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「変革の時代の組織リテラシー」 第4講 その1ー目標設定におけるトレードオフの解決

品質マネジメントで重要なのは、目標設定におけるトレードオフの解決とプロジェクトの進行段階に応じた焦点の設定です。

品質はPMの鉄の三角形QCTの一角を占めるものですが、Cコスト、Tスケジュールがプロジェクトの制約や効率性(efficiency)に属するのに対して、品質マネジメントは要求の実現過程を対象とし効果(effectiveness)に属するという相違点があります。品質は、期待や要求事項を満たす諸特性が総合されたものと定義されるからです。
6記事目となる今回と7記事目となる次回は、品質マネジメントに他のテキストとはやや異なった観点からアプローチします。

品質の定義の一例
プロジェクト・マネジメントは不十分であるとして提案されたベネフィット・マネジメントBRM(Benefits Realization Management)の知識体系であるManaging Successful Programmes 2011 editionは、以下の様に品質を定義しています。
Quality is defined as the totality of features and inherent or assigned characteristics of a product, person, process, service and/or system that bears on its ability to show that it meets expectations or stated needs, requirements or specification.

では、品質のマネジメントはどの様な行為で構成されるのでしょうか?PM2.0の品質マネジメントの構成は下図で表すことができます。

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品質マネジメントは、品質計画(Quality Planning)と品質管理(Quality Control)に大別されます。

・品質計画では、プロジェクトの成果を定義し、成果が満たすべき品質基準(目標)を定めます。品質基準は多岐に亘りますが、各品質についてその実現に誰が責任を持つのか、各品質が達成されたことをどの様に確認するかを定めます。
・品質管理では、出来上がった成果物やその部分について基準を満たしているかどうかを検査し、満たしていない場合は修正ややり直しを求めます。これらの経過は所定の書式で記録され、最終的に基準を満たした成果がプロジェクト・オーナーによって受領されます。

以上の一連の計画や手順が重要であることは、それが無い場合の混乱を想像すれば容易に理解されることで、プロジェクト・マネージャーにとって必須の知識であることは間違いありません。

しかし、それで十分でしょうか?
この様な、手続き論的な知識は重要ですが、まるでお経の様なもので、これだけでは実践者は困るでしょう。
プロジェクト・マネージャーは、先ず、品質目標の設定において、品質とコストに代表されるトレードオフに直面することになります。
品質目標が設定されてそれを実現する段階では、詳細化・具体化の進展に応じてマネジメントの焦点やスタイルを変えていく必要があるでしょう。
本講ではこの二つのテーマに取組んでいきたいと思います。
<目次>(これはnoteで勝手に入ります)


このnoteは、多摩大学大学院の講義で使用してきた教材を下敷きに、その大幅改定のためのドラフトを、クリエイティブコモンズ[©中分毅 (Licensed under CC BY-NC-ND 4.0)]として公開するものです。
この記事の最後に、教材詳細版のPDFダウンロードリンクを載せていますので、ご関心ある方はぜひご活用ください。

はじめに(第4講の構成)

第4講のテーマは、目標設定におけるトレードオフの解決と詳細化・具体化の進展に応じたマネジメントの焦点やスタイルですが、以下の順番で話を進めて行きたいと思います。

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A 品質目標設定においてはトレードオフ・優先順位付けが焦点となります
1. 品質に関する目標、要求事項の設定において何が問題か?

建築における環境配慮という具体例を用いて以下を説明します。
・品質とコストは一般的にトレードオフの関係にあること
・品質を構成する要素は複数であり、品質要素間にもトレードオフの関係があること
・よって、品質目標の設定においては、トレードオフの解決、品質要素の優先順位付けが必要なこと
2. トレードオフの解決手法/優先順位付け手法を学ぶ
筆者がプロジェクト・マネージャーが知っておくべきと考える11の手法を下記5範疇に区分し、noteではその内の7手法を具体的に紹介します。
① 収益力に基づく経済性評価
② 便益の金銭化、効用・リスク対費用による評価
③ 重要度の主観的評価(方法は単純)
④ 重要度の主観的評価(方法は工夫されている)
⑤ 俯瞰的・多段階的評価
B プロジェクトの段階によって異なる品質マネジメントの焦点
3. 品質マネジメントにはプロジェクトの各段階に応じた固有のテーマがある

トレードオフの解決や優先順位付けを経て設定された品質目標の作りこみにおいてはプロジェクトの各段階に応じた固有のテーマがあることを押さえます。
4. 相互関係・情報連関に基づいて業務順序やコミュニケーションを組立てる
プロジェクト成果の詳細化や具体化に伴って業務パッケージ数や関係者が飛躍的の増大する中、無用な手戻りを最小化するための関係者間での問題や情報の共有、意思決定の順序の重要性が高まります。これに向けた有効な手法であるDSMとそれを発展させたAlignment Matrixを紹介します。
5. 品質機能展開QFDによってWhatとHowを結びつける
What設定された品質目標とHow品質目標の実現を結びつける有力な方法論であるQFDを紹介します。
Cでこれらを要約します。

第4講は、Aを扱うその1、B,Cを扱うその2に2分割しました。このノートはその1です。


A. 品質目標設定におけるトレードオフの解決・優先順位付け


品質マネジメントの前半では、下記の2つについて述べることにします。
① 品質に関する目標、要求事項の設定においてトレードオフの解決、品質要素の優先順位付けが必要なことを、建築における環境配慮という具体例を用いて説明します。
② プロジェクト・マネージャーが知っておくべきと考える11の優先順位付け手法を5範疇に区分し、そのうちの7手法は事例を用いて比較的丁寧に紹介します(テキスト本編では全手法を紹介しています)。

1 品質に関する目標、要求事項の設定において何が問題か?

プロジェクトの目標に基づき品質に関する要求水準を設定する必要があることは自明と言えます。しかし要求水準の設定は、それ程単純なことではありません。そこには次の二つのトレードオフ(Trade-off)、一方を追求すれば他方を犠牲にせざるを得ないという関係、が存在しているからです。
① 品質とコストは一般的にトレードオフ(Trade-off)の関係にあります
② 品質を構成する要素は複数であり、品質特性間にもコストを経由したトレードオフの関係が存在します
注1. 品質特性:以下、品質を構成する要素をAgile開発におけるFeaturesという表現にも考慮し、品質特性と呼ぶことにします。
プロジェクト・マネジメントの伝統では、鉄の三角形QCT:Quality Cost Timeの間のトレードオフのマネジメントが中心的な課題と見做されてきました(第2講BOX07「プロジェクト優先順位マトリックス」参照)。

1.1 製品設計におけるトレードオフ

機械部門の技術士事務所を主宰する田口宏之氏は、製品設計のキモにおいて、トレードオフになりやすい関係の例として、下図の様な例を挙げ、以下の様に述べています。トレードオフにはクリエイティブな側面があり、イノベーションの源泉となる場合もあります

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・安全性向上とコストアップは最も典型的なトレードオフの例である。消費者からは「安全とコストを天秤に掛けるなどあってはならない」という声が聞こえてきそうだが、安全のために無限のコストを掛けることができないのはやむを得ない。安全性の要求事項や基準を満足させつつ、許容されるコストに抑える方法を設計者は常に模索しているものである。
・トレードオフの存在は技術革新やイノベーション、製品差別化の源泉でもある。安価だが安全な製品、デザイン性が高いのに非常に使いやすい製品、といった難しいトレードオフを解決できれば、社会を大きく変えるような製品を生み出せる可能性もある。コストは掛かってでも、地球環境に優しい製品作りをするといった自社戦略を掲げれば、それは他社との差別化にもつながっていく。

1.2 建築の環境配慮への投資の事例で見る品質と費用のトレードオフ

品質と費用は一般的にはトレードオフの関係にあるので、プロジェクト・マネージャーには、「両者のバランスをどこでとるかをプロジェクト・オーナーが決定するための判断材料」を準備することが求められます。
ここでは、企業にとっての今日的課題である環境配慮投資を事例として、トレードオフを具体的に説明することにします。
省エネルギー投資の限界効果は低減していく
省エネルギー対策には様々なものがあり、その効果を“省エネルギー効果÷投資額”で測って投資効果の高い順に並べていくことができます。この効果の高い順番に対策を採用していくと、追加する投資に伴う省エネルギー効果は(当然のことながら)段々低くなっていきます。
下図はデータがやや古いのですがこの関係を示したもので、横軸に投資額の増加率、縦軸にエネルギー削減率が示されています。投資の増加につれて曲線の傾き(効果の増加÷費用の増加)は緩やかとなっています。
この様な傾向は、一般に限界生産力逓減の法則と呼ばれています。

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省エネルギー目標をどこに設定するか?①-先ず省エネルギーの経済効果から検討する
では、ビルの新築プロジェクトにおいて、プロジェクトの環境品質である省エネルギー目標をどこに設定すればよいのでしょうか?この目標設定は、省エネルギー投資の効果が逓減する中で、投資水準を決定することに他なりません。では、投資水準をどの様に決定すればよいのでしょうか?
基本的な判断基準は経済効果で、省エネルギー対策の採用に伴う工事費の増額が、完成後のエネルギー・コストの低減で回収できる水準で、投資水準を決定するという考え方です。
下図は、この関係をモデル的に示したものです。

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・赤い曲線は、二酸化炭素排出量削減率と建築工事費の増加率の関係を示しています。限界生産力逓減の法則を反映して、投資効率は低下し曲線の傾き(コストの増加÷CO2削減率の増加)は徐々に増大していきます。このモデルでは、30%削減するための対策によって工事費は6%増加することになります。
・青い曲線は、エネルギー・コストの低減効果の何年分で工事費の増額が回収できるかを示しています。二酸化炭素排出量削減の増加に伴って回収年は指数関数的に長期化します。同じく30%の削減に要する対策費用は12年で回収可能なことを示しています。
・環境配慮対策は設備機器によるところが大きく、15年程度で更新する必要がありますので、投資回収年がこれを上回る場合には、経済的には現実性がないという判断となります。
以上のことから、本モデルの場合、30%程度の削減であれば対策の投資を機器の寿命内の12年で回収することができるので、環境配慮に関する品質目標を30%の二酸化炭素削減に設定する、との判断が導かれることになります(現在この水準は40%程度に改善されているとのことです)。

省エネルギー目標をどこに設定するか?②-省エネルギーの経済効果以外も考慮する
積極的な環境投資を行おうとする企業の場合、上記の省エネルギー効果によって環境投資を何年で回収できるのかという経済的評価に基づく判断以外に、下記の様な効用も考慮することになるでしょう。
① 思い切った環境投資を行った結果、マスコミで報道されるなど広告宣伝効果を期待できる。
② 環境配慮企業として、環境配慮企業向けの低利融資や安定株主による株式取得など、ファイナンス上の効果が期待できる。
③ 環境配慮企業として就職希望者が増大するなど、リクルート上の効果が期待できる。
④ 将来一段と規制が強化された場合の対策費用の追加が不要となり、カーボン・リスクが低減する。
⑤ 多少の費用がかかっても環境配慮建築を選択するという環境配慮企業の入居が期待でき、賃料プレミアムが期待できる(賃貸の場合)。
これらの効果を何らかの方法で金銭表示し、省エネルギーによる経済効果と合算して考慮すると、環境配慮投資の回収に要する期間は短縮されるので、投資額は増加することになります。

環境性能だけが建築物の重要な品質なのではない
環境配慮を例に一つの品質特性(建築性能)のみに着目した品質と費用のトレードオフについて述べてきましたが、当然のことながらプロジェクトの品質特性(建築性能)は一つではなく複数あります。
これらの品質特性は費用を巡って競合する関係にあり、予算が一定額であれば、特定の品質特性を重視すれば他の品質特性への費用配分は削減せざるを得なくなります。
従って、建築プロジェクトにおける品質目標や要求事項を設定することは、品質特性間のトレードオフを分析し、トレードオフを解消することに他ならず、プロジェクト・オーナーにとっての総合的な品質目標の中で、各品質特性を位置付けバランスさせることが必要となってくる訳です。
以上を整理すると、下図のフロー図となります。 

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1.3 トレードオフへの対応フロー

ここでは、トレードオフに直面するプロジェクト・マネージャーはどの様に行動すべきか、という観点からトレードオフへの対応を考えていきたいと思います。1.2で参照した田口氏は、製品設計におけるトレードオフへの対応フローとして下図を提案しています。

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① 要求事項の明確化
要求事項が明確にならないと、どの様なトレードオフに対応しなければならないのかも検討できないので、要求事項の明確化は先決事項です。しかし、プロジェクトの出発時点で全ての要求事項を引き出すのには無理があることは第2講で述べた通りです。先ず、事例研究やモデルなどの具体的な媒体を用い、根幹的な要求に絞って明らかにしていくことが重要です。
② トレードオフの抽出
検討を進めて行くと、トレードオフの関係にあるものが浮かび上がってきます。この中で、要求として重要性が高く、問題解決の困難度の高いものを抽出します。
③ トレードオフの分類
一義的にはトレードオフ関係にあるけれども設計等の工夫によって要求事項を両立できる可能性が高いものと、両立が不可能な事項に区分をします。それぞれの課題に対する対応方法が異なるからです。
④ トレードオフの両立の検討
両立可能と判断された要求事項を両立させる具体的方法を検討します。トレードオフがイノベーションの源泉となる、というのもこの様なプロセスがあるからで、③における判断とともにプロジェクト・マネジメントの創造的局面の一つと言えるでしょう。
⑤ トレードオフの優先順位の検討
両立できないトレードオフには優先順位をつけて、優先しない方の要求事項を緩和することを検討します。
使い勝手とデザイン、機能と価格など即座に判断するのが困難である場合が多く、プロジェクト・マネジメントにおける関係者の合意形成の重要な場面の一つです。

■要求事項を明確にしつつ優先順位をつけていく
品質目標の設定においては、プロジェクト・オーナーも全ての要求を明確に認識している訳ではないのですが、性急に要求の明示を求めることが適切でないことは、第3講で述べた通りで、プロジェクト・マネージャーは
      要求事項を明確にしつつ優先順位をつけていく
という難度の高いテーマに取組む必要があります。
要求事項の明確化については第3講で述べたので、続く2では、主要なトレードオフの解決手法/優先順位付け手法を紹介することにします。


2 トレードオフの解決手法/優先順位付け手法を学ぶ


品質とコストの関係において、下記の二つが課題となります。
課題01:品質も抑えてコストも抑えるのか、コストを投入して品質を高めるのか、どちらを選択するのか?
課題02:限られたコストを、複数の品質特性(Features)間でどの様に配分するのか?
課題01が品質とコストの間のトレードオフ問題であることは分かり易いのですが、課題02もある品質特性に予算を重点配分すれば、他の品質特性への配分が犠牲になる訳なので、品質特性間のトレードオフ問題であることが分かります。
課題02の場合、品質特性に優先順位をつけ、これに基づいて予算を配分することでトレードオフを解決するのですが、課題01の場合も、品質とコストの優先順位をつける問題と言う側面があります(ただし、コストが絶対的な制約ではない場合ですが)。
つまり、トレードオフの解決においては、優先順位付け手法(Prioritization Methods)が必須である訳で、これはトレードオフ対応フローにも示された通りです。

2.1 優先順位付け手法の一覧

優先順位付け手法に関する網羅的な解説書を目にすることは稀なので、プロジェクト・マネジメント上有効性が高いと思われるものを選択してその特徴や問題点を記述することにしました。
テキスト本編で紹介している手法を下表に示します。

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2.2 優先順位付けの条件から見た手法の選択

各手法を、選択において何を考慮しなければならないかという選択条件の観点から整理したのが、下のフロー図になります。
尚、フロー図に於いて赤字にした7手法は、プロジェクト・マネージャーが必ず知っておくべきもの(収益力に基づく経済性評価)か、知っておくことが望ましい手法なので、noteでも個別に説明することにします。

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■金銭的な評価が必須な場合の手法
最初の選択肢は、経済性評価つまり投入する費用と得られる便益の両者を必ず金銭的に表示して、これに基づいて優先順位や採否を判断することが絶対に必要なのか、そうではないのか、と言う点です。
これがYESの場合、次の判断ポイントは、便益の金銭的評価が直ちに可能か(データが存在するか)という点です。
・これもYESの場合には、必要な情報を収集して、「1.収益力に基づく経済評価」で品質特性の採否やその実現の程度(つまり品質目標)を設定することになります。
・これがNOの場合、即ち直ちには金銭的に表示できない便益がある場合には、何らかの方法で金銭表示するかそれに準じる方法を検討し、評価を行います。「2.便益の金銭化、効用・リスク対費用による評価」を用い得ることになります。

金銭的な評価以外の手法
金銭的な評価が馴染まない場合あるいは金銭的な評価が困難な場合、金銭に替わる優先順位付けのための重要度評価をどの様に行うかが問題となります。
この重要度評価は、プロジェクト・オーナーや成果のユーザーなどの主観的評価を何らか数値化することになります。
・一つの方法は単純な主観的重み付を用いる方法です。これはどんな場合にでも使うことのできる最終的な手段と見ることもできます。「3.重要度の主観的評価(方法は単純)」がこれに該当し、「優先順位付けマトリックス」がその最も端純な方法と言えます。
・これに対して、「4.重要度の主観的評価(方法は工夫されている)」と括ることのできる幾つかの手法があります。手法に導入されている工夫によって関係者の認識が可視化され、深い議論が可能になります。
・これらと趣を異にする手法として「5.俯瞰的・多段階的評価」があります。この手法では、個々の品質特性を幾つかの範疇に分類し、先ず範疇レベルでの重みを判断した後、次に各範疇内での品質特性の重み付へと進みます。4の③狩野モデルや④ODIは、この様な視点も併せ持っていると言えます。

2.3 意味の明快さや説得力など実践的有効性の観点からの選択

各手法の意味の明快さや説得力など実践的な有効性の観点からは、どの様な選択となるでしょうか?下記は筆者や筆者の仕事仲間の評価なので、学術的な根拠がある訳ではありませんが、実践的には妥当な判断だと思えるので、ここで紹介することにします。

① 方法論が分かり易く、優先順位付けに説得力の根拠がある:狩野モデルとODI
② ユーザーの要求(主観的評価項目)と技術的な手段/仕様を結びつけることが出来る:品質機能展開QFD
③ 全体を俯瞰する:Strategic Bucket
④ 最終判断が金銭的評価である:経済性評価、費用便益分析やHedonic分析
⑤ 上記のいずれも不可能である:優先順位付けマトリックス、重要な評価軸による簡明なマトリックス

① 方法論が分かり易く、優先順位付けに説得力の根拠がある:狩野モデルとODI
方法論が分かり易い、という観点からは狩野モデルとODIが挙げられます。この二つの手法は以下の特徴を有しているからです。
・ユーザーにとっての重要度・満足度と品質特性が直接結びつけられている
・優先順位設定の観点が明確である
・数学的な方法を要しない
・比較的短期間で、評価に必要な情報を入手することができる
② ユーザーの要求(主観的評価項目)と技術的な手段/仕様を結びつけることが出来る:品質機能展開QFD
ユーザーの要求(主観的評価項目)と技術的な手段/仕様を結びつけることはQFDの核心的なアイデアです。これによって、意味付けが曖昧なまま技術的な手段・仕様に走るという愚を避けえる可能性が高いでしょう。
ここで、ユーザーの主観的評価項目に優先順位付けがなされれば、技術的な手段/仕様を絞り込む道筋も明確となります。
従って、以下の流れが有効です。
   狩野モデルやODIによるユーザー側の品質特性の優先順位付け
         
技術的な手段/仕様の絞り込み
③ 全体を俯瞰する:Strategic Bucket
極めて選択肢が多い場合には、段階的・トップダウン的な観点を導入することが有効です。但し、集合知を活用し、機動性・柔軟性を確保する観点からは、ボトムアップ型との統合的利用が望ましいでしょう。
④ 最終判断が金銭的評価の場合:経済性評価、費用便益分析やHedonic分析
この場合は、経済性評価が基本となります。
単純な経済性評価では、評価から零れ落ちる項目や寄与度を評価できない項目もあることから、費用便益分析やHedonic分析の適用も考えてください。この場合は、先ず最適な解を見出して、この解の備える品質特性の水準をプロジェクトの品質目標として設定することになります。
⑤ 上記の何れも不可能な場合:優先順位付けマトリックス、重要な評価軸による簡明なマトリックス
この場合は、主観的評価による優先順位付けマトリックス、コストと便益、価値とリスクなどの重要な評価軸を用いた簡明なマトリックスを用いることになります。
また、④同様に、先ず最も評価の高い代替案を見出して、この代替案が備える品質特性の水準をプロジェクトの品質目標として設定することもあるでしょう。
主観性が強いことから、判断の根拠を記録し、後々トレース可能な状態にしておくことが重要となります。

では、有力な手法について個別に見ていくことにします。


2.4 プロジェクトの収益力に基づく経済性評価

経済性評価は最も基礎的な評価方法なので、プロジェクト・マネージャーは確実に理解しておく必要があります。他方有効性という観点から低い評価が与えられており、その限界性を補うために、様々な手法が提案されることになる訳で、多角的な評価が求められるところです。
経済性評価は基礎的だが問題のある手法
組織がプロジェクトを実施する際、通常利益の獲得や経費の節減が意図されています。これと同様、一つのプロジェクトにおいて品質特性にどこまでの費用を投入すべきかの判断においても、同種の検討が求められるでしょう。従って、収益力に基づく経済性評価は、複数のプロジェクト候補からの実施するプロジェクトを選択したり順位付けしたりする局面、一つのプロジェクトの中での品質特性の選択や順位付け、一つの品質特性を実現する際の手段の選択等、様々なレベルでの意思決定における基本的な判断根拠となります。

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ところで、経済性評価手法は、米国におけるイノベーション・プロジェクトの選択に当たっても、8割弱の企業で採用されていて、一番広く用いられているものであると報告されています。この様に基本的な経済性評価ですが、有効性という観点では、様々な観点、即ち事業目的との整合、極めて価値の高いプロジェクトの存在、プロジェクトの円滑な実施、ポートフォリオにおけるプロジェクトのバランス等多くの項目で最悪とされており、全体でも最も評価が低いのがこの方法でもあります(下表参照)。以下の様な問題点があるからです。
① 金銭で評価できない価値があり、これが重要な場合、評価が歪む恐れがあります。
② 財務評価に必要な収入、支出、特に収入に関する信頼のできる情報が収集・設定できるとは限りません。
③ 斬新なプロジェクトは、リスク配慮の結果低い評価値となり、排除される可能性が高くなります。
④ 中長期的な収入予測は困難なため、短期的評価中心となり、中長期的に価値の出る案件が排除されます。

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経済評価における代表的な意思決定方法
代表的な投資の意思決定方法として、以下の3手法があります。先ず概要を説明した後、簡単な数値例を用いて説明を補います。
・正味現在価値(NPV)法
・内部収益率(IRR)法
・回収期間(Payback)法

正味現在価値(NPV: Net Present Value)法
NPV(正味現在価値)は、投資が生み出すキャッシュ・フローの現在価値から初期投資額を差し引いた額。
NPV法では、投資により生み出されるキャッシュ・フローの現在価値(PV)と初期投資額を比較することで、その投資を評価します。金銭の時間的価値やリスクなどのファイナンス理論に基づいており、最も望ましい評価手法とされています。NPV法による投資評価は、次に示す5つのステップで行います。
① 投資により生み出されるキャッシュ・フローを予測する。
② キャッシュ・フローの現在価値を計算する。
③ 初期投資と②を合算してNPVを計算する。
④ NPVが正(NPV>0)ならば投資を行い、負(NPV<0)ならば投資しない。
⑤ 投資額に制約のある場合、NPVを総費用等で除した生産性指標によって順位付けし、更にプロジェクトを絞る。
キャッシュ・フローの現在価値を求めるときの割引率は、その投資のリスクに応じた率(リスクに応じて期待される利回り)を用います。

割引率
割引率は(Discount Rate)は、大変重要な概念ですので、説明を追加します。
・将来受け取る金銭を現在価値に割り引く(換算する)ときの割合を、1年あたりの割合で示したものです。
・n年後に受け取る現金(C)の現在価値(PV)と割引率(r)の関係は、以下の式で表されます。
PV = C ÷(1+r)^n (「^」は乗数)
・将来受け取る現金は現在受取る現金より不確不なのでその分を割り引くのが割引率で、リスクが高いほど割引率は高くなり、結果として現在価値は小さくなります。
割引率が10%だとすると、2年後に受け取る10,000円の価値は、10,000÷(1+0.1)^2=8,264円となります。一方3%だとすると、9,426円なので、僅か2年でも大きな差となります。

内部収益率(IRR: Internal Rate of Return)法
IRRはNPV=Oとなる割引率として定義されます。IRR法では、同程度のリスクを持つ投資案件の利回り基準値(ハードル・レート)と当該投資機会の利回り(IRR)を比較することにより、投資を評価します。不動産の投資評価では一般的に用いられる手法です。IRR法による投資評価は、次の4つのステップで行います。
① ハードル・レート(この値を下回れば案件を棄却するという基準値)を設定する
② 投資により生み出されるキャッシュ・フローを予測する
③ IRRを計算する
④ IRRがハードル・レートよりも大きければ投資を行い、小さければ投資しない
IRR法もNPV法と同じようにファイナンス理論に基づいており、通常はどちらを用いても同じ結果になります。
しかし、規模の異なる投資機会を比較するときや、キャッシュ・フローが途中でプラスからマイナスへ(あるいは、マイナスからプラスへ)転じるときなど、稀に誤った投資評価を導く場合があるので、注意する必要があります。

回収期間(Payback)法
ペイバック法は、「初期投資額は特定の期間内(カットオフ期間)に回収されるべきだ」という考え方に基づきます。たとえば、1000億円を投資すると毎年100億円の利益を生み出す場合、回収期間は10年となります。
ペイバック法は直感的に理解しやすく、実際に広く使われています。しかし、カットオフ期間(投資を回収すべき期間)以降のキャッシュ・フローが考慮されない、カットオフ期間を合理的に設定することが不可能である、キャッシュ・フローではなく会計上の利益を用いることも多いなどの理由から、必ずしも望ましい評価手法ではないとされています。

簡単な数値例による説明
上記の説明では理解しにくいと思いますので、簡単な数値例を下に示しました。
・初期投資は600で0年次の支出に計上されています。
・1年次以降収入、支出の双方が発生し、正味収入は、各年次の収入-支出(0年次も同じ)となっています。
・割引率を考えない単純計算では正味収入累計が0になる3年次が投資回収期間となります。従って回収期間法では3年との評価になります。
・割引率を考慮すると投資回収年は長期化し、割引率が20%の場合は回収できなくなります。
・割引率が高いほどNPVは低くなり、本例では、割引率0~19%の範囲でNPVは正となります(グラフ参照)。
・丁度NVPが0となる割引率は19.2%で、この値が本事例のIRRとなります。IRR19.2%は低金利の日本では極めて高い値ですが、筆者が仕事をしていた10年前の中東やロシアでは左程高い数字ではありません。つまり、日本であればこの投資案件は文句なく採用され、中東やロシアでは前向きに検討という判断になるでしょう。
・NPVを総支出の現在価値で除した生産性指標も割引率の上昇に伴って急速に低下します。 

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プロジェクトでの適用例
ここでは、建築物における各種環境配慮手法の選択に当たって、NPVによる評価を実施した事例を紹介します。
本事例では、以下の手順により採否を判断しました。
① ランニングコストの低減額を以下の手順で算出します。
・各手法のランニングコストの1年間の低減額を算出します。
・20年間のNPVを算出します。NPV算出に際して割引率を8~12%の範囲でパラメトリックに変化させて計算します。
・手法によっては20年間で改修が必要なものがあり、改修費の増額は低減額から差し引きます。
② 各手法の採用に伴う工事金額の増額を想定します。
③ 両者を比較して、NPV>工事金額の増分であれば採用候補とします。但し割引率10%の結果を基準としました。
④ 必要があれば、NPVを投資額で除した生産性指標によりさらに絞り込みます。
採用された対策に関する計算結果を、下表に示します
採用された対策のNPVは全て正ですが、生産性指標であるNPV÷工事費増加分は、1.26から34.35まで大きな開きがあります。そこで、NPVを一段階目のフィルターとし、生産性指標を二段階目のフィルターとするという選択手法も考えられます。本事例では、割引率を10%と高めに設定したことから、この様な二段階の選択は行っておらず、生産性指標は参考値にとどまっています。
このプロジェクトは、環境品質はこの様な経済性評価によって決定されていて、設定時点で環境品質の目標値=環境品質の実現値となっています。

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2.5 便益の金銭化、効用・リスク対費用による評価

収益力に基づく経済性評価では、便益(効用・価値)としては市場で取引され金銭評価が可能なものに限定されています。しかし、プロジェクトや品質特性の便益はそれに限定されるものではありません。
そこで、市場で取引され金銭評価が可能なもの以外の価値、通常金銭表示が成立していないものを評価に含めるという発想が出てくることになります。この様な発想は大きく3タイプに分けることができます。
方法1 市場で取引されない便益も何らかの方法で金銭評価し、これを含めた総合評価を行う
方法2 市場での商品の価格から、便益を構成する要素の価格を推定する
方法3 便益を価格や効用値で表現することは断念して、選択肢を範疇によって大きく区分し、選択肢にではなく範疇に優先順位を設定する
ここでは、方法2のヘドニック・アプローチを紹介します。

■へドニック・アプローチでは、市場の多数の価格情報から品質特性の貢献度を推定する
ヘドニック・アプローチ(Hedonic Approach/Hedonic Pricing Method)は、下記の特徴を有しています。
① 財・サービスの全体的品質をその機能・性能をもたらす各種の「品質特性」の合成であると考えます
② 財・サービスの全体的品質は、価格によって評価されていると考えます
③ 各品質特性の価格への貢献度を推定し、価格を品質特性の関数で表します
④ このため、市場での多数の事例の統計的分析を行います。
ヘドニック・アプローチは統計データが利用可能な場合は有力な手法で、優先順位付けにおいてもっと利用されても良いように思われます。ここでは、環境配慮という属性に対する投資が、市場においてはどのように評価されているのかに関する分析事例を紹介することにします。

■環境配慮の経済性分析:環境認証は賃料を押上げる効果を持つか?
賃貸ビルにおいて、環境配慮建物として環境認証の獲得が賃料を押上げる効果を持つか否かが、ヘドニック・アプローチによって分析されています。環境認証の取得の有無と、その他の品質特性として規模、新しさ、設備性能、立地、成約時期などを説明変数とするヘドニック分析が行われ、これらの品質特性が賃料で把握した総合評価(総合品質)にどの様な効果を持つか、が評価されています。
注2. これからの不動産市場における環境マネジメントの重要性 ザイマックス不動産総合研究所、吉田淳、大西順一郎、2015 https://www.ibec.or.jp/CASBEE/references/ARES_No25_p58.pdf

品質特性の寄与を分解する
下のグラフは、賃貸ビルを環境認証の有無で大きく2つのグループに分けて、賃料分布を比較したものです。環境認証有の賃料平均値は25,250円/坪なのに対して、環境認証なしでは16,629円/坪と前者が後者の1.5倍となっています。
では、環境認証を取得することが市場で評価されて賃料上昇につながっていると評価してよいのでしょうか?専門家でもこの様な間違いを犯すことが結構あるのですが、この推論は正しくはありません。
何故ならば、賃料上昇をもたらす真の原因は他にあって、たまたまこの原因と環境認証の取得に相関関係があるに過ぎないかもしれないからです(共変量の存在)。

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事実、環境認証の有無の二群を比較すると、下図に示すように、築年数、ビルの規模、立地条件等、ビルの賃料を押上げるのに寄与すると他の要因についても、環境認証を有するグループの方の値が優れていることが分かります。

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寄与度を回帰モデルによって推定する
そこで、環境認証の有無の効果を他の品質特性から独立して評価することができるように工夫した分析を行う必要があります。
環境認証の有無で二分した建物の群の平均賃料の差には、規模、新しさ、設備性能、立地、成約時期などの賃料に影響を及ぼす他の品質特性の影響も含まれていますので、これら「共変量」の影響を取り除かなくてはなりません。そこで、共変量を含めた回帰モデルを用いて、環境認証の有無の品質特性の総合品質への寄与度を推定します。これを下図に示しますが、上段には用いた回帰式が、下段には分析結果が示されています。

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環境配慮は他の品質特性(説明変数)と比較して寄与が大きいと推定されていて、具体的には、環境配慮の認証を取得したビルの契約賃料は4.4%高いという結果を得ています(図中の環境認証ダミーの係数推定値0.044という結果に基づいています)。
環境配慮(0.044)以外にも、一番下の表に示されている係数推定値が正となっている項目、つまり、規模、リニューアルの有無、設備性能、立地エリア等が賃料に対してプラスの効果があることが明らかとなっています。

品質特性への費用配分
1.2の分析は、環境配慮投資が省エネルギーによって回収される限界点を見ようとしたものですが、本分析によって、環境配慮が賃料上昇という直接的な経済価値を生んでいることも分かり、これを考慮すれば更なる追加投資も可能となる場合があります。

賃料4.4%の上昇で賄うことができる建設投資額の増加分は次のように計算することができます。
1坪当たりの月の賃料を20,000円と仮定します。建物の中で貸すことのできる面積は60%程度なので、4.4%の賃料上昇分は年間6,336円となります(20,000X12X0.6X4.4÷100)。
資本化率(Cap-rate)を5%とすると、年間6,336円を生み出す資本は126,720円となります(126,720X5%=6,336)。
オフィスビルの工事費を130万円/坪とすると、この額は9.7%に相当します。省エネルギーによる回収だけを見た場合に6%程度が上限でしたので、これに比べて、かなり積極的な投資が可能であることが分かります。

品質マネジメントにおけるヘドニック・アプローチの活用
ヘドニック・アプローチにより、品質特性を高めることの経済効果が分かりますので、各品質特性にどの程度の費用を投入すれば良いかを合理的に判断することが可能となります。

少々理屈っぽくなりますが、下記の様に問題を定式化することができます。
① トータルな品質Qは、その商品の価格として把握できるものと仮定します。
② トータルな品質Qは、それを構成する品質特性のヘドニック関数として表現することができとします。
③ 各品質特性iの水準qiがそれに投じた費用の関数として表すことができるものとします。
④ ある品質特性iに投じた費用ci→ある品質特性の水準qi→各品質特性の水準の合成値としてのトータルな水準Q(商品の価格)という経路で、Qは費用の関数として表すことができます。
Q = ∑αi ・qi+β :Qは金銭表示されるトータルな品質
qiは品質を構成する特性iの品質値
αiはヘドニック・アプローチによって求まる係数
βはヘドニック・アプローチによって求まる定数項
qi = qi(ci) :ciは属性iの品質値qiを実現するために投じた費用
ここで、品質マネジメント上は二つのタイプの設問が考えられます。
設問01:費用が一定の場合、総合品質Qを最大化する品質特性への費用配分を求める
典型的な制約条件下での最大化問題として解けます。つまり
目的:総合品質Q= ∑αi ・qi(ci)+β を最大化する(Q→MAX)
制約条件: 各品質特性に投じる費用の総和は予算を満たす(∑ci =予算)
設問02:費用に制約がない場合、利益を最大化する総費用と配分を求める
この場合、利益は総合品質(つまり価格)と費用の差額なので、問題は下記の最大化問題となります。
 利益Q -∑ciを最大化する∑ciを求める。
問題は上記のような関数が具体的に設定できるか、です。
以下の問題があり、ヘドニック関数を用いることが可能な場合は限定的で、ワークショップなどによって重み付けの係数を設定することで代替する場合が多いと言えます。
・プロジェクトの総合品質を、価格などの金銭表示することが可能か?
・可能だとして、全体品質を品質特性の関数として表すことが可能か?
(不動産の場合は作成可能なのは、多数の不動産価格データが存在しそれが公開されているからですが、プロジェクト一般で考えた時に、そのような例はむしろ稀でしょう)
・仮に作成可能であるとして、果たしてそのような手間暇をかけるのが現実的か?


2.6 重要度の主観的評価(方法は単純)

複数の評価項目がある中で、価格や費用あるいは効用などによって評点をつけることが困難な場合の、代表的な優先順位付け手法が、重要度を主観的な重付けによって評価する方法です。
単純なものから精緻なものまで幾つかの手法が提案され、実際に活用されていますが、ここでは単純な方法として意思決定マトリックス(Scorecard, Theme Screening)を紹介します。
 https://oira.cortland.edu/webpage/planningandassessmentresources/toolsforassessmentandplanning/Project_Prioritization_Guide_v_1.pdf

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優先順位付けマトリックス(Prioritization Matrix)
最も分かり易く、簡便で多用される手法です。
下表を用いて説明します(本事例の具体的な中身は後述します)。

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・代替案が2案あり、評価項目(評価基準)が7項目あります。
・各評価基準についての評価は0~9までの3点刻みの評点が与えられます。
・評価基準の重みに関し、関係者で議論し合意を形成します。この重みが表中の①です。評価の頑健性を検証するために他の重みを設定したのが②です。
・合意が取れている重み①では代替案02が圧倒的に高い評価(156対117)となっています。
・参考ケースの重み②であっても、代替案01と02の評価が同じである(129)ので、代替案01を選択するとの結果に変化はなく、重み①に基づく選択は頑健であると言えます。

プロジェクトの優先順位付け事例/Projecr Prioritization
ここでは優先順位付けマトリックスを用いたプロジェクトの優先順位付けの事例として、米国ウインスコンシン大学が、学内向けに発行したガイドブックを紹介します。
優先順位付けマトリックスは、構造化された意思決定を支援するので、下記7点の利点があるとしています。
① 重要度の決定に関する複数の評価基準が存在する、複雑あるいは曖昧な課題間の優先順位を設定する際の手助けとなる
② ・代替案を評価する、迅速で平易かつ一貫性のある方法を提供する
③ ・選択プロセスから感情的な側面を一定排除することができる
④ ・数値的なランキングの付与によって意思決定を定量化できる
⑤ ・優先順位を設定しなければならない様々な問題に適用できる
⑥ ・集団で用いることによって、優先順位や核心的課題に関する合意形成を促進する
⑦ ・何が重要かを議論する際の議論の基盤となる

A prioritization matrix supports structured decision-making in the following ways:
· Helps prioritize complex or unclear issues when there are multiple criteria for determining importance
· Provides a quick and easy, yet consistent, method for evaluating options
· Takes some of the emotion out of the process
· Quantifies the decision with numeric rankings
· Is adaptable for many priority-setting needs (projects, services, personal, etc.)
· When used with a group of people, it facilitates reaching agreement on priorities and key issues
· Establishes a platform for conversations about what is important

マトリックス作成・活用の5ステップ/ CREATING AND USING A PRIORITIZATION MATRIX 
次の5ステップで検討を行います。
a 評価項目と評点の決定/ Determine your criteria and rating scale
b 評価項目間の重み付けの決定/ Establish criteria weight 
c マトリックスの作成/ Create the matrix
d ティームによるプロジェクトの採点/ Work in teams to score projects
e 採点結果に基づく議論と優先順位の設定/Discuss results and prioritize your list

比較評価事例/Sample Completed Project Prioritization Matrix
下表にマトリックスを用いた二つのプロジェクト代替案の比較評価事例を示します。

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評価項目と重み
・全費用(ライフサイクル・コスト)を含む7項目が設定され、2~5の重みが与えられています。
・求められる成果物/ Required Service or Product: Weight = 5 
・戦略との整合性/ Strategic Alignment: Weight = 4
・顧客への提供価値/ Value to Customer: Weight = 4
・リスクの程度/Importance to Risk Mitigation: Weight = 3
・波及効果/Leverage Potential: Weight = 3
・ライフサイクルコスト/Full Disclosure of Cost: Weight = 2
・予想される使用の程度/Significance to Users: Weight = 2
評点
各項目に0,3,6,9の4段階の評点が与えられます。
代替案の評価
プロジェクトAとプロジェクトBの2案が比較評価され、総合評価点の高いプロジェクトBが選択されます

品質マネジメントにおける優先順位付けマトリックスの活用
本事例では、プロジェクト代替案の評価が扱われていて、この結果Bが選択されています。
では、本手法はプロジェクト・マネジメントの品質目標の設定にどの様に適用できるのでしょうか?
代替案A、Bを品質目標の代替案だと考えてみましょう。つまり、A、Bは各評価項目に関する達成度合いに関する代替案であり、この比較評価によって望ましい達成度合いが選択されます。従って、Bの品質特性の水準が品質目標になると解釈することができます。
換言すれば、品質に関する要求事項を設定するとは、優先順位付けマトリックスの評価基準の重みと各評価項目に関する評点の目標を設定することに他なりません。
この重みと評点が評価基準間のトレードオフ関係に関するプロジェクト・オーナーの評価となります。前述のヘドニック・アプローチはこの重み付けを導く手法であると理解することもできます。
優先順位付けマトリックスを用いる際に、各評価基準を同列において一段階で評価するのではなく、何らかの尺度を用いて各評価項目を少数の範疇に分類し、
各範疇の重み→各範疇内での評価項目の重み
という二段階の評価を行う事も考えられます。代表的な手法はThe Strategic Buckets Methodですが、これも含めて2.10多段階・トップダウン評価で紹介します。


2.7 品質機能展開(QFD: Quality Function Deployment):ニーズと技術的手段を結びつける


重要度を主観的な重付けによって評価する方法の内の、より工夫された方法の一つが品質機能展開です。品質機能展開QFD:Quality Function Deploymentは、1978年に水野滋,赤尾洋二氏により体系化された方法で世界的に用いられています。QFDは品質の作りこみにおける重要な考え方なので、3「どの様に品質を作りこむのか?」において詳述することにし、ここでは優先順位付けの観点の簡単な紹介に留めます。
■Agile開発においてもQFDは活用されている
Agileなソフトウエア開発では、従来の厳密かつ詳細な要件定義に変えて、ユーザーが実行したいことをUser Storyとして抽出し、これらを優先順位付けして優先度の高いものから開発し、ユーザーのフィードバックを受ける、というプロセスを繰り返すことになります。
従って、優先順位付け手法がAgileの中核に位置することになり、製造業の分野で発展してきた手法が援用されていますが、QFDもその中の有力な手法です。

Sauro氏の提案するQFDによる優先順位付け
Jeff Sauro氏が提案する『Prioritizing UI Improvements: The QFD』(2013)によれば、QFDを優先順位付け手法と捉えた場合、下図の手順で優先順位を設定することになります(以下の記述の①~⑦は同図中の番号に対応)。

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① Identify customer’s wants and needs
開発するソフトウエアを用いてユーザーが実行したい仕事を列挙します(What)。
② Identify the voice of the customer
競合相手の提供商品も参照しつつ、Whatに重要度を付与します(Weights)。
③ Identify the How’s (The Voice of the Company)
ユーザーニーズの重要度(②)に基づき、開発者として考えられる対応手法を列挙します。
④ Relationship between Voice of the Customer and Voice of the Company
ユーザーニーズ(②)と対応手法(③)の関係性を、以下の評点で評価します(Relationship)。
9 = Direct and strong relationship 直接的で強い関係
3 = Moderate relationship 中程度の関係
1 = Weak/Indirect relationship 弱くて間接的な関係
Blank = no relationship 無関係
⑤ Generate Priorities
対応手法それぞれについて、Σ(ユーザーニーズの重要度X対応手法の関係性)を算出し、この得点によって、対応手法の優先順位を設定します。
⑥ Examine Priorities
優先順位の高い対応手法を吟味します。たとえば対応できないユーザーニーズを無視して問題ないか、等。

■優先順位付けにおけるQFDの活用
ユーザーのニーズを満たす対応手法は一通りではなく、また一つの対応手法でカバーできるとは限りません。逆方向で見ると、一つの対応手法が複数のニーズに対応している場合もあります。つまり、ニーズと対応手法の関係は、一対一対応ではなく、多対多対応です。従って、本法の様な手法で対応手法の優先順位を付け、採用する対応手法を選択していく手法は有効であると考えられます。
この場合、品質特性に関する目標はどの様になるでしょうか?
一つはユーザーサイドの発想で、上記①②で列挙され重要とされたユーザーのしたい仕事が、どれ位適切に実行できるか(所謂ソフトウエアに対する非機能要求で、使用性、信頼性等々)を品質目標とする、という考え方です。
もう一つは、供給サイド・技術サイドの発想で、③で列挙された対応手法は、そのパフォーマンスも同時に想定されているはずであるので、選択された対応手法のパフォーマンス基準を品質目標とする、という考え方です。
プロジェクトの実行管理上は、後者の供給側の考え方の方がやりやすいでしょう。しかしながら、ユーザーの要求が完璧に技術的な仕様に置き換えられる訳ではない事を考えると、全面的に後者を採用することは危険です。常に、ユーザーのしたい仕事というWhatを配慮することによって、Howの適切性やレベルも向上するからです。Howへの置き換えは不可欠・不可避ですが、現場レベルにおいても常にWhatが意識される環境であることが重要です。Agile開発はその典型といえるのかもしれません。


2.8 狩野モデルKano Analysis:品質を主観的側面と客観的側面の二元で捉える

ヘドニック・アプローチで述べた様に、品質特性によっては価格に影響を及ぼさないものがあります。
また、品質機能展開で述べた手順によって顧客ニーズ・要求品質に対応した設計品質が設定できたとしても、この設計品質を満たす製品が目標原価内で製造できる保証は無い訳で、一般的には
設計品質を充足する製品の製造原価 > 営業戦略から設定される製造原価
となるでしょう。この場合、原価目標を達成するために要求品質間でのトレードオフが発生することになります。
加えて、多数の選択肢を一元的に扱うと、煩雑な過程となるばかりではなく、全体のバランスが歪むことにもなりかねません。
この様な課題に対応しうるのが狩野モデルであると筆者は考えます。
狩野モデル/ Kano Model/Analysisは世界的に著名
狩野モデルは、東京理科大学名誉教授の狩野紀昭氏が1980年代に提唱した製品品質要素の分類方法で、国際的にもKano Model/Analysisとして重要視されています。例えば、Agile関係においても優先順位付け、重要度の決定手法としてMike Cohn著Agile Estimating and PlanningやAgile Extension to the BABOK®Guideにおいて言及されています。
同モデルでは、品質に対する見方として、満足・不満足という主観的側面と物理的充足・不充足という客観的側面があるとし、この品質の二側面性の対応関係から、品質要素を次のように三区分します。

・魅力的品質要素(attractive quality element)
・一元的品質要素(one-dimensional quality element)
・当り前品質要素(must-be quality element)

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下表に各品質要素の充足・不充足と顧客満足の関係、スマートフォンの場合の品質要素を例示しまた。
品質要素に対する評価は時間の経過とともに、「魅力的品質→一元的品質→当り前品質」と変化する陳腐化現象があることが知られており、これは陳腐化の定義としても興味深いものがあります。

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■狩野モデルによるトレードオフの解決
各品質要素に配分できる原価の総額に上限があるという極めて一般的な場合、狩野モデルを以下の様に適用する事ができます。
① 当り前品質は、これに問題がある場合顧客にそっぽを向かれる危険性があることから、顧客満足度には貢献しないものの、完全に押さえるものとします。
② そうすると残りの原価を一元的品質と魅力的品質にどの様に配分するかが問題となります。
③ ここで、一元的品質→魅力品質、という優先順位付けを推奨している文献もありますが、皆がこの配分を採用すると競合相手との差異化が困難になるでしょう(金太郎飴になってしますので)。
④ つまり、一元的品質は他社並みに抑え、魅力的品質に製造原価を重点配分するという解決策が考えられますし、極端な場合には当り前品質を落としてでも費用を魅力的品質に配分するという選択も考えられます。
⑤ 差異化とは、三品質のバランスのとり方に対する企業の考え方とも言え、品質特性がどのような特質を有しているのかに関する共通認識とそれに立脚した意思決定が重要となります。

■狩野モデルの適用事例
実際のビジネスにおいて狩野モデルを適用して成功を収めた事例として、金融機関のコールセンターにおける活用事例を紹介します。チューリッヒ保険株式会社は、コールセンター業務に狩野モデルを適用し、顧客の事前期待を上回るサービスを実現させたと発表しています。
具体的には、「不足していた魅力的要素を強化するため、「親身な対応でお客様の期待を超えるサービスを提供します」というクレドを打ち出し、①応対品質向上、②基本スキルの強化、③接続品質向上の3つの施策に取り組んだ」とのことです。
この結果、新規契約保険料は4割以上向上し、2012年のCCJA(Contact Center Japan Award)を受賞しています(Computer Telephony 2012.11)。

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品質マネジメントにおける狩野モデルの活用
狩野モデルは、プロジェクト・マネジメントにおいてどの様に活用できるでしょうか?
プロジェクトで取り扱う品質特性は数多く、重要度の高い品質特性は何かを納得性の高い根拠を持って導き出し、これを共通認識として優先順位の高い項目に努力を集中さることが、効率(Efficiency)、効果(Effectiveness)の観点から重要です。ひいてはこれが訴求力(Expressiveness)を高めることにつながります。
狩野モデルは、プロジェクト・マネジメントを3E(導入講BOX01)の観点から遂行する際の有力な手法であると考えます。


参考 狩野モデルを用いた分析のプロセス

狩野モデルは、基本的発想が分かり易く手順も明快で、世界においても広く活用されており、プロジェクト・マネージャーが弁えておくべき方法論の一つと考えます。その割に日本語での丁寧な紹介が少ないことから、狩野モデルを用いた分析のプロセスを、丁寧に解説することにしました。
UX Clinic Kano Analysis(Nearsoft, Inc. Marysol Ortega & Misael León, https://ux.nearsoft.com/diy/kano-analysis-method/

分析対象
事例として紹介されているのは、BidAwayという実在のサイトhttps://en.bidaway.com/を対象とした分析です。

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同サイトは、宿泊やアトラクション等のパッケージサービスを紹介するもので、顧客の入札によってサービス価格が決定されます。サービス提供側からすれば、空室よりも低価格でも客室が販売できた方がよいわけで、入札によって需要と供給を結びつけていることになります。
サービスの価値を高めるために、SWOT分析によって抽出された28の改善案から、重要と考えられる下記の12項目を選択して狩野モデルを用いた分析が行われました。

1. クルーズとホテルを合わせた入札という選択肢/Option to bid at Cruise and Hotel Auctions
2. 種々のアトラクション付きの宿泊パック/Hotel packages with activities
3. 調査機能の充実/Refined search
4. 検索条件の追加/Option to filter results
5. テーマ別目的地検索/Browse by destination theme
6. サイトを通じた直接の予約/Option to book directly through the site
7. 全施設の詳細/Full details of facility
8. 評判の紹介/Reviews / Social recommendations
9. 顧客による評価/Rating done by customers
10. 指定場所での入札開始の通知/Alert me when a deal opens for certain location
11. 目的に基づく旅行先の紹介/Travel inspiration ideas
12. 携帯電話での全サービスの利用/App and/or full mobile support

ユーザー・インタビュー
狩野モデルの手順に従って、上記の12項目に関して、それが提供される場合の評価、提供されない場合の評価を、ユーザー・インタビューによって引き出しています。
ユーザー・インタビューに際しては、サービスの内容がキチンと理解されるように、簡単な説明図が準備されました。 

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回答は、下図のダイアグラムの何処に属するのかによって、下記A, O, M, I, Rの何れかとされます。
A:魅力的品質/Attractive
サービス提供はあるのが好ましいが、サービス提供が無い方がよい~無くても我慢できる程度
O:一元的品質/One-Dimensional
サービス提供があるのが好ましく、サービス提供が無いのは嫌である
M:当り前/Must-be
サービス提供が無いのは嫌であるが、サービス提供がある場合は有る方がよい~あっても我慢できる
I:どうでもよい品質/Independent
有っても無くても、満足も不満足も引き出さないサービスである
R:逆品質/Reverse
有ると評価が下がる、あるいは無いと評価があがる、サービスである

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回答の集計
選択肢毎に、上記A, O, M, I, Rの範疇で集計を行ったもの下表です。
この結果をどの様に解釈すればよいでしょうか?
一つの方法は、回答者の多い範疇を持って、その選択肢の特徴と見做すというものです。例えばQ01種々のアトラクション付き宿泊パックの場合、回答の62%をしめる魅力的品質Attractive と見做すというやり方です。
この方法の問題点は、同様にQ03を46%の回答が属する魅力的品質Attractiveとすると、残りの54%の回答者の情報が用いられないことです。

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顧客満足係数/Customer Satisfaction Coefficientの導入
そこで、なるべく多くの回答情報を活用するために提案されたのが、顧客満足係数/Customer Satisfaction Coefficientです。
この考え方は、1993年に発行されたCenter for Quality Management Journalの狩野モデルに関する特集号『A special issue on Kano’s Methods for Understanding Customer-defined Quality』において提案されました。
下式で算出される二つの係数が導入されます。
満足系係数/Formula of satisfaction’s extent (原論文ではBetter) (A+O) ÷ (A+O+M+I)
不満足系係数/Formula of dissatisfaction’s extent (原論文ではWorse) (O+M) ÷ (A+O+M+I)X(-1)

これが意味するところは、前出の回答の分類を見ると分かり易いと思われます。満足系係数はそのサービスがあると満足する人の比率、不満足系係数はそのサービスが無いと不満足な人の割合を示しています。不満足系係数に-1を乗じているのは、無いと不満というネガティブさを強調する為です。

顧客満足係数/Customer Satisfaction Coefficientを用いた調査結果の解釈
係数の算出結果を下表に、これを用いたマトリックスを下図に示します。

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このマトリックスでは、
・横軸は不満系係数:当該サービスが無いと不満である左に行くほど不満者比率が高い
・縦軸は満足系係数:当該サービスがあると満足である上に行くほど満足者比率が高い
・円の半径は重要度評価
となっています。
同図には、各品質要素で見た場合に回答比率上位3位のサービスを破線の楕円で囲ってあります(筆者付記)。
このマトリックスによって、各サービスの位置付けが良く理解できます。
筆者なりに解釈すると以下のようになります。
① 6番は典型的な一元的品質であり、重要度も高いので、重点とする。
② 11番は典型的な魅力的品質であり、重要度も高いので、重点とする。
③ 3番は顧客によって一元的品質、魅力的品質と別れるが、満足度、重要度ともに高く、重点とする。
④ 4,7,12番は当り前要素なので、ここで顧客離れが起きない程度のサービス水準で提供する。
⑤ 1,5,8,10番のサービスは優先順位が低く、余程余裕がない限り提供しない。
⑥ 2番は差異化要素になりそうであるが重要度評価では低いので、実施するか否か更に検討する。


2.9 ODI:Outcome-Driven Innovation:ギャップ分析の考え方をイノベーションに導入する

ギャップ分析の考え方を、イノベーションにおいて対象とすべき品質特性の優先順位付けに徹底して適用したのが、1991年にAnthony W. Ulwick氏によって提唱され、数多くの成果を上げたとされるODI:Outcome-Driven Innovationです。
■Jobs to be done
ODIでは、ユーザーを対象とするインタビューやアンケートによって、ユーザーが、当該製品やサービスを用いて「なすべきこと」(Jobs to be done)を行う際に、それを構成する一連の行為の「望ましい様態」(Outcome)を抽出します。

企業は、顧客がなすべきことをどの様にして行いたいか、そして完璧になすべきことが実行されるとはどういうことか、換言すれば顧客による一連の行為の評価の観点を、顧客から引き出す必要があります。これが、顧客が行為の望ましさを測る観点すなわち「望ましい様態」です。(Anthony W. Ulwick著、What Customers Want 2005より引用、筆者訳出)
Companies must be able to capture from customers the set of metrics-measures of value, if you will-that define how they want to get the job done and what it means to get the job done perfectly. These metrics are the customers’ desired outcome.

これだけでは分かりにくいので、同氏の2016年の著作『JOBS TO BE DONE』におけるJobsとOutcomeの定義を引用しておきます。

「なすべきこと」を定義する際には、きちんとした文形式に従う必要がある。:それは動詞から始まり、動詞の目的語(名詞)が続く。また文脈を示す修飾語が必要である。
「なすべきこと」 = 動詞 + 目的語 + 文脈を指定する修飾語
例:通勤途上に音楽を聴く
Define the job statement in the correct format: A job statement always begins with a verb and is followed by the object of the verb (a noun). The statement should also include a contextual clarifier.
Job statement = verb + object of the verb (noun) + contextual clarifier
“listen to music while on the go”
「望ましい様態」の記述には、改善の方向性、改善を評価する尺度(通常時間や程度)、そして改善が望まれる時の文脈を示す修飾語が含まれていなければならない。
「望ましい様態」=改善の方向+改善を評価する尺度+改善が望まれる時の文脈
例:音楽を大音量で聴く際に、音の歪を最小化する
A desired outcome statement includes a direction of improvement, a performance metric (usually time or likelihood), an object of control (the desired outcome), and a contextual clarifier (describing the context in which the outcome is desired).
Outcome statement = direction of improvement + performance metric + object of control + contextual clarifier
“Minimize the likelihood that the music sounds distorted when played at high volume”
各「望ましい様態」(Outcome)の重要度と満足度が調査される。満足度、重要度ともに5段階評価で4以上の評点をつけた回答者の割合で示される。例えば85%が4以上の評点を与えた場合8.5というスコアになる。

ODIでは、このスコアを用いて各「望ましい様態」(Outcome)に関する改善の有望度(Opportunity)を、Opportunity Algorithmと称される下式によって算出するのが特徴です。
有望度Opp = 重要度Importance + (重要度-満足度Satisfaction、但し負の値となる時は0)
重要度が10で満足度が0の場合、有望度Oppは最大値20となります。有望度Oppが10を超える領域はサービスレベルが低い(Under-Served)優先改善対象です。

有望度算出事例
下表は、医療器具メーカー・カーディナル社の血管形成術用バルーンのイノベーション・プロジェクトにおける市場機会の有望性評価事例です。
求められる種々の成果の中で、動脈の再狭窄を最小化するという選択肢の場合、重要度は9.5(95%以上の人が4,5の評点)、満足度は3.2(4,5の満足度を回答した人は32%に過ぎない)ので、
有望度 = 重要度9.5 + (重要度-満足度:9.5-3.2=6.3)= 15.8
と最優先項目であるという結論が導かれます。

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有望性を俯瞰する
下図はマイクロソフト社におけるODI活用事例で、有望性の俯瞰(The Opportunity Landscape)を示しています。同図では、各評価観点(Outcome)の重要度と満足度が漏れなくプロットされています。

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先ず、同図においてOver-Servedとされている領域は、満足度が重要度を上回っているサービス過剰な領域であり、コスト削減の候補となります。
次に、Under-Servedとされているのが有望度10を上回る領域で、イノベーションの優先度の高い領域です。
Under-Servedに属する評価の観点(Outcome)を明らかにすることがODIの真骨頂と言えますが、更に有望度12~15、15以上で区分され、15以上は極めて有望な領域(Extreme Opportunity)とされます。
費用に制約がある場合には、Over-Servedの評価観点(Outcome)に配分されている費用を、有望な領域の(outcome)に再配分することも考えられます。

優先順位検討におけるODIの活用
ギャップ分析においては、ヘドニック分析やコンジョイント分析あるいは優先順位付けマトリックスの様に、総合品質に関する最適な解を検討しこの解の品質特性水準を目標品質とするという迂回を経ることなく、優先すべき品質特性が抽出される点、で、非常に分かり易い手法であると言えます。


2.10 俯瞰的・多段階的評価:Strategic Bucket(戦略バケット)

俯瞰的・多段階的評価の特徴は、優先順位付けの対象であるプロジェクトや品質特性の全てを同列に扱って同時に評価しようとするのではなく、幾つかの範疇に分類した上で、各範疇の優先順位や各範疇への資金配分を設定し、その上で各範疇の中で選択肢の優先順位付けを行うものです。
例えば、イノベーション・プロジェクトの選択を経済性評価で行った場合には、短期的成果やリスク回避が重視される結果、生産ラインの改良や漸進的なイノベーションが選択され、斬新なプロジェクトが選択されないという問題が発生します(経済性評価手法の問題点参照)。
範疇への投資配分をトップダウンで決める
この様な問題を回避するための手法が、Strategic Bucketです。最も分かり易いケースとして、新技術開発、新製品開発、既存製品や生産ラインの改良の三範疇(Bucket)に投資を均等に配分すると、配分図は下図左に示す様なベンツの車章となり、ベンツマークと呼ばれる場合があります。

スライド36

実際には、同図右に示す様に、以下の手順となります。

① 新製品、コスト削減、改良、販売力強化といった複数の範疇が設定される。
② 各範疇に予算が配分される(例えば新製品開発には$2M、改良には$3M)。
③ 範疇毎に、候補プロジェクトが範疇毎に異なる評点(例えば新製品開発ではGate Score、改良ではSales/MD)によって配列され、範疇の予算の範囲内で案件が採択される。

本手法では、投資の範疇(Bucket)と投資額配分がプロジェクト選択の前に決定されているので、トップダウン型のアプローチと称されます。

範疇への投資配分額をどの様に決定するか?
各範疇におけるプロジェクト選択は良いとしても、範疇への投資配分額をどの様に決定するか?という経営課題が未決のままです。
イノベーション・プロジェクトのポートフォリオに関する有力な著作とされる『Portfolio Management for New Products』 (Robert G. Cooper他、2001)は、その方法を4点挙げています。
① 議論による合意形成/Discussion and consensus
② 評点による方法/Scoring method
③ 戦略的俯瞰による/Strategic exercise
④ 特定の意思決定ルールを用いる/Directional decision rules

トップダウンとボトムアップの統合的運用
この他、トップダウン的アプローチには、「事業戦略が必ずしもトップダウン的にポートフォリオ選択を先導するのではなく、新製品開発プロジェクトこそが戦略を形成すべき時もある。Strategy should not always drive the portfolio in a Top-Down fashion. There are times when new product projects should create the strategy!」(Cooper前掲書)、といった批判もあり、総じてトップダウンは集合知活用型ではなく、前線の情報のフィードバックといった柔軟性・機動性を欠く手法であると言えます。
従って、全プロジェクトを同一の手法で評価する、戦略的マップでプロジェクトの布置を俯瞰する、等のボトムアップ型のアプローチを併用すべきでしょう。

品質マネジメントにおけるStrategic Bucketの活用
Strategic Bucketは、基本的にはプロジェクト・マネジメントの上位に位置付けられるポートフォリオ・マネジメントの手法ですが、
① プロジェクトが複数のサブ・プロジェクトやサブ・テーマに分割される場合の優先順位付け
② 品質特性を先ず範疇によって分類し、範疇内で優先順位を設定する
といった活用が考えられます。②の場合は既述の狩野モデルと類似の発想となります。

以上で優先順位付け手法の紹介は終わります。もう一度2.2、2.3で述べた様々な優先順位付け手法をどの様に選択するか?に立ち戻って、頭の整理をしてください。

第4講1稿了
Bプロジェクトの段階によって異なる品質マネジメントの焦点とC要約は第4講ノートその2を参照して下さい。


さいごに
引用論文や詳細の解説はこちらからご覧ください。尚、以下の資料もクリエイティブコモンズとして公開します。
©中分毅 (Licensed under CC BY-NC-ND 4.0)


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