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アウトサイド ヒーローズ:10-11(エピローグ)

フェイクハート ドリヴン バイ ラヴ

 カガミハラ運動場の特設ステージを、スポットライトが照らしだす。夕暮れ空の下で始まった“カガミハラ年越し歌謡祭”は、空が夜闇に染まっていくにつれて観客も増え、盛り上がりを見せていた。

 それでも照明が届かない客席の最奥には客はまばらで、どこかうら寂しい空気が漂っている。灰色の座席が並ぶ中、胡麻塩頭の男がぽつんと腰掛けていた。

「イチジョー副署長、お待たせして申し訳ない」

 後ろから声をかけられ、遠くから流れてくる音楽に耳を傾けていたイチジョーは顔を上げる。

「ああ、クロキ課長。大丈夫ですよ。君のところはお子さんもまだ小さいでしょう。家族団らんのところをこんな時間に呼び出すことになって、こちらが申し訳ないくらいですよ」

 クロキは座席の間をすり抜けるように進み、一つ席を空けてイチジョーの横に腰を下ろした。

「ふう……。息子はユウキさんが相手をしてくれているおかげで、すっかりご機嫌でしてね。妻も助かっています。副署長、ありがとうございます」

 頭を下げようとするクロキを、イチジョーが慌てて押しとどめる。

「いやいや、私が頼んだわけじゃないんです。そういうことに気を回すのが全く苦手で……妻からも、気が利かないとよく怒られてましてね」

「そうですか。それではユウキさんに、ありがとうとお伝えください。……しかし、よくできた娘さんをお持ちですね。副署長は全く忖度しませんからな。それで、どれだけ出世を逃してきたか……」

「あはは……」

 恥ずかしそうに笑うイチジョーを見て、クロキは指先で自らの頬をかいた。

「はあ……いや、しかしですね、それが悪いというわけではないんですよ。実直な人柄だからこそ、メカヘッドのようなクセモノからも慕われてるんでしょうなあ」

 しゃべり続けていたクロキは、思わず口を滑らせていたことに気づいて赤面した。

「……ああ、いえ、その、お気になさらず、というか、ええ……」

 人を褒めることの滅多にない“オニのクロキ”が自らの発言に戸惑っているのを、イチジョーはぽかんとして見ていた。

「メカヘッド君が、クセモノ……ですか?」

「そっちですか……あんな、嘘もつけば我々もだますし、独断で物事を進めるヤツは、クセモノ以外の何者でもないのでは?」

「はっはっは! おっしゃる通りですなあ!」

 クロキ課長の言葉を聞いて、イチジョーは楽しそうに笑った。

「確かに彼はひねくれものだ。真意を簡単に言うことはないですし、勝手に一人で動いているので、驚かされることばかりですが……それでも彼の行動には市民を守りたいという信念がある。そのために全力を尽くそうという意志がある。だから私は、彼のことを尊重したいと思うんですよ」

「なるほど、それは否定できません。ですが……私にはそこまでできなかったでしょう。イチジョーさんの器の大きさには、改めて感服しますよ。……それにしても、ヤツは何をやってるんだ?」

 遠く離れたステージの上では、筋骨隆々とした初老の男性たちによるフォーク・デュオが演奏を終えたところだった。客席からの拍手を受けながら、演者が退場していく。“年越し歌謡祭”もフィナーレが近づいていた。

「すいませんお二人とも、お待たせしました!」

 クロキが深くため息をつき、イチジョーが困ったように笑っていると、後ろから軽薄な調子の大声が響く。

「ポップコーンを買おうと思ったんですが、思いのほかフレーバーの種類がありましてねえ! 選ぶのについ、時間をかけてしまって……」

 大きなボール紙製のバケツを抱え、ヘラヘラしながらメカヘッドがやってくる。機械頭の男は大盛のポップコーンを抱えて、上司二人の間にどかりと腰を下ろした。

「結局、“ミソ・バター・レッドペッパー”味にしちゃいましたよ。“アンミツ・ソーダフロート”味とどっちにしようか、最後まで悩んだんですけどねえ。どうです、お二人も?」

「ありがとう。ソーダ味だったら、遠慮していたところだよ」

 イチジョーは微笑んで、ポップコーンのバケツに手を突っ込む。クロキは眉間にしわを寄せていた。

「お前はいつもそうやって……」

「あれ、課長はいらないですか、ポップコーン?」

「いる!」

 ムスッとした顔でポップコーンを掴み取るクロキ課長を見て、イチジョー副署長は苦笑いした。

「ははは……ともかくメカヘッド君、最終的な結果を報告してもらえるかい?」

「事態を収拾できたのは、貴様が動いたからだ。そこは礼を言わなければならん」

 クロキ課長はもっしゃもっしゃとポップコーンをむさぼりながら、不満そうな顔で言う。

「とんでもない事になったがな! まったく、俺が直接介入できなかったのが、なんとも腹立たしい……」

「仕方ありませんよ。立場上私たちは根回しするぐらいしか、できなかったからねえ」

「それはわかります。わかるんですがねえ……はあ」

 くすぶった怒りをぶつけるようにポップコーンを食らい、飲み込んでクロキは大きく息をついた。

「それで! 鑑識の結果はどうなっている?」

「ええ、ええ、ご報告しましょう」

 ポップコーンのバケツをクロキに渡し、メカヘッドは両手をもみ合わせた。

「まず、回収されたサイバネ義体の脳髄は、全てダメになってました。組織が内側から崩壊しはじめてましてね、何らかの“自爆装置”みたいなものが仕組まれていたんだろう、ということです。それと……一部、残っていた脳細胞のを鑑定したところ、それぞれの個体の脳髄から、ほぼ同一の遺伝子が見つかったということです。脳髄自体、クローンで作られたものだというのは、ほぼ、ほぼ確定かと」

「くだんのサイバネ傭兵が言った通りってことか。……全く、“ブラフマー”ってのは胸糞の悪いやつらだ」

「まあまあクロキ君。今は、この町を守れたことを喜ぼうじゃないですか。……僕にも、ポップコーンをもらえるかい?」

 ポップコーンの紙バケツが目の前を通り過ぎるのを見ながら、メカヘッドはぽん、と両手を打ち合わせた。

「はい! というわけでお二人とも、そろそろチドリさんのショーが始まりますよ。いやあ、嬉しい! これを見るために、ここまで頑張ってきたんですからねえ!」

 一際華やかな照明が舞台を照らし、前方の客席からは万雷の拍手が沸き起こる。イチジョーもクロキも、小さく肩をすくめて微笑んだ。


 特設ステージの上で、チドリが歌いだす。割れるような拍手で歌姫を迎え入れた観客たちは歌声に魅入られ、引き込まれるように聴き入っていた。
 カガミハラ運動場に設けられた客席の、更に奥。運動場を見下ろす小高い丘の上に作られた小さな公園から、レンジは舞台と客席を見下ろしていた。
背後からは楽しそうな声が聞こえてきた。タチバナとマダラ、そしてアマネが“打ち上げ”と称して酒を酌み交わしているのだ。アオはあきれ顔だが、アマネに付き合って甘酒を傾けている。
 チドリの声が、夜風にのって響く。レンジが手を置く柵の上に、白磁の鳥がちょこんと止まっていた。

「そういえば、歌を聴いて会いに行ったんだっけ、チドリ義姉さんのとこ」

 レンジが話しかけると、ナイチンゲールはぴりり、と鳴き声のような動作音を発して顔を上げた。

「はい。あの方……チドリさんからデータ提供をいただき、私のプログラムがデザインされたということは把握していました。その為でしょうか、彼女の歌を聴き、会いに行く必要がある……と、私は判断しました」

「そうか。……彼女の歌は、どう思う?」

 ナイチンゲールは尋ねられると、首を回転させるようにしてかしげる。

「歌、ですか?」

「うん。何と言うか……感動したのかな、とかさ」

「感動……」

 レンジの質問に、白磁の小鳥は首を反対方向にかしげる。

「データベースから、その言葉の意味は理解できます。ですが……申し訳ありません、私にはその言葉を、自らの思考に当てはめることはできません。適切であるか否か、現在の私には判断が不可能です」

「そうか」

 短く返すと、レンジは再び舞台を見やる。ナイチンゲールはレンジの顔を見上げたまま、ぴりり、と鳴いた。

「ですが彼女の歌は、私にとって必要なものでした。この判断の根拠を提示することは極めて困難ですが……」

「うん」

 ナイチンゲールはちょんちょんと柵の上を跳ね、レンジの腕を伝って肩に飛び乗った。

「いえ、マスター、私は自らの判断が理解できません。私の判断それ自体は、確度の高いものであると私は判断しています。ですが、ですがしかし……」

 ぴりり、ぴりりと動作音を発するナイチンゲールの頭に、レンジはちょんと指を置いた。

「そうだな、俺もなんて言っていいか、うまく言葉にならないけど……ナイチンゲール、お前は、歌を歌いたいか?」

「歌。歌……。私は……」

 ぴりり、ぴりり。言葉は途中で途切れ、ナイチンゲールは首をかしげる。

「いや、いいよ、すぐに答えられなくても」

「申し訳ありません、返すべき言葉が見つかりません。自らを理解できず、質問への回答もままならない……これは、私の模擬人格が、まだ未完成だからなのでしょうか……?」

 レンジはそっと手を伸ばし、ナイチンゲールを自らの掌の上に跳び移らせた。

「いや、きっとそれは、未完成だからなんじゃない。……理解できないこと、答えが出せないことは、無理に決めつけなくていいんだ。色々知って、考えて……自分が納得できる答えを出す。それが"ヒトのココロ"にとって大事なことだって、俺は思うから」

「マスター……」

 ナイチンゲールがピンク色のセンサーアイを輝かせてレンジを見上げた時、後ろからどっと大きな声があがった。そして、タチバナの笑い声。

「はっはっは! 巡回判事殿、なかなかやりますな!」

「なにをいってるんですかタチバナほあんかん! やってやるっていってるんですよわたしは!」

 すっかり酔いが回っている様子の陽気な声で、アマネが叫ぶ。

「もっと……もっとねえ、やってやるんですよ! まだわたしには、こまっているひとのためにできることが……ねぇ……!」

 何を言っているのか、とりとめもない言葉を叫びながらアマネが拳を振り回す。不幸にも殴りつけられたマダラがうずくまっていた。悪酔いしていたこともあり、顔からすっかり血の気が引いている。

「うぷ……気持ち悪くなってきた、吐きそう……」

「ああ、もう、兄さん……アマネさんも!」

 割って入ったアオが、慌ててアマネを羽交い絞めにした。酔っ払った巡回判事はすっかり出来上がり、捕まった姿勢のまま両手両足を振り回している。

「なによう、あおちゃん! わたしはねえ、こんなもんじゃないんだから……!」

「アマネさん、落ち着いて……レンジさん、助けてください!」

 ナカツガワの面々が晒す醜態を見て、レンジは深くため息をつく。

「やれやれ……」

「内蔵の水鉄砲を使いますか?」

 ナイチンゲールのクチバシが開くと、口の中からぴゅーっと水が噴き出した。

「そんな機能がついてるのか……まあいいや、アマネの顔に水をぶちまけて、目を覚まさせてやるか。行くぞ」

「はい!」

 レンジの呼びかけにナイチンゲールは明るい声で返すのだった。

("アウトサイド ヒーローズ" 第1シーズン、完)


 薄暗い会議室の中央に、全身をサイバネ義体化した傭兵が立っている。ヘルメット状になった頭部装甲の、“X”と”Y”を組み合わせたようなバイザーが赤い光を発した。

「……報告は以上だ。他に疑問点は?」

 サイバネ傭兵は周囲を見回す。傭兵を取り囲んでいたスーツや白衣をまとう人々は一様に、むっつりとした表情を傭兵に向けたまま黙り込んでいた。

「……ふん、無いなら、いい」

 傭兵は冷淡な声で言い、ポケットに入れていた携帯端末を取り出して正面の男に突き出した。

「というわけで、作戦の報酬を支払ってもらおう」

 スーツ姿の男が手にした機械をかざすと、端末機は軽い調子の動作音を発した。傭兵は端末機を引き寄せて画面を操作する。電子通貨の入金が完了したことを確かめると、指先で"XYS"と署名欄にサインを書き込んだ。

「ふむ……よし、まいどあり。今後ともごひいきに」

 棘のある口調で言い放った傭兵が出口に向かうと、背後から不満そうな、低いつぶやきがあふれ出す。

「イクシス……」

「くそ、お高く留まりやがって……」

「ふん」

 サイバネ傭兵は小さく声を漏らすと、振り返らずに部屋を出た。
 廊下は長く、青白い照明灯がうっすらと照らしている。全身義体に身を包んだ傭兵……イクシスは金属製の義足を鋭く踏み鳴らしながら、まっすぐ廊下を歩き去っていった。


「ああ! やれやれ……」

 水槽が並ぶ研究室に入るなり、疲れ顔をした白衣の男が首を大きく回す。機材を睨んでいた同僚が振り返った。

「おう、おかえり。どうだった、報告会は?」

「どうもこうもないよ、あの傭兵……イクシスっていったっけ。うちのクローン兵たちを簡単に使い潰して、どの面さげて報告に来やがったんだ! 本部からの指示通りにやった、とは言うがなぁ……」

 話を聞いていた同僚は首をすくめる。

「まあ、それは仕方ないよ。ああいう連中はメンツ商売だからな、商売相手にもケンカ腰で張り合うもんさ。クローン兵だって、まだ試作段階だろ? せいぜい今回のデータを使って、次はもっといい製品をつくってみせるさ」

「まあ、そう考えるしかないわな……」

「そんなもんさ、ただのサラリーマンが意地を張れるのは。……それより、今日のデータ分析と報告書、お前さんが出てる間にまとめといたよ」

「ああ、ありがとう! 助かったよ」

「実験体の培養槽も安定してるし、今日はこれで店じまいだな」

 男たちは作業テーブルに置いていた端末機を閉じ、荷物をまとめ始めた。

「うん、お疲れさん。……おおい!」

 白衣の男が呼びかけると、部屋の隅で掃除をしていた作業員が顔を上げる。

「へい、何でしょう? ……おっと!」

 持っていたモップを取り落とすと、乾いた音が研究室に響いた。

「すいません、うまく力が入らなくて……」

 作業員はぎこちなく左手を動かし、モップを拾い上げる。彼の左手は、旧式のサイバネ義腕に換装されていた。

「そろそろ、新しい腕に交換した方がいいんじゃないか? ……それはそうとして今日はそろそろ、この研究室を閉めるよ。掃除も、後は適当でいいから、戸締りを済ませてくれたらいい」

「テーブルの上の資料だけは動かさないでくれよ。……そんじゃ、おつかれさん」

「うーっす、おつかれさんでーす……」

 白衣の研究者たちが退室していくのを見送ると、一人残された作業員は部屋の中央に置かれた“培養槽”を見上げた。

「ここの稼ぎだけで、腕を買い替えられるかよ、まったく……」

 小声で独りごちていると、作業着の尻ポケットがぶるぶると震える。男はポケットから携帯端末を取り出すと、通話回線を開いた。

「はい、こちら“ヘイズ”。……ええ、お疲れさんです、うまくいったそうで。……ええ、なんとなくですけどね、こっちでも噂になってますよ。え、報酬? いやいやいや、そんな……ありがとうございます、助かりますよ。ええ、口座はこれまで通りに。はい、今後ともごひいきに……」

 “ヘイズ”と名乗った作業員は小声でのやりとりを済ませると端末機をしまい込む。

「ふう、とりあえず、今回は何とかなったがなあ。さて、これからどうなるか……」

 再び“培養槽”を見上げる。液体で満たされた巨大な直方体の水槽には、丸みを帯びた塊が浮かんでいた。
 白衣の男たちが研究していた”実験体”……それは、一体のミュータントだった。

 下半身を巨大な肉塊に包まれたミュータントの少女が眠るように、両目を閉じて浮かんでいるのだった。

(“アウトサイド ヒーローズ” 第二部へと続く……)

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