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さえずり(短編集)第4話

見える言葉(童話)

 そいつはボクのことを見てわらった。
 花粉症がひどくて、ゴーグルみたいなメガネをしてたからかな。ボクが目がかゆいって言ったら、お父さんが買ってくれたんだ。フチが青くて目のまわりをぐるっと囲むかっこいいメガネだ。
 
 その日は小学校でもいっぱいいじられて、ちょっとへこんでた帰りみちだった。花粉症なんて、だれでもなるのにさ。いつもはメガネしてないから、めずらしかったのもあるんだと思う。
 先生がちゅういしてくれて、みんな「ごめんね」って言ってくれたけど、ボクはちょっときずついていた。

 公園のそばを通ると、ボクと同じ3年生くらいの男の子が、ブランコに乗っているのが見えた。ときどき、近所で見かける子だ。家が近いのかな。大きな目がネコみたいで、ちょっと気がつよそうなかんじ。
 その子はボクを見て、きゅうに立ち上がった。そして、タタッと走って近づいてくる。いつもは遠くから目が合うだけだったのに、どうしたんだろう。

 ボクのメガネをじっと見て、笑顔になる。ボクを指さしてから、じぶんの両手の指をまるくして、目に当ててパンダみたいにしたあと、顔の前で右の手のひらをヒラッとさせる。
 なんだろう。バカにしてるのかな。ボクはむっとして、その子の顔をにらんだ。

「なんだよ、そんなにこのメガネがおかしいの!?」

 ボクが怒った声を出しても、その子はボクのことをじっと見ているだけだ。大きな目がいっぱいに開いて、ビックリしたネコみたい。

「あ……」

 ちょっと遅れて、その子が両手をあげて何か言おうとしたけど、ボクはムシして走りだした。

「ただいま」

 家にもどると、パートから帰ったばかりのお母さんがいた。ボクは手を洗ってウガイをして、服をきがえてから、リビングに行った。
 しゅくだいをしてから、オヤツのドーナツを食べながら、お母さんに今日のできごとを話す。

「でさ、学校の帰りにもバカにされたんだよ」
「あら、誰に?」
「近所の子。ボクと同じくらいかな。ちがう学校の子だと思う。目がおっきくてネコみたいなやつ。なんか、指さしてパンダのマネしてた」
「ああ……サトルくんね」
「お母さん、知ってるの?」
「うん。サトルくんのお母さんとお仕事がいっしょなの」

 お母さんは、指についたドーナツのサトウをウェットティッシュで拭いて、きゅうにマジメなかおになった。

「あのね。テツ、よく聞いてね」
「なあに?」
「サトルくんは、耳が聞こえないの。だから、そういう子たちが行く学校に通ってるの」
「えっ」
「だから、多分、テツに手話で話しかけたんだと思う」
「しゅわ?」
「耳が聞こえない人や、声が出ない人が使う『目に見える言葉』よ」

 ボクはむねがドキドキした。じゃあ、サトルくんは、あの時なんて言ったんだろう。なにか言おうとしてたのに、ボクは怒ってちゃんと聞かなかった。

「あのね、お母さん。サトルくん、パンダのマネしたあと、こうやって、手をヒラッとさせてたんだ」

 ボクはサトルくんの動きを思い出しながら、前にむけた手のひらを、ヒラッとうら返して、自分の顔に近づけた。それを見たお母さんは、こまったようにわらう。

「お母さんにもわからない。いっしょに調べてみようか」
「うん」

 ボクはお母さんといっしょに、インターネットで手話を調べてみた。動きだけでけんさくしたから、たいへんだったけど、夜に帰ってきたお父さんも手伝ってくれて、ようやくサトルくんの言葉がわかった。
 あれはバカにしたんじゃなかったんだ。ボクははんせいして、サトルくんにテガミを書いた。
 それからずっとテガミを持ち歩いている。お母さんにたのんでわたしてもらって良かったけど、サトルくんに会ったら、自分でちゃんとわたしてあやまりたかったんだ。
 

 それから少しして、花粉症のメガネをはずせるようになったころ、また公園でサトルくんを見かけた。
 サッカーをして遊んでいる子たちを、ブランコに乗ってぼーっと見ている。サッカーしてる子たちは、ボクの学校の友だちだったから、ボクを見て大きな声で呼んだ。

「テツー!いっしょにサッカーやろうぜー!」
「うん、ちょっとまってて!」

 ボクは、友だちとはぎゃくのほうにいるサトルくんに近づいた。大《おお》きな目がボクを見て、またビックリしたネコみたいになっている。
 ボクはサトルくんの前に立って、その目を見つめた。人さし指と中指をニンジャみたいに立ててオデコに当て、すぐに両手の人さし指どうしをオジギさせる。

「こんにちは」

 あれから、手話を少し、べんきょうしたんだ。

「この前は、えーと、ごめんね」

 この前、が分からなかったから、親指と人さし指でまゆ毛間をつまむようにしたあと、シュッと片手をチョップみたいに振りおろす。「ごめんね」って手話だ。
 サトルくんは、ボクの顔、いや、口をじっと見ている。返事が遅れたのは、口の動きを見てたんだって、お母さんが教えてくれた。
 そして、ボクの手話を見て、パッと笑顔になった。ブンブンと首を横にふって、二ッとわらう。ボクはポケットからテガミを出した。

「これ、テガミ。読んで」

 サトルくんによく見えるように、口を大きく開けて言いながらわたした。手話もセツメイもうまくできないし、テガミだって「見える言葉」だと思《おも》う。

「ごめんね」と「ありがとう」を。あと、キミと友だちになりたいってこと。
 サトルくんは、目をキラキラさせて、うれしそうにうなずきながら読んでいる。

「テツー!まだ~?」

 むこうで友だちがボクを呼んだ。ボクはサトルくんの肩を軽くたたいて顔をのぞきこんだ。

「いっしょに、あそぼう」

 ボクの言葉がわかったのか、大きな目がまた、まんまるになる。ボクは、元気にうなずいたサトルくんの手をとって、なかまの所へ走って行った。
 ボクたちは、しんゆうになれる気がする。これからサトルくんの言葉も少しずつおぼえていこう。

 あの日、サトルくんは、「キミのメガネ、かっこいいね」って言《い》ってくれたんだよ。

おわり

◇◆◇

【参照】

新星出版社
「ひと目でわかる 実用手話辞典」

第5話 https://note.com/namacochan55/n/n7e85581c8693?sub_rt=share_pw

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