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鎮めるということ。

2021年9月23日(木・祝)続き

妻の身体には限界がきていた。
とうに来ていた限界の最大値を更に超えていたのだ。

もう頑張らせたくない。
これ以上頑張らせてはいけない。
本人がもういいと言ったのだから。
我々は妻のその決断に添い遂げることになった。




2021年9月24日(金)

この日はたしか、朝から訪問看護師さんが来てくれた。

このnoteではあまり触れられていないが、もうかれこれ一年ほどお世話になっている訪問看護ステーションの担当者さんがきてくれた。
担当者のうちのひとりは、自身のキャリアアップのために資格取得をしたいとのことで、途中で退所されたが、その方も後任の方も非常に真摯に診てくれていた。
家族はもちろん、妻自身も完全に身体を委ねられる関係性を築いてくれていた。

その中でもSさんの包容力は素晴らしかった。
妻は我々家族にはあまり縋ることはなかったが、このSさんのことは心から頼りにしていて、いろんな悩みをぶつけていた。

そのSさんから、「由理さん、ホスピスに入りたいと言っていますが今からの入所は難しいと思います。先生に鎮静の薬を使用してもらうよう掛け合ってみます。」

前夜、妻はネットで調べたのかホスピスに入りたいと言っていた。
もう背に腹は代えられないくらいの辛さなのだろう。

このとき、私は鎮静というものが何を指すのか分かっていなかった。
私はいつもそうだ。
悪性腫瘍と言われてもピンと来ず、あとからがんだと言われて絶望したのと同じことをこの期に及んでしていた。
医療用語はピンとこない。

いわゆる終末期の鎮静を始めることになった。

上記のやりとりの結果、13時頃に先生から電話を掛けてもらう運びとなった。
そわそわしながら、燃え上がった仕事を進めた。
こっちはこっちで大変な状況だった。

先生から予定通り電話が掛かってきた。

今、よろしいですか。
ショッキングな内容もあるので、由理さんに聞こえないように玄関に移動してもらえますか。

はい。
由理を少しでも楽にしてあげてください。
もうこれ以上苦しませたくないです。
会いたい人には一通り会えた。会わせられた。会ってくれた。
あとは痛みを取ってください。

鎮静の薬を使うと、痛みは今までより取れますが、それと引き換えに意識レベルが下がり、眠ったようになります。
せん妄と呼ばれる状態になり、夢と現の境目が分かりづらくなります。
時折、小さい子供のような言動をすることになります。
それでも、いいですか。
大事な話はもうできましたか。

はい。
覚悟はできています。

それでは、ご本人にも同じように説明をした上で鎮静薬を使い始めます。

御主人。
由理さんは今夜が山です。

はい。(今夜が山ってほんとに言うんだ、と少し正気に返る。)

お忙しいことと思いますが、可能であれば今からでも仕事を切り上げて由理さんの側にいてあげてください。

はい。

それでは、準備ができ次第向かいますからね。
よろしくお願いします。

よろしくお願いします。




すぐさま上司に連絡した。

はい、もう仕事しちゃダメ。
今から最速で引き継ぎするよ。
みんな集めるから少し待ってて。

案件ごとに最低限の引き継ぎを済ませ、私のミッションは妻を看取ることだけに一本化された。

非常に大変な時期ではあったが、ここで半端に仕事に関わってしまっては一生後悔することになる。
ちんけな責任感は無視し、今は妻だけに向き合うことにした。

みんなごめん。
そしてありがとうございます。
あとからちゃんと仕事で恩を返します。
やることやってきます。

大変だけどなんとかするから。
こっちは俺等で出来るけど、そっちはあんたしか出来ないから。

感謝を告げてPCの電源を落とす。

さあ、向き合おう。

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