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わたしの恋は冬を越えられない

寒くて悲しくて冷たくて、それでもわたしはこの季節がずっと終わらないでいてほしいと思う。

だいすきだったひとたちを思い出すための引き金を、だいすきなひとたちとの大切な思い出を数えている。

赤信号の小さな横断歩道
タリーズのバニララテ
頭を乱暴に撫でる大きな手
ライブハウスの眩しい照明
たばこ臭いフロア
居酒屋で出てきた妙に濃いレモンサワー
好きだと言っていたバンドのあの曲
深夜のコンビニで選んだ冷凍の焼きおにぎり
好きだと言っていたセブンの冷凍うどん
かわいいと言ってくれたピンクのアウター
休憩室で食べていた坦々麺のカップラーメン
いつも飲んでいたホットミルクティー
きれいじゃない箸の持ち方
真似して買ったお揃いのリング
プレゼントを選んだ雑貨店
結局一緒に行かずに終わったオムライス屋さん
凍えながら飲んだマックのバニラシェイク
奢ってくれなかったドトールのミルクティー
浜離宮庭園の二分咲きの桜
部屋に飾った一輪の向日葵
泣きながら歩いた下北沢の坂道
何度も通った代官山の花屋さん
枯れ落ちて踏みつけられる金木犀の花
送られてきた目黒川の桜の写真
背中を必死で追いかけた菜の花の花畑
勧めてくれたお気に入りの文庫本
青いウェディングドレス
似た背格好の後ろ姿

あらゆるものが引き金になって、いろんなことを思い出してしまう。ああいっそ、全部忘れられればいいのに、と思う。1年経っても、2年経っても、6年経っても、わたしはずっと忘れられないでいる。大切じゃないのに、大切だなんて思ったことないのに、ずっとずっと心のどこかに残り続けている。ふと思い出したらそれはするすると別の記憶も引っ張り出してしまう。
自分で自分の傷を引っ掻いて、その痛みに少しだけ安心している自分もいる。

春の歌なんかわたしにはいらない。
春なんかいらない。ずっとこの寒さが続けばいい。
わたしごと寒さで透き通って透明になって見えなくなって、綺麗に、美しくなれればいいのに。目に見えないものがいちばん、美しいのだから。

春の予感を感じるとどうしよう、という気持ちが大きくなる。置いていかないで、まだいかないで、わたしだけが同じ場所にずっといる。春の風がわたしの背中を無邪気に押してきて必死に踏みとどまる。こんなこと考えてるのはわたしくらいだって知ってる。

街中で1年以上前に縁を切ったすきだったひとの知人に声をかけられた。わたしはびっくりしすぎて変な声を出していたし変な顔をしていたと思う。「ひさしぶり」ただそれだけの言葉なのに、眠っていたはずのあの頃の景色や感情の記憶が心の底から湧き出てくる。やっと忘れられたと思ったのに、思い出さない日が増えてきていたのに。あーあ、きっとこの間街で会ったよ、とかあのひとに伝えるんだろうなと想像するとなんとも言えない気持ちになる。わたしが忘れていたようにあのひともわたしのことなんか忘れていればいい、それなのにどうして神さまはこの縁を完全に切らせてくれないのだろう。

この人生には忘れたくても忘れられない記憶が多すぎる。冷えた空気の中に春の陽気が少しだけ混じっていて何故だか泣きたくなる。わたしの恋愛はいつも冬を越えられない。どれも冬に閉じ込められて月光に照らされて輝いている。冬はわたしの憧れと苦しみを凝縮した時間なのかもしれない。蕾のまま咲かずに枯れてゆく。誰かにそれを壊してほしくて、一緒にきれいだねって見つめてほしくて、すべての矛盾ごと受け入れてほしい。

信号が青に変わるのを待ちながら深く深呼吸する。
身体に冷たさが染み渡って透き通っていくみたいな感覚がする。透明になれ、透明になれ、と願う。なんだか忘れていた何かを思い出せそうになる。大切にしていた気持ちの欠片、大切にされていた愛情の欠片、繋ぎ合わせるには不完全すぎるけれど、わたしは冬が来るたびにその欠片を拾い集めている。

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