電”が運送業者のキャラバン隊を襲った、って事件が起きてから、この道を使う業者ががくっと減ったらしい」

「オノデラさんも当面は大丈夫だけど、このままだと大変だ、って言ってましたもんね。……あっ、あれ!」

 助手席に座っていたアオが、前方を指さして声を上げた。

「あれ、遺跡の……町ですか?」

 幹線道路を走り、森の中に突如現れたのは、人の気配のない遺跡の街並みだった。
 所々の壁に穴が開き、ガラスは全て割れ落ちているが、文明崩壊前の強化建築技術が施されたビル群は、往時の面影をくっきりと残している。

「こんなにきれいに町の形が残ってるのに、人が住んでない“空白地帯”なんですか?」

「ああ。元々この町……キョートは、文明崩壊前には有数の都市だったらしい。……だが、だからこそ戦争で真っ先に狙われたんだと。動物を短時間でミュータント化させる化学薬品がばらまかれて、人が住めない町になった、と聞いている。……ほれ、あれを見てみな」

 停まった車の中から、タチバナが街を指さした。
 “遺伝子汚染”を警告する錆びた標識が、廃墟になった町のそこかしこに立てられている。

「勿論、それもずっと昔の話だ。今はことさら、汚染がひどいってわけじゃない。……けどなあ、人が戻るには、あまりにも時間が経ち過ぎていた。それに整備し直すには、キョートの町は広すぎる。そんなわけで、未だにここは空白の遺跡地帯……“キョート・ルインズ”って呼ばれてるんだ。おまけに人が寄り付かないのをいいことに、遺跡の奥地は“ブラフマー”の武装組織が根城にしてる、なんて話も聞く。まあ、そんな連中は今回の事件が起きたような街道筋まで、わざわざ出張っては来ないだろうけどな。……マダラ、どうだ? いけるか?」

 説明を終えたタチバナが声をかけると、助手席に移り、目の前の機材とにらめっこしていたマダラが顔を上げた。

「うん、オレも雷電も、いつでもいけるよ!」

「『お言葉ですがマダラさん、“ジェネレート・ギア”、ナイチンゲールも準備を完了しております』」

 マダラが操作していた端末に通話回線が開き、ナイチンゲールが声を上げた。

「ああ、ごめんナイチンゲール。今回はまず、変身せずに空中からの偵察を頼むよ」

「『お任せください。……マスターも、ご覧ください。1.5世代人工知能が誇る、ドローン編隊の並列操縦をお見せしましょう』」


「ああ、期待してるよ」

 雷電スーツの装着を済ませたレンジが応える。バイクから降りて、くすんだ色の街並みを見回した。
 分厚い雲が空を覆い、山から下ろされた風が吹く。ビルを通り抜けた春風は、物寂しい笛の音を吹き鳴らした。

「さあて、この辺りに“出た”って話だが……」

「『マスター、来ます! ……一直線に!』」

「何だって?」

 ナイチンゲールの報告に雷電が聞き返した時、遺跡の町から土煙が上がった。重い物同士がぶつかり合うような鈍い音が響き、アスファルトが揺れる。

「『雷電、ドローン隊からの映像を転送するよ』」

 マダラの声とともに、遺跡の町を上空から映した画面がスーツのバイザーに表示された。

「『遺跡の壁を突き抜けながら、猛烈な勢いで何かが走ってくる! すぐ接敵するよ、気を付けて!』」

 警告の声が飛ぶや否や、目の前の建物が吹き飛んだ。人間ほどの大きさの影が、壁に開いた穴から飛び出してきた。

「うおおおっ!」

 雷電は咄嗟に両腕を構え、突っ込んできたものを受け止めた。強烈な衝撃に、パワーアシストされているはずのスーツが後ずさる。アスファルトを削りながら踏ん張り、雷電は飛んできた相手を弾き飛ばした。

「おらあっ!」

 押し返された襲撃者はひらりと身をひるがえし、雷電から距離を取って身構えた。

「お前、その姿は……!」

 レンジが思わず声を上げるが、襲撃者は答えない。
 全身を包む黒いインナースーツに、黄色い装甲を纏っていた。装甲に走るラインが赤く光る。ヘルメットのバイザーも怪しい光を放ちながら、レンジの視線を受け止めていた。
 その姿は向かい合う、雷電とそっくりだった。

「貴様も、雷電……!」

 雷電が身構えると、鏡映しのように襲撃者も身構える。そして二人の雷電は、同時に駆けだした。

(続)

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