インド生活記2🇮🇳
何気ない日差しがこんなに気持ちのいいものなのか。そう思わずにはいられないほどの幸福感を得ていた。私は今プリーという街にいる。いや、町と表記した方が正確かも知れない。何もない長閑な道の先にはビーチがある街。いや町。漁村があり、大量の野良犬や牛、猿がいる。そんな光景を見るとインドだなと思わせるが、それ以外は本当にインドかなと思わせる町なのだ。
私は飽きてしまったコルカタに別れを告げ、ここに来た。インドの醍醐味である電車に揺られながら。その電車は流石のインドと思わせるほどのクオリティであったが、どこか男臭い感じが少し気に入ってもいた。約10時間の移動時間があっという間に過ぎてしまった。少し物足りないくらいだ。朝に駅に着き、移動するのも徒歩。この時から日差しの強さを感じると共に、気持ちよさを感じていた。どこからか流れてくる潮風がまた、私の気分を高める。そんなに海は好きではないはずなのだが。不思議なのものだ。1人になり、頼るものがなくなると人間は自然というはるかに大きな存在に頼るのかも知れない。
海の音が聞こえる。一定のリズムを刻み、私の耳に囁きかける。どこか誘われているみたいにも感じる。この日差しも仲間なのだろうか。そんなことを考えながら歩いていると、目の前に宿が現れた。
私がここに来た理由は、特にないのだが、無理に理由を探すのなら1つだけある。
それは好きな作家の作品の中にこの宿が出て来たのだ。そしてその宿は、今この瞬間も存在している。規模は拡大し、数店舗を抱えるまでになっている。
私はその作家の人と同じ感覚を味わいたかったのかも知れない。今文章で何かを伝えるように、彼もこの風景を伝えたかったのだろう。私が想像した世界との共通点と相違点をじっくりと探しながら、私はまた歩いていた。今度は私を誘うビーチに向かって。
じりじりと照りつける日差しが身体中から汗とワクワクを呼び出す。潮風特有のベトベトする汗が私に纏わりつく。しかし、それすらも気持ちがいい。不思議な瞬間だ。
いくらか歩くうちに、体はピカピカに光っていた。綺麗な黒光りだった。私がビーチに到着する頃にはその光は更にピカピカになっていた。
ゴミの多いビーチだ。実にインドらしい。牛もいる。犬もいる。おまけにラクダまでいる。なんてサービスのいいビーチなのだろうか。外国人と思われる者は皆無だった。
ふと砂浜を眺めると、うんこが落ちている。ここに落ちているのだ。どこにでも落ちているものなのだろう。もう慣れた。これも少しは成長した証にならないだろうか。そんなことを考えていたが、考えるのをやめた。実に馬鹿らしい。
肝心の海は綺麗だった。波が強く、海水浴とまではいかないが、砂浜で日焼けをするのなら持ってこいの場所だと個人的には区分した。眺めているだけで落ち着くとはカッコつけた言い方かも知れない。でも確かにそこには今までにはない安心感があった。自然に身をまかせるとはよく言ったものだ。きっとこういうことを言うのだろう。自分が経験して初めて、その言葉の真の意味を知る。そう言う意味では旅というのはいいツールなのかも知れない。
じっと海を眺める。音を立ててこちらに向かってくる波。その大きさや高さ、強さは1つとして同じものはない。ただ、その違いが独特のリズムを奏でる。音楽を奏でる。最高に贅沢なBGMだと思う。私はその音楽に耳を傾けながら読書に耽る。
たまにやってくる物乞いや、絡みたがりのおっちゃんがいいアクセントになり、スイスイと本が読める。至福の時間だ。私が求めていたのはこういう時間なのかも知れない。少しだけそんな気がした。
青い空に青い海、そこに集まる人間と動物。そして自然が奏でる音楽。そんな中に囲まれながら、いや溶け込むのだ。その中に溶け込み、それこそが自由ということなのかも知れない。
東京の喧騒とした街並みに襲われるわけでもなく、時間という人間が作り出した概念に囚われるでもなく、ただ、目の前にあるモノに従順になる。誰も歯向かわず、皆が従う。人間が作り上げた産物は少しばかり人間を窮屈にさせすぎてしまった。
流れ出る汗が本を濡らす。そのページをめくるたびに私の中で何かが動く。求めているものに向かっているのか、それともただの錯覚でしかないのか。そんなものはわからない。しかし、私の中で何かが進んだ気がした。そう「何か」が。
この町は気持ちがいい。これと言ってやることはない。いつもこんなことを言っているが、実際にきてみればわかる。田舎育ちはやはり田舎が好きなのだ。自分の故郷というのは知らぬうちに大きな大きな自分を作り上げる大切なパーツになっている。
大きくないメインストリートに、立ち並ぶ商店。電光掲示板を使っている店なんて当たり前のようにない。それがまたいいのかも知れない。人柄も穏やかだ。騙してくる人は皆無だ。楽でいい。皆声を掛けてくる。からかっているのかもしれないが、そんなことも気にならなくなるくらい、気分が良くなる町だ。
また日差しが差してきた。雲ひとつない空を見上げると太陽までにもからかわれている気分になる。私の体はいつの間にか赤くなっていた。どうやら、ビーチに長く居座りすぎてしまったみたいだ。
おっと。時間を忘れていた。これもこの町の仕業のなのだろうか。時間を忘れてしまうとはこういうことか。そして私の好きな作家もまた、この町に魅了されてしまった1人なのだろう。時間を忘れ、ストレスから解放されて。
帰路についていると背中に感じる日差しが一瞬、強くなったように感じた。
きっとバカにしているのだろう。
それもまた私にとっては最高のお膳立てだということを、この町はまだ知らないのかもしれない。