ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい

『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』という映画を観た。これまで出会った映画の中で、最も大切な作品になったかもしれない。

監督は「これまでスクリーンで描かれなかったような人達に焦点を当てた映画を撮りたい」という思いから、この映画を撮ったそうだ。その心意気の通り、この作品はこれまで映画ではあまり描かれてこなかった、“優しすぎる故に、傷つきやすい人達”に焦点を当てて描いている。

私がこの映画を自分にとって大切だと感じた理由は、2つある。一つ目が、繊細な人達やセクシャルマイノリティ、女性達の生きにくさへの解像度の高さ。二つ目は、描かれる“やさしさ”の多様さである。

まず一つ目について。この映画の主人公である七森は、恋愛がわからない。劇中でセクシュアリティは明言されていないが、恐らくアロマンティックだ。

同じくアロマンティックである自分にとって、“これは自分の物語だ”と感じられる場面がいくつかあった。例えば、白城に「付き合ってみない?」と提案する場面。自分も“恋愛”に参加してみたいという思いから、仲が良くて、恋人同士のような行動を取れそうな人と“付き合う”ということをやってみたくなる気持ち。とーってもわかる。

七森は、自分から“付き合う”ことを提案したのにも関わらず、白城から「私の事好きなの?」と聞かれて答えられない。それでも、誰かと恋人という名の関係になれたことに、喜んでしまう。

私も似たような経験がある。誰かと恋人という名の関係に一度だけなった時、ビンゴのマスを一つ開けたような、大人への階段を一段上がったような達成感と安心感を感じた。“付き合う”という経験のマスを開けた所で、恋愛がわかるようになる訳ではないのに。

他にも、心に残った場面がいくつかある。例えば、女性と付き合っている女性が、「彼氏とかいるの?」と聞かれて「彼女がいる」と答えると、途端に腫れ物を触るように扱われ、自分として見て貰えなくなる、ということをぬいぐるみに吐き出していた場面。

同級生に性経験がないことをからかわれた七森がその場から逃げ出し、「嫌なことを言うやつは、嫌なやつであってくれ」と呟く場面。

麦戸が「夜道を歩くのに、怖がらなきゃいけないって、つらいね。」とぬいぐるみに語りかける場面。

全部、身に覚えがある。傷つきながらも、仕方ないか、とその傷に気付かないようにしていた。そんな傷を温かく包んで、傷の存在を肯定してくれたような気がした。それが、この映画を大切だと感じる一つ目の理由だ。

この映画が自分にとって大切だと感じた理由の二つ目。描かれる“やさしさ”の多様さについて。これは、白城という存在がキーマンとなっていたと感じる。

私は最初、白城を好きになれなかった。白城の中に自分を見てしまったから。

白城は、未熟すぎる社会に潰されてしまいそうな人や、そんな社会をどうにか変えようと声を上げてる人を見つめながら、そんな人達の優しさに救われながら、社会に順応しようとしている。そしていつの間にか“嫌な人”の色に染まっていることに、気付けずにいることがある。気付いていても、その色のままで居てしまうこともある。そんな人物に感じた。

私も、クィアな人達のコミュニティの居心地の良さに時折助けられながらも、日常では白城のように自分を守りながら生きている。自分の生きている環境ではシスヘテロに見える男性がマジョリティだ。そんなコミュニティに溶け込みながら、自分も加害性を纏ってしまうことがある。クィアな人々が生きやすい社会にするために矢面に立って戦ってくれる人がいる中で、罪悪感を感じることも多い。

でも、この映画において、白城のその生き方は“やさしさ”として描かれていた。七森や麦戸のような、自らの加害性に自覚的であり、共感という行為に敏感である目に見えやすい“やさしさ”とは違うベクトルであるにも関わらず。

そんな描き方をしてくれたこの映画のおかげで、白城のような生き方を肯定したくなった。落ち込みたい時に、落ち込むことを肯定してくれるぬいサーのようなやさしい場所は、必要だ。でも、この社会はそんなやさしい場所ばかりでは無い。

白城のやさしさは、繊細な彼らが生きやすくなりますように…という願いの込もったやさしさであり、最も長期的に、そして本質的に彼らを救うようなやさしさなのかもしれない。繊細な彼ら側が変わらなきゃいけない社会、なんやねんとは思うが。そうは言っても、社会はそう簡単にガラリと変わってくれないから。

私は七森や麦戸のような敏感さを忘れずにいながら、白城のような強いやさしさを持って生きたいと思う。悲しいことに、上手く順応して生きている人の方が、社会を変える為の力は得やすい。だから私は、白城のように現実社会で生き抜く術を身につけながら、時折七森や麦戸のように対話を大切にし、自らの加害性も鑑みながら生きていきたい。そして私は私の場所で、 七森や麦戸のようなやさしい人達が、彼ららしさを失わずに生きてけるような社会作りに少しでも貢献したい。

そんな決意を抱かせてくれる映画だった。

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