アウトサイド ヒーローズ:エピソード3-01
フィスト オブ クルーエル ビースト
オレンジ色の手の中でメタリックレッドの金属部品が組み合わさり、配線が繋がったかと思うと、分解しては組み直される。作業を行きつ戻りつ、試行錯誤しながら、少しずつ機械が組み上がっていった。
メカニックは時折「うーん」と唸ったり、「おっ、これは……」などと呟いたりしながら手を動かし続けている。金具と工具が噛み合う音と、時計の針が動く音だけが、酒場の地下にある作業場に響く。
作業に没頭して丸くなった背中がポン、と叩かれた。
「……マダラ!」
「うわあっ!」
背後からの声に、マダラは飛び上がった。カエルのような頭をぐるりと巡らせて後ろを見る。見回りを終えた、制服姿のアマネが悪戯っぽく笑っていた。
「……何だ、アマネか。下まで降りて来るなんて珍しいな」
「もう、みんな出かけてるからね」
「あれ、アオは?」
「農場に野菜を受け取りに出かけたよ」
マダラは頭をかいて壁の時計を見やった。
「そんな時間か……。気づかなかったな」
アマネはマダラの背中越しに、作業机を覗きこむ。
「何作ってたの?」
「ふふふ、よくぞ訊いてくれた!」
水晶玉のような眼を輝かせて、メカニックは紅い金属塊を出して見せた。
「“ストライカー雷電”の強化ガジェット、“ジェネレートギア”だ!” ……いやぁ、原作の通りに再現するために、何度ドラマのデータディスクを再生したことか!」
「はあ……?」
ぽかんとしているアマネを気にせず、マダラは得意そうに説明を続ける。
「レンジが変身する雷電スーツなんだけど、原作のドラマでは“バッテリーフォーム”っていう名前なんだ。ドラマの中でも充電式でね。当然、充電が切れたら闘えない。そこで、闘いながら過剰出力分のエネルギーでバッテリーを充電するための強化パーツが作られたんだ。ドラマでは機械生命体のコアが出力源なんだけど、それを現実の技術に落としこむのに苦労したよ」
自慢気なマダラを見て、アマネはため息をついた。
「……よくわからないんだけど、あなたがタチバナさんやレンジ君のサポートに行かずに残ってた理由はよくわかった」
マダラは掲げていた部品をテーブルに置く。
「今日はカガミハラの応援で査察の手伝いするだけだしなあ。雷電スーツがドンパチすることはないだろうし、俺はいらないでしょ。アマネこそ、巡回判事なんだし、行かなくてよかったの?」
「保安官や軍警察が不正してないかをチェックするのが私たちの仕事だからね。基本的には捜査には介入しないの。特に軍警察の捜査にむやみに首を突っ込むと、保安局との縄張りの問題がややこしいからね」
愚痴っぽく言うアマネに、マダラもげそっとした表情でため息をついた。
「……よくわかんないけど、俺もアマネが残っている理由がわかったよ」
「まあ、色々あるってことね。……そんなことより、お昼どうしよう。アオちゃんから何か聞いてる?」
「昨日のカレーが残ってるから、温めてパンと一緒に食べて、って言われたよ」
アマネは満面の笑みで両手を合わせた。
「やった! お先にいただきます!」
「俺の分は残しておいてくれよ!」
一階に向かおうと駆け出すアマネに、マダラが声をかける。
「了解。お腹ペコペコだけど、一口くらいは残しといてあげる!」
「おい!」
慌てて立ち上がりかけると、ポケットに入れていた携帯端末が緊急広域通信の着信音を鳴らした。
ホンシュー・アイランドのほぼ中央に位置する城塞都市、カガミハラ・フォート・サイト。そして山中にひっそりと息づくミュータントの町、ナカツガワ・コロニー。2つの町をつなぐ幹線道路の遺構、オールド・チュウオー・ライン。今や行き交う人もほとんど途絶えた瓦礫の道も、かつては周囲にいくつもの町を抱えていた。
カガミハラの程近く、観光と学術研究の町だったイヌヤマ・ルインズもその1つだった。文明崩壊期に大規模な土壌汚染が発生して放棄され、今や駄賃代わりの遺跡漁りをする傭兵たちにも見放された、“枯れた”遺跡だが、今朝は非常灯をつけたカガミハラ軍警察の車が数台と、山の下に“白”の屋号紋があしらわれたバン、そして黒い大型バイクが乗り付けていた。かつては人々の信仰を集めていたとされる、巨大なゴリラ・カンノン・スタチューが片腕を無くし、朽ちかけながらも珍しい侵入者たちを見下ろしていた。
軍警察の捜査官たちが車から降りて、ぞろぞろと遺跡の中に押し入っていく。黒髪の、険しい眼差しの男が警察車両のボンネットに肘をつき、コツコツと指で車体をつついていた。
「クロキ課長、お久しぶりです」
バンから降りた二本角の男があいさつすると、クロキ組織犯罪捜査課長も気付いて姿勢を正す。
「タチバナ保安官、お久しぶりです。ご足労いただき、ありがとうございます」
クロキが丁寧に礼を言うと、タチバナは「まあまあ……」と顔を上げさせた。
「ナカツガワにも関わる地域の案件ですから。こちらこそよろしくお願いします。それと……おうい、レンジ!」
ナカツガワの正保安官は、バイクから降りてヘルメットを脱いだライダースーツの男を呼び寄せた。
「はい、すぐ行きます!」
タチバナは駆けてきたレンジと、警察車両の前に立つクロキを引き合わせた。
「うちでヒーローをやってるレンジです。……レンジ、こちらはカガミハラ軍警察のクロキさん。組織犯罪捜査課の課長をしておられる」
「“ヒーロー”だと名乗るのも恥ずかしいですが、タチバナさんの下で働いてます。レンジです」
レンジははにかんで頭を下げる。クロキも厳めしい顔を微笑ませた。
「カガミハラ軍警察のクロキです。君の活躍はメカヘッドと一緒に見せてもらったよ。その後で、暴走オートマトンと闘っている映像も見て、うちの息子がすっかりファンになってしまったんだ! 俺も、今日会えてとても嬉しいよ。カガミハラの町を守ってくれて、ありがとう」
「俺にとっても大事な町ですから、やるだけのことをしただけです。でも……ありがとうございます!」
二人が固く握手を交わすのを、タチバナは満足そうに見ていた。
「それで、ですね、クロキ課長、今回はどのような案件でイヌヤマ遺跡の捜査をするんです? メカヘッドからはウチが出た方がいいから、手伝ってほしい、と頼まれたきりでして……」
握手を解いたクロキは、タチバナの言葉を聞いて口を“へ”の字に曲げた。
「あの野郎、自分から言っておいて! ……失礼しました。先日逮捕したヤミ取引シンジケートの構成員からの聞き取りで、外部の研究所に資金を流して技術開発させていたことが分かりましてね。それがこの遺跡の地下にある、と……」
「なるほど。それならウチの技術者も連れてくればよかったかな……?」
「今から呼び出しますか?」
相談を始めた二人を、クロキは慌ててとめた。
「大丈夫ですよ! うちでも、どうせ技術解析やらはカガミハラに持ち帰ってからですし! その時にくだんのスーパーハッカーに協力をお願いするかもしれません、それはそれですが……とにかく、今はそこまで、気を回していただかなくても」
「そうなんですか? ……それじゃ、何でわざわざウチに? ああ、いや、協力するのはやぶさかではないんだが」
顔に大きな疑問符を浮かべているタチバナに、クロキは恐縮して答えた。
「今回査察に入る研究所なんですが、問題になっている“ペルソナタビング”技術の他にも、遺伝子操作によるミュータント改造の研究もおこなっている、と……」
「ほう」
人の良い酒場のおやじ、という印象だったタチバナの目付きが変わり、刃のようにぎらりと光る。
「そこで、ナカツガワのタチバナ保安官にも立ち会いをお願いした、というわけです」
強面のクロキ課長も、底知れない力とコネを持ち、最大のミュータント・コミュニティを長年まとめあげてきた傑物にすっかり恐れ入っていた。
「よくわかりました。確かに、ウチも絡んでおかないといけませんな。……まあ、今は何が出てくるか、待つ他にはありますまい」
そう言うとタチバナは普段の調子に戻り、脇に抱えていた鞄から大きなランチボックスを取り出した。
「ウチの娘が持たせてくれたオニギリがあるんですよ。この時間だとクロキ課長もお腹が空いているのでは? 1ついかがです」
クロキは差し出された砲弾のような握り飯に眼を丸くした。
「いいんですか? 本物のコメじゃないですか!」
「構いませんよ、どうせ私らでは食べきれませんからね。……ほれ、レンジ。お前は2つ食べとけ」
レンジも特大の握り飯が入ったランチボックスを渡されて眼を丸くしている。タチバナは気にせず、持っていたオニギリにかぶりついた。
「うん、うまい。……ほら、課長も」
「いただきます!」
手のひらにのせると視界を覆うほどに大きい。思いきってかぶりつくと、粒の立ったふっくらしたしろめしが、ふわりと口の中に広がった。うっすらと塩味が効いていて、コメの甘みを引き立てる。クロキは夢中になって頬張った。一口、二口と食べて具がないことが気になりだした時、握り飯の中央から肉味噌が顔を出した。
主役の座を譲った白米が装甲猪のミンチと香草、生姜が練り合わされた味噌を包み込む。口の中に広がる旨味に、クロキは「うん……」と満足そうな声を漏らす。
「タチバナさん、素晴らしいものをありがとうございます……!」
「いえいえ、何の!」
タチバナは鷹揚に笑った。
「……しかし、意外でした」
「と、仰いますと?」
「いえ、失礼ながら“ミュータント改造”というものに、もっと嫌悪感をお持ちなのかな、と勝手に考えていたものですから」
タチバナは相変わらず笑っている。
「私はミュータントの体に手を加えることは否定しませんよ」
「そうなんですか」
「変異が大きな者の中には、そのままでは普通の生活が送れない者もいる。自力で呼吸をすることすら、難しい者もいるのです。そういった者たちが真っ当な生活を送るために、体を改造することは間違っているとは、私には思えませんね」
「なるほど、同感です」
遺跡の中から数人の捜査官たちが現れ、声をあげながら警察車両に駆け寄ってきた。
「課長、発見しました!」
「よし!」
握り飯を食べ終えたクロキは、ぴしゃりと車のボンネットを叩いた。
「踏み込むぞ、案内を頼む!」
(続)
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