いにしへの短編集4《発掘された石碑》
《発掘された石碑》
翌朝、本部のルセから第二、第三隊が谷間に到着したとの連絡があった。第二隊は谷間で待機、第三隊は谷を西に探索すると言う。ハセとメノワはローカムに積んであった低空飛行艇ローリーに乗り、海を挟んで谷の東側にある、この海岸付近を探索することになった。
ローリーに立ち、浮上ボタンを押す。スンッという音とともにローリーが浮き上がる。足元にあるアクセルを踏み込むと、2艇のローリーは勢いよく密林の中へと入っていった。
「探検ってこんなもんかな。こう密林が続くだけじゃ、うんざりしてくるよ。」
吐き捨てるようにハセが言う。
「目新しい動植物くらいじゃ、ハセの気持ちは動かないか。」
メノワは笑いながらそう言うと、突然真剣な声になった。
「なぁ、ハセ。君はここまで来て、何か気づかなかったか?」
「いや、特に目を引くものはなかったように思うが。」
「ところどころに大きな石があったろう?」
「ああ、そういえば蔦が絡まった石をいくつか見かけたな。それがどうした?」
「この密林にあの石。なんか不自然じゃないか?」
「うーん、確かに大きな石だったが・・・。なんだ、気になるのか?」
「ああ、僕にはどうしても不自然に思えるんだ。蔦に覆われていてよくわからないが、形が自然ではない気がする。ちょっと戻って見てみないか。」
ハセとメノワはローリーを旋回させると、道なき道を引き返した。大きな石を前にしたハセは、石を見上げながら感嘆の声を上げる。
「それにしてもでかいなぁ! あの谷にしても、植物にしても、この石にしても、この辺りは何もかもスケールが大きい。」
メノワは石の周りをぐるりと一周すると、こめかみに指を当て熱を帯びた声で言う。
「蔦が邪魔だな。僕はこの石を徹底的に調べたいんだ。」
「ああ、せっかくここまで戻ってきたんだ。調べてみようぜ。確かに、この石は四方が角張っているように見える。」
ハセは腰ベルトのポケットからナイフを取り出すと、青白く光るナイフの刃先を蔦に当てた。蔦は、ナイフを軽く当てるだけで容易に切れる。
石の全貌が露わになると、メノワは真っ白な肌をピンク色に染めながら声を上げた。
「思った通りだ。なぁ、ハセ。これはどう見ても、誰かが切り出した石だよ。」
***
ハセとメノワは
大きな石の一角に
深く刻まれた
記号のようなものを見つけた
北の民と南の民の
止まっていた時間が
再び動き始める
***
ハセとメノワは同じような石を見つけるたび、蔦を取り除き隈なく調べた。見つけたすべての石に似たようなものが刻まれていた。メノワはその全てをカメラに記録し、本部に送信する。しばらくすると、珍しく興奮したルセの声がイヤホンから聞こえてきた。
「これはいにしへの祖先の文字だ。すぐに解読できる者をそちらに派遣する。」
ルセからの返事にハセの胸は躍った。これぞ探検の醍醐味というものだ。いにしへの祖先の文字だって? 地の上時代のものだろうか。
「なぁ、メノワ。日が暮れる前に、他にも石がないか探索してみないか?」
「ああ、大賛成だ。」
メノワは瞼のない大きな2つの目を輝かせながら頷いた。日が暮れる前に、さらに3つの石が見つかった。どの石にも文字が刻まれていたが、残念ながら、ハセもメノワも読めないことに歯噛みするしかない。学者の到着が待ち遠しかった。
翌朝早くに、第二隊とともにルセが派遣した学者イマケがやってきた。イマケはローカムから降りるなり、挨拶そっちのけで興奮しながら早口で喋り出す。
「あの文字は道標で、どの道標も一つの地点を示していました。あなた方が複数の情報を送ってくださったおかげで、昨夜のうちにその一点が割り出せたのですよ。素晴らしい。本当に素晴らしい!
解読した地点は、この機器に入力してあります。どうやらそこには、北の民から南の民に向けられた石碑があるようですぞ。」
「北の民と南の民? 初めて聞くなぁ。」
ハセは首を捻った。
「私にもよくわからんのです。」
イマケは唸るように低い声で言う。
「ここからどれくらいの地点なのでしょう?」
メノワが問うと、
「ここから一番遠い道標より、さらに1時間ほどかかるでしょう。少し遠いですが、小回りのきくローリーが最適でしょうな。」
と、イマケはローリーを指差して答えた。
イマケが第二隊の隊員とともに二人乗りのローリーに乗ると、4艇のローリーがほぼ同時にスンッという音を立てて浮き上がった。スピードに乗った4艇のローリーが、木々の間を駆け抜ける。
「この辺りだ!」
イマケが大声を上げた。ハセはローリーを停めると、周囲を見渡しながら言う。
「石碑のようなものは見当たらないな。」
イマケは肩にかけていた機器を下ろしながら、
「石碑は洞窟にあると書かれていました。この辺りのどこかに洞窟があるのでしょうな。」
と言った。メノワはすかさず腰ベルトのポケットから地中レーダーを取り出すと、それを目に掛けゆっくりと体を360度回転させた。
「ここじゃない。」
場所を変えて、再び同じように360度ゆっくりと見回す。地中レーダーが使えるのはメノワだけだ。他のメンバーは手探りで洞窟の入口を探す。
「道標だ!」
ハセが蔦に絡まった大きな石を見つけた。メノワは大急ぎでハセの元に駆けつけ、道標周辺の地面に地中レーダーを向けた。
「この下に広い空洞があるようだ。あっ! これは階段に違いない。 」
メノワはその場にしゃがみ込むと、その辺りの植物に青白く光るナイフの刃先を当て始めた。同じように、全員がナイフで道標の周りの植物を黙々と刈り始める。
「みんな来てくれ!」
ハセが大声を上げながら足元を指差した。駆けつけたメノワがハセの指先を辿ると、地面に大きな平たい面の四角い石が置いてある。
「洞窟の入口っぽいな。それにしても大きい。持てるかな?」
そう言うと、メノワは石の下に両手を差し入れた。
「うっ、うわぁ〜! な、なんだ、これはっ。」
メノワは突然奇声を発したかと思うと、後ろにのけぞりながら尻餅をついた。
「おい、どうした?!」
ハセがメノワの両脇に両腕を差し込んで起き上がらせると、メノワは真剣な眼差しをハセに向け、
「なぁ、ハセ。君も持ってみてくれ。この石を持ってみてくれ!」
と訴えた。ハセはメノワの混乱した様子を訝りつつ、言われた通り石の下に両手を潜り込ませると、
「うっ! うわぁっ!」
と途端に手を引っ込めた。イマケが不思議そうに、ハセとメノワの顔を交互に見ながら聞く。
「一体どうしたというんです?」
ハセとメノワは同時に叫んだ。
「浮くんだ!」
***
石は己の重みを解放し
南の民を
洞窟へと導く
彼らは
導かれるまま
石碑へと近づいていく
***
半球形をした空間の壁に沿って階段を降りていくと、洞窟の中央に石碑が据えられていた。イマケはその堂々とした荘厳な石碑の前に立ち、感嘆の声を上げる。
「素晴らしい。ああ、なんと素晴らしい!」
それから、細長い3本の指で深く掘られた文字にそっと触れると、畏敬の念を込めた声で読み始めた。
「遥か昔、大陸がひとつだったころ。天は金色に燦々と輝き、地は生命の楽園だった。人々は天と地のエネルギーを循環させ、その大いなるエネルギーで天を翔け、地に深く潜った。」
メノワは高ぶる鼓動を抑えながら、一部始終を記録カメラに撮り続ける。
「南の民よ、あなた方は北の民を記憶しているだろうか。北の民は、かつて私たちがひとつだったことを途切れることなく語り継いでいる。
私たちはこの地を離れ、東の果てに向かう。いつかときがきたら、北の民と南の民は再びひとつになるであろう。祭祀を司る私たち北の民は、いついかなるときも忘れることなく南の民の生命の調和を祈り続ける。」
イマケは最後まで読み終えると大きく深呼吸をし、低い声で呟いた。
「なんてこった。我々は科学以外の歴史を何ひとつ知らない。」
「ずっと地の下にいたからなぁ。1つだろうが2つだろうが、俺たちにとっちゃぁ大陸そのものが未知のものだし、そこに歴史があっただなんて想像すらしたことがなかった。その上、ここには俺らしかいないと思い込んでいたんだからな。」
ハセが石碑に手を当てながら言うと、メノワが興奮した顔でイマケに向き合った。
「イマケさん。この南の民というのは、僕らのことなのではありませんか? 海を挟んではいますが、僕らは祖父の時代までこの地の真南にいた。そうですよね? あの地の下の楽園はここの真南です!」
「まだなんとも言えませんなぁ。確かにその可能性はあるでしょう。しかし、あくまでも現段階では仮説のひとつです。」
イマケが冷静な口調で答えると、メノワはハセに声をかけた。
「あの地の下の楽園を調べてみたいな。」
「ああ、俺も同じことを考えていた。何か手掛かりが残っているかもしれない。」
「いや、調べるんでしたら、いにしへの地の下時代の遺跡でしょうな。楽園には何もありますまい。その遺跡は楽園の上層にあります。私もご一緒しましょう。」
***
彼らは
いにしへの
地の下時代の遺跡から
地の上時代の名残を
見出した
いまや彼らは
己を南の民と認め
東の果てを目指す
その話は
また別の物語で語るとしよう
〜 完 〜
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