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ネパール生活記🇳🇵4

あっという間に朝を迎えた。気持ちが良すぎるほどの快晴だ。気持ちが良すぎるほどの空とその先に大きな大きなヒマラヤ山脈が顔を出していた。この時点でもう絶景。とてもいい朝を迎えた。この日も例のごとく「ブラックティー」を飲む。気分は最高潮に達していた。

目的の「ムスタン」まではここからバスで向かう。そのバスがいったいどのようなタイプなのかが結構重要だと思っていたのだが、やってきたバスは案外良いものに見えた。乗ってみると、東南アジアのそれよりかはいくらかレベルが落ちるものの、許容範囲のシート。少し狭い程度でなんとか乗り切れそうだ。このときはそう思っていた。

そしてバスは出発した。

大きな山を登って行くバスには逞しさまで感じていたが、その時間もつかの間、道は荒れ出した。これまでに揺れるバスは体験してきたものの、今までのそれとは1段も2段もレベルが違う。席に付属してある取っ手を掴まなくては身体がどこかへ飛んでいってしまう。座席の上に積んだ荷物がやたらと落ちてくる。アニメのような世界が本当にあるのだなと、大きく揺れる頭をなんとか抑えながら、必死に待ち続けた。時折ある休憩が、何よりの至福だということはもうお分りいただけただろう。休憩所も必要以上の景色と、あまりにも美味しすぎる空気が私たち乗客を出迎える。

どのくらい進んだろうか。もうすでに私のケツは悲鳴をあげていた。あんなに騒がしかった乗客も少しおとなしくなり寝ているものもいる。

「よく眠れるな。」

これが素直な感想だ。私は何度も眠ろうとしたが、その度に頭がぶつかり、体は宙に浮き、上からはバッグが降ってくる。眠れるはずがない。どうして寝れるのだネパール人。乗客は私以外ネパール人、顔が似ているからか、皆ネパール語で話しかけてくる。
私は覚えたての「私はネパールが好きです」というネパール語で返答し、多少の笑いと私はネパール人でないことを気づかせていた。

残念ながらまだ景色は変わらない。進んでいるのかすらよく分からなくなる。しかし、バスは確かに前に進んでいた。標高が高くなるにつれて、道の幅も狭くなる。それなのに反対側からも車は来る。すれ違う瞬間は毎度、ドキドキする。
45度くらいまで傾くこともチラホラ。本当に大丈夫なのか。そう思った瞬間

「パッっっっっっっっン」

大きな破裂音がなった。皆が気になりだす。寝ている乗客もこの時ばかりは全員が起床した。何事もなかったかのように進み続けるバス。「おいおい。。」そんなことを思っていると多少広がった道で止まった。休憩所の割りには、店も何もない。
運転手もバスから降り、何か言っている。すると乗客の男たちが次々と降り始め、何か相談をしている。よく、見ているとどうやらタイヤがパンクしたらしい。

さっきの音の原因だ。こんなことでたどり着けるのだろうか。束の間の休息と思い現地人に混じって、綺麗な崖下に向かって、とても開放的な小便をした。

ここまで約3時間程度。到着までは一体何時間かかるのか検討もつかない。
ただ、長い道のりになりそうなことは私でもわかった。

パンクも治り、いざ出発。車内の揺れは「ムスタン」に近ずくにつれて大きくなっていった。何度も止まり、時にはバックする姿は、どこかミャンマーで乗った列車にも近い気がする。しんどさは何倍もこっちの方が上だが。

日も暮れてきた。ここまで気がつくと8時間乗っていることになる。そろそろ到着かと思ったのも束の間。今度は行き交う車たちが全て止まっている。どうやらこの先の道で何かあったらしい。この時点で首は筋肉痛。腰や肩はバキバキ。そして何よりケツの痛みが尋常ではなかった。そんな先に進めないというもどかしさの中わたしは散歩に出た。当分動かないとのことだったので、カメラを持ち、フラフラと。いざ外に出てみると、もうそこは私の知っている世界ではなかった。圧倒的な自然。透き通る水。大きな鳥と、綺麗に咲く花。そしてバックにはそびえ立つヒマラヤ山脈。見る者を圧倒するとはまさにこのことだ。写真を撮ることすら忘れ、ただ、風のように水のようにふわふわと私はその瞬間を流れていた。

気がつくとあたりは真っ暗に。もう8時を回っている。街灯なんて便利なものはここにはない。バスのライトだけを頼りに当たりを見渡すと、先ほど見たヒマラヤ山脈がより近づいている。もうそびえ立つのではなく、私たちを立ちふさいでるという感覚の方が近いかもしれない。
立ち塞がれながらバスは川の中も進む。水陸両用。。。いや何度見ても普通のバスが川の中を走っている。本当に大丈夫なのか。この時の私は「楽しみ」なんかどこかへ消え、「早く到着してくれ」という思いしかなかった。

もう揺れが収まることなど1秒たりともなかった。オフラインマップを確認しようと思うも、携帯に的確にタッチができない。音楽を聴こうと思うも、何かの衝撃でイヤホンが飛んでいく。もう、身を任せるしかなかった。

9時を回り10時に差し掛かる手前、やっとバスは止まった。結局14時間かかってしまった。想定内の時間なのだが、想定外の乗り心地だった。

ここまで2日。まだ私は幻の国につくことはできていない。

本当に「ムスタン」なんてあるのだろうか。幻の国は、本当に幻なのかもしれない。

そんなことを考えていると、いつの間にか夢に引きずりこまれていた。

ここまでの道のりが「幻」ではないことを祈りながら。