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アウトサイド ヒーローズ:エピソード5-08

ウェイク オブ フォーゴトン カイジュウ

 アマネの言葉に漁師たちは騒然となった。「やっぱりグルなんじゃないか!」「調査と言って、何を企んでいる……!」「ミュータントは出ていけ!」……一層激しい罵倒が飛ぶ。

「皆さん、僕から説明します! ……メカヘッド刑事も皆さんも、後のことはお任せください……!」

 オノデラ保安官の言葉を受け、メカヘッドとマダラはバンに乗り込んだ。バイクから降りた雷電がさっさと荷物を積み込むと、マダラの運転でバンが走り去る。レンジもオノデラ保安官に頭を下げ、バイクを走らせて後を追いかけた。


 グレート・ビワ・ベイ隔壁内側に取り込まれたヒエイ・ウッズ。かつては聖地とされた霊山も、地殻変動により海岸の森と化していた。 

 アマネの案内により、バンとバイクは森の中に微かに走る獣道をたどっていた。

「……なあ、これで合ってるの?」

 ハンドルを握るマダラは目の前の獣道を睨みながら、助手席に座るアマネに尋ねる。

「うん、合ってる……はず。他に道もないはずだしね」

 アマネはコウゾウから受け取った地図をひっくり返したり、回転させたりしながら道を調べている。

「道ってさあ……これ道か……?」

「うん……多分……?」

 黒い大型バイクがバンの隣に並ぶ。雷電が手を振ると、バンとバイクが並んで停まった。

「俺が行って、見てくるよ。貸してみな」

 地図を受け取った雷電が、道の先に走っていく。

「なあ……マダラ君」

 後ろの席からメカヘッドが顔を出した。

「何です、メカヘッド先輩?」

「大丈夫かい? さっきは、乱暴に誤魔化してしまったが……」

 隣の席のアマネが「ねえねえ、何があったの?」と騒ぎ出すと、後ろの席から「黙ってな」とメカヘッドが手を伸ばす。

「むぎゃ!」

 若い巡回判事は頭を押さえられ、不満そうに口を尖らせながらも黙りこんだ。


ーー変なところでナイーブというか、気にする人だよなあ。


 などと思いながら、マダラは口の端を緩めてくすりと笑う。

「俺は大丈夫です。ここまで言われたのは初めてですけど……レンジから、他の町でのミュータントの扱いは聞いたことがあるから。……それより、アオを連れて来なくて良かったですよ」

「まあ、そうだな……。マダラ君はともかく、優しいアオさんの心を痛めるのは忍びない」

「おい……まあいいけど」

 不満そうなマダラの横で、アマネはメカヘッドの手を払いのけた。

「話をちょっと聞いてただけなんですけど、この町は何で、ミュータントの扱いがこんなに悪いんですか?」

 メカヘッドはすぐに答えず、にゅう、と機械頭を後部座席から出した。

「……“怪獣”について、ミュータントの町では何て言ってました?」

「『“怪獣”が何者か、どうすればいいか……詳しい者が説明する』と。ただ、『最も詳しい者でも事態が把握しきれていないので、私たちも困っている。旧文明の技術に詳しい技師がそちらにいると聞いて、是非話を聞かせてもらいたい』って。それで私が……マギセイラーから頼まれて皆を迎えにきた、ってわけです」

「なるほど……マギセイラー? 魔法少女か……? いずれにせよミュータント側の事情はわかりました」

 メカヘッドの頭が後部座席に引っ込む。

「ちょっと、高岩巡査曹長! 私の質問に答えてないじゃないですか!」

 今度はアマネが後部座席に顔を出す。

「まぁまぁアマネ、俺たちだって隠れ里のことはついさっき知ったところなんだからさ……」

「俺は知ってたよ。オノデラ保安官から聞いていたからな」

 アマネをなだめようとするマダラの言葉を台無しにして、メカヘッドが答えた。

「はあ?」

「どういうことだよ、聞いてないよ!」

「そりゃマダラ君、言ってなかったからね。……まずは怪獣の問題を何とかしなきゃいけなかったし、保安官としてはミュータントもオーツの人々も、徒に悪く言いたくなかったのさ」

 背もたれから身を乗り出して後ろの席を見る二人に、メカヘッドは説明を始めた。

「俺自身も聞きかじっただけだが、“隠れ里”の話をしよう……」


ーーオーツ・ポート・サイトは完成した当初から、非常に安定した町だった。汚染の極めて少ない海、海岸線に沿って建てられた隔壁。港を使う各方面の防衛軍による警備……。

 安定した町、豊かな港。唯一町を脅かす凶暴な海からのモンスターは、町の住民皆が団結して戦うことで乗り越えた。そして更に人々を結びつけることになった。時に正体不明の“怪獣”に脅かされることもあったが、すぐに消え去る突発的な嵐のようなものだった。

 浸入する外敵はいない。しかし、壁で守られた領域は内部の異分子を浮き彫りにした。そう……ミュータントだ。

 町の住民たちはミュータントの移民を拒絶した。だが、ミュータントは非ミュータントからも産まれてくるものだ。何故か、ミュータントが非ミュータントを産むことは少ないんだがね……


「ちょっと待って、メカヘッド先輩、オーツの町にミュータントはいませんでしたよ?」

 自分の席について、背もたれに体を預けながらマダラが口を挟んだ。

「そう。住民はミュータントを排除する。彼らが行き着く先が、ミュータントの隠れ里だ」

 アマネは更に身を乗り出す。

「そんなの、ひどいじゃないですか! 保安官は何をやってるんですか?」

「ミュータントたちをこっそりと隠れ里に引き渡すのは、保安官達が代々、引き受けていた仕事だ」

「ええ……? そんな……」

 メカヘッドのセンサーライトが、アマネの顔を捉えて緑色に光る。

「巡回判事殿、何か?」

「何か……ってそんな、もう少し、何かできることが……」

 ライトの光が、咎めるように点滅する。

「確かに、ミュータントと非ミュータントが共存できる手立てが、何かあったかもしれません。しかし、この地の人々はそれを探そうとはしなかった……保安官ひとりにその責を負わせてよいものでしょうか?」

「う……それは……」

 威勢のよかったアマネが言葉に詰まり、助手席にへたりこんだ。入れ替わりに再びメカヘッドが顔を出す。

「もちろん、別れて暮らそうって言っても漁場は同じだ。だからミュータントたちとオーツの漁師たちは度々出くわしてトラブルを起こしているんですよ。……実はオノデラ保安官から、ミュータントの問題についても相談を受けてるんです。……でも、そう簡単にいくことじゃないでしょう?」

「それは、そうですけど……」

 アマネが答えに困っていると、説明を聞きながら前方を見ていたマダラが声をあげる。

「レンジが戻ってきた!」

 鈍い銀色のヒーロースーツを着た男が、バイクを押しながらひらひらと手を振っているのだった。


 レンジが見つけたという黒いトンネルをくぐり、青白い照明に照らされるまま長い坂道を下ると、バンとバイクは海中に沈むカプセル状の町に行き着いた。車から降りたメカヘッドが物珍しそうに辺りを見回す。

「なんだこりゃあ……旧文明の遺跡をそのまま使ってるのか?」

「巡査曹長は、保安官から聞いてたのでは?

「いや……町の様子とかは全然ですよ。オノデラ保安官も入り口までで、実際に来たことはないそうですから」

 二人はのんきな観光客のような話をしているが、マダラは全身を固めていた。

「ここ……海の中にあるんだ……! 壁の外に海、海が……!」

「えっ、マダラ、海ダメなの? よくボートに乗れたね……!」

 うつむき気味で黙り込むマダラの代わりに、メカヘッドが答えた。

「まあ、何かに集中できれば忘れるみたいなんですけどね。マダラ君のためにも、次の説明を……おや?」

 ナカツガワの子どもたちとアオが、入り口ゲートの前にやって来た。

「雷電だ! 雷電が来てくれた!」

「やった! 雷電が来た!」

「おーい、マダラ兄!」

「あれ、アマネ姉ちゃん、マギセイラーは?」

 子どもたちは若者を取り囲んで声を上げる。少し遅れて、アオもやって来た。

「レンジさん! メカヘッドさんに、アマネさんも!」

 マダラが目を細めながら顔を上げる。周りの景色をなるべく見ないように……というつもりらしい。

「妹さん? 俺もいるんですけど?」

「はい、兄さんも水の中まで御苦労様です」

 やり取りを聞きながら、メカヘッドが雷電にささやいた。

「アオさん、マダラ君にだけ当りがやたらキツくないか?」

「甘えてるんじゃないですかね、多分……」

「はあ……あれがなあ……」

 マギセイラーの行方を問いただされたアマネは、慌てて周囲を見回した。

「そんなことより、この町の人達は? 迎えに来てくれるんじゃない? ……そうマギセイラーから聞いてるんだけど」

「町を案内してもらいながら一緒にここまで来たんですけど、子どもたちが先に走っていってしまって……あっ、ほら、あそこです!」

 アオが手でさした先から、ミュータントが数人歩いてくるのが見えた。


 オゴト・ヘイヴンのミュータント達に案内され、レンジ一行は円形の建物に通された。子どもたちは町の子どもに誘われ、一緒に遊びにいくということだ。

「文明崩壊前、この町は全体が温泉レジャー施設だったそうです。この建物も遊技場だったようですが、今では町役場として使っています」

 そう言いながらミツが案内したのは、会議室として使われているであろう小部屋だった。外の景色が見えなくなってマダラはほっとため息を漏らす。部屋の中にはプロジェクターと音声通話装置が置かれていた。

「……問題を起こしている“怪獣”のことですが、詳しく知っている子がこちらに来ることができないので、映像通話でやらせてもらいますね」

 ミツが説明しながら、プロジェクターのスイッチを入れる部屋の壁に青い四角形が映し出された。

「これは……海の中?」

 慌ててミツが画面に声をかける。

「おーい、ハゴロモちゃん! 始まってるよ、中継!」

「『……えっ? ……ああっ! ごめんなさいっ!』」

 画面の端から、多眼の少女が顔を出した。

「『お待たせしてごめんなさい! 見えてますよね……?』」

「見えてる、見えてる。そっちはどうだい?」

 ハゴロモは顔の前で両手を合わせた。

「『はい! 皆さんのお顔が見えてます!』」

「それは良かった。それじゃ、お客さんがたに説明をお願いできるかい?」

 画面の向こうでハゴロモが頷く。

「『はい! 私もよくわかっていないところがたくさんあって、うまく説明できないと思いますが、お許しください』」

 椅子に腰かけたマダラは、目を見開いている。

「可憐だ……!」

 隣の席のレンジが、のぼせ上がったカエル男の脇腹をひじで突いた。

「おい、頼むからちゃんと話を聞いといてくれよ!」

「こんな可愛い娘の話を、一言でも聞き漏らすわけないだろ!」

「それならいいけど……」

 食い入るように画面を見るマダラに、レンジはため息をついた。ハゴロモは画面の中で「ふふっ」と小さく笑い、話し始めた。

「『それでは皆さんに、私達の町や地上の町、そしてビワ・ベイ一帯を荒らしている“メカ・リヴァイアサン”について、私が知っている限りのことを説明しますね……』」

(続)

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