いつか「そんな人」になる君へ。

これまでに何度か、


付き合ってもいない、

好き同士でもなんでもない人と


セックスをすることがあった。


それが正しいことか、

悪いことかどうかは置いておいて。



とにかく私は、

付き合っていない人とも

セックスをすることがある。



だけど、

振り返ってみれば、



その誰のことも、

覚えていないのだ。




「今までの経験人数は?」



下世話な質問に、

少々の時間さえもらえば、

正確な数を答えることはできる。



でも彼らの名前も、


どんな気持ちで接していたのかも、


今、どうしているのかも。



何もかも、わからない。



友達も、

両親だって知らない部分に

触れた人たちだというのに。



思い出そうとすれば、

もちろん記憶は蘇る。



部屋に入ってすぐ、

お香のかおりがしたなぁとか。



朝、向こうからキスしてきたとき、

ヒゲが頬に触れて不快だったなぁとか。



そのときは、

「好きになりそう」だとか、

「どうして彼女になれないんだろう」とか、

「もう連絡してこないで」とか、

いろんな感情が

うずまいていた気がしないでもないけど、




覚えているのは、

体験した、という事実だけ。



その瞬間は確かに、

愛、のようなもの。

があった気がしたのに。





そのかわり、

たったいっときでも、



「好きだよ」

「わたしも」



のやり取りを交わした

いつかの愛しい人たちのことは、

ちゃんと覚えている。




あのとき、

あんな風に愛してくれたなぁ。



その思い出は、

振り返るたびにわたしを

人間的に成長させてくれているし、



いいことも、

いやなことも含めて、

きちんと思い出として

処理されている。




そうじゃない人たちはみんな、

ただの記憶でしかない。



愛のようなものは、

所詮、愛でもなんでもないようだ。




今、目の前で眠るこの人も、

いつかはそうなるのだろうか。





「気持ちいい」



「わたしも」



「おれも」



「もっと」



「うん」




何度か、

こんなやり取りをした、このひと。



一緒にいて楽しいし、

また会いたいし、

何より気持ちいい。



かわいい寝顔のこの人が、

人としてちゃんとすきだ。




だけど、

予感がする。




わたしはいつかきっと、

この男に今抱いている

「すき」を、


キレイさっぱり

忘れてしまうだろう。




起こさないように

そっと頭を撫でながら、

そんなことを考える。




君もわたしも、

一緒にいる時間に

「関係を深めよう」

なんて求めていない。



ただたんに、

「今を楽しもう」だけなんだから。



今が終われば、それだけだ。



そう思うと、

急に空々しくなってきて。



かわい子ぶろうと

1オクターブあげた声も、



キレイに畳み直した衣服も、



今夜のため、

丹念に準備した肌も、



いつかはぜんぶ、

「あぁ、そんな日もあったね」だ。





この関係に、

未来なんてない。




未来のわたしの成長にすら、

ならないんだ。





…帰ろう。





まだ外は明るくないけれど、

タクシーに乗り込みさえすれば、

始発なんてなくても家に帰れる。




わたしは起き上がり、

音をたてないように、

帰り支度をはじめた。




さようなら。



君のことは忘れないよ。




「あぁそんな人もいたね」

ぐらいの記憶として、だけどね。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?