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【後編②】開拓して、出会い、ともに耕される

さて、そんな私ですが、先ほど少しお話ししていた、サラリーマン時代との違いを考えてみたいと思います。

サラリーマン時代の私と、弘前に移住してきて、いろんなことを学ばせていただいた私との違いは、「カルチベートされる」ことができていたかそうでないか、にあるのではないかと考えています。「カルチベートされる」というのは、太宰治が彼の作品内で使った言葉で、勉強する意味を登場人物に語らせている時に使われていました。私は、この「カルチベート」という言葉が好きです。英語で「耕す」という意味にもなりますし、才能などを「洗練させる」という意味もあります。外的な要因を受け、内的にも変化していくような、そんなイメージなのかなと思っています。この言葉は、会社でも使いたいなと思い、2年目からは「りんごとカルチベートする」という理念を掲げています。私自身「カルチベートされていく」体勢になることができたのが、りんごと関わり、りんごや地域との関係性を見直してからだったように思えます。

では、サラリーマン時代はどんな人間だったのか。私はここで、出身校の校訓である、「開拓者精神」を思い出しました。私は、その「開拓者精神」の考え方が先行しすぎていたような気がするのです。自分の内側を磨くというよりは、外側のそれらしい武器のようなものばかりを身につけたい気持ちでいっぱいだったような気がします。それらしい武器を揃えれば、しっかり戦っていけると思っていたのだと思います。結果、1社目でも大した成果を残すこともなく、2社目でも日々過ぎていく時間をなんとなく過ごし、なんだか物足りない気持ちになっていたのだと思います。ボイストレーニングでは、高い音域と低い音域が同じように広くなっていくことを認識しながらトレーニングしていくと聞きました。もしかしたら、同じようなことがここでも言えるのかもしれません。この本でいう、“自分の足元への旅”が、弘前に移住してきた後に、少しずつできるようになっていったのではないかと感じます。これは、“カルチベートされる”と言い変えてもいいかもしれません。
なので、今後の私自身の課題は、フロンティアスピリットを持ち、同時に自身がカルチベートされていることを意識しながら、仕事、生活、遊びに取り組むということなのだと思います。

受講者へのメッセージとして、大学生のうちにやっておいた方がいいことについて教えてほしいと、高島先生からメールいただいていました。少し考えたのですが、まるで出てこず、講義の最初の方に紹介した2人以外にもいろんな人に同じ質問を投げかけてみました。

とある大学生で、最近畑に来てくれている人にも聞いてみました。彼の言葉を借りながら、メッセージとしていきたいと思います。
その学生さんは「五、六十代の言うことを聞かない。」と言っていました。そして、「我々の世代は詰んでいる。こうしておけば大丈夫、というセオリーもない。今まで無かったことに対応しないといけない。だから、自分達なりの0⇨1を生み出すような経験を大学時代にしておいた方がいいのではないか。」と言っていました。こんなに立派な返事が返ってくるとは思わず、感心してしまいました。以降、彼のことは先輩と呼んだりしています。

この解答は大変的を射ていると感じています。みなさんは、このコロナ戦争を体験し、大人たちがオロオロしながら後手後手でいろんなことに対応している様子を見てきたと思います。「今まで通り」「前例通り」が通用しない中、活躍するのは0⇨1を生み出す経験と、そこで積み上げられる“臨場の知”かもしれません。そのためには、師匠のような存在の人は別として、どうでもいい大人の言うことを聞かず、自分が気になったことにどんどん手を出し、自分自身をどんどん変化させていくことが面白いんじゃないかなと思います。

それ以外にも具体的なやっておけばいいことがあるかもしれないので、ぜひ周りの人に聞いてみてください。そして、今日ご紹介した質問以外にもし聞きたいことがあれば、連絡ください。

また、うちの畑には面白い人たちがたくさんいるので、畑にも遊びにきてほしいですし、季節によりますが、ぜひバイトなどにもきてほしいです。
お待ちしています。

それでは、以上で終わりとさせていただきます。ありがとうございました。


この記事は、2022年11月10日(木)に依頼を受けた、弘前大学人文社会科学部、キャリア形成の基礎、働く人を知る②講演内容をリライトして掲載したものです。
前編、中編は以下からご覧ください。


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