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横顔は、はじめてだったかもしれない。

「また、前後だね」

移動を終えた机に座って振り向きながら、秘め事を共有するかのような微笑みで小声をかけてきた。

学期ごとの席替えは、学級委員長の彼女と副委員長の私が作るくじ引きで行われていた。正月明けの冷たいからっ風が頬を打つ3学期。委員長と副委員長はまるで仕組んだかのように3学期連続で、前後に並ぶ配置になった。

「お前ら、デキてんだろ(笑)」

悪童どものヤジは想定内だ。痛くも痒くもない。だって、デキてないんだから。

(ルルルルル・・・)「・・・はい」

受話器を取った声が、どこかおびえているようにも聞こえて、こっちがたじろぐ。かつて学校で聞いていた声とはまるで違う、か細さ。本人だという自信はあったけれど、お母さまである可能性も想定して、丁寧に自分を名乗った。

振り返る距離で話していた学び舎を離れて3年が経っていたこの日、映画に誘おうとしていた。自営の父は買い物へ出かけ、母は仕事、弟は学校からまだ戻っていない。携帯電話など無い世界にあって、プライベートな通信を達成する機会は貴重だ。かける前に綿密なケーススタディを考え、何度も頭の中でシミュレーションをする。しかしそれは、出だしの「たじろぎ」で瓦解していた。

名乗った私の声を聞いて急に、トーンが変わった。それでもまだ弱さを帯びているけれど、確かに覚えのある、しっとりした声色。受話器の向こうも「プライベートな通信」が可能な状況かを確認して、単刀直入に誘った。

席替えを終えた日の夕方、私と委員長は会議室に居残って、クラス便りのプリント製作に勤しんでいた。

「くじ、何か仕掛けを入れたの?」

不意に委員長が訊いてきた。2連続はまあ有り得ても、3連続は確かに不自然か、などと反射的に思いながら、それは全くの偶然だとシンプルに答えた。

「仕掛けようにも、どうやるんだよ(笑)」

「たしかに(笑)また、よろしくね」

「俺のほうこそ」

会話の間(ま)が、確かに抜群に合っていた気がする。対人関係の核として、私が今も大切にしている要素だ。相槌を打つコンマ何秒レベルのタイミングや、語尾の余韻、単語のセンスなど。家族間でさえ必ずしもフィットするわけではないこれらに初めて、快適さを覚えた相手だったかもしれない。

単線の電車に揺られて1時間弱。さらに歩いて20分ほどの映画館。家族以外の人と初めて観た映画は、130分。

そう言えば、前後ではなく隣同士に座ったのは、これが初めてだった。

そのお金で、美味しい珈琲をいただきます。 ありがとうございます。