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「変革の時代の組織リテラシー」第2講その1:プロジェクトの成功を測る8つの視点

第2講では「プロジェクトの成功を測る8つの視点と失敗を招く15のDON’Ts」についてお話しします。

プロジェクト・マネジメントは何のために行うのでしょうか?当たり前すぎる答えかも知れませんが、それはプロジェクトを成功させるためだ、と言えるでしょう。

では、プロジェクトの成功とは何を意味するのでしょうか?この問いの答えをどう考えるかは、実際のプロジェクトの運営においても、それを支えるプロジェクト・マネジメントのあり方を考える上でも、とても重要です。

もう一つの重要な問いは、プロジェクトを成功させるためには(失敗させないためには)、何を大事にしてプロジェクを運営すれば良いのか、というものです。

第2講では、これらの2つの問いについて考えていきたいと思います。

第1講はnoteで多くの方に読んでもらえる限界ギリギリの分量と言われました(3万字以上)。今回のテキスト本編は前回のテキストより分量が多いのですが、「考え方」が中心なので、note原稿は思い切って圧縮を図りましたが、それでも長いので、2つに分割することにし、このnote第2講のその1では「プロジェクトの成功を測る8つの視点」を対象とし、「失敗を招く15のDON’Ts」は第2講のその2としました。
論旨が飛んでいる、と思われる方は、是非添付のテキスト本編に目を通してください。

このnoteは、多摩大学大学院の講義で使用してきた教材を下敷きに、その大幅改定のためのドラフトを、クリエイティブコモンズ[©中分毅 (Licensed under CC BY-NC-ND 4.0)]として公開するものです。
この記事の最後に、教材詳細版のPDFダウンロードリンクを載せていますので、ご関心ある方はぜひご活用ください。

では講義に入りましょう。

はじめに(第2講の構成)

私がプロジェクト・マネジメントの勉強を始めたころは、「プロジェクト・マネジメントとは、目標期日に、予算を守って、要求品質を充たす成果を生み出すように、プロジェクトを運営することである。」と教えて頂き、なるほどそうか、流石は米国、やる気と根性を強調する日本とは随分違うものだ、と感じました。

これが、QCT:Quality, Cost, Timeを3つの頂点とするプロジェクト・マネジメントにおける鉄の三角形The Iron Triangleと呼ばれるもので、
プロジェクト・マネジメントの成功 = 鉄の三角形QCTの達成 = プロジェクトの成功という図式が成立していました。

スライド1

現在は、この図式はもはや成立していなくて
・鉄の三角形QCTの達成は、プロジェクトの成功を保証するものではない
・プロジェクト・マネジメントの成功とプロジェクトの成功は異なる概念である
と考えるのが一般的です。

皆さんは、何を当たり前のことを、思われるかもしれませんが、鉄の三角形が脳裏に深く刻み込まれている私には、中々飲み込むことが困難でした。何故なら、プロジェクトの成果が満たさなければならないプロジェクト・オーナーの要求事項は品質目標として定義されているので、鉄の三角形QCTを達成していれば、プロジェクト・オーナーの要求も満足している筈ではないか、と考えてしまうからです。

そこで、第2講では、以下の疑問を扱っていきたいと思います。

スライド2

以下、研究者たちの提案や事例分析を交えて、これらの疑問に答えていきたいと思います。

疑問①~⑤と本講の章立ては以下の様に対応しています。

【 第2講-その1(このnote)の記述の範囲 】
疑問①に対して: 1.鉄の三角形QCTの達成では不十分、というのは本当なのだろうか?
疑問②③に対して: 2.プロジェクトの成功を測る8つの視点

【 第2講-その2(次のnote)の記述の範囲 】
疑問④⑤にたいして: 3.失敗を招く15のDON’Ts

1 鉄の三角形QCTの達成では不十分、というのは本当なのだろうか?

はじめににも書きましたが、鉄の三角形では不十分との批判論文を読んだ際に、私は下図の様な疑問を持ち、簡単にはその批判に納得することができませんでした。

スライド3


つまり、
・プロジェクト・オーナーの要求事項は品質目標として定義された
・プロジェクトは、品質目標を一角とする鉄の三角形QCTを達成した
・故に、プロジェクトはプロジェクト・オーナーの要求も満足している筈である
・にもかかわらずプロジェクトが成功していないと評価されるのは何故か?
との疑問を持った訳です。

そこで、論より証拠ということで、「鉄の三角形の達成≠プロジェクトの成功」という事態を確認している、2つの調査研究を紹介します。

1.1 Standish Groupの調査では、「鉄の三角形の達成≠プロジェクトの成功」の傾向は明らか

導入講で、Standish GroupによるITプロジェクトの調査結果を紹介しましたが、成功の判定基準に対して「評価している範囲が狭くてかつ機械的」との批判が寄せられました。そこで、同社は成功の判定基準を見直し、2011年から旧基準、新基準両者での評価結果を公表しています。

新旧の成功の判定基準の相違点は下記の通りで、当初に設定した「要件を満たす場合/On Target」が、「顧客やユーザーが満足する成果/ with a satisfactory result」に変更されています。
・旧基準:On Time, On Budget, and On Target:鉄の三角形と同義(詳しくはテキスト本編BOX05参照)
・新基準:On Time, On Budget, with a satisfactory result:Qを「顧客の全体的満足」に変更

2011年から2015年の5ヵ年でのプロジェクトの成功率の新基準、旧基準の両者で評価した結果が公表されていますので、両者を比較して下図に示します。全ての年次で、新基準での成功率は旧基準の成功率を下回っていて、両者には、平均9%ポイントと大きな差があります。

「鉄の三角形の達成≠プロジェクトの成功」であり、プロジェクトの成功により直結するプロジェクト・マネジメントの在り方を再検討するべきである、との主張を裏付ける結果となっています。

図17

1.2 1,386のプロジェクトを対象とした調査で分かったこと:鉄の三角形は大事だがそれだけでは足りない

2014年に発表されたPedro Serradora, J Rodney Turnerの論文では、鉄の三角形の達成をプロジェクトの効率性の実現と現代風に言い換えた上で、プロジェクトの成功を下記の様に区分し、1386のプロジェクトを対象とした調査で、両者の関係を分析しています。
・プロジェクトの効率性Project efficiency:鉄の三角形の達成meeting cost, time and scope goals
・プロジェクトの成功Project success:より広範な事業や企業のゴールに合致するmeeting wider business and enterprise goals

注1. Pedro Serradora, J Rodney Turner, The Relationship between Project Success and Project Efficiency Procedia - Social and Behavioral Sciences 119 2014 cyberleninka.org/article/n/1173583.pdf

質問票を用いた調査
この調査では、米国、インド、カナダ他のプロジェクト担当者を対象に、成功したプロジェクトと左程成功したわけでもないプロジェクトの2例について、下記の項目に対する回答を求めています。質問2から4の効率性に関する質問では達成の程度を定量的に尋ねていますが、他の項目では失敗から大変成功までの定性的な判断を求めています。有効な回答数は、表題にある様に1,386でした。

図2

鉄の三角形の達成と成功評価との相関
分析結果の中で代表的と思われる表を引用しておきます。

図3

効率性評価と他の評価項目との間に、以下の相関関係が認められました。
・ 効率性評価と総合的に見たプロジェクトの成功の間の相関係数は0.584で、効率性評価は総合的な成功評価の58%の説明力があります。
・効率性評価とステイクホルダー満足度の間の相関係数は0.602で、効率性評価はステイクホルダー満足度の60%の説明力があります。

結論
以下が結論として述べられています。

プロジェクトの効率性(鉄の三角形の達成)は、ステイクホルダーの満足やプロジェクトの成功への貢献度は高いが、ステイクホルダーの満足度や総合的に見たプロジェクトの成功評価に貢献している他の要因があることは明らかである、という主張を支持する結果である。

This supports the assertion…that project efficiency is an important contributor to stakeholder satisfaction and overall project success, but shows quite clearly that other factors contribute significantly to both.

鉄の三角形の達成とプロジェクトの成功評価が乖離するのは何故か
この研究は、この問いに答える様には設計されていないので、文献調査からプロジェクトの成功に貢献する鉄の三角形の達成以外の要因として、下記の4つを挙げています。
本講義では、この点について、続く2で詳しく検討したいと思います。

① プロジェクト完了後に発揮されたプロジェクトの成果やそのインパクト/Performance of the project’s output post implementation, and achievement of the project’s output and impact
② プロジェクトの成果はステイクホルダーが本当に望んだものであったかどうか、脱落や誤解があったのではないか/Whether the project’s output was what the stakeholders were actually expecting, or whether there was an omission in or misinterpretation of the specification
③ 予期していなかったリスクや環境の変化/Risks that were not considered or changes to environment that were not anticipated
④ 神のみぞ知る、プロジェクト・ティームがどうすることもできない要因/Acts of God beyond the project team’s control.

2 プロジェクトの成功をどの様に評価したらよいのか?:評価枠組の提案

「プロジェクトの成功を評価する枠組として、鉄の三角形では不十分である」という主張には、実証的な根拠があることを見てきました。プロジェクト・マネジメントはプロジェクトを成功に導くことを目指す実践なのですから、どの様なマネジメントが求められるのかを考える上で、「プロジェクトの成功とは何を意味するのか?」に関する共通認識は極めて重要です。

2では、鉄の三角形の不十分性を克服する「プロジェクトの成功を評価するための枠組」を検討していきたいと思います。
以下の順番で話を進めていきます。
①が提案で、②はその材料、③④は提案の構成の説明、となっています。

① このテキストで提案する評価枠組を紹介します。最初に提案内容を示した方が、それに至るプロセスを理解することが容易になると考えるからです。
→「本テキストの提案:4軸8項目からなる成功評価の枠組」

② プロジェクト成功の評価枠組に関する代表的な提案を取り上げました。これらは、本テキストにおける評価枠組の提案を組立てる上での基礎や材料となるものです。
→「プロジェクト成功の評価枠組に関する主要な提案を振り返る」

③ 持ち越した問題である「鉄の三角形の達成がプロジェクトの成功につながらない要因」を、「鉄の三角形達成の成功・失敗Xプロジェクトの成功・失敗のマトリックス」で分析します。
→「プロジェクト・マネジメントの成功・失敗と鉄の三角形の達成・不達成の関係を分析する」

④ これを解決する上では、「評価枠組の見直しとプロセスの見直しの両者を連携させて進めていくことが必要である」と提案しています。
→「プロジェクト成功の評価枠組とプロセスの見直しを連携させる」

提案した評価枠組を用いた実際のプロジェクトの評価事例は、演習問題の回答事例として提示しました。

2.1 本テキストの提案:4軸8項目からなる成功評価の枠組

本テキストで提案するプロジェクト成功の評価枠組は下表の通りです。

図1
提案の趣旨は以下の通りです。
⓪ プロジェクトの評価枠組は、次の4軸で構成されています。

・鉄の三角形QCTのCTに対応する「①プロジェクトの効率的遂行」
・多次元なニーズやファジーな始まりに対応する「②プロジェクトの成果とプロセス」
・プロジェクト的企業観と中長期の観点に対応する「③プロジェクト実施主体の能力構築への貢献」
・昨今重視の傾向にあり、本来無視してはならない「④社会的課題解決への貢献」

「プロジェクトの効率的遂行」:鉄の三角形QCTの内、CTはプロジェクトの効率性という評価軸の中の評価項目としました。これは後出のシェンハーの提案に即しています。
CT対応では、単純に初期に設定した目標を充足することが成功とはいえないので、3点付記しています。

・コスト超過が必ずしも失敗と評価されている訳ではないので、プロジェクトの事業戦略上の重要度や予算の柔軟性を確認することが必要であること
・コスト・エンジニアリング的な対応だけではなく調達戦略も重要なこと
・スケジュールに関しては、短中長期の多次元的な時間尺度が重要なこと

「プロジェクトの成果とプロセス」:プロジェクトの成功とプロジェクト・マネジメントの成功をバラバラに見るのではなく、統合して捉えることを意図しています。

・鉄の三角形QCTの内、Qは成果物に対する他の評価要素と合わせて、成果物に対する多次元的なニーズへの対応の一要素としました。多くの提案が、鉄の三角形を一括してプロジェクトの効率性として扱っているのとは異なっています。
・「成果に対する多次元的なニーズ」では、機能、品質、使やすさ、課題解決への貢献、成果に関する満足度などを例示的に挙げ、特性に応じて多元的にとらえるべきことを強調しています。
・品質をプロジェクトの目的やユーザーのニーズと結びつけるために、留意事項として、事業戦略を目標・要求条件へと展開し成功指標を設定すること、オーナーのニーズも一元化されている訳ではないこと、ユーザーの観点を忘れてはならないことを付記しています。
・プロジェクトのプロセスとして、当初は曖昧な目標の明確化や豊富化がなされているかどうか、を組み込んでいます。これは、「抽象的で曖昧性を孕んだ目的というファジーなプロジェクトの始まりでは、目的—ミッションを明晰にして共有することが重要である」との本テキストの基本的立場を反映したものです。これに対応したマネジメント・プロセスの開発は、PM3.0における最も重要なテーマの一つとなります。

「プロジェクト実施主体の能力構築への貢献」:企業の活動の中心がプロジェクトであるとする「プロジェクト的企業観」からは、重要な成功評価軸となるべきもので、中長期的な成功評価の中心になると考えます。

・個人やティームのレベルと組織レベルの2つのレベルを設定しました。
・プロジェクトを通じて知識が創造され、それが個人、ティーム、マネージャーの能力構築につながるものでなくてはならないので、これが実現していることを評価項目として採用しました。
・組織レベルでの能力構築は、効率と効果の2つに分解しました。
・効率は、文字通り業務効率の向上や財務的な業績の向上です。その見通しがプロジェクトの継続か中断かの判断では重要な観点となり、事後評価においても当然主要な評価要因となります。
・効果としては、組織レベルの能力やブランド構築を挙げました。これらは中長期的なプロジェクトの効果であるので、プロジェクト・マネジメント上はこれにつながる目標や要求事項の設定とマネジメント上の先行指標が重要となるでしょう。先行指標としては、オーナー、マネージャー、ティーム間の信頼が構築されることが重要であると指摘されており、ここにおいても、ステイクホルダー・マネジメントが重要となってきます。

「社会的課題解決への貢献」:今回の改定で追加しました。プロジェクトが生活の質や持続性へ貢献することがその内容となります。プロジェクトに応じて適切な評価項目を設定する必要がありますが、独善的な評価に陥らないためには、社会的に普及している評価システムを利用することも検討すべきでしょう。

2.2 プロジェクト成功の評価枠組に関する主要な提案を振り返る

「プロジェクトの成功をどの様に評価するべきか」をテーマとする調査研究は多数発表されています。テキスト本編では8つの論考を紹介していますが、ここではその内の6点を紹介します。

最初の3点は、前世紀に発表されたいわば古典的な論文を含む、引用されることの多い論文です。残る3点は今回の改定に当たって追加した2017年から2021年の間に発表されたものです。

何故過去研究をレビューするのか?
人間の考えることには共通の傾向がある一方で、おかれた立場や状況、問題意識によって異なった観点を有することになります。自分が新しく考え付いたと思っていたら、とっくの昔に同じことを実は誰かが既に言っていたり、当然こんな事誰かが言っていたであろうと思うようなことを誰も言っていなかったり、他人の論考に触れることで曖昧だった自分の考えの輪郭がくっきり浮かび上がってくるなど、様々な場面があります。

この様に、過去の提案をレビューすることには大きな意義があると思います。しかし、お急ぎの方は「プロジェクト・マネジメントの成功・失敗と鉄の三角形の達成・不達成の関係を分析する急ぐ方は「7)プロジェクトの成功評価に関する研究をまとめると何が言えるか」に直行してください。

1) アトキンソン:鉄の三角形に替わる評価軸成功の四角形を提案する

注2. Roger Atkinson, Project Management: Cost, Time and Quality, two best Guesses and a Phenomenon, Its Time to accept other Success Criteria, 1990

この提案は、1990年プロジェクト・マネジメントに関する有力な学術雑誌International Journal of Project Management誌に発表されたもので、この種の議論の先鞭を切った論文です。

プロジェクト・マネジメントの基本的評価枠組である鉄の三角形を批判的に検討し、これに替わる「成功の四角形(The Square Route)」を提案しています。アトキンソンは、設定されたコストと時間は最善の想定値であり、質も成果物の現象面を捉えたに過ぎず、プロジェクトの成果がこれら設定指標に合致したとしても、それ以上の意味は持たないと述べています。

■新たな評価の観点を見いだすことが重要である
プロジェクトの成功の評価に用いている物差しに誤りがあるのであれば、「誤った物差しで成功したプロジェクトを選び出し、それらに共通する要因を取り出してきた、従来のプロジェクト成功の要因群の抽出にも誤りがある」と推論することには合理性があります。

では、鉄の三角形以外に、どの様な観点が重要なのでしょうか?
アトキンソンは、次のように主張します。効率性Efficiencyから有効性Effectivenessへの視点の移行です。

図18

・鉄の三角形はプロジェクトの実施過程を対象としており、正しく実施されているか?を問うものである
・しかし、生命維持システムの様な対象を考えた場合、重要なのは正しい成果物を得ることである
・プロジェクト・マネジメントのプロセスを対象とする評価は、効率性を計測しようとするものである
・プロジェクトが生み出したシステムや組織に対する便益の成功の計測においては、評価軸は、適切な成果物が獲得できたか、プロジェクトの目標に合致しているか、つまりプロジェクトの効果の測定へと変化する

アトキンソンは、プロジェクトの効果を測る3つの範疇が重要であるとして、これに実施プロセスを評価する鉄の三角形を加えた成功の四角形を提案しています。
• 成果物の技術的強み
• 開発した組織にとっての便益(直接的)
• 幅広いステイクホルダーにとっての便益(間接的)

つまり、下式となります。
プロジェクトの成功={「正しく」=鉄の三角形}
+{「正しい」=成果物の技術的強み+直接的便益+間接的便益}


本提案の評価
プロジェクトの成功評価において、以下の3点を提案したことは重要です。

・QCTではとらえきれない成果の多面的な評価が必要であること
・特にプロジェクト完了後に実現する便益を強調していること
・幅広いステイクホルダーを考慮している事

一方、以下の2点の疑問が残ります。

・多元化された評価項目に対応する内実が具体化されていくプロセスで、目的の解釈の誤りなど、コミュニケーション不全についても検討する必要があるのではないか?
・完了後の便益は、コストの様にはプロジェクト実行中には確認できない。では、マネジメント上どの様に対応すればよいのか


2) バカリーニの提案:LFMロジカル・フレームワークを用いてプロジェクトの成功を定義する

注3. David Baccarini, The Logical Framework Method for Defining Project Success, Project Management Journal 1999

この提案は、1999年PMIの発行するProject Management誌に発表されたものです。LFMロジカル・フレームワークを用いた分析の結果、プロジェクトの成果物の成功(Product Success)とプロジェクト・マネジメントの成功(Project Management Success)は区分されるべきであり、プロジェクトの成功(Project Success)を両者によって定義することを提案しています。尚、LFMは重要な手法ですので、テキスト本編を参照して下さい。

プロジェクトの成功とプロジェクト・マネジメントの成功を区別する
バカリーニは、プロジェクト・マネジメントの文献において、通常この二つの概念の関連付けは混乱していて同質のものとして取り扱われているとし、この様な混乱に対して下記の区別を提案しています。

プロジェクト・マネジメントの成功:プロジェクトのプロセスに焦点を当てたもので、成功は、時間、費用、質に関する目標(objectives)の達成によって評価される。また、プロジェクト・マネジメントがどの様に実施されたかについても関心を持つ。
プロダクト(成果物)の成功:プロジェクトの最終成果物の有効性によって評価される。
プロジェクトの成功 = プロジェクト・マネジメントの成功 + プロダクトの成功

図19

LFMを用い目標系の4層構成を提案する
LFMを適用した結果、階層的な目標系として下記の4レベルを設定しています。

レベル1プロジェクトの目標:Project Goal
プロジェクトがその実現に貢献し、かつプロジェクトが整合性を保たなければならない組織の戦略計画を規定する、組織の全体的な戦略的方向性であって、プロジェクトの正当性の根拠であり、長期の目標である。
レベル2プロジェクトの目的:Project Purpose
プロジェクトの目的は、プロジェクトの目標を実現するための手段であり、プロジェクトに要求される産出物を規定する。プロジェクトの目的の成功は、成果物がユーザーのニーズを充たすか否かにより計測される。
レベル3プロジェクトの産出物:Project Outputs
プロジェクトの産出物とは、プロジェクトの諸活動によって生み出される直接的で、固有で、可視的な結果である。産出物は、プロジェクトが何を産出するのかを説明している。
レベル4プロジェクトへの投入物:Project Inputs
プロジェクトへの投入物とは、産出物を提供するのに必要な諸資源や諸活動である。諸活動は、どのようにプロジェクトが実行されるかを定義するもので、WBS、責任分担、スケジュール、予算が主要な要素である。

プロダクト成功の評価の視点は3点
では、プロジェクトの成功に直結するプロダクト成功は、どの様に評価されるのでしょうか?評価軸として、3点を提案しています。

① プロジェクト・オーナーが有する組織の戦略的目標に合致しているかmeeting the project owner’s strategic organizational objectives (project goal)
② ユーザーのニーズを充たしているかsatisfaction of users’ needs (project purpose)
③ ステイクホルダーのニーズ(但しプロダクトに関係するものに限定)を充たしているかsatisfaction of stakeholders’ needs where they relate to the product

プロジェクト・マネジメントは成功してもプロダクトが失敗するのは何故か?
「プロジェクト・マネジメントには成功したが、プロダクトは不成功に終わる」という根本問題に対しては、「顧客のニーズを部分的にしかとらえていない要求事項の実現のみが追求されるためである」としています。
Meeting specifications is not enough. Poor project definition and weak articulation of product requirements may result in dissatisfied customers even when project specifications are fully met.

プロジェクトの成功におけるプロジェクト・マネージャーの役割とは何か?
では、プロジェクト・マネージャーはどの様にしてプロジェクトの成功に貢献できるのでしょうか?
バカリーニの見解は、プロジェクト・マネージャーの役割を非常に限定的に捉えています。

目標系のレベル1とレベル2(Project Goal and Purpose)は、プロジェクトの実施を決定した組織の上位レベルによって定義される戦略レベルの目標(strategic objectives)で、プロジェクト・マネージャーにとっては所与であり、前提条件となるものである。

・プロジェクトの目標・目的の設定はプロジェクト・ティームの管轄外で、プロジェクト・ティームの活動の焦点と権限は成果物の産出である。
・プロジェクト・ティームは早い段階で、プロジェクトの業務範囲の設定の一環として、成果物と目標・目的の関係付けの適切性the appropriateness of the linkage between the outputs, purpose, and goalを精査するとともに、プロジェクト期間を通じて目標・目的に対し意識的でなければならない。

■本提案の評価
LFMを用いてプロジェクトの成功を分析し、プロセス(マネジメント)の成功とプロダクトの成功との結合であるとして、プロセスとプロダクトを統合的にとらえる視点は重要で、傾聴に値します。しかし、下記の疑問が残ります。

・顧客の要求事項に対応する目標・目的の設定は上級者の領域とされ、プロジェクト・マネージャーはこれを理解して成果物につなげる、との役割に限定されている。つまりWhatとHowが分離している。

これで果たして問題は解決されるのでしょうか?

氏の主張では、「プロジェクト・マネジメント」と「プロダクト」の間の橋渡しは、プロジェクト・マネージャーによる精査、関係付けに依存しています。しかし、精査や関係付けで済まされることではありません。

この点は導入講で「着眼点1 組織活動は上から下への一方通行ではない。それぞれの役割の浸透が大事である」として述べたところです。具体的なプロセスは、第3講以降で検討することにします。

3) シェンハーの提案:プロジェクトの成功を多次元で評価する

注4. AARON SHENHAR, Project Success: A Multidimensional Strategic Concept. 2001

この提案は、導入講で参照した『Reinventing Project Management』の著者であるシェンハーらによって2001年LRP(Long Range Planning)誌上で発表されました。領域や難易度を異にする127のプロジェクトに関する分析に基づき、多次元的なプロジェクト成功の評価枠組が提案されています。

本提案が興味深いのは、次の2点です。

・プロジェクトの成功とプロジェクト・マネジメントの成功を概念的に区分することを否定していること
・プロジェクトの難易度類型によって評価枠組の内実・力点が異なること、を主張していること

個人的には、シェンハーの著作に、最も親近感を覚えます。

図20

ケース・スタディから評価軸を導き出す
本提案の特徴は、15のプロジェクトを対象としたケース・スタディに加えて、127のプロジェクトを対象とした実証分析結果を用いて、因子分析によって13の評価指標を4つの評価軸にまとめている点です。これによって、評価体系が説得力を持ち、かつ大変分かり易くなっています。

図21

この結果、当初想定されていた3つの評価軸に、4番目の評価軸が加わり、更に2007年には5番目の評価軸が加わりました。

・第1評価軸:プロジェクトの効率性/Project efficiency
・第2評価軸:顧客への影響度/Impact on the customer
・第3評価軸:ビジネスの成功度/Business success
・第4評価軸:将来に向けた備え/Preparing for the future
・第5評価軸:ティームへの貢献度(2007年に追加される)

鉄の三角形QCTはCT効率性をQに分解されている
興味深いのは、通常鉄の三角形やプロジェクトの効率性として一括されるQCTの3項目の内、T時間とC費用はFactor 2:プロジェクト効率性軸に属することになりましたが、質(functional performance, technical specifications)は顧客への影響度軸に属する点です。

アトキンソンの項でも述べた、「目標goals・目的purposesから要求事項requirementsや要求品質が適切に敷衍されていないことがプロジェクトの成功とプロジェクト・マネジメントの成功が乖離する一因なのではないか」との疑問・問題意識とも合致し、この区分の方が妥当と考えます。

この区分を採用している研究者が殆ど見当たらないのは不思議なことです。多くの実践者にとって、QとCTはトレード・オフの関係にあり、この実践者の感覚からはQとCTを一まとめにすることには大きな違和感があります。一方、既存の体系に新しい体系を対置する、という研究者達の知的関心からすれば、既存体系に属するQCTを一まとめにしてしまいたい、という動機が働くのかもしれません。

中長期の評価やメンバーの満足度を取り上げている点にも注目すべき
プロジェクトによってもたらされる便益を短期(ビジネスの成功度)と中長期(将来に向けた備え)に区分しているのも大きな特徴です。この区分は、因子分析に基づくものです。

また、プロジェクト・ティーム・メンバーの満足度や成長を評価軸として取り上げている点にも注目すべきです。

■プロジェクト・マネージャーに戦略上の重要な位置付けを与えるべきである
シェンハーらの提案は、多次元の評価軸にとどまっていません。

「プロジェクトは、経済的価値を産出し競争優位性を強化するための強力な戦略的兵器と見做すべきであり、プロジェクト・マネージャーは、プロジェクトの事業上の成果に対するすべての責任を有する新たな戦略的リーダーとならなければならないproject managers must become the new strategic leaders, who must take on total responsibility for project business results。

変化の激しい今日、従来の様にプロジェクトの事業的側面に関する権限と、プロジェクト・マネージャーに付与されるプロジェクト遂行に関する権限を分割している余裕はない。」と、プロジェクト・マネージャーの戦略上の位置付けを重く見る記述をしている点は、前出のアトキンソンやバカリ―二と大きく見解を異にしています。

本提案の評価
シェンハーの提案は、実証分析に基づいた評価構造を反映する評価軸の提案にととどまっていません。

「プロジェクト成功をどの様に評価するべきなのか」が検討課題となったのは、鉄の三角形には限界があるからですが、「事業戦略とプロジェクト・マネジメントを結びつけ、プロジェクト・マネージャーがプロジェクトの企画・立案・選択などの従来管轄外とされ、上位レベルの業務とされている部分についても関与すべきである」との解決方法の提案に踏み込んでいる点が、アトキンソン、バカリーニの提案より実践的かつ根源的であると評価できます。

本テキストではシェンハーの提案を基礎に置くことにします。
プロジェクト・マネージャーの位置付けが変わることで、以下が課題となってきます。

① 戦略面、遂行面の両者をカバーできるような人材が十分存在するのか
② その様なプロジェクト・マネージャーをどう育成するのか

4) プロジェクト・マネジメントにおける10のパラドックス:筆頭は成功の評価枠組

注5. Knut Samset, Gro Holst Volden Front-end Definition of Projects: Ten Paradoxes and some Reflections regarding Project Management and Project International Journal of Project Management 2016

今回の改定で追加した論考の一つです。本研究は、「プロジェクトの初動期における意思決定が重要にもかかわらず、その重要性が認識されておらず、十分な時間や資源が投入されていないこと」を、10のパラドックスとして論じている、大変興味い論文です。

パラドックスの一番目として挙げられているのが、プロジェクトの成功評価を巡るものです。

・パラドックスその1:プロジェクトの成功は、戦略的成果よりも戦術的成果によって評価されている
The success paradox: Success is measured in terms of tactical performance rather than strategic performance

では、戦術的な成果と戦略的な成果の相違点とは何でしょうか?これを端的に表したのが、下図です。

図22

同図から分かる様に、図下半分の戦術的成果とは鉄の三角形に他なりません。

図上半分の戦略的成果ですが、本論文の著者たちは、戦略的な成功に関する最も影響力のある評価枠組みとして、米国のAgency for International Developmentや国連、OECDの枠組みに言及し、それらを参考にこの評価枠組みを提案したと述べています。戦略的な評価軸の説明を引用しておきます。

・有効性/Effectiveness
プロジェクトの目標が達成されている度合いで、ユーザーや市場に対して成果物が及ぼす第一階の影響を意味する
・ユーザーや社会のニーズとの適合性/Relevance
プロジェクトの目標がユーザーは社会の要求と適合しているか否か
・持続可能性/Sustainability
プロジェクトが完了した後に、プロジェクトの望ましい効果が持続するか否かである

本提案の評価
戦術的な成果と戦略的な成果に2分するこの提案は、すっきりしていて採用したくなるところですが、私としては以下の問題を指摘しておきたいと思います。

・質Qが戦術的成果として、C費用、Tスケジュールと同類項に扱われていること。
・プロジェクトを実施する主体の能力構築がプロジェクト成功の評価に組込まれていないこと。

5) 成功したメガプロジェクトから引き出せる教訓

注6. Aaron Shenhar, Vered Holzmann The Three Secrets of Megaproject Success: Clear Strategic Vision, Total Alignment, and Adapting to Complexity 2017

本研究は、これまでも度々参照してきたシェンハーとその同僚が2017年に発表したもので、成功したメガプロジェクトに共通する要因を見いだすことが研究の動機となっています。

そのためには、先ず、成功したプロジェクトを選び出す必要がある訳で、そのために成功の評価軸が設定されることになります。
成功軸としては以下が設定されています。

図6

特徴的なことは、社会に対するインパクトが採用されている点です。
この点について、同論文は以下の様に述べています。

・この評価軸は、他の通常のプロジェクトと異なるメガプロジェクトに固有な評価軸と言える。プロジェクトが、社会、人間性、科学、環境、国家や地域の福祉に及ぼす長期的な影響を及ぼすことを反映した評価軸である。

本提案の評価
メガプロジェクトでない通常のプロジェクトにおいても社会的なインパクトを考慮することが、プロジェクトの社会での受容、持続性や中長期的な成功につながると言え、もはや、メガプロジェクトに限定される評価軸ではない、と考えるべきでしょう。

6) 最新のPMテキストではどの様な評価枠組を提案しているだろうか?

注7. Stewart R. Clegg他 Project Management A Value Creation Approach 2021

本書は2021年の発刊なので、現時点では最も新しく出版されたプロジェクト・マネジメントのテキストと思われます。サブタイトルは「A Value Creation Approach」となっていて、プロジェクトを通じた価値創出を前面に押し出しており、プロジェクト・マネジメントへの技術主義的アプローチの限界性を克服するため、人間的・組織的側面に注目している点で、本テキストと同じ志向性をもっています。

プロジェクトは価値創出のための活動であるとし、その為には、プロジェクトの成功を適切に評価することが必要で、評価の軸として下記5点を提案しています。

① 効率性/ Project Efficiency:鉄の三角形のCost, Timeが該当する。プロセスの効率性という観点が加味されている。
② 成果目標への合致/ Performance Goals Delivery:鉄の三角形のQualityに相当する。
③ 学習とティームの発展/ Learning and Team Development:プロジェクトを通じての問題解決能力と創発的な事態への対応能力の向上である。
④ 目的への合致・価値の創出/ Purpose and Value Creation:成功評価の中核をなすもので、ステイクホルダーの期待に応えること、としている。
⑤ 革新と将来への備え/Innovation and Preparing for the Future:組織の学習と革新能力

図5

■本提案の評価
質を効率性に含まない点、将来に備えるやティームの発展を掲げている点で、基本的には、②で紹介したShenharの提案をベースにしていると言えるでしょう。

プロジェクト・マネジメントの実践から考えると、

・ステイクホルダーの期待に応えることができるように、プロジェクトの成果に求める質(機能的および非機能的質の両者)が設定されるべきである
・目的への合致・価値創出という観点から成果目標が導き出されているべきである

と考えますので、④は②と統合するのが適切ではないか、と考えます。

7) プロジェクトの成功評価に関する研究をまとめると何が言えるか
プロジェクトの成功をどの様に評価するべきかに関する主要な5つの提案と最近の3つの提案を見てきました。私たちの関心は学術的なプロジェクトの成功の定義にあるのではなく、

・プロジェクト・マネジメントがプロジェクトの成功に対して貢献するためには何を重視すればよいのか
・プロジェクトが陥りやすい失敗の罠を回避する上で、何が重要な課題であり、どの様な対応が有効なのか

という実践的なものです。

この問題意識からプロジェクト成功の定義や評価枠組という課題に遡ったのは、「プロジェクト・マネジメントの成功(doing things right)がプロジェクトの成功(doing the right things)に必ずしもつながらない」という欧米での問題提起が活発になされていてこれを見過ごすことはできない、と考えたからに他なりません。

プロジェクト・マネジメントの実践において有効なプロジェクト評価枠組を提案する準備作業として、参照した成功評価尺度の提案を対比するため、これらを下表にまとめました。

図4

成功の評価枠組を構成する上で得られた示唆
成功の評価枠組みに関する主要な提案を見てきましたが、私達が実践的に有効な評価軸・評価項目を構成する上で、以下の示唆が得られたと思います。

・CTは、成功指標として非常にクリアであり、Qとは異質です。QCTに固執するのでも捨て去るのでもなく、Qをプロジェクトの特性に応じて多元的にとらえ、プロジェクト・オーナーのニーズを反映した成功指標や要求事項設定につなげていくことが適切です。

・成果に求められる要求をQに集約することも考えられますが、技術的仕様に関心が限定されることが危惧され、多次元的な要求を明示的に扱うのが妥当です。

・本テキストの基本的立場「プロジェクト的企業観」からは、プロジェクトを通じて主体の能力が構築・増進しているのか、といった観点は非常に重要で、プロジェクトの成功評価において、見落としてはならない点です。

・中長期の観点からの評価軸は、プロジェクトを評価する上で重要ですが、プロジェクトを実施している時点では直接評価できるものではありません。マネジメントにどの様に中長期の観点を導入するかは、成功の評価枠組みのみで対応できることではなく、プロジェクトの目的の設定や戦略的なリスク評価などと連携した総合的なアプローチが必要となります。

・SDGsやESG投資の重視など社会課題重視の高まりの中、メガプロジェクトに限定されることなく、あらゆるプロジェクトにおいて社会的課題解決への貢献を成功評価の枠組みに加えることが必要です。

2.3 プロジェクト・マネジメントの成功・失敗と鉄の三角形の達成・未達の関係を分析する

鉄の三角形QCTの達成・未達とプロジェクトの成功・不成功との間の関係が、本節の主題でした。そこで改めて両者の関係を整理しておきたいと思います。

両者の関係を2X2のマトリックスとして、下表に示し、以下、4ケースについて、成功評価の枠組みにつながる論点を述べます。

図7

ケース1 :QCT達成Xプロジェクト成功
本ケースでは、QCTの達成はプロジェクト成功の必要条件であったかもしれませんが、十分条件ではない可能性があります。この時、プロジェクトの成功として何が評価されているのかを問題にしなければならない訳ですが、これはケース2で明らかにすることができます。

短期の成功・中長期の失敗
ケース1で更に検討しなければならないのは、プロジェクト成功という評価の持続性です。プロジェクト終了時点では成功であると評価されても、中長期的には打ち捨てられてしまったプロジェクトが数多く存在するので、この事態を回避するためにどの様な対応をとるべきなのか、という課題が浮かび上がってきます。

短期の成功・中長期の失敗という事態が発生する状況としては、大きく二通りが想定されます。

・プロジェクトの目的がそもそも誤っていた
・プロジェクトの前提としていた条件が激変した

目的を所与とした実施を前提とするPM2.0の守備範囲を大きく超える状況ですが、プロジェクト・マネジメントがプロジェクトの成功を目標とする実践である以上、最低限でもプロジェクト・マネージャーはこの様な事態が存在することを認識しておくべきと考えます。

プロジェクト・マネージャーはより積極的にプロジェクトに関与すべきである、という本テキストの立場からは以下の対応が求められます。

プロジェクトの目的がそもそも誤っていた:プロジェクトの出発時点で目的・目標の適切さを吟味する
プロジェクトの前提としていた条件が激変した:プロジェクトの出発時点でシナリオ・プランニングの活用など戦略的リスク・アセスメントを行う

ケース2 :QCT達成Xプロジェクト不成功
本講における検討が必要となった事態です。
QCT以外にあった筈の重要なプロジェクト成功の評価項目を、プロジェクト・マネジメントに取り込むことに失敗したのがプロジェクト失敗の原因であり、この様な事態を防ぐための評価軸・評価項目の提案が本節の目的でした。

次の4通りの状況が想定されます。

① QCT以外の成功指標の見落とし
プロジェクトにとって重要な成功指標がQCT以外である、と言う分かり易い事態です。それが果たしてQでカバーできないかは、よく考える必要がある様に思います。

② 事業戦略とプロジェクトの成果の乖離
プロジェクトが実現を担っている事業戦略の意図が、プロジェクト実行部隊に伝わらないという、戦略と実行の切断です。事業戦略や目的を解釈して、要求事項や実行へと具体化する際に、解釈や優先順位の設定に問題があり、伝言ゲームとなっている、と言う場合です。

③ プロジェクトの出発時点では目標が曖昧で不十分

曖昧な目標(抽象的である、多義的で人によって解釈が異なる目標)や、成功した状態から振り返って見ると不足している目標で出発するプロジェクトが増えてきています。この場合、プロジェクトを進行させることと並行して、目標の豊富化、具体化を図っていくことが必要となります。

④ 中長期的な成功につながるマネジメント方策が不十分
短期の成功・中長期の失敗の根本原因はケース1で述べた通りですが、この様な事態以外に、上手くやれば可能であったかもしれない中長期的な成功を獲得する機会を見失ってしまう、という事態が想定されます。
プロジェクト・オーナーと実行ティームの間のコミュニケーション不全や実行ティームの創意工夫が求められていない、反映されないといったことが原因となるので、コミュニケーションやモティベーション・マネジメントが重要となります。

ケース3 :QCT未達Xプロジェクト成功
代表的なケースとして挙げられるのが、シドニーのオペラ・ハウスや東海道新幹線建設プロジェクトであり、大幅なコストの超過が発生したものの、プロジェクトの成果は中長期的には極めて高く評価された、というケースです。

どの様な条件の下で、この様なプロジェクトが成立するのかを考えてみると、以下を挙げることができます。

・先見性のあるビジョンと強い信念を持ったリーダーが存在すること
・この様なリーダーによって、プロジェクトが開始されること
・ 一旦プロジェクトが開始されると、プロジェクトに対する社会的な期待の高まりや、強力な外部ステイクホルダーの登場など、中止することのできないプロジェクトの重大性が強化されること
・予算超過やスケジュールの遅延を上回る具体的な価値提案がなされ、これが承認され予算が増額されること

プロジェクト・マネージャーが、一人で実現することは実質的には不可能なので、以下が現実的な対応となると考えます。

自分が発意したプロジェクトの場合は守護神を見出す
プロジェクト・マネージャーとして任命された場合は、守護神不在の場合は降りる

ケース4 :QCT未達Xプロジェクト失敗
QCTの未達のみがプロジェクトの失敗要因とは限りませんので、プロジェクトを失敗に導くDON’Tsを次節3(第2講-その2)で検討することにします。
またQCTのマネジメントにおいて失敗しないことも重要なので、コスト・マネジメント、品質マネジメントにおいて掘り下げたいと思います。

■中長期的な観点をどう取り込むかは、これからの実践上の課題
中長期的な観点は重要な観点ですが、鉄の三角形を中心に展開してきたPM2.0においては明示的に取り扱われてきませんでした。

以下では、これまで散発的に述べてきた中長期的な観点に関する記述をまとめておくことにします。以下の記述は、中長期的な観点に立ったプロジェクト・マネジメントの方法論を編み出していく上でのほんの端緒に過ぎず、その発展は皆さんの肩にかかっています。

着眼点1. プロジェクトの目的が、中長期的には誤りであったり、プロジェクトが実現を担う戦略の大前提が崩れたりする場合は、そもそもプロジェクト・マネジメントの範囲外の意思決定に問題がある訳ですが、とは言え、プロジェクト・マネジメントとしては次のことが可能だと考えます。① プロジェクトを開始する時点で、戦略的リスク・アセスメントの一環として、シナリオ・プランニングの手法を用い、基本的な前提条件が大きく変わるケースとして何があるか検討しておく。

この検討において、失敗となるリスクにリアリティがある場合は、以下の対応をとる。

プロジェクトの中止を提案する。
プロジェクトのスコープを変え、別のシナリオでも有効なテーマを盛り込む提案をする。

② プロジェクト成功の評価枠組みを用いて目的を吟味し、MBS(Mission Breakdown Structure)作成や要求事項設定など目的を具体化するプロセスにおいて、その欠落や不十分性を補う努力をする。

着眼点2. 先進性があり、中長期的にはやるべきプロジェクトと考えられるのですが、短期的視野のフィジビリティ・スタディ(FS、実行可能性検討)を通過しない場合は(東海道新幹線の様なケース)、下記の対応が考えられます。

● プロジェクト推進の守護神が存在するかどうか確認し、無い場合はその発掘に努める
普通のやり方では短期のFSを通過しないので、以下の何れかの対応をとる。
・大局的な判断で押し切る
・通常のFSでは考慮されない中長期の便益を盛り込む
・短期のFSを通過するような前提条件とする
 必ず、中止や縮小しようとする揺り戻しがあるので、それに対抗できる環境を整える。
・原案通りのプロジェクト遂行を支援する外部環境を整える
・費用を上回る具体的便益を見いだし、プロジェクト正当化や予算超過の根拠を強力にする

着眼点3. 中長期的な成功の観点をプロジェクト・マネジメントに組み込むための方策を取り入れます。この時中長期的な観点は、潜在的であったり、抽象的であったりして、プロジェクトの出発時点で言語化・定量化できる要求条件になっていない場合が多く、また言語化されていても、プロジェクト・ティームは適切な解釈ができない可能性もあるので、以下の点に留意することが必要です。

● プロジェクト・オーナーの真の動機を探り出し、コミュニケーションの基盤を築く
● 上記の方法などで、プロジェクト・オーナーとの信頼関係を築く
● 信頼関係を基盤として、中長期的な成功指標の構築を、オーナーやティームの協働作業として行う
● 類似事例やモデルなどのオブジェクトを用いて、言語で表現された成功指標の意味するところの、具体化、共有化に努める

2.4 プロジェクト成功の評価枠組とプロセスの見直しを連携させる

■鉄の三角形は達成したがプロジェクトが失敗に終わる4つの原因と4つの問い
「鉄の三角形QCTのマネジメントには成功したが、プロジェクトは不成功だった」との事態への対応として、ケース2の検討から次の4つの問いが設定できます。以下、これらを検討していきます。

① QCTでは見落とされてしまう成功指標を、どの様に取り入れるのか?
② 事業戦略の意図とプロジェクト実行の間の切断を、どう埋めるのか?
③ プロジェクト当初では曖昧や不足のあるプロジェクトの目標・目的に、どう対応するのか?
④ QCTの様にプロジェクト中には観察することができない中長期的な成功につながるマネジメントとして、何を行うのか?

■評価枠組とプロセスの見直しで課題に対応する
プロジェクト成功の評価軸・評価項目は、本来、プロジェクトの目標や要求事項の設定と対になるべきものであると言えます。
従って、成功の評価軸や評価項目のあり方が、プロジェクトの目標や要求事項の設定のあり方を変えるというルートを通じて、上記の設問が提起する課題の解決に資するものである必要があります。

しかし、目標や要求事項の設定の見直しのみで、上記の問題が解決される訳ではないことも明らかで、成功の評価枠組の見直しに対応したプロジェクト・マネジメントのプロセスの見直しも必要となります。

そこで、4つの問題提起を次の2つに区分し、対応の骨格を下図に示します。

・プロジェクト成功の評価軸・評価項目の見直し
・プロジェクト・マネジメント・プロセスの見直し

図8


■成功の評価軸・評価項目の見直し
次の4点が、見直しのポイントです。

① 鉄の三角形QCTがプロジェクトの成功評価として不十分だと批判されるのは、Q質という入り口や範疇では、技術的な仕様決定に関心が集中するため、プロジェクト・オーナーやユーザーの多様なニーズに応えられないからだと考えられます。Q質という一範疇に集約するのではなく、当初から成果に対するニーズは多次元的である、との認識を持つことが大事であると考え、これを明記することにしました。

② VUCAの時代と言われる中、プロジェクトの当初に、目的や要求事項を余すところなくかつ具体的に定義することは、本来不可能です。VUCAでなくても、プロジェクトがある程度進行してオブジェクト(具体物)に接することによって、潜在的なニーズを自覚するという側面を見逃してはなりません。従って、プロジェクトの成功の評価において、当初に設定した目標や要求と成果の合致のみではなく、プロジェクトを通じて目標や目的が豊富化されたか、を考慮することが重要となります。

③ プロジェクト的企業観に立つと、プロジェクトを通じて実施主体の能力が構築されたか否かは、死活的に重要な筈です。また組織の将来への貢献は、組織レベルの能力やブランド構築として発現すると捉えることができます。この2つの点から、プロジェクトの成功の評価において、プロジェクト実施主体の能力構築への貢献を明示的に位置付けることを提案します。

④ 社会的課題の解決への貢献も、プロジェクトの要求事項にその内容を設定し、それが実現したかどうかという、通常のプロジェクト・マネジメントの一環に含まれると見做すことも理屈上は可能でしょうが(またそうなることが当たり前になる日が来ることが望まれますが)、現時点では、それ自体を有力な評価軸として切り出しておく方が適切であると考えます。

■マネジメント・プロセスの見直し
次に、マネジメント・プロセスの見直しですが、何を見直すかを見落とさないようにするために、「鉄の三角形を達成したがプロジェクトが成功しないという事態が、どこでどの様に起こりうるか」を整理しておく必要があります。

スライド16

各段階で起こりうる問題と、マネジメントでの対応として以下を提案します。

プロジェクトは、戦略の実現へ貢献することが一義的に求められます。しかし、「プロジェクト・オーナー側で策定した戦略の意図が、説明や指示によってプロジェクト・マネージャーと共有され、プロジェクトの目標や目的に適切に反映される」は甘い期待であることが、明らかになっています。戦略とプロジェクト目標を繋ぐ、いわば「プロジェクト戦略」を、オーナーから一方的に付与するのではなく、オーナーとマネージャーの協働作業で策定することが必要です。

目標・目的を要求条件へ具体化する段階では、目標・目的の意図が適切に反映されていない、そもそも目標・目的をQCTとして具体的に規定することができないといった問題が生じます。また、仮に言語化したとしてもオーナーとマネージャー、マネージャーと実行ティームでは解釈が異なる恐れもあります。特に中長期的な成功にかかわる要素に関してはこの傾向が強いので、適切なオブジェクト(モデル)を用いて、具体物を通じて言語化できない意味の共有を図る必要があります。

プロジェクトの目標は、当初に決めきれるものではなく、プロジェクトがある程度進行することによって、当初漠然としていた目標や自覚していなかった目標が明確となる「目標の創発」が起こり、これがプロジェクトの成果を豊かなものにすることに貢献します。従って、プロジェクト期間を通じて、プロジェクト目標のマネジメントを行う必要があります。これは、ステイクホルダー・マネジメント、ステイクホルダー・エンゲージメントの中核的要素の一つであると言えます。

運用の成果の段階では、何らかの事情により、成果が期待外れである、という状況が起こり得ます。
これは、以下の極めて根本的な原因によるものです。

• 目的の設定が間違っていた
• 環境条件が大きく変化した

この様な問題への対応は、PM2.0のプロジェクト・マネジメントの範囲を超えている訳ですが、PM3.0では等閑視することのできない問題です。以下の対応が必要であることは前述した通りです。

●  プロジェクトの目的がそもそも誤っていた:プロジェクトの出発時点で目的・目標の適切さを吟味する
● プロジェクトの前提としていた条件が激変した:プロジェクトの出発時点でシナリオ・プランニングの活用など戦略的リスク・アセスメントを行う


お疲れさまでした。第2講-1はこれで終了です
第2講‐2はこちらのリンクからご覧になれます。

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©中分毅 (Licensed under CC BY-NC-ND 4.0)

これまでの『変革の時代の組織リテラシー』noteはこちらからご覧いただけます。


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