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【エッセイ】カバオは天丼が食べたい

アニメ「それいけ!アンパンマン」の製作者に物申す。
毎回、活躍するのがアンパンマンを始め、メロンパンナやカレーパンマン、食パンマンといったパン系のキャラクターなのは何故だ。米系キャラクターの存在はどこへ行った? パンより米派の私としては、あのアニメが、米へのアンチテーゼにしか思えない。

私は天丼が好きである。
なのに、原作者「やなせたかし」は天丼マンをほとんど活躍させない! ただ
「てんてんどんどん、てんどんどん」
 と一人、愉快に踊り、ときには、
「ふっくら衣の揚げたてエビ天 おつゆの染みたご飯がおつザンス」
と自分を自慢し歩き回るだけの、お調子者キャラに彼は仕立てられている。ねえ、どうして?
アンパンのアンパンチより、彼の頭突きの方が、本当は絶大なダメージを与えられるというのに…。
それに、私がカバオだったなら。
アンパンマンではなく、天丼マンに是非とも助けていただきたい。助けていただいた後、安心しきった身体で、天丼を喰らいたい。
 絶対、カバオはアンパンにも飽きている。カバオは天丼が食べたいんだ!
私がこれから、彼の心情を代弁します。

 私、カバオは今、バイキンマンに誘拐され、森の奥へと一人取り残されている。あたりは薄暗くなり、生憎、強い雨が降っている。
日が完全に落ちる前に、早くここから出なければならない。
 そう思うが、帰る道も分からず、お腹が空いて歩く力が出ない。恐怖と寒さで身体が震え、絶望に打ちひしがれながら、どうにかして助かる方法はないかを考えるが、何も思い浮かばない。きっと、ここで死ぬのだろう…。
そんな最悪な事態がよぎったとき、何処からか聴こえてきた声。
「あ、てん…。どん…てんてん…。てんどんどん…」
これは!
私は思わず、あたりを見渡す。
鬱蒼とした木々の奥から、天丼マンらしき人影、いや丼影…が、チラリと見えた。
 私は一筋の光が差し込むような、希望を感じる。彼は私を助けてくれるはずだ。残りの力を振り絞り、精一杯声を出す。
「天丼マーン!助けてくれ!」
「OK。てんてんドンドン」
天丼マンが私に気付き、さっきよりも速いテンポで歌い始めた。それに合わせながら、左右に身体を揺らし、こちらに向かってくる。
彼は私を助けようとしてくれているんだ!ああ、天丼様よ、ありがとう…。

安堵した私は、天丼の味を連想する。ふっくらとしたお米に揚げたての海老天。うん、悪くない。身体中がまるでそれを求めている。口の中の唾液が止まらない。ああ、この空腹に、それはさぞかし美味しいだろう。
早く食べたい。
そう思った時だった。
「カバオ君! 助けに来たよ。僕の顔をお食べ!」
私のさっきの叫び声を聞きつけたのか、アンパンマンが雨雲を押しのけ、まるでロケットのような速さで、向かってきた。
…出た。アンパン小僧。
私は不覚にもそう思う。
今、私の身体中が、天丼を欲しているんだ。アンパンなんか、求めちゃいないのだ。それに、元々私はパンより米派のカバなのだ。
しかし、助けに来てくれた手前、とてもそんなことは言えない。だが、この極限の空腹を、アンパンで埋められるのは残念すぎる。
私は、どうにかそれを食べない方法はないかと、頭を巡らせた。
どうしよう。
「実は私、あんこが苦手デ」
と嘘でもつく? これまで散々食ってきたのに?
「もうすぐ天丼マンも来てくれるんすヨ」
とやんわり断りを入れる? でも、主役であるアンパンマンの逆鱗に触れちゃう?
私が考えている間に、アンパンは着陸してしまった。アンパンは一寸の曇りもなく、私を心配しているようだった。私は多少の罪悪感を抱いた。だが、やはり食べたくない。アンパンは、ウサコにでも押し付けておけば良いのだ。
 しかしまあ、彼は、私のそんな心情も知らず、何の躊躇いも無しに、己の顔を引きちぎった。

…うわあ、やられた。こうなれば仕方がない。食べる。食べよう。ここまでさせておきながら、断るのは駄目だ。一応、それくらいの良心は私にもある。それに、万が一のことだ。今後何かあった時のためにも、アンパンは味方につけておいた方が良い。私はたった一匹のバイ菌にやられる、弱いカバなのだから諦め…。
 ん?
待てよ。まだ諦めるのは早いぞ。極限の空腹で、天丼にありつける方法! これだ!
初めに、アンパンを素直に受け取る。
次に、一口だけ食べる。その時、できるだけ小さく齧ること。それから、できるだけ細かく咀嚼すること。そうやって、天丼が辿り着くまで粘るのだ。
次に、天丼が来たら、「腹が減りすぎているから、申し訳ないがどちらも頂きたい」と両者に説明をしよう。そして、先に天丼を喰らえばいい。そうすれば私はこの空腹の中で、天丼の味を堪能することができるだろう。
きっと、アンパンマンにはちっとも目を向けなくなるだろう。それで、彼の機嫌が悪くなったとしても問題ない。
「アンパンはデザートでいただきますワ」
「楽しみは最後にとっておく派なんデ」
と伝えれば良いのだ。

私は決心し、アンパンを一口齧った。
「口の中に優しい餡子の味が広がり、その美味しさのあまりに、涙が込み上げた」
と言いたいところだが、やはり、アンパンには、ただうんざりだった。空腹であっても、身体がまるでそれを求めていない。
 つまり、私は計画を続行するしかなかった。一口のアンパンで、何十回、何百回もの咀嚼をし、天丼を待ち遠しく思った。
しかし、いくら待てども天丼は来ない。
「て……ど…ん…」
寧ろ、彼の声は遠ざかっていくのである。
…そうだ。天丼マンは察しの良い男だった。
彼はアンパンの気配を感じ取ったのだ。「ああ、カバオは今回もアンパンマンに助けられたのだな」と思い、途中で引き返してしまったのだろう。
 私の視界が暗くなる。
ああ、天丼マンよ。行かないでおくれ。私が求めているのはいつだってお前なのだ…。
私は、アンパンをまた一口かじる。ああ、モサモサとしている。甘ったるい。うんざりだ。
誰か、誰か、私カバオに天丼を…。

こんなところではないだろうか。
アンパンしか食べられないカバオが、私には不憫でならない。
アンパンマンのアニメに携わっている方々は、早急にカバオに天丼を食べさせてあげて。そして、味噌汁マンと漬物マンというキャラクターも、新たに加えてください。よろしくお願い致します。

ちなみに、米派キャラクターの中で、丼物は天丼マンの他に、二人、いや、二丼いる。
「丼トリオ」と言われているらしい。
メンバーは天丼マンに、カツ丼マンと釜飯どん。これが、揃いも揃って、なかなか強烈なのだ。公式サイトの紹介文を引用させていただく。
カツ丼マン。
「自分が一番ハイカラでかっこいいと思っている。自分のことを"ミー"と言う」
釜飯どん。
「おっちょこちょいで正直者。自分の釜飯が一番おいしいと思っている」

ああ。その自己肯定力と能天気さ。羨ましい、羨ましい。



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