見出し画像

蝉は鳴き移り、私は毎日を嗜む。

自宅のデスクでノートPCと外付けモニタを起動し、左斜め前にスマホ、右には氷水を入れた水筒。扇風機は風量2で首を振らせ、ブラウザでアメダスと雨雲レーダー、地震モニタ、そしてYoutubeを開き、新千歳空港のライブカメラ映像を垂れ流す。耳には、ノイズキャンセルイヤホン。カーテンは指一本分だけ開けておく。天気と日の傾きを知るために。

離発着が繰り返される映像を横目にしばらくPCを打鍵していると、インジケーターを青く光らせたスマホから、

「お昼ごはん、なにがいい?」

のメッセージ。

「なにか、麺類がいいな。うどんとか。」

「OK」

私の気付かぬまま買い物へ出たらしい先とのやり取りに、イヤホンがちゃんと仕事をしていたことを知る。自分の仕事は?まだあんまり。だって、始めたばかりだし。

気が付けば、正午過ぎ。Zoomでの1対1のミーティングを1時間ずつ2件。その合間に書き仕事が挟まり、頭が切り替わらないまま午前が消費された気がする。PCをスリープモードにして閉じ、買ってきてもらった汁無し担々麺をすするとその辛みに頭を叩かれ、そういえばうどんて言ったような記憶がよみがえる。まあいいや、買ってきてもらったし、美味しいし。食後、少しの牛乳を飲んで味を洗い流したら、豆を挽いて珈琲を淹れる。暑い日でも、私はもっぱらホット。香りも味も大切だけれど、そもそも私は熱い液体をすすること自体が好きらしい。

日の傾きが、だいぶ早くなった気がする。そういえばもう、8月も後半。身体が凝って重たくなってきたのは、今日の疲れか加齢のせいか。そんなくだらない思案から逃げるように外の眺めを貪りたくなり、腕を伸ばして窓を開けると、部屋へ流れ込んできたそよ風に歩きタバコの臭いが混じって、思わず大きめの舌打ちと怨嗟の雑言が出る。轢かれてしまえ。

すっかり外気を取りこんだ部屋の二酸化炭素モニターが500 ppm台まで下がったので、再び窓を閉めてカーテンを引く。定刻の夕飯時まであと2時間ほどの間に、またもやZoomミーティングが1件。その最中に空がみるみる黒くなり、白く煙る雨が空と街を無慈悲に洗い流して行く。テレワークで良かったとこのご時世に感謝しつつ目を遣った外付けモニタの滑走路は、まるでどこか他所の国かのように、上に青をたたえて順調に離発着を繰り返していた。日本は意外に広い。大きい。

Zoomが終わる頃には雨も上がり、イヤホンを外した耳に入ってきたのは、ひぐらしの初鳴き。気温もぐっと下がり、ふたたび窓を開けた。

よし、今度の空気はおいしい。

仕事と家での日常との、境目が曖昧な日々。
体調や天気や暑さを盾に引きこもれたり、好きな時に美味しい珈琲を飲めるとか、メリットは色々あるけれど、これが理想の暮らしとも思えない。そうは言っても今できる最良の日常がこれなのだと言い聞かせることが、この難局を乗り切る礎なのではと思う。いわゆる嗜み。

この記事が参加している募集

そのお金で、美味しい珈琲をいただきます。 ありがとうございます。