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カフェの店員さんをすきになってしまった

すきって言ってしまったら
終わるような恋ばかりしてしまう。

半年間通っているカフェがある。
そこの店員さんに恋をした。
10歳年上の店員さん。
いや、正確に言えば恋、というか、
このひとのここがすきだ、を集めていたら
それは恋のような、かたまりになっていた。

笑う時の目元も、綺麗な手ももちろんすきだけど、
誰も傷つけないように並んだやさしい言葉を、
わたしのネガティブな思考を引き上げてくれる
前向きな言葉選びを、わたしはすきになった。
言葉はこころだと思う。
わたしは言葉がすきで、言葉が大切で、
だからそれをわかって大切にしている
あのひとのことがすきになった。
あのひとのくれる言葉は魔法のようだ。
わたしはその言葉を一日に何度か思い出して、
こころに火を灯す。

あのひとに出会ってから
わたしは少しだけ変われた気がする。
あのひとに出会ってからの自分が
少しだけすきだと思える。
このひとといればわたしはわたしのまま、
幸せになれるような錯覚を起こした。

時間を重ねるうちにわたしは
もっとこころごと近づきたいと思うようになった。
でも、客と店員という関係性はむずかしい。
10歳も年上のひとに
すきになってもらうのはむずかしい。
近づきすぎないように気をつけながら、
会えるだけで声をかけるだけでいいと思いながら
わたしは毎日のように通い続けた。

毎日会社に行くだけの
変わり映えしないつまらない日常は、
あのひとがいるだけでやさしく鮮やかに色づいた。今日は会えるか、なにを話せるかを
想像するだけで、仕事で乱れたこころに
平静を取り戻せた。

あるときから、あのひとは退勤後、
わたしが座る席に立ち寄るようになった。
どうでもいい話をするだけのその時間は
社内で愚痴や自慢話をうんざりするほど
聞かされているわたしにとって、
比べ物にならないほど幸せな時間だった。
このひとがいればわたしは
昔の恋愛も忘れられるんじゃないかと、
そう思った。

わざわざ席まで話しかけにきたり、
ドリンクカウンターで話し込んだり、
レジで話に夢中になりすぎて
お会計を忘れられそうになったり、
一緒に話せば話すほど居心地が良くて、
ずっとこの時間が続けばいいと、
このひとがわたしのことをすきならいいと、
思ってしまうようになった。
どうしてこのひとはわたしがほしい言葉を
いつもくれるんだろう。
でも、肝心なところであのひとは
わたしの気持ちには応えてくれない。

ある日、途中まで一緒に帰った日があった。
まさか一緒に帰れると思っていなかったわたしは
内心びっくりしてうれしくてすごく焦っていた。
いつも通りくだらないどうでもいい話をして、
別れるとき。
「もっとはなしたい」わたしが言った。
そしたら、「またお店きてください」だってさ。
そんなの脈なしじゃん。
結局お金払わないと会えないホストと
一緒かあと思ってその日は泣きながら帰った。

そういえば話の流れで
「一緒にお酒飲みたい」と冗談ぽく誘った時には、「機会があれば」と断られたこともあったっけ。「機会があれば」って
社交辞令の上位互換に君臨するやつじゃないか。「いきたくない」に等しいじゃないか。
言われて泣きたくなった。
わたしはこんなふうに断られるのが怖くて、
冗談のようにしか誘えないしすきとも言えない。
それなのにわたしはまた懲りずに
カフェに足を運んでしまう。

正直、恋愛って片思いがいちばん楽しいし楽だし
叶わない片思いがいちばん美しいんじゃないか
とさえ思ってしまう。
ただ美化されてるだけかもだけど。

だから、今回もこのままで、
わたしの気持ちはなかったものになって、
この恋を思い出してわたしはいつか
back numberとかを聴いて
少しだけ苦しくなるんだろうなあ
とか思っていたら、
事態はちょっとおもしろい方向にいった。

ある日、仕事で理不尽に上司から怒られたわたしは
カフェで店員さんに少しだけ弱音を吐いた。
どこにも吐き出せない辛さを
どこかに置いて行きたくて。

あのひとはやさしく励ましてくれた。
言葉選びがどこまでもやさしくて
泣いてしまいそうになった。
がんばれ、と無責任に言わないところが
すきだなとぼんやりと思っていた。

次の日会ったときも
わたしのことを心配してくれて、
その話の流れで息抜きや趣味の話になった。
お互いがすきなカフェ巡りの話から、
なぜかとんとん拍子で
一緒にカフェに行くことになり、
LINEを交換することになった。

うーーんわからない。わからなすぎる。

叶わないと、何も望まないと
こころに決めていたのに、
手に入りそうになってしまったら、
どんどん執着してしまうじゃない。
UFOキャッチャーで落ちそうで落ちない景品を
見つめている時と同じような感情。

なんだか、
いつもだれかに試されている気分になる。
それが、すきなひとなのか、かみさまなのか、
すきなひとがかみさまなのか、
よくわからないけど。
わたしはいつまで経っても
試される側にしかいられない。
別に試したいわけじゃない。
わたしはすきなひとと対等な関係でいたい。
尊敬し合える関係でいたい。
それだけなのに。

すきって言ってしまったら
終わるような恋ばかりしてしまう。
わたしはいつまで経っても
冗談のようにしかすきと言えない。
わたしのすきはすきなひとにとって
迷惑なものでしかなくて、
関係を壊してしまう凶器にもなりかねない。

LINEを交換してから
メッセージのやり取りをしているけれど、
返信がまったくと言っていいほど返ってこない。
それなのに、お店で会ったら、
人懐っこい笑顔をわたしに向けて謝ってくる。
もうわからない。わからない。

いま幸せかと聞かれたらわたしは肯定できない。
いちばんでないことはわかるから。
見たくなかったものが
いずれ見えてしまうだろうから。
いつか別れは来るから。
その別れは遠いものではないだろうから。
両目を閉じて幻想に恋していられればいいのにね、

それでもわたしはこの恋を信じて
前に進むしかない。
いつかわたしの信じていたなにもかもが
崩れる日が来るかもしれない。
いや、来るんだと思う。
それでも、あのひとがくれた言葉は
あのひとがくれた言葉で元気付けられたのは
紛れもない真実だから。
その真実があるだけでわたしは
歩いていけるような気がする。
その言葉を栞に前に進んでみたい。

春になる前にあのひとの隣を歩きたい。
だって冬の寒さはそれだけで
近くにいける理由になるから。

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