連載小説 魂の織りなす旅路#46/失明⑷
【失明⑷】
今、僕の目は僕に何も見せてはくれない。それでも不自由なく過ごせているのは、この訓練があったからだ。買い物は外出支援を受けているが、日課にしている散歩はいつも一人で行く。
相変わらず独り身の娘は、いつも2階で仕事をしている。僕に手が掛からなくなったので、仕事を増やしたらしい。体を壊さないか心配になるが、本人は楽しくてたまらないようだ。娘にはやりたいと思うことを存分にやってもらいたいと、僕は僕の時間を大切にしている。
縁側の籐椅子にゆったりと腰を掛け、水鉢の音を聴く。その水の音が妻と出会った大学図書館の湧水の音と重なり、僕は自分がどこにいるのかわからなくなる。きっと、思い出は過去ではないのだろう。こうして思い返すたびに、今が反映されるのだから。
妻との思い出は、僕にとっては今この瞬間の出来事なのだ。そんなことを考えながら、僕はたゆたう時間の波に揺られる妻を想った。
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