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アウトサイド ヒーローズ:特別編1

劇場版ストライカー雷電:インフィニット エナジー ウォー

 厚い灰色の雲が垂れ込める、くすんだ廃墟の町。大きな音を立てて大地が揺れると、風化しかけた建物が崩れ、埃が巻き上がった。

「……なんだ?」

 声を上げたのは、廃墟を貫通するようにつくられた道を走っていた大型トラックの運転手だった。トラックが停まると、取り巻いていたバンも停まる。警護していたPMC社員たちが、次々と車から降り立った。

「ひとまずそのまま、車から降りないで!」

 警護隊長の兵士が運転手に伝えると、兵士たちがトラックを守って隊形を組む。廃墟を揺らす不気味な震動は、少しずつ大きくなっているようだった。

「何だ? 賊か、モンスターか……?」

「どっちにしても、この震動は普通じゃない……来るぞ!」

 街道に面した廃ビルが吹き飛ぶ。同時に瓦礫と砂埃を巻き上げながら、人間ほどの大きさの影が飛び出した。
 電光をまとった影は兵士たちが銃を向けるより、尚も早く走る。
 銃弾の雨をすり抜けてトラックに迫り、そのまま車体の横っ腹に突き刺さった。

「えっ……」

 戸惑った声をあげる運転手を乗せたまま、トラックが大きく傾く。そして一際大きな音をたて、荷物を満載した車両が横転した。

「戦闘態勢だ! 敵はまだピンピンしてるぞ!」

 隊長が叫ぶと、あっけに取られていた兵士たちが慌てて動き出す。

「威嚇射撃だ! それより、クライアントの救助が最優先だ。動ける奴、すぐに行け!」

 砂埃がもうもうと巻き上がる中、兵士たちは銃を構えた。雷光をまとう侵入者はトラックの上に立ち上がると、動かなくなった車体を蹴って走り出した。稲妻のように、兵士の一人に襲い掛かる。

「ぐあっ!」

 武器を持つ手をしたたかに打ち据えると、次の相手へ。
 混乱し、銃弾がでたらめな方向に飛んでいく中、兵士たちは次々と無力化されていった。

「くそ、狙いが定まらん……! まだ動ける奴は? どれだけいる!」

「隊長!」

 倒れたトラックの上から、兵士が叫んだ。

「クライアントを救助しました!」

「でかした! クライアントを警護して退避しろ!」

「了解!」

 ドライバーを肩で支えた兵士が脱出していくが、侵入者は追撃する素振りを見せなかった。

「これ以上の戦闘継続は不可能と判断した! トラックは放棄、撤退だ!」

 警護隊長が悔しさをにじませて叫ぶ。両腕を痛めつけられ、あるいは武器を破壊されて無力化された兵士たちが、慌てて撤退していく。
 侵入者は追撃する素振りも見せなかった。悠然とトラックの上に立ち、逃げ去る兵士たちを見下ろしている。

「くそ、俺たちを追い払うのが目的、ってことか……」

 隊長は一人ごちながらバンに乗り込むと、トラックを一瞥した。曇天を背負って立つ侵入者は、全身に装甲型のパワーアシスト・スーツをまとっている。

「あれは……」

 黄色の装甲に、赤いラインがぎらりと走る。顔はヘルメットで覆われ、無機質なバイザーから表情はうかがえなかった。
 色合いこそ違っているが、見間違えようもない。あの姿は……

「雷電……!」

「隊長、全員乗り込みました!」

 ハンドルを握った兵士が急かすように声をかけると、隊長は我に返った。

「ええい、くそ、全車両に通達! 撤退、全速力で、退却だ!」


 昼前のカガミハラ・フォート・サイト、官公庁街と高級商業地区とをつなぐ大通り。堂々とした店構えの“会津商会”本店ビルの前に、旧式の大型トラックが乗りつけた。農業プラントで育てられた農作物と、ミュータント化した野生動物から作られた肉製品を満載したトラックが、軋む音をたてて停車する。
 運転席から、額からは二本の角を生やした赤い皮膚の男が降りたった。旧文明の絵画にあらわれるオニ・ダイモンのように厳めしい風貌のミュータントは、穏やかな街の風景を何とはなしに見回して目を細めた。
 周囲を歩く勤め人や買い物客らはミュータントの男をさして気にすることもなく、足早に通り過ぎていく。
 随分変わったものだ、と男は思う。ほんの1年前まで道行く人々は目を逸らし、あからさまに避けて歩いていったものだったのに。

「これも雷電や、チドリさんのお陰だな。有難いことだ」

 小声でひとりごつと、男は“会津商会”本社ビルの自動扉を開けた。
 店に入る。客たちは開いたドアを気にして振り返るが、すぐに視線を戻した。見知った顔の客が軽く会釈したので、男も会釈を返す。ここまではいつも通りだが……

「ふむ……?」

 今日は何故か、買取品の検分や引き取りを担当する店員たちが出てこないのだった。
 そんなこともあるか、と男は思う。もちろん、自分たちの持ち込む品がカガミハラでは貴重品だということもわかっているが、だからといって毎回贔屓されるものでもあるまい。しかし……

「ふむ……」

 店員たちからの視線を感じる。警戒するような、不安の強い目つきが向けられていることに気づき、ミュータントの男は立ち止まった。
 何が起きているのか、さて、どうしたものかと思案していると……

「お前たち、お得意様が高級食材をお持ち込みだよ! ぼさっとしてないで、さっさとお引き取りに上がらないか!」

 鋭い声が店の奥から飛ぶと、黒服姿の社員たちが慌てて見せの外へと駆け出していく。
 黒服の列を追い散らすように現れたのは一本鉄芯が通ったように背筋をぴんと伸ばした、小柄な老女だった。

「まったく、気にするなら気にするで、意気地のない……失礼いたしました」

 老女はため息交じりにこぼした後、顔を上げてミュータントの前にやってきた。ぴたりと立ち止まると、深々と頭を下げる。

「タチバナ様、お待たせいたしまして……」

「専務さん、お気遣いいただきありがとうございます。……ですが、何があったんです? 店員さん方の様子が、いつもと違うような……」

「その通りでございます」

 ミュータント男……タチバナの質問に、専務は顔を上げた。鋭い光を放つ両目が、厳めしいタチバナの顔を真っすぐに見上げている。

「タチバナ様、少々お時間をいただけないでしょうか。……ご相談したいことが」


 カガミハラ市街地、歓楽街地区の片隅にあるミュータント・バー“止まり木”。ランチタイム営業中の店内で、青肌の少女がカウンター席に陣取っていた。

「この前の雷電の活躍、すごかったんですよ! 旧文明のドラマに出てきた“ストライカー雷電”のハイブリッドフォームと同じで、すっごいスピードで……」

 興奮しながら、カウンターの向こうにいるママに話して聞かせている。
 頭の倍ほどはありそうな手をびゅんびゅうんと動かしながら大いに語る少女の横で、スーツ姿の女性がつまらなさそうな顔をしながらクリームソーダをすすっていた。ちゅぽん、ストローを外すと、口をとがらせる。

「さっきから雷電の話ばっかりだけどさぁ、“マジカルハート”も活躍したって聞いてるんですけどぉ……」

「あら、アマネちゃんは“マジカルハート”のファンなの? でも、楽しそうに話しているアオちゃんに引っかかっていくのは、いいマナーとは言えないわね」

 話を聞いていたママが静かにたしなめると、不満そうだった滝アマネはばつが悪そうにしながら不満顔を引っ込めた。

「チドリさん、おっしゃる通りです……ごめんね、アオちゃん」

 アマネが謝ると、アオは微笑んで両手を振る。

「怒ってませんよ。アマネさんも、自分の“推し”の話をしたいって気持ちはわかります。ただ……ごめんなさい、私は雷電の近くにいて、マジカルハートの方は、よくわかってなくて……」

「そっかあ。それなら仕方ないけど、マジカルハートだってねえ……」

「アマネ」

 滝アマネ自身が人目を忍んで変身する魔法少女“マジカルハート”の活躍をうっかり語り始めようとした時、近くのテーブル席からカエル頭の青年が声をかけた。オレンジ色の肌を持つ、カエル頭の青年……マダラは“マジカルハート”の協力者であり、魔法少女スーツをアマネに手渡した張本人だ。

「きっと、頑張ってたと、思うのよ。ほら、色々……」

「やれやれ……」

 アマネがぎくりとして言葉を濁すと、マダラはため息をつく。マダラの向かい側でサンドイッチを食べていた非ミュータントの青年が顔を上げた。

「仕方ないさ、“マジカルハート”は正体を隠して動いてるし、雷電が動いている裏で活躍していることが多いから、なあ?」

「そうね。きっと今回も、マジカルハートだって頑張ってたと思うし……」

 “ストライカー雷電”のスーツを着て闘ってきた青年……レンジがフォローすると、アマネはホッとした表情で微笑む。

「ありがとう。レンジ君」

「俺だって、マジカルハートのファンだからな」

 レンジとマダラが向かい合うテーブルの上にいた機械仕掛けの鳥が、白い翼を広げて跳び上がった。
 ホールの中をふわりと浮かぶと、カウンターテーブルの上に舞い降りてちょんちょんと跳ねた。アオの目の前まで跳ねてくると首をひねり、ぴりり、と鳴き声のような作動音を立てる。

「アオさんは“ストライカー雷電”のファンなのですね」

 なめらかな人工音声で、小鳥がアオに話しかけた。

「はい。元ネタになった、旧文明のドラマも全部見てますからね。もちろん、“アンサンブル・ギア”……ナイチンゲールさんのことも、応援してます!」

 高性能AI“ナイチンゲール”が宿った、機械仕掛けの小鳥……“アンサンブル・ギア”はアオの右手にとびのった。

「ありがとうございます。……ただ、すみません、以前から気になっていたことがあります。質問よろしいでしょうか」

「えっ、何でしょう?」

 ナイチンゲールはぴりり、と動作音をたてながら、くるりと首をひねった。

「データベースによりますと、“ストライカー雷電”は旧文明期に制作された、男児向けの特撮アクションドラマ……ということですが」

「はい。レンジさんが使っている雷電スーツやギアは、旧文明の技術を使ってヒーローショーのために作られたアクション・スーツですね。ナイチンゲールさんの“アンサンブル・ギア”も、元々ドラマに出てきたギアを元ネタにして作られているんですよ」

 アオが滔々と語り始めると、ナイチンゲールは羽根を広げて制止した。

「なるほど、興味深い話です。そちらはまた、資料を見ながら解説いただくとしまして……質問というのは、アオさんご自身についてなのです」

「えっ、私?」

「“ストライカー雷電”は男児向けのドラマだったと認識していますが……アオさんがそこまで愛好されているのは、どうしてなのでしょうか?」

「……えいっ」

 アオを見上げて尋ねるナイチンゲールを、横に座っていたアマネが指先でつついた。小鳥はよろめいて、カウンターテーブルの上に着地する。

「あっ、バランスを崩します、おやめください」

「あのねぇナイちゃん、男の子向けのドラマを女の子が好きになっても、変なことじゃないの。逆であってもね」

 ナイチンゲールはアマネを見上げると、ぴりり、と動作音をたてた。

「そういうものですか」

「そーよ。マダラだって、マジカルハートの元ネタになった“魔法少女マジカルハート”について話し始めたら長いんだから」

 テーブル席のブースから、マダラが顔を出した。

「まあね。魔法少女ドレスも、雷電スーツと同じくらいこだわって作ってるし。……ただ、アオの場合は小さい頃の体験も大きいんじゃないかなあ」

「えっ、どういうことです、兄さん?」

「俺たちはおやっさん……タチバナさんに引き取られてナカツガワに行ってから、ずっと“ストライカー雷電”のドラマを見せられながら子守りされてたろ?」

 マダラが言うと、アオは大きな手を口に当てて考えているようだった。

「言われてみれば、確かにそうだったかも……でも、あの“ストライカー雷電”は誰に見せてもらってたんだろう? おと……マスターじゃなかったような……」

「アオはまだ、小さかったからなあ。あの時、ナカツガワに来ていた真人間のおじさんが“ストライカー雷電”の映像データを持ってきてくれたのさ」

「そうなんだ。……ああ、そうか、思い出してきたかも」

 マダラ、アオ兄妹の会話を聞いていたレンジは、目を丸くしてマダラを見ていた。

「ナカツガワに俺……とアマネ以外の、ミュータントじゃない住人がいるのか?」

「俺たちが小さい頃の話だよ。おやっさんが先代から“タチバナ”の名前を継ぐ頃には、もういなくなってたからね。……そういえば、レンジには話してなかったっけ。その人は、俺にとってもう一人のメカニックの先生みたいなもんなんだ」

「へぇ……その話、私も興味あるなあ。こう言っちゃ悪いけど、ナカツガワ・コロニーって地の果てでしょう? そんなとこまで来た非ミュータントのメカニックって……どんな人?」

 話を聞いていたアマネが口をはさむと、マダラは顔をしかめた。

「そんなところって……ずいぶんな言いようだけど、事実だからしかたないか。確かに物好きっていうか、変なヒトだったよ。爺ちゃん……先代のタチバナさんの弟子だとか言ってたから、その縁だったんだろうなあ」

 マダラはそう言って腕を組み、一人でうん、うんと頷いた。

「うん、本当に変なヒトだった。それこそアオ以上に“ストライカー雷電”の大ファンで、自分で“ドクトル無玄”って名乗ってたっけ」

「ドクトル、無玄……」

 自らの記憶を手繰り寄せようとしてアオがつぶやいた時、ホールにかけられていた時計が鐘を低く響かせた。チドリが文字盤を見上げる。

「……あら、もうこんな時間。タチバナさん、いつもより遅いわね」

 レンジは自らの携帯端末を取り出し、着信表示画面を確かめた。目の前の席では、マダラも携帯端末を確かめている。

「おやっさんから、特に連絡は来てないな。……マダラは?」

「オレもだ。アオはどう?」

「私の方にも、来てないですね」

 カウンター席から、アオが返した。アマネがズズ、とわずかに残ったソーダをすする。

「“会津商会”さんの手続きに時間がかかってるだけじゃない? 去年サイバネ軍団を倒してから、最近のカガミハラは平和そのものだし。私の端末にも、何も連絡はないし。いきなり事件なんて……」

 気楽な調子でアマネが言いかけた時、“止まり木”の扉が勢いよく開いた。ドアベルが乾いた音を立てる。
 チドリやレンジたちがドアを見やった時には、既に二本角の男が大股でホールを横切り、カウンター前まで歩いてきたのだった。

「すまんみんな、遅くなった。……だが、すぐに動かなきゃいけない用事ができた」

「どういうことです、事件?」

 立ち上がったレンジが尋ねると、タチバナは頷いた。

「うむ……巡回判事殿」

「ひゃい!」

 自らの迂闊な発言を思い出して固まっていた新人巡回判事が、ベテラン保安官の声に飛び上がる。

「ひゃい、とは……?」

 タチバナが小さく首をひねると、アマネの額を冷や汗が伝う。

「はい、いいえ、申し訳ありません、思わず変な声が出てしまって……!」

「ああ、いや、よくわかりませんが落ち着いて。今回の事件、現場はいずれのサイトの保安局も管轄していない……いわば空白地帯で起きておるのです。そこで、念のため……」

 話を理解したアマネは敬礼して、にっこり微笑んだ。

「わかりました。私が同行すれば、他の地域の保安官との折衝もスムーズになりますね」

「ご協力いただき、感謝します」

 アマネとの話し合いを終えたタチバナを、レンジに続いて立ち上がったマダラが見やる。

「けどおやっさん、空白地帯ってことは、ナゴヤ・セントラル保安局の管轄外だろう? どこに、どうして俺たちが行くのさ?」

「ああ。これは未確認事項だからな。保安局や軍警察は簡単に動けん。だが、俺たちは出向いて、見極めないといかんのだ。俺たちは、これから西へ行く。目的地はトーキョー・グランドゼロに並ぶ大遺跡地帯、キョート・ルインズ……」

 タチバナは一同を見回し、最後にレンジを見やった。

「……レンジ、雷電の偽物が出たらしい」

(続)

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