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芸人じゃなくて教師を選んだ先輩の話

それは大学1年生の春。当時、お笑い芸人として本気で一山当ててやろうと思っていた私と相方(ともに18歳女子)は、意気揚々とお笑いサークルの門をたたいた。

すると、大学3年生の面白くて優しい先輩方が迎えてくれた。お笑いサークルではどんな活動をしていて、どんなお笑いを目指しているのか。一通り説明を受けた後、「先輩はどこかの事務所に入らないんですか?」という私の質問をきっかけに、リーダー格の恰幅のいい先輩は語り始めた。

「実は俺、プロ芸人は目指してないねん。俺はこれから教育実習に行って小学校の先生になる。そこで楽しい授業をして、子どもたちを目一杯笑かしたんねん。それが、小学生のときからの俺の夢!」

冷めた人なら「なんだこいつ寒い」と思うのかもしれない。しかし、当時の純粋な私は感動した。ああ、たとえ芸人になれなくても、人前に立って人を楽しませるということはできるのかもしれない、と。よく考えたら、売れない芸人をやっているよりもお客さん(生徒)多くないか?と。

「まあ今度、新入生歓迎ライブあるから、俺らの笑いを見に来てや」

そう言われ、1週間後に開かれたお笑いライブに向かった。どんな感じなんだろう、大人も子どもも楽しめる系なんじゃないか、素敵だなあと期待は高まる。

ところが、ライブ中盤になって現れた先輩のネタは、S●Xをモチーフにしたもので、女役だった先輩は舞台上でそれらしく喘いでいた。ただただ卑猥だった。

呆然とする私たちを尻目に、後方からは同じサークルのメンバーであろう演者たちの野太い笑い声が聞こえてきて、「これが面白いんだ!」「これが俺たちの笑いだ!」と肯定しているように思えた。

「子どもたちを笑わせたい!」と言っていたにもかかわらず、ド級の下ネタを披露するという壮大な振りと落ち。結局、ライブ終了後に一目散で逃げたためその先輩の真意はわからない。

ただ、そんな理由で教師を目指す人もいるんだなあというのは深く記憶に残っている。これが私の忘れられない教師(になったかどうかわからない男)の話だ。

あの「子どもたちを目一杯笑かしたるねん」先輩は今、どこかで教師をしているんだろうか。どんなふうに笑かしているのか、甚だ心配ではある。

文:香山由奈
編集:アカヨシロウさん

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