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夏、オンボロ長屋の北極。

今日は久し振りに、2階の自室にも1階のリビングにもクーラーを入れない一日だった。

昨日から断続的に雨が降り続く奈良は、長らく続いていた猛暑日・真夏日が嘘のように涼しい。いや、涼しいとは言い過ぎかも知れないけれど、窓を開けなくても汗ばむことがないくらいには過ごしやすかった。
いつもなら締め切っているリビングの引き戸は開け放たれ、父母の声やテレビの音が2階廊下までよく聞こえる。まるで夏が終わったかのような錯覚をした。夏の間、日中にクーラーを入れないことはほぼないから、戸が開け放たれるイコール夏の終わりなのだ。


そんな我が家だけれども、かつて33年ほど前まで私が暮らしていたオンボロ長屋では、クーラーのある部屋はひとつだけだった。
それは、3世帯同居家族のうち子と孫世帯が使う、2階の6畳間。父母・私・弟の4人が布団を並べて寝る寝室であり、私が友人を招いて遊ぶ部屋であり、もっと幼かった頃には弟とプラレールを広げて遊ぶ部屋だった。
クーラーを入れるのが許されるのは、主に夜。
家に風呂がなく近所の銭湯に通っていたのだけれど、その風呂上がりに帰宅した後、父がおもむろに言うのだ。
「…入れよか?」
ニヤリと笑いながら。

クーラーを入れた後の部屋は、まるで天国のようだった。
窓を半分潰すようにして設置されたクーラーは、いま思えばさほど大した機能ではなかっただろう。けれど、夏の湿った空気の中を帰宅し、湯上がりの髪がまだベタつく身に、サラリと冷えた空気を送り出してくれる神のような存在だった。
「北極や~!」
そう叫んで、私と弟は畳の上を転がった。布団を敷いて、また転がった。そして母に怒られた。


あの頃の我が家は、基本的に扇風機だけで充分に涼を取れていた。
だからこそ、クーラーは特別で、父がいる時にしか使わなかった。
今も、夏が来て最初にクーラーを入れた時、冷えた空気の匂いに、オンボロ長屋の北極を思い出す。
明日、蒸し暑さが戻って2日振りにクーラーを入れたなら、少しその感覚が蘇るかも知れない。

【2024.02.01 追記】
みんなのギャラリーからイラストをお借りしました。

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