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きさらぎ駅編~下車―ゲシャ―~



(さて……此処からヨウタが脱出するためには、あと一つやらせねぇとな。)


『……ヨウタ、テメェが此処から脱出するために一つの覚悟を決める必要がある。』

「な、何……?」


『俺に殺されろ。』


頭の中が真っ白になった。殺されろ……!?サタン、どうして……!?僕は驚いてサタンに尋ねる。


「えっ!!?そ、そんなっ……サタン!!さっきどれだけ醜くても生きろって……」

『まぁ聞けや。』


落ち着いた彼の一言で僕は押し黙った。彼は腕組をしたまま今僕の置かれている状況について丁寧に説明してくれた。


『テメェの今いる空間、此処は所謂邪神によって創られた箱庭の檻であり、この檻にテメェの魂が囚われた状態だ。ここから脱出するためには特定条件を満たすか、外部からの力で一度精神を殺す必要がある。さっきの駅で弟と一緒に降りたら二度と現世には戻れなくなった。』

「え……」

『きさらぎ駅は死者しか降りてはならない駅だ。生者であるテメェが降りていたら……歪んだ時間と空間の角からティンダロスの猟犬が現れて食い殺されていた。』

「食い殺っ……!?」


彼からの恐ろしい一言を聞いた僕はガタガタと体を震わせる。危なかった……もし、サタンが助けに来てくれなかったら……そう考えると本当に危なかったんだと改めて思い知らされた。


『ちなみに降りなくても空間の角をすべてなくすという条件を満たしてねェと襲いに来てたろ?まぁ、俺が退治したけどな。……で、だ。さっきも説明した通り特定条件で死なない限り現世に戻れない。ここからはテメェの判断だ。

“確証はないが安全な死”と“確実に現世に戻れるが危険な死”、どちらを選ぶ?』

「え……?どういうこと……?」


サタンの説明は僕にはよくわからないことが多い。僕がすべて理解しきれずにそう尋ねると彼はまた補足説明をしてくれた。


『要するに邪神が作った“現世に戻るためのルール”を信じるか否かだ。


 邪神はニンゲンが壊れようが生還しようが関係ない。そんなことはどうでもいいんだ。自身が娯楽として楽しめればいい。そんな奴が作ったルールを信じるのか?』

「た、確かにそうだね……」


僕をこの空間へと引きずり込んだ邪神は僕で遊べればいい。そんな奴が作成したルールなんか、信じられるかわからない。


『だからテメェはどっちを信じる?邪神か、この俺か。』


確かに彼は大悪魔ではあるし、怒りっぽくて乱暴で、口調も荒々しく粗暴ではある。それでも僕を助けに来てくれた。僕の心でずっと囚われていた弟を助けてくれた。もちろんこの空間で信じられるのはサタンに決まっている。でも……


『……ただし、この俺に殺されるということは炎で焼き殺されるのを意味する。炎への恐怖を越えねばならん。』

「そ、それって……うっ……!!」


炎で殺される。そう聞いた瞬間僕の体内でぐるぐると取り込んだはずの食物が逆流してくる感覚に襲われ、ついにはその場で吐き出してしまった。胃液の酸の酸っぱさが口内に広がり、目の前が何度もフラッシュを焚かれたようにチカチカと点滅する。呼吸することも忘れ息苦しくなる。


(……当然の反応だ。ヨウタにとって炎は家族を奪った原因だ。家族を殺した炎で焼き殺されるということは相当な覚悟が必要になってくる……だが……コイツには必要なんだ。)


邪神か、炎か……


酸素の足りなくなってきた脳でも僕は究極に近い二択を選ぶために頭を悩ませる。炎は怖い…、炎は怖いよ……!!


『……ヨウタ、まだ逃げ続けるのか?』

「え……?」


その言葉を聞いた僕は顔を上げ、サタンを見る。彼は腕組をしたまま僕に対して厳しい言葉を投げかける。


『無鉄砲に死に向かうことは馬鹿のすることだがな……テメェはもう気付いてるはずだ。生きるために恐怖と立ち向かう覚悟が此処から出ていくために必要だということに。』


炎は怖い。恐怖心から何度も息が上がる。……でも……


「…………決めたよ、サタン……」


右手の甲で口元を拭った僕は、彼に願いを告げる。


「僕は生きたい。…だから、サタンを信じる。“炎に怯え続ける不知火陽太”を殺してくれ!!」


僕が力いっぱいそう叫んだ瞬間、勢いよく炎が僕の体を包んだ。


「さっ、サタン!?いきなりっ……!!?」

『それでこそ俺が選んだ契約者だ。』

「え……」


炎に包まれる中、彼は僕に対してそう言った。


『死を恐れる気持ちも、辛いことから逃げることも悪いわけじゃねェ。けど……2つだけ忘れんな。

 自分で自分の限界を決めるな。テメェは自分で思ってるよりずっと強ェ。

 次にヨウスケとの約束は絶対守れ。生きて幸せをテメェの手で掴み取れ!!テメェはもうそれがわかっている!!』


熱い……!!でも……サタン……


「あり……が…と、う……!」


全身炎に身を焦がされ、肉の焼けるにおいがする。死がもう間近に迫っているのを直感する。意識が途絶える直前に彼にお礼を伝えられた。燃え盛る炎の中見た彼の表情は笑っていたように見えた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


…………………

……………

………


「ん……此処は……?」


目を覚ました僕の体は奇跡的に線路脇に落ちていたため無傷だった。辺りはもう真っ暗で空を見上げれば星が煌々と輝いていた。今僕の居てる場所が線路脇だと慌てて駅のホームへよじ登るとサタンが声をかけてきた。


『どうやら無事生還したようだな、ヨウタ。』

「さ、サタン……?僕、戻ってこられたの……?」


僕がそう尋ねかけたその時、空から何か流星のように早くこちらへ向かってきていることに気が付いた。


「ん……?何アレ……」

『ヨータァアァアァアァ!!!無事なんだぞーーーーっ!!?』


超高速で僕の方に向かってきているのは軍服を身に纏い、漆黒の翼に薄青色の体毛、獅子のような尻尾をした“傲慢のつみねこ”、ルシファーだった。彼は大泣きしながら僕のお腹に向かって突撃してきた。


『うわぁあぁあぁあん!!ヨウタアァアァアァアァア!!』

「ゴフウゥッ!!?」


まるで隕石のように超スピードで突撃してきたルシファーが僕のお腹で大泣きする。


「あいたたた……る、ルシファー……?」


うぉおぉんっ!!と激しい泣き声を上げる彼に意識をやっていると僕の名前を呼ぶ声が聞こえてくる。


「陽ちゃん!!サタンちゃん!!」

「ルシファー、陽太くん!サタン!!」

「あ……母さん……それに霧九さん……!?」


僕の名前を呼んでくれたのは今の僕の母親、ほのか母さんとルシファーの契約者の天井澤霧九さん。一生懸命探していてくれたんだろうか母さんは目に涙を浮かべこちらに向かって息を切らせたまま走ってきて、僕を抱きしめてくれた。


「わっ!?」

『むぐっ!?』

「ああ、無事でよかった……!!私の大事な子供(宝物)……!!生きて帰ってきてくれてありがとう……陽ちゃん!!どこか痛いところはない!?ケガしてない!?私のことはわかる!?」


母さんは僕を強く強く抱きしめて、僕に矢継ぎ早に質問を投げかけてくれる。母さんの愛情を感じた僕はようやく現実世界へと戻ってこれたのだということを理解し、安堵した僕は目から涙を流す。


「心配かけて、ごめんね、母さん……!」


母さんに抱き着き返してそう言っている姿を少し離れた場所でサタンと霧九が見守っているとふとサタンは何かを思い出したように、横に居る霧九に声を掛ける。


『キリク。ルシファーがペシャンコだが放っておいていいのか?』

「わーっ!!?ルシファー!!?」


あ、しまった……ごめん、ルシファー。ルシファーはペシャンコにしてしまったが、こうして無事僕は現世に戻ってこられた。


























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