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【小説】 第四花 「トリトマ」

裏門から出て花屋へと向かう。裏門から出る理由はあの花屋を僕と花子の二人だけの場所にする為、誰にも見つかってはいけないからだ。
着くまでの道のりで昨日見たドラマが面白かっただとか、数学の授業がつまらなかったとか、いつもは弾む会話のネタも緊張が頭を支配して浮かんでこなかった。変な空気が漂う。
花屋に着くと花子はの表情が暗くなった。深刻な事でもあったのか何かに怯えているように感じた。
「……もし」
絞り出されたのは弱々しく悲痛な声。今にも泣き出しそうな瞳。いつもの元気な花子とは様子が何か違う。
「もしも、大切な人が何処か遠くへ行ってしまうとしたら、どうする?」
意味が分からなかった。言葉の意味ではない。花子が何で今、そんな質問を僕にしたのかが分からなかった。
求められている答えに正解なんて無いのかもしれない。けど少しでも気持ちに応えられたら花子の心は救われるはずだ。
「僕なら悔いが残らないように見送るかな」
「そっか……」
曇った表情は晴れなかった。
立ち上がり「今日は先に帰るね」と言って帰って行く花子に何も言えなかった。何て言ったら花子の抱える何かを軽く出来たのだろうか。無理に作った見せかけの笑顔は脳裏に焼き付いて当分離れそうにない。
恋をする事がこんなにも辛いだなんて。

家に着いても花子のことで頭が一杯で、気付けば太陽が昇っていた。頭によぎる心配や不安は僕の身体を学校へと走らせる。
いつもより早く着いた学校、誰もいない教室の静けさは僕をより焦らせる。時計の針が進む音だけが木霊する。時間が経つのが遅く感じる。
数分が経ち、クラスメイトがちらほらと教室へと入って来る。花子の姿はまだない。大丈夫、必ず来る。
殆どの生徒が席に着き、一時間目の準備を始める。花子の姿はない。そろそろ来るはず、落ち着け。
次の瞬間、ガラッと扉が開く。期待の目を向けるが姿を見せたのは先生だった。
教卓の前に立つと手に持っている出席簿を置いた。いつもなら点呼を取って出席を確認するのだが、置いたという事は大事なお知らせがあるって事だ。
心臓がバクンと鳴った。ゴクリと唾を飲む。こんなに寒いというのに汗が頬を伝う。嫌な予感がする。
「みんなに大事な話がある」
先生のいつもと違う表情と雰囲気から感じ取ったのか、ガヤガヤと賑わっていた教室が静まり返り、同時に緊張が走る。文化祭でもテストでも何でもいい。どうでも良い話であってくれと願う。
「えー、実はな」
先生は言い辛そうにしている。息が詰まりそうだ。この空気に耐えられそうにない。
「突然だが……」
「先生! 高嶺さんが来ていません。全員揃った時の方が良いんじゃないですか?」
耐えられずに飛び出した。先生は僕と目を合わせてくれない。
「……その高嶺のことなんだが」
頭の中で浮かんでいた最悪が現実と重なろうとしている。
僕は脳内でやめろを連呼した。しかし現実は時に残酷だ。
「ここを離れることになった」
それが耳に入る途端に頭が真っ白になっていく。耳鳴りがして周りの声が聞こえなくなる。
昨日の違和感の原因はこれだったんだ。今まで一人で悩んでいたんだ。助けてあげられたのは僕だけだったのに。
後悔と絶望で言葉を失っている僕の耳に聞き捨てならない言葉が次々と入ってきた。
「清々するわぁ、アイツうざかったし」
「分かる! ちょっと可愛いからって調子乗ってたし!」
「告った奴ら全員ふってたしな! 俺たちのことを見下してたんだろ!」
その言葉を筆頭にいやらしい笑みを浮かべながら各々が花子への愚痴を零す。あれだけ仲良くしていた人間の言葉とはとても信じられない。
椿や葵、他の皆は下を向いて黙っている。この異様な空間は僕にとって不愉快でしかない。腹の底から怒りが湧き上がるこの感情に身を任せるしか僕は術を知らない。
「花子はなぁ!!!」
声を荒げ叫んだと同時に僕の中でプチンと音がした。何かが崩れていく。皆が驚いた顔でこちらを見ている。
「花子はそんな奴じゃない! 一人で悩んで抱え込んで、それで……!」
違う、伝えなくちゃいけない。
僕は勢いよく教室を飛び出した。背後から聞こえる先生の怒鳴り声に見向きもせずに走った。
僕も一緒だ。あいつらと一緒で花子を何も分かってあげられてないクソだ、最低だ。
校門を出ていつもの歩道をひたすら走る。息が辛くなって足取りが重くなっていくのを感じる。それでも走るのを止めない。
「間に合ってくれ……!」
いるはずなんだ。二人だけのあの場所に。
そして伝えるんだ。愛してるって。

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